ご主人様が今日も力いっぱい溺愛してくる

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
10 / 19
~初夜編~

しおりを挟む
 すったもんだあって、西園寺家の上のご子息、総一郎さまと恋人関係になったのは二ヶ月前のことだ。
 ありがたいことに、旦那さまも奥さまも交際自体は認めてくださった。だけど下のご子息の良太郎くんはまだ中学生で多感な時期のため、家の中での過剰な接触は禁じられている。

 もちろんそのことについては異論はない。今までみたいに総一郎さまにちょっかいをかけられることもなくなり、仕事に集中出来るとホッとしたくらいだ。

 しかし総一郎さまはそのことが不満で仕方ないらしい。西園寺家は城のように馬鹿でかく、家族の居室同士も遠い。そのうえ壁は厚いし部屋には鍵もついている。そして大きなふかふかのベッドも置いてある。ともなれば、若い総一郎さまが我慢できるわけもなく……。

 ちょうどあれは二週間ほどまえのこと。
 いつものように業務終了の報告に来た俺を、総一郎さまは自室に引き入れた。その日は土曜日で、俺も総一郎さまも休日前だった。そのうえ旦那様と奥様は外出中。だから俺は密かに思っていた。今夜だったら少しくらいいちゃいちゃできるかもしれないぞ、だなんて。
 そしてそう思っていたのは俺だけではなかったらしい。

 総一郎さまの部屋に入った瞬間、俺はたくましい胸の中に抱き込まれた。すぐに顎を引き上げられて、「和希」という甘い声とともに総一郎さまの唇が降ってきた。チュッ、チュッと可愛らしい音が響き、総一郎さまが俺の唇をついばむ。

「総一郎さま……」
 俺はあまりの心地のよさに、うっとりと愛しい恋人の名前を呼んだ。
「和希……」

 俺の名前を呼び返してくれる総一郎さまに、今度は俺から唇を重ねた。すぐにキスが深くなり、俺たちは息を乱しながら傍らの大きなベッドにもつれ込む。

「……っ、は」
 激しくなった口付けの隙間から、どちらのものかわからない吐息が漏れた。舌を絡め、口内を舐め合い、唾液を交わし合う。唇を離すと、つうと二人の間を繋いだ銀糸が切れる。

 キスだけで火が付いたように下腹が熱くなっていた。俺は溜まらず熱い息をはきだし、総一郎さまの首に両手を巻き付けてぐっと勢いよく身体を回転させた。ころんと総一郎さまの身体も一緒に半回転し、俺は総一郎さまの上に跨る形となる。

「か、和希?」
 上から見下ろした総一郎さまが目をぱちぱちと瞬いている。俺はそんな総一郎さまにそっと微笑みかけた。
「大丈夫です、俺に任せてください」

 ここは年上のテクニックの見せ所だ。ぜひ総一郎さまには気持ちよくなっていただかなくては。
 唇にひとつ軽いキスを落とし、総一郎さまのシャツのボタンに手を掛けるがーー。

「あ、あれ!?」
 その瞬間総一郎さまが勢いよく身体を回転させた。とうぜん俺の身体も回転に巻き込まれ、一瞬のうちに形成逆転。俺の上に総一郎さまが跨った。にっこり笑って総一郎さまが意気揚々と宣言する。

「何を言う! 俺が君をかならずや気持ちよくしてあげよう!」
「え? いや、でも……」
 総一郎さまはご主人様で、俺はただの使用人に過ぎないのだ。どう考えてもやはり俺が頑張らなくてはいけないだろう。
 俺は急いで首をぶんぶん振った。 

「やっぱり総一郎さまにしていただくなんて恐れ多いです!」
 そう言うが早いか、俺は総一郎さまの腰に両足を巻き付け、「ふん」と半身を回転させながら起き上がった。またまた総一郎さまの上に跨ると、彼はなぜか焦ったような顔をしている。そしてちょっと顔色も悪い。

 どうしたんだろう? と首を傾げた瞬間、俺の腰を掴み総一郎さまが起き上がった。俺の身体はころんと転がされ、また総一郎さまが上になる。

「あ! ちょっと総一郎さま!」
「いいからいいから。遠慮するんじゃない」

 総一郎さまがにっこり微笑んだが、俺は別に遠慮しているわけじゃない。余裕綽綽の様子に腹が立ち、キスをしようと顔を近づけきた総一郎さまを引っ張り、またころんと転がしてやった。
 俺にのしかかられた総一郎さまが唇を尖らせる。

「なぜ君が上になる?」
「いやいや、総一郎さまこそ! 大人しくしてくださいよ」

 再びシャツを脱がそうと俺は手を伸ばすが。
 ――ころん。
 あっという間に転がされ、俺の腰の上に総一郎さまが乗り上げた。総一郎さまは俺よりもかなり体格がいいので、体重をかけられたらさすがに起き上がれない。歯噛みする俺に、総一郎さまがにこにこ笑う。

「さあいいから力を抜いて!」
 悔しくなった俺は、苦肉の策で総一郎さまのわき腹を両手で掴んだ。無防備なわき腹にくすぐり攻撃をお見舞いする。

「わ、わはははは!」
 身を捩って笑う総一郎さまを、俺はしめしめと押し倒した。

「君、ちょっとずるいぞ!」
「何言ってるんですか! こういうときはなんでもありなんですよ!」
「言ったな!」

 当初の甘い雰囲気はいずこへ。ここまでくるともうほとんどつかみ合いの取っ組み合いだった。俺たちはごろごろと上になり下になり、ベッドを転がり続ける。いくら総一郎さまのベッドが大きいといっても所詮ベッドはベッド。

「ぎゃっ」
「うぐっ」

 転がり続けた俺たちは、当然ベッドの端からドスン、とものすごい音を立てて仲良く床に落下した。

「い……痛い」
「すまない! 下敷きにしてしまった!」

 慌てて俺のうえにのしかかった総一郎さまが身を起こすーーその前に、部屋のドアがけたたましい音を立てて叩かれた。
「兄さんっ! 和希さん⁉ 今ものすごい音がしましたが! もしや本棚でも倒れましたか⁉」

 りょ、良太郎くんだ! 駆け付けるの早くないか⁉
 驚きに固まった俺の顔を見て、総一郎さまが顔色を変えた。

「まずいぞ、またカギを掛けていない……」
 ――なんでこういうときに限って鍵掛けてないんだ!
 ドアが開くと同時に俺は総一郎さまを力いっぱい突き飛ばしたのだった。
 


「――――というわけで、それからも何度かそういう雰囲気になるんだけど、総一郎さまが全然身を任せてくれないんだ。きっと俺、テクなしだってと思われてるんじゃないかなあ。確かに俺は男と付き合ったことないけど、同じ男だし、それなりには気持ちよくしてあげられると思うんだけど。なあ、貴史はどう思う?」

「ちょ、ちょ、ちょ~っと待ってねぇ⁉ 今頭の中整理してるからぁっ!」
 そう言うなり貴史は頭を両手で抱えた。

 俺はなんだか申し訳なくなってきた。当事者の俺だって、感情が追いついていないのだ。突然聞かされてさぞ驚いたことだろう。びっくりさせてしまってごめんな、と謝ると、貴史は犬みたいにプルプル首を振った。

「ええっと、和希の恋人は、男で、勤めてる西園寺家の息子さん、ってこと!?」
「ああ、そうだよ」
 俺が頷くと、貴史は目を何度も瞬いた。

「でもさあ、和希って今まで普通に女の子と付き合ってたじゃない? えっと、そのさ、ゲ……ゲイだってってわけ? あ、この場合バイっていうんだっけ?」
「いや、それは違うと思う。今まで総一郎さま以外の男を好きになったことはないし、今だって男に性的な魅力は感じない」

 そっか……と言って貴史は納得したように頷いて、はっと目を見開いた。

「……もしかしたらその相手の息子さんは、『タチ』がご希望なんじゃないの?」
「タチ?」

 首を傾けた俺に、貴史はなぜか驚愕した顔を向ける。

「え、え、え? 嘘でしょ⁉ もしかして和希って、タチとかウケとかってわかんないの?」
「わからない」

 俺がそう言うと、貴史はこれ見よがしに大きなため息をついて、自分のスマホを操作しはじめた。しばらくすると、「はい、これ見て」といってスマホを手渡してきた。
 なんだろう、と画面を見た俺は危うくスマホを取り落としそうになった。

「こっ、こっ、こっ、これっ!」

 なんと貴史が検索していた画面は、男同士のセックスの方法について書かれた記事だった。驚きつつも、画面から視線を剥がすことが出来ない。薄目になりながらもなんとか読み進めていく。

 『ゲイ同士のプレイにはいろいろな種類があります。お互いにフェラをしあう、手コキする、兜合わせ、シックスナインなどです』

 ……ここまではなんとなく知っていた。問題は次からだった。

『やはり一番の花形はアナルセックス(AF)です。男性同士では膣への挿入はできません。そのかわりにアナル(肛門)に挿入するのがこの方法です。これには事前の準備が必要で、難易度が高い行為です。ゲイ用語では、挿入する側をタチ、挿入される側をウケと言います』

 ……な、なるほど?

 俺は貴史にスマホを返し、目を閉じてふーっと大きく息を吐いた。衝撃が大きくて言葉が出ない。

 だけどようやく総一郎さまのあの頑なな態度の理由がわかった。おそらく総一郎さまは、主導権を取られたら自分が『ウケ』とやらの役目をすることになるのではないかと危惧していたのだ。……ということは、貴史の言うようにやはり総一郎さまは『タチ』の役目を希望しているということだろうか。
 同時にはっとする。

 ――それじゃ俺が『ウケ』をするということか? あ、あそこに、アレを入れる? 

 考えただけで気が遠くなってしまう。
 黙り込んだ俺を気遣うように、おずおずと貴史が声を出した。

「とにかくさあ、その……総一郎さん? とよく話した方がいいよ。何をどこまでするのかは知らないけど、認識合わせたほうが絶対いいって。人間、きちんと言葉にしないと人には全然伝わないんだからさ」
「……うん、そうだな」

 俺は頷き、とりあえず残りのビールを飲み干した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

猫カフェの溺愛契約〜獣人の甘い約束〜

なの
BL
人見知りの悠月――ゆづきにとって、叔父が営む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」だけが心の居場所だった。 そんな悠月には昔から猫の言葉がわかる――という特殊な能力があった。 しかし経営難で閉店の危機に……
愛する猫たちとの別れが迫る中、運命を変える男が現れた。 猫のような美しい瞳を持つ謎の客・玲音――れお。 
彼が差し出したのは「店を救う代わりに、お前と契約したい」という甘い誘惑。 契約のはずが、いつしか年の差を超えた溺愛に包まれて――
甘々すぎる生活に、だんだんと心が溶けていく悠月。 だけど玲音には秘密があった。
満月の夜に現れる獣の姿。猫たちだけが知る彼の正体、そして命をかけた契約の真実 「君を守るためなら、俺は何でもする」 これは愛なのか契約だけなのか……
すべてを賭けた禁断の恋の行方は? 猫たちが見守る小さなカフェで紡がれる、奇跡のハッピーエンド。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛

中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。 誰の心にも触れたくない。 無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。 その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。 明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、 偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。 無機質な顔の奥に隠れていたのは、 誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。 気づいてしまったから、もう目を逸らせない。 知りたくなったから、もう引き返せない。 すれ違いと無関心、 優しさと孤独、 微かな笑顔と、隠された心。 これは、 触れれば壊れそうな彼に、 それでも手を伸ばしてしまった、 不器用な男たちの恋のはなし。

処理中です...