美少女おにぎり

星島新吾

文字の大きさ
51 / 64
1章後半 デビルサイド編

51.終わりの夜

しおりを挟む
 残念ながら僕にアポライ神の加護はなく、宿屋への直帰は許されなかったが、それも何とか終わらせ宿屋に戻った。
 体はセシリーからおにぎりボディに、軍服はパジャマに変わった僕は音を置き去りにする速さでベッドにダイブした。
「ふぅー………」
 天井を見上げた後、上体を起こす。
「マーコ、水を持ってきてくれ」
 先に宿屋に戻っていたマーコに頼む。
「えー、アタシだって疲れてるしぃ。いやだー」
 椅子にもたれかかったマーコは、長い道のりで蒸れたむれた足を机の上に乗せ、天を仰いでいる。
「………ジー」
 彼女の足裏はかなり蒸れていて、湯気が可視化できるほどだった。
「ど、どうしたの? 」
 背後からの気配を察したのか、マーコは振り返った。
「いえ……」
「な、なに? 気になるんだけど? 」
 五本指の足を開いたり閉じたりしながらマーコが聞いてくる。聞きたいのはその足の裏状態についてだ。
「……梅毒の他に水虫も持ってるなんてことないでしょうね」
「……し、ししし、失礼な! アタシをなんだと思っているの! 」
「歩く感染源? 貴女たちの文化圏で言うなら、呪い持ち? 」
 あの腹の痛みは、毒キノコを服用した時以来の地獄だった。今でもこの恨みは忘れていない。
「グぬぬぬぬ…! 」
「一度隅々まで洗って乾燥させた方がよろしいでしょうね。外側も内側も」
「非常識の馬鹿たれおにぎり! 」
 そう言って、マーコは外に飛び出して行った。あの顔なら、適当な男が部屋を提供してくれるだろう。今日はもしかしたら、もう帰ってこないかもしれないから、夕食の支度でもするか。
 そうとなれば、また人間の姿にならなければならない。
 ……マーコのヤツ、肝心かんじんな時にいないとは…。
 仕方なくセシリーになって宿屋に降りると、店主が驚いた様子でこちらを見ていた。
「どうかした? 」
「えっ、と。イソマルト様のお部屋から出ていらっしゃったので、一体どういうご関係かと思いまして」
「あー……」
 そう言えば、イソマルトとして部屋を取っていた。もう疲れているせいで、そこらへん頭が回っていないような気がする。もう何でもいいか。
「あの人はどっか行っちゃったわ。最後に見たのは魔族が襲撃しゅうげきしてくる少し前だったかな。アタシに部屋のカギを渡してね」
 そう言って鍵を見せた。
「イソマルト様とはお知り合いで? 」
「いろいろ役立ってくれたわ」
 本当にイソマルト君は頑張ってくれた。女風呂にも入ってくれたし、氷の魔法使いから情報を抜き出すのにも貢献こうけんをした。
「さようですか。では名義変更の手続きをお願いしてもよろしいでしょうか」
「そうね。しばらくあの部屋はセシリーとあと一人、女性が利用するから、二人ね」
「二人ですと、追加料金が発生しますが」
 あれは人間として扱っていないと言っても、ここは人間の宿屋だから、通用しなさそうだ。
「分かったわ。それでお願い」
「お二人ですと、一番奥の部屋が一番お手頃な価格でベッドも二つになりますが、どうなされますか? 」
「えぇ。じゃあそうして頂戴ちょうだい
 僕はもうご飯を食べて寝たい。部屋の位置がどこに変わろうと問題ではない。
 ……あ、いや、大問題だ。僕の部屋にはまだおにぎりボディがある。バレずに奥の部屋まで持っていけるだろうか。
 マーコがいれば店主の気を引かせておくこともできるのに……いいや、今いない人間のことを考えても仕方がない。どこかに行った道具を探しに行くとしよう。
「しばらく部屋は置いといてくれない?」
「かしこまりました」
 そうして宿屋を飛び出した。男を引っ掛けるにしても、酒場の辺りにいるだろう。見つけ次第ヘッドロックで連れ帰ろう。おにぎりボディじゃないから命令も出来ないし…まったく面倒な体だ。
 疲れた体にむち打って酒場まで歩いて行くと、カウンターでポツンと酒を飲んでいるのを見つけた。占領された日に営業している酒場もそうだが、そこで飲む客も客だな。
「マーコ、帰るわよ」
 背中から声をかける。しかし彼女は振り返りもせず、グラスに口をつけている。
 飲んでいるのはウォッカのロックで、全然まだ氷が溶けていないのに飲み始めていた。そんな飲み方をしていたら悪酔いするのは目に見えている。
 彼女が飲み方を知らないワケがない。だったらどうしてこんな自傷行為のようなことをするんだ。
「どうしたの」
 席の近くに寄ってから再度マーコに声をかけた。
「アタシ、まともじゃないや……」
 抽象的なマーコの言葉に、いつもの僕なら、「貴女がまともだった時がありますか」って返すけれど、今はどうやらそんな冗談も出来ないぐらい辛そうだったから、別の言葉で返事をすることにした。
「おかげで助かったよ」
 そうやって適当に背中を叩く。本来ならこんな慰めなぐさめはしないが、今日のマーコには特別だ。
「慰めてるつもり? …下手だね」
 チクッ。
 …酔っているのか、言葉の刃が鋭い。
前にもコボルトでこんな思いをしたけど、元々僕は相手を慰めるのが得意じゃないんだ。なのになんかこんな役割が回ってきてしまう。
下手な気遣いで相手が更に落ち込むのも可哀想だと思いながら、ポリポリと頭を掻いた。
 そしてそれに気づいた彼女は酒気を帯びた息を僕に吹きかけた。
「…お酒飲んでも変わらないの。ずっと幸せで、ずっとぽかぽかするの。それが嫌なの。沢山人が死んだんだよ。なのに、なんでアタシはこんなに平常心でいられるんだろうね」
 彼女はそう言って苦笑しながら泣いていた。
 そういう改造を施したから、という他にないが……そう言うことなら仕事も終わったし、彼女についた魔物を取り除いてもいいだろう。
「だったら帰ったら取り除いてあげるわ。それで私達の関係もお終い。ねっ、少しは貴女のためにならないかしら」
 そう言うと、彼女は振り返って思いっきりビンタしてきた。
 パチーンという音が酒場に人が少ないため、綺麗きれいに響く。
 まぁ、その気持ちも分からないでもない。かなり自分勝手なことを言ってしまった自覚はある。改造した張本人がこれではマーコも感情をどうぶつけていいか分かるまい。
「無神経だった」
「ホントね…」
 そう言ったらしばらくまた泣き出したので、とんでもなく面倒臭いが、隣に座って自分も酒を飲むことにした。
 ほほが熱を持っていてヒリヒリする。
 
 ―――そして二人の間に、しばらくの沈黙が流れた。

「あの壇上だんじょうの演説ね、マーコが自分の信念を貫いているのを見て、あの演説を思いついたんだ」
「…あぁ、あの下手で感情任せのアレね」
 このキツイ言い方を考えると、普段の彼女はかなり猫を被っているというか、セーブして馬鹿をやっていたのだと思われる。酒を飲んだ今の状態が彼女の本性というか、普段は見せない、隠した部分なのだろう。とはいえ、悪酔いしているようにも見えるが…。
「途中から…というか、ほとんど初めから原稿げんこう通り読まなかったんだけど。それってやっぱりアンタの影響が大きかったと思う。アンタ、人間には食べる以上の価値はあるんだって、熱心に私に説教してきたじゃない? あれで少しだけ、この町の人間というより、アンタを信用しようって思えたの。じゃなきゃ、あんなこの町の人を勇気づけるようなこと言ったりしなかったと思う」
 それを聞いてマーコは静かにグラスの中の氷を指で回していた。氷はゆっくりと時間をかけて溶解し、中の酒と混ざり合いキラキラとグラスの中で輝いている。
「こんな人の姿で、人の言葉を真似るようなヤツに言われたってなにも響かないかも知れないけれど。この姿だから言える言葉もあると思うの……ありがとう。あなたのおかげでこの町はこうしてまだ形を保っている。私はそれが何より嬉しい」
「…それが彼方の本音? 」
 マーコが信じられないというような声音で聞いてくる。セシリーの体はあまりお酒に強くないのか、少し僕も酔って口が軽くなっているようにも思えた。
「あなたが判断してちょうだい。この言葉はセシリーの言葉か。どうか」
 数秒、彼女と目が合う。そして先に視線を外したのは彼女だった。
「そっか…無駄じゃなかった…か」
 飲み終わる頃には、グラスの中の氷はすっかり溶け、微かな匂いを残す混じり合った酒の痕跡だけが、静かに寄り添い、ただそこにあるだけだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...