ご主人様が今日も力いっぱい溺愛してくる

トオノ ホカゲ

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~初夜編~

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 衝撃的な男同士のセックス事情を知ってから、早くも一週間のときが過ぎた。
 相変わらず仕事にプライベートにと総一郎さまと毎日一緒に過ごしながらも、俺はずっと悶々としていた。
『男同士のセックスってどう思ってますか? 総一郎さまはタチがいいんですか? ウケがいいんですか?』

 こんなセンシティブな話の切り出し方なんて、ちっとも思いつかない。それに『尻の穴に挿入するなど考えたこともないな!』などと真顔で答えられたら、居たたまれな過ぎて俺は再起不能になってしまう。

 もともと総一郎さまはゲイというわけではないのだ。今まで女の子と普通に付き合っていたようだし、男性とセックスするならほぼ間違いなくタチ役を選ぶだろう。……でも男の尻だぞ。本当に入れたいなんか思うのだろうか。俺のことは好きって言ってはくれているが、本当に俺なんかで勃つのだろうかと疑問だ。
 彼の気持ちを疑っているわけではないのに、考え出すと不安が次から次へと出てきてしまう。

「和希、前の車が進んだようだぞ」

 思考の波を漂っていた俺は、後部座席から聞こえてきた総一郎さまの声にはっと前方を見た。真っ赤なブレーキランプが連なる車列が、すでにだいぶ進んでいる。

「あっ、すみません!」
 俺は慌ててハンドルを握り車を発進させる。

 飲み会の会場へと向かう総一郎さまをお送りするために、俺は繁華街の大通りで車を走らせていた。今日はさすがの土曜の夜という道路状況で、俺が運転する車も渋滞に巻き込まれ、さっきから二メートル進んでは止まり一メートル進んでは止まりを繰り返している。

「……あ、時間は大丈夫そうですかね?」
 ナビの画面に視線をやると、六時半になるところだった。
「ああ、打ち上げは七時からだから十分間に合うだろう」
「良かったです。早めに出てきて正解でしたね」

 今日は総一郎さまが出入りしている研究室の打ち上げだそうなのだ。
「それにしても、夜出かけるなんて珍しいですよね。総一郎さまも飲み会にも行ったりするんですね」

 総一郎さまは都内の有名大学に通う二年生だ。正直大学生と言えばサークルに合コンに夜遊び……そんなイメージが強かった俺は、はじめ総一郎さまの真面目な生活にかなり驚いた覚えがある。総一郎さまは毎日毎日、大学が終わったらまっすぐ家に帰ってくるのだ。もちろん夜遊びに出掛けたところなんて一度も見たことはない。さすが良家のご子息だなあ、そんなふうに思っていたのだけど。

「君は俺のことを真面目な学生だと思っているかもしれないが、前は人並みに飲み会にも参加していたし夜遊びもしていたぞ」
「え? そうだったんですか?」

 意外な事実に俺は驚いた。『前は』ということは大学一年のときだろうか。
「それならどうして行かなくなったんですか?」
「……そんなの、和希の側にいたいからに決まってるじゃないか」
「ヒョエっ?!」

 驚いて変な声が出た。同時にドッと心臓が早鐘を打ち始める。
 な……何を言ってるのだ! 赤面して目を白黒させる俺に、総一郎さまは愉快そうに「ははは」と笑いながら追撃する。 

「あんなに必死にまとわりついていたというのに、君はなかなか気づいてくれなくて苦労したなあ。あのときは一秒でも長く君と一緒に過ごしたくて一生懸命だったんだよ」
「え……え、えっと……」

 俺は突然告げられた真実に口をぱくぱくさせる。そんなの初耳だ。っていうか、心臓がひっくり返ってしまいそうだから、運転中にそんな話をしない欲しい……!
 そんな俺の心の叫びが聞こえるのか、総一郎さまがくすっと笑った。
 途端に車内の雰囲気が甘くなる。いたたまれず俺は無意味にハンドルを何度も握りなおした。

 恋人同士になってからというもの、総一郎さまの言葉と雰囲気はまた一段と甘くなった。旦那様の命により人の目があるところでの身体的な接触は減ったが、どうやら言葉と眼差しだけは控えるつもりがないようなのだ。悔しいことに俺はドキドキされっぱなしだ。

 ちらりとルームミラーで後部座席の総一郎さまを伺うと、当の本人はすでに涼しい顔で車窓を眺めている。
 タイミング良く赤信号で停車しているのをいいことに、俺はその横顔を眺めた。

 薄く形のよい唇は、黙っていても笑みをわずかに乗せているに弧を描いている。喉仏がはっきり浮き出た太い首から続く厚い胸もとは、Tシャツの上からでもその下の筋肉のかたちがはっきりわかるようで、俺は思わずなま唾を呑み込んだ。

 困ったことに、最近俺は総一郎さまを見るだけで火照ったように身体が熱くなってきてしまう。触れたくてうずうずしてしまうのだ。もっと言えば、肌を合わせたくてムラムラしてしまう。

 そのとき、ふいに総一郎さまがパッと前を向いた。
 ルームミラーごしに目が合い、俺は慌てて視線を逸らした。総一郎さまのことをいやらしい目で見ている自覚は十分にあるのだ。

「和希」
「はっ……はい!」
「すぐ前にバスの停車場がある。そこで下ろしてくれるか?」
「え? こんなところで?」
「大丈夫だ、あとは歩いていくから」
「でも……」

 確かに前方の駐車出来る出来そうなスペースはあるが、集合する店はまだまだ先だ。俺は戸惑いながらも、路肩に車を寄せた。きちんと目的地まで送れなかった、と申し訳ない気持ちで後部座席の総一郎さまを振り返った。

「すみません、帰りはお店の前まで迎えに行きますので。二時間後ですよね?」
「ああ、九時過ぎには終わると思う」

 シートベルトを外し、ドアに手を掛けていた総一郎さまが、ふと動きを止めた。

「ん? どうかしましたか、総一郎さま……」
 うしろの座席に身を乗り出した瞬間、総一郎さまの顔が近づいてきて、温かいものが唇に触れた。ちゅ、と可愛い音を立てて総一郎さまの薄い唇がゆっくり離れていく。

「……」
 あまりに突然のキスに、俺は驚きのあまり息が止まった。
 総一郎さまは甘く微笑むと、呆然とする俺の頬を手のひらでするりと撫でた。

「君の迎えを待っている」
 総一郎さまはドアを開けると、そのまま風のように去っていった。
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