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おバカ貴族はゴスロリの美少年
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「うむ、今日も完璧な仕上がりだ。世界がこの『機能美』に嫉妬してしまうな」
チチチッと雀が鳴く爽やかな朝。
ヴェズィラーザム子爵家の長子、カサル・ヴェズィラーザム──今年十八歳は、手鏡に映る自分を精密に検分していた。
机に広がるのは魔導書……ではなく、色とりどりの化粧道具。
鏡の中には金糸の髪にアメジストの瞳を宿した白磁の肌を持つ美少女──いや、美少女のような少年がいた。
(このアイラインの角度は0.1ミリの狂いもない。左右対称の造形、完璧な配色。……これこそが淀んだ世界のノイズを遮断し、俺の精神を最適化する防壁。いや、我という絵を飾り立てる額縁なのだ……)
世間からすれば、この『おめでたい頭の若旦那』が施す化粧は単なる虚栄にしか見えない。
しかし彼にとって化粧は武装であり、醜く非効率な現実と戦うための美しき儀式であった。
「カサル様! また自習をサボってそんなお遊びを! 何をしておられるのですか!」
教育係のバドが、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。
カサルは優雅にルージュを引く手を止めず、鏡越しに冷ややかな視線を送る。
「うるさいぞバド。なぜ我という完成された芸術が、カビ臭い本などの『過去の遺物』と睨めっこせねばならん。昨夜調合したこの『絶対崩れないアイライナー試作三号』を見ろ。耐水性、密着度、発色……これまでの製品を過去にする革命的機能だぞ」
自らが試作した高級な化粧道具を振りかざして自慢する少年。
しかし今は勉強の時間だった。
「いい加減になさいませ! 貴方様が『神童』と呼ばれたあの日から十余年……落馬で頭を打った不運はあれど、どうしてこうも嘆かわしい『うつけ者』に成り下がってしまわれたのですか!」
バドが嘆き、涙をハンカチで拭う。
カサルは仕方なく、手元の文章問題に視線を落とす。
『異端核について貴方の考えを述べよ』。
(……魔法使いという名の『宿主』に寄生し、魔力と栄養を変換する半機械生命体。人間同様に神が作った欠陥だらけの不完全なシステムだ)
カサルは瞬時に解を導き出したが、回答欄には『我という名俳優を輝かせる舞台装置』と達筆で書きなぐった。
真実を答えるのは非効率だ。正解を出せばまた父が期待し、当主の座という「労働の義務」を押し付けてくる。
だからここでの回答は不正解が良い。
そうしてカサルは、一つでも正解が無いようにひたすら間違い続けた。
問題の意図を読み取り解答も分かれば、どんなミスが起きやすいかも彼は分かっていた。
(次期当主の座など、真面目すぎるあの熱血バカにくれてやればいい。我には、誰もが自動で動く歯車の一部となり、我自身は一切働かなくて済む『新世界』を作る夢がある)
新世界には労働という概念は存在せず、実益と趣味を兼ねた仕事と利益を考えない趣味だけの世界が広がりを見せる。カサルの目指す場所はそういった理想郷だった。
「──カサル様! 聴いておられるのですか!? また手が止まって……ゴホッゴホッ!」
説教のしすぎで咳き込むバド。
歳で体も随分弱っているようで、これ以上のお小言は体に毒なのは誰の眼から見ても明らかだ。
呆れたカサルは懐から赤い小瓶を取り出し、バドの胸元に放り投げてその薬を指さした。
「そうだバド、魔法薬を作ったのだ。舐めて見せよ」
どんな怪しげな薬であっても、主の命令には従うのが執事の務め。
バドは意を決してその赤い小瓶の中身を一息に飲み込んだ。
「魔法薬……? ほう、いつの間に。では……ペロリ。……ぬおっ、毒のようにピリッとしますな!」
「毒だからな。正確には、感覚神経を一時的に麻痺させ、痛覚の伝達を遮断する刺激物だ」
「ブフォッ! 何をさらっと恐ろしいことを!」
バドは慌てて指を喉に入れて吐こうとしたが、カサルは鼻で笑った。
「案ずるな。お前のその慢性的な肩凝りと喘息の炎症を、強制的に抑制する成分を混ぜてある。……さて、勉強はもう飽きた。水着の踊り子は呼んだか? 我はこの部屋を酒池肉林の楽園に作り替え、世界一生産性のない時間を過ごしたいのだが?」
「なっ……! 旦那様からは、貴方様が心を入れ替えるまで外に出すなと、扉に鍵をかけられておるのですよ! (それに酒池肉林とは……そのお体でよく言いますな……)」
バドは扉に備え付けられた南京錠を指さして、逃げ場はないことを示したが、カサルの目線はそこには無かった。
「扉? 誰がそんな非効率な場所から出ると言った」
カサルはニヤリと笑うと、指先を軽く振るった。
瞬間、書斎に取り付けられた窓枠の蝶番に、カマイタチのような鋭利な風が走る。
金属が切断される甲高い音と共に、窓が風圧で弾け飛んだ。
「なっ……!? 公務以外での風魔法の使用!? 禁じられているはずですよ!」
修繕費もかかるのに!と憤慨するバドを見て、カサルはケラケラと笑った。
「我は頭を打った『うつけ者』だぞ。そして法的に責任能力がないと診断を下したのは医者の方だ。……つまり俺はこの国で唯一、無許可で魔法を使っても許される無敵の人間なのだ。フハハハハハッ!」
彼は過去に落馬事故で学習能力と知的能力が欠損したという虚偽の診断を医者に書かせていた。
さらに派手な女装、そして学園のテストでも不自然なまでに「0点」を取り続けることによって、その『うつけ者』の地位を不動のものにするという用意周到さまで兼ね備えた、最悪な努力の鬼だった。
そんな人の善意に付け込むような悪の御曹司は不敵に笑い、自らの胸元を親指で叩く。そこには彼の異端核が埋め込まれた、魔法の脈動があった。
「それに魔法は特別なモノではない。無駄な動作を省くための、ただの効率化ツールだ。……父上にはそう伝えておけ」
革のブーツで窓枠を蹴り、カサルは空へと身を躍らせた。
十八歳の誕生日。計算され尽くした「愚者の仮面」を今日も被り、彼は空気に溶ける。
「か、カサル様ーーーッ!」
遠ざかるバドの悲鳴を背に、カサルは風を操り、最適な揚力を計算しながら上昇する。
(さて、まずは街へ繰り出し、この退屈な世界を『魔改造』するための材料でも探すとしようか)
嵐のようにカサルが去った後。
バドは呆然と壊された窓を見つめ──ふと、肩の重みが消え、喉の痛みが引いていることに気づいた。
全身に、かつてない活力がみなぎっているが分かる……。
「……まさか、坊ちゃんが?……いや、ありえませんな」
バドは苦笑し、カサルが消えた青空を見上げた。
その瞳には、かつての『神童』の影が、ほんの一瞬だけ重なって見えた。
チチチッと雀が鳴く爽やかな朝。
ヴェズィラーザム子爵家の長子、カサル・ヴェズィラーザム──今年十八歳は、手鏡に映る自分を精密に検分していた。
机に広がるのは魔導書……ではなく、色とりどりの化粧道具。
鏡の中には金糸の髪にアメジストの瞳を宿した白磁の肌を持つ美少女──いや、美少女のような少年がいた。
(このアイラインの角度は0.1ミリの狂いもない。左右対称の造形、完璧な配色。……これこそが淀んだ世界のノイズを遮断し、俺の精神を最適化する防壁。いや、我という絵を飾り立てる額縁なのだ……)
世間からすれば、この『おめでたい頭の若旦那』が施す化粧は単なる虚栄にしか見えない。
しかし彼にとって化粧は武装であり、醜く非効率な現実と戦うための美しき儀式であった。
「カサル様! また自習をサボってそんなお遊びを! 何をしておられるのですか!」
教育係のバドが、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。
カサルは優雅にルージュを引く手を止めず、鏡越しに冷ややかな視線を送る。
「うるさいぞバド。なぜ我という完成された芸術が、カビ臭い本などの『過去の遺物』と睨めっこせねばならん。昨夜調合したこの『絶対崩れないアイライナー試作三号』を見ろ。耐水性、密着度、発色……これまでの製品を過去にする革命的機能だぞ」
自らが試作した高級な化粧道具を振りかざして自慢する少年。
しかし今は勉強の時間だった。
「いい加減になさいませ! 貴方様が『神童』と呼ばれたあの日から十余年……落馬で頭を打った不運はあれど、どうしてこうも嘆かわしい『うつけ者』に成り下がってしまわれたのですか!」
バドが嘆き、涙をハンカチで拭う。
カサルは仕方なく、手元の文章問題に視線を落とす。
『異端核について貴方の考えを述べよ』。
(……魔法使いという名の『宿主』に寄生し、魔力と栄養を変換する半機械生命体。人間同様に神が作った欠陥だらけの不完全なシステムだ)
カサルは瞬時に解を導き出したが、回答欄には『我という名俳優を輝かせる舞台装置』と達筆で書きなぐった。
真実を答えるのは非効率だ。正解を出せばまた父が期待し、当主の座という「労働の義務」を押し付けてくる。
だからここでの回答は不正解が良い。
そうしてカサルは、一つでも正解が無いようにひたすら間違い続けた。
問題の意図を読み取り解答も分かれば、どんなミスが起きやすいかも彼は分かっていた。
(次期当主の座など、真面目すぎるあの熱血バカにくれてやればいい。我には、誰もが自動で動く歯車の一部となり、我自身は一切働かなくて済む『新世界』を作る夢がある)
新世界には労働という概念は存在せず、実益と趣味を兼ねた仕事と利益を考えない趣味だけの世界が広がりを見せる。カサルの目指す場所はそういった理想郷だった。
「──カサル様! 聴いておられるのですか!? また手が止まって……ゴホッゴホッ!」
説教のしすぎで咳き込むバド。
歳で体も随分弱っているようで、これ以上のお小言は体に毒なのは誰の眼から見ても明らかだ。
呆れたカサルは懐から赤い小瓶を取り出し、バドの胸元に放り投げてその薬を指さした。
「そうだバド、魔法薬を作ったのだ。舐めて見せよ」
どんな怪しげな薬であっても、主の命令には従うのが執事の務め。
バドは意を決してその赤い小瓶の中身を一息に飲み込んだ。
「魔法薬……? ほう、いつの間に。では……ペロリ。……ぬおっ、毒のようにピリッとしますな!」
「毒だからな。正確には、感覚神経を一時的に麻痺させ、痛覚の伝達を遮断する刺激物だ」
「ブフォッ! 何をさらっと恐ろしいことを!」
バドは慌てて指を喉に入れて吐こうとしたが、カサルは鼻で笑った。
「案ずるな。お前のその慢性的な肩凝りと喘息の炎症を、強制的に抑制する成分を混ぜてある。……さて、勉強はもう飽きた。水着の踊り子は呼んだか? 我はこの部屋を酒池肉林の楽園に作り替え、世界一生産性のない時間を過ごしたいのだが?」
「なっ……! 旦那様からは、貴方様が心を入れ替えるまで外に出すなと、扉に鍵をかけられておるのですよ! (それに酒池肉林とは……そのお体でよく言いますな……)」
バドは扉に備え付けられた南京錠を指さして、逃げ場はないことを示したが、カサルの目線はそこには無かった。
「扉? 誰がそんな非効率な場所から出ると言った」
カサルはニヤリと笑うと、指先を軽く振るった。
瞬間、書斎に取り付けられた窓枠の蝶番に、カマイタチのような鋭利な風が走る。
金属が切断される甲高い音と共に、窓が風圧で弾け飛んだ。
「なっ……!? 公務以外での風魔法の使用!? 禁じられているはずですよ!」
修繕費もかかるのに!と憤慨するバドを見て、カサルはケラケラと笑った。
「我は頭を打った『うつけ者』だぞ。そして法的に責任能力がないと診断を下したのは医者の方だ。……つまり俺はこの国で唯一、無許可で魔法を使っても許される無敵の人間なのだ。フハハハハハッ!」
彼は過去に落馬事故で学習能力と知的能力が欠損したという虚偽の診断を医者に書かせていた。
さらに派手な女装、そして学園のテストでも不自然なまでに「0点」を取り続けることによって、その『うつけ者』の地位を不動のものにするという用意周到さまで兼ね備えた、最悪な努力の鬼だった。
そんな人の善意に付け込むような悪の御曹司は不敵に笑い、自らの胸元を親指で叩く。そこには彼の異端核が埋め込まれた、魔法の脈動があった。
「それに魔法は特別なモノではない。無駄な動作を省くための、ただの効率化ツールだ。……父上にはそう伝えておけ」
革のブーツで窓枠を蹴り、カサルは空へと身を躍らせた。
十八歳の誕生日。計算され尽くした「愚者の仮面」を今日も被り、彼は空気に溶ける。
「か、カサル様ーーーッ!」
遠ざかるバドの悲鳴を背に、カサルは風を操り、最適な揚力を計算しながら上昇する。
(さて、まずは街へ繰り出し、この退屈な世界を『魔改造』するための材料でも探すとしようか)
嵐のようにカサルが去った後。
バドは呆然と壊された窓を見つめ──ふと、肩の重みが消え、喉の痛みが引いていることに気づいた。
全身に、かつてない活力がみなぎっているが分かる……。
「……まさか、坊ちゃんが?……いや、ありえませんな」
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