美少女おにぎり

星島新吾

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1章後半 デビルサイド編

34.魔王軍は現在繁忙期でございます

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 宿屋の前まで行くと、町娘が客引き目的でコチラに声をかけてきた。
「お兄さん。今晩の御宿はお決まりですか? 」
「いやぁ、それがまだでね」
 僕がそう言うと、彼女は不思議そうにコチラの顔を覗き込み、そして首を傾げた。
 変な子だ。それにやけに高価そうなペンダントも首から下げている。男からみつがれたものだろう、平民ドレスとのミスマッチが激しい。
「どうかした? 」
「なら、お早目に宿はお決めになった方がよろしいですよ」
「そうするよ」
 君は一体何のためにそこに立っているんだ? 
 客引きでそこにいないなら一体何が目的でそこにいる?
「ここ宿屋だろ? 」
「えぇ。今ならきっとすぐに泊まれると思います」
 確かに今なら冒険者もこの町から大勢出て行って、空室も目立つはず。部屋も簡単に取れるだろう。
「もしかしてこの宿にお泊りの予定ですか? 」
 町娘の顔がなぜか輝く。
「…そのつもりだけど? 」
「なら私を一晩買いませんか!? 」
 ほんの数秒、僕は本当に人間の言葉が分からなくなったのではないかと思いつつ、彼女に聞き返した。
「君を買うって? 」
 このお姉さんは娼婦しょうふか。なるほどそれで宿屋の前にいたのか。
「えぇ! 少し割高ですけど」
 商売下手か。というかそもそもなぜ女を割高で買わなければならないんだ。浴場に行けばそれこそ腐るほど相手はいるだろう。
「悪いけど他をあたってくれ。こちとら忙しいの」
「忙しいってなにされるんですか? 帳簿ちょうぼですか!? 武器の修繕しゅうぜんですか!? 私なんでもやります! 」
 やけにハイスペックだな…。というか、どれも娼婦に求めないことばかりだ。
 でまかせを言っているだけの可能性もあるし、本気にしないでおくか。
「侵略の準備かな」
「私もお手伝いします! どこら辺を侵略しますか! 」
 本気で言っているのかこの子。
 冗談か何かだと思っているのか?
 …しかしそう言ってくれるなら好都合だ。この女性をめて夕飯にしてもいいな。でも、おにぎり小僧の体でないと『秘儀・おにぎり変化』は使えないし…。
「そうだ君、おにぎり作れるか? 」
「お夜食にですか? 」
「あぁ。夜食のために作ってくれ。お米はコチラで用意するから」
 
 この人にボディの制作を手伝って貰うことにしよう。
「かしこまりました。それではお宿に行きましょう! 」
 そうして宿に入る途中に、やっぱり気になって赤いペンダントを指さして言った。
「その赤いペンダント、似合ってるなぁ」
 そう言うと彼女は目をパチパチさせてから、「ありがとうございます」とぎこちなく笑った。
 ♢♢♢
 その晩。
 宿屋の一室で、一体の魔族が書類作業に追われていた。
「…報告書は問題ない。侵攻プランをまとめた資料も完成した。後はこの町を人間牧場にするための計画書の制作だが……間に合うか? 」
 ツヤツヤの白米は出来立てホヤホヤの湯気がまだ立ち込めていて、久しぶりに袖を通した軍服の腹は、先ほど食べた夕飯のせいか少し大きくなっている。
 ご飯を食べる前に数字は終わらせておいた方が良かったと、目を瞬かせしばたたかせながらやる夜の作業は、本当に面倒くさい。
 もう一回浴場に行ってからベッドに入ってこのまま寝てしまいたい気さえした。
 そんな眠気眼を覚まさせるためにも、僕は残る力を振り絞ってデボットリングをコールした。
「もしもし、おじさん? 」
 夜だというのに大勢魔族の気配がする。うちの労働環境は一体どうなっているんだ。
「アァ……おにぎり小僧…」
「声がアンデット族みたいですよ。おじさん」
「アァ……おうち…帰る…」
「事務処理で魔王様の右腕にいるんですから。今が腕の見せ所じゃないですか。さぁ、その聡明な頭脳を我が国家に生かす時ですよ」
「グッ……それで、一体なんのようだ」
「一度書類を送りたいと思って。魔王様に送付用のポータルをコチラに開いて欲しいとお伝えください」
 そうおじさんに伝えると、なぜかすぐに小さなポータルが開通した。魔王様…部下の会話を盗み聞きなんて、趣味がいいとはお世辞にも言えませんよ?
「お、お、お前さん、私にこれ以上の仕事をさせるつもりなのか。真剣マジなのか? 」
「あ、今資料送ったんでお願いしますね。一応機密なんで、直接おじさんが目を通してください」
「分かっとるわ! 」
「まあまあ落ち着いて落ち着いて」
「コレでお前さん、計画書のデキが悪かったらキレ散らかすからな? もう、修正箇所が三カ所以上あったらぶちギレだぞ? 本当に見て良いんだな? 」
「…そんなにいうなら、返してくださいよ。もう一回見直してから……」
「くぁzwsぇdcrfvtgbyhぬjみこlp!!! 」
 指輪越しにとんでもない怒声が飛んでくる。怒りすぎて何を言っているのかさっぱり聞き取れない。クソ上司だ。
「あーあ、おじさん壊れちゃった」
 腹いせにおじさんが資料を見直している間に浴場に行って疲れをいやしてこようかな。
 そんなことを思いつつも、本気でそれをするとおじさんが今度は本当に冗談ではなく怒ってしまいそうだったので、テーブルの前で別の資料を作り時間を潰すことにした。
「なあ、おにぎり小僧」
「あ、おじさん終わりましたか? 」
「お前こんな時に律儀に週報書かなくていいから。今状況分かってるか。我々魔王軍は現在繫忙期はんぼうきといっても過言じゃないんだぞ。こんなの書いてる暇があったら寝てくれ」
「いや、でも規則ですし……」
「お前が良いなら別にいいぞ。 それでパフォーマンスが下がっても私は一考に構わん」
 あぁ、コレはきっと確認するのも面倒だから送って来るな、ということだ。
「分かりました。しばらくそれはお休みします。それで計画書の方はどうでしょうか」
「なんも無いからこうやって週報の愚痴を聞かせとるんだ! この馬鹿もん! 」
「あ、じゃあ僕もう寝るんで。お疲れ様です」
「しn―――――」
 おじさんが汚い言葉を吐こうとするのを、通信を切ることによって止めることに成功した僕は、一足お先にベッドに滑り込むことになった。
 少しいいお宿にしたおかげか、ベッドの質もほどほどだった。これなら安眠とはいかなくても、睡眠をとるには十分な寝心地を提供してくれそうだ。
 厚めの掛布団の端を密閉し、空気の出入り口を塞ぐ。
 そうするとホカホカの体がすぐに布団を温めて、ベッドはすぐに暖かい寝床になった。
 瞳を閉じて十数秒、羊が馬に乗って駆けてきた。
 僕の頭、疲れすぎて遂に悪夢を見せ始めたみたいだ。

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