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雷鳴は思わぬ方角へ
第三章 88話『『現』レリックの騎士、《幻理》を睨む』
しおりを挟む「覚悟は良いか『幻理』。ここからは、目に影を落とせる瞬間は無いと思え」
結膜を黒に染めた後、虹彩までも赤に染めたガヴェルドはそう言った。
その言葉には重さが宿っており、鼻から血を流しているハルファスは歯を食いしばりながらガヴェルドを睨みつけている。
「……だが、お前のその出来損ないの目で俺に何が出来る。種が割れたのならば……違うルールで同じ事をするまでだ」
ハルファスはそう口を開いたと思うと、一瞬彼の周りの空間が歪んだ気がした。
その行動を見たカイドウは再び確信する。また何かの幻で体の周りを覆ったのだと。
見えないのを考えると、また空気の層のようなものなのかとカイドウは予測した。
ガヴェルドは地面に落ちていた瓦礫を軽く蹴ると、凄まじい速度で飛んでいき、ハルファスの体にぶつかって砕けた。攻撃というよりも、確認に近かった。
「無駄だ。どうやって俺のガードを取り除いたか知らないが、お前の攻撃は再び俺には効かなくなった」
砕けた瓦礫の欠片が次々に地面に落ちていく中、ハルファスはカイドウを睨みつけた。
ハルファスにとって、原理は分からないが、自身の顔面が殴られた原因の1つに、カイドウが何かをガヴェルドに助言した事が挙げられる。
あの男さえいなければ、そう考えるハルファスの視線とカイドウの間にガヴェルドが立って遮る。
「おっと、こいつには触れさせねぇよ。約束したからな。……そんで『幻理』本当に、お前の言う通りか?」
「何だと?」
怒りで顔を歪めるハルファス。煽るような口調で語りかけるガヴェルド。
どちらが歩みを進めても、言葉を発しても、緊張がより一層増す空間の中、ガヴェルドは赤く染まった瞳をハルファスに向けた。
すると再び彼の体の周辺に黒いモヤが現れ、這いずるようにハルファスの体を覆い隠した。
「くそっ、またか」
ハルファスは振り払おうとするが、重さのないモヤのハズが体に纏わりついて離れない。粘土のような性質を持ちながらも、質感は水や泥のような感触だった。
体を振るうハルファスだったが一向に黒いモヤは晴れずに、ようやく眼前のモヤが晴れたと思うと、そこにガヴェルドに蹴られた瓦礫が直撃し、後方に数十メートル吹き飛ばされた瓦礫の山に突っ込んだ。
「のがっ―――!!」
特徴的な鼻が瓦礫に押し潰され、骨が折れるような音が響きながらハルファスは吹き飛ばされていく。
それを眺めるガヴェルドは「よく飛ぶなぁ」と目の上に手を当てて眺めていた。
カイドウはハルファスのいない隙に訊きたい事をしこたま問いかける事にした。
「ガヴェルド、訊きたい事は沢山あるんだけど……まずその目って何なんだい?」
黒い結膜に赤い虹彩。目の下から真下に伸びた黒い線。それは一般的な人間の身体的特徴ではなかった。
「さっきお前も言ってただろ。こいつは『特慧眼』。かつての魔人が持ってたと言われてる呪われた目だ」
「え?でも僕が読んだ本には至高の領域だって……」
カイドウはその表現をいい方向に捉えていた。
しかしガヴェルドの言葉から、彼はそう考えていない事を何となく察した。
「そうだな……。人によってはこいつを魔法、魔術の頂点だのなんだのって言う。でもな、この目があって良かったなんて思う事、そう多くはねぇんだぜ」
「ガヴェルド……」
「だが今は別だな。いらねぇと思ってたモンが使えるってなった時程、偶然ってモンを信じる瞬間はねぇ。この目のお陰でお前の役に立てそうだしな」
ガヴェルドの笑みはどこか憂いを帯びていた。
彼の家系は王族直属の騎士の家系であるとカイドウは聞いていた。それ故にその目を深く詳しく調べられ、その間に剣や魔法の訓練をするという壮絶な幼少期を送ったに違いない。
だからこそ、彼の言葉にはどこか説得力があるように感じられた。まるでアミナが自身のスキルに関して話した時のように。
「俺のこの目は、見た場所に変幻自在の闇を出現させる事が出来る。見えてれば発動できるから、魔法よりも威力が落ちないし、その上ノーモーションで発動できる。カイドウ、闇魔法の特性って何か知ってるか?」
「えっ?えっと……」
カイドウは頭の中で基礎的な属性の性質を思い浮かべた。
まずは炎属性。炎属性は火を操ると思われがちだが、その実態は火をどうこうするというものよりも、熱やその場の空気を調整する方に大きく関連している。
つまりやろうと思えば、炎魔法の適性を持っている者でも、氷を作り出す事が可能となるのだ。
次は水属性。水属性は魔力の形態変化を得意としている。
水というものは個体、液体、気体という性質の変化が最も大きい属性魔法と言っても過言ではない。
それ故に初心者は水魔法が扱いやすい上に、上級者になっても強敵に通用する魔法が多く存在する。
魔力を水に変換してから自らの思う形へと変えていく為、威力も規模も他の魔法に比べて本人の力量に左右される所が大きかったりする。
次は風魔法。風魔法は自然に最もありふれた大気というものを利用する為、最も燃費の良い魔法となる。
魔力を風に変換する必要性も低い為、誰が使っても一定の威力を発揮できる。
だが逆に言えば、洗練された風魔法の使い手は、街どころか国1つ滅ぼせる規模の魔法を扱える為、魔力コントロールが重要視される魔法だと言える。
次は土魔法。土魔法は大地のエネルギーを借りる魔法だ。
風魔法のように攻撃的な一面を持つ反面、実は回復魔法の大元となっている属性でもある。
大地からエネルギーを借り、それを魔力に変換し、攻撃や防御、回復などに使う事が出来る。
冒険者だけでなく、一般人が最も世話になっている属性と言っても過言ではない。派生している属性魔法も多い為、人々の目に触れる機会が一番多い魔法かもしれない。
次は雷魔法。他の魔法とは違い、完全に攻撃に特化した魔法が雷魔法だ。
魔力を高密度に圧縮し放つ事で、それは雷の魔法となる。説明するのは簡単だが、何も無い空中に魔力を霧散させずに圧縮して放つというのは、空中に文字を書くのと同様の難易度を誇る。
その為、体内の電気を魔力で少し強化するという初級の雷魔法である『ライトニング』だけを覚えている者はそれなりに存在する。それは体内でほとんどの事が完結するからである。
派生属性が少なく、基本属性の中ではかなり上級者向けだが、その威力はどの属性魔法と比べても負ける事はない。
次は光魔法。この魔法は攻撃もする事が出来るのだが、生物の精神や心に干渉する事の出来るという特性を持っている。
光という性質を纏った攻撃は攻守共に優れている上に、子供の憧れである聖騎士などは光魔法の派生である聖魔法を多く使用する為、とても人気のある魔法だ。
極めれば雷属性の魔法よりも速く、風や炎属性以上の威力を誇る魔法まで存在する為、センスや使用者の想像力は、水魔法並みに求められる。
そして最後、ガヴェルドの口にした闇魔法だ。
カイドウはそれを、先程とは違い、口に出して呟いた。
「……その特性は、如何なるモノも吸い付き、飲み込む。変幻自在な闇は、水属性よりも動かしにくく、直接的な火力を出しにくい。攻撃よりも防御に向いた魔法……だったと思う」
カイドウは顔を上げてガヴェルドの顔を見た。
すると彼は指を鳴らして「その通りだ」と笑って答えた。
「闇魔法は全てを飲み込む。光程速くもなければ、雷のように火力を出せる訳でもない。……だが、俺のこの目はそれを無視する。瞬時に出現させ、触れたモノを飲み込んでいく。なんでか分かるか?」
ガヴェルドの言葉に「闇は……飲み込む……。目視……」とカイドウが小さく呟くと、何かに気がついたようにハッとした。
「……!!そうか、君はその目で見たハルファスの体の表面の空気に直接闇を出現させて飲み込んで消えさせ、あいつに攻撃が通るようにしたんだね。見た場所に出現させれば、速度なんて関係ない。ハルファスは違う次元に幻を出現させているけれど、出現させた物体を僕たちは目視出来たのは武器の雨で確認済み。だから一見見えないように思えるハルファスの幻による防御壁も、見れている君なら闇で飲み込める……」
「ビンゴだ。だが1つ違うとすれば、俺の目は闇の派生属性である『影属性』って事だ」
「影属性?」
「あぁ、闇属性の特性を持ちながらも、その速度や操りやすさは闇を凌ぐ。だが闇とはまた違った特性を持っているんだ」
ガヴェルドの説明は言葉では理解できるが、やはり力を使う者の言葉は本質以外の何かを感じられた。
「……だが今はそんな事どうでもいい。変わらないのは、お前が作戦を考えてくれたお陰って事だ。違和感に気づいて、俺にそれを知らせてくれた。だから俺はこの目を使う判断が出来た。……お前は本当に凄いヤツだよ」
「……やっぱり、褒められるのはあんまり慣れてないな」
頭をかいたカイドウとそれを見下ろすガヴェルド。そこには一瞬だけ平和が顔を覗かせていた。
しかしその一瞬の平和よりも取り除かなければならない障害がある。それが今、2人の目の前へと戻ってきた。
「お前等……よくも……」
憤るハルファスの周りには無数の武器が既に出現しており、殺意の矛先がカイドウたち目掛けて放たれようとしていた。
「勝ち筋は見えた。下がってろカイドウ」
「うん、頼んだよ」
カイドウの前に立ち、ハルファスの目線や攻撃の軌道上からカイドウを隠す。
ガヴェルドの後ろにカイドウが隠れた瞬間、それは放たれた。
「死ね!魔人のなり損ないの怪物が!!」
怒号と共に武器が放たれた。
しかしそれと同時にガヴェルドは眼力を強めた。すると目の前に大きな黒い膜のようなものが出現し、迫りくる武器たちを受け止めたと思うと、まるで沼に沈むかのように武器を飲み込んでいった。
「ちっ……!紛い物風情が……!!」
すると今度は自走する魔物を無数に放った。
闇で出来た壁を避けながら迫りくる魔物たちは、ガヴェルド目掛けて牙を剝く。
ガヴェルドは瞳を左右に向けたと思うと、手に持った白刀・ヘルペインを構え、空中に飛び上がる。
「……さっき、幻で生まれた生物は破壊できたよな」
一瞬にして白く輝く刃が振るわれると、両サイドから迫ってきた魔物の首はかき切られてその場に倒れた。どうやらハルファスの生み出す幻は、生物は破壊可能で、それ以外は破壊不可能と考えていいだろう。
ガヴェルドはそう考えながら、ハルファスへと接近する。それとは真逆にハルファスはガヴェルドから遠ざかるように飛翔する魔物に乗って遠ざかった。
「逃さねぇよ」
ガヴェルドは空を見上げながら目でガヴェルドを追う。そして狙いを定めると、地面から黒い闇が蠢き、まるで針山のように鋭い先端部がガヴェルド目掛けて伸びていった。
「影は常に、光に付きまとう。故に影も―――光速となる」
ハルファスの乗っている魔物も凄まじい速度で移動しているが、それは光の速度程ではない。
ガヴェルドが地面から伸ばした影は一瞬にしてハルファスの真後ろにまで迫り、ガヴェルドがその影の中から現れた。
「なっ―――!!」
「よう、おいてくなよ」
焦るハルファス目掛けて蹴りが入れられる。
ガヴェルドのスキルである『因果応報』によって蹴ったという結果が強化され、一瞬にしてハルファスは地面に叩きつけられる。
そして追撃するように地面にもう一度蹴りを加えるが、そこには既にハルファスの姿はなく、ガヴェルドは目を周囲に向けて位置を確認する。
しかし目視ではどこにも確認できなかった為、ガヴェルドは構えを解いて棒立ちする。
ゆっくりと瞳を閉じ、何やら意識を集中させているようだった。
……影だ。影を感じろ。恐らくヤツは今、周辺の景色を反映させた幻によって姿を隠している。見えはしないが、そこに存在する限り影が発生する。それを辿れば―――
「そこか、『ライトニングピアス』」
伸ばした手の先から雷の弓矢が数本発射された。
その先には何も無い……ように思われたが、ガヴェルドが目掛けた場所に雷の矢が突き刺さり雷が放電した。
「ぐっ……!!」
雷に貫かれて体が痺れているハルファスが突如姿を表した。
ガヴェルドの予想は当たっており、ハルファスは自身の周りの景色を投影する事で姿を隠していたが、それでも足音や影は消す事が出来なかった。
「これで終いにしてやる」
ガヴェルドは地面を蹴ってよろけるハルファスの元へと跳ぶ。
そして手に黒い雷を纏った。手の形を手刀のように構え、まるで雷で形作られた刃のようだった。
細かく激しく速く動くガヴェルドの手刀を見て、カイドウはそれが、雷とスキルによる高速の振動を利用し、雷で威力を底上げした、ガヴェルドオリジナルの技だと悟った。
「『黒帝・龍堕』」
雷をまとった手刀が龍の咆哮のような音をたてながらハルファスの心臓部を突き刺し、そこから血が一気に吹き出した。
しかし雷の高温からすぐに焼け焦げた臭いを発し、ハルファスは前のめりになって倒れた。
倒れた地面には、血溜まりが出来ており、それが貫通したハルファスの体の穴からでも確認出来る。
「やった……のか?」
カイドウが隠れていた所から顔を覗かせた。
目の前には血に塗れて倒れているハルファスと、それをやった張本人であるガヴェルドの姿がある。
ハルファスの心臓部には穴が空いており、心臓は確実に潰れていた。
「手応えはあった。心臓を抉った感触も普通の人間と変わりなかった。死んだと見ていいだろう」
張り詰めた表情をしていたガヴェルドも笑顔でカイドウにそう言った。
恐らく確信が持てるまで口にしたくなかったのだろう。もし確信もない内に口にすればきっと油断してしまう。万が一という事も考えて、ガヴェルドはそう判断した。
「出来れば殺さずに情報を吐き出させたかったんだが……こいつのスキルの性質上、拘束してても意味はないだろうし、仕方ないな」
ガヴェルドはハルファスの死体に闇を纏わせ、じわじわとその肉体を飲み込ませた。
「そうだね。メイさんとカルムちゃん、それとルナさんにそこは任せよう」
カイドウもガヴェルドもハルファスから目を離し、壊れた王都を全体的に見回した。
「あぁ、俺たちは街の住人の安全の確認に急ごう。エルミナとフィーが周ってくれてはいるが、恐らく人手が足りていないハズだ」
「でも魔人会が王城と騎士団詰め所に結界を張ったんだよね?もしかしたら詰め所か王城の結界が解けてるかもしれない」
「その可能性はあるな。ならお前は騎士団詰め所に向かってくれ。俺は西側に向かってみる事にする」
「うん、分かった。気をつけてね」
ガヴェルドはカイドウに「お前こそな」と優しく言った。その時既に目は元に戻っており優しいガヴェルドの目になっていた。
カイドウは1つ息を吐くと、ふと振り返った。
すると、先程までまだ闇に飲まれていた最中だったハズのハルファスの死体がどこにもない事に気がついた。
「!!どういう事だ……。まさかもう飲み込まれた?……いや、それはありえない。飲み込み終わったのならガヴェルドの闇は消えるハズ。でも行き場を失ったかのように闇はとどまり続けてる。……一体どういう……」
カイドウがそう思考した瞬間、死体のあった場所から少し離れた瓦礫の上に人影が見えた。
まさかと思いそれを確認すると、そこには腹部に傷を負い、かなりの負荷でを負っているハルファスの姿があった。
「はぁ……はぁ……。咄嗟に実態のある幻に変えていなければ危なかった……。避けきれず腹部にあの一撃を受けてしまったか……」
「ハルファス!!お前、まだ生きてたのか……!いい加減諦めろ!もうお前に勝ち筋はない!!」
カイドウがそう言うと、その時初めてハルファスの長い前髪が風でなびき、顔が見えた。
目の周りが大きな火傷痕のようになっており、血管が浮き出ているように不気味な傷跡があった。
そしてその目から放たれる怒りは、先程とは比べ物にならなかった。
「調子に乗るなよ、小僧……!!俺を追い詰めたのはお前ではない!!あの『墓守』だ!!お前等さえいなければ俺の計画は――――――!!!」
ギリギリと歯ぎしりをし、怒りの限りを表す。
そんなハルファスをカイドウは固唾を呑みながら身構えていると、一気にその態度が急変し、肩をダラッとさせた。
しかし怒りは感じられる。爆発しそうだった怒りを抑え込んでいる、そんな感じだった。
ハルファスは顔をゆっくりと顔を上げてカイドウを睨みつけると、小さく口を開いた。
「お前を殺すのは容易い。だが俺にも時間がないのは事実だ。……だから、お前には自滅してもらう」
ハルファスがそう言った瞬間、カイドウの周りを何やら黒い霧のようなものが漂い始めた。
周囲の景色が見えなくなる程の濃さの霧は、次第に量を増していく。
「これは……!」
カイドウは振り払おうとするが、霧が晴れる気配は全くなかった。それどころかどこからともなく霧は発生し続ける。
そしてカイドウの視界を霧が覆い尽くす直前、ハルファスは小さく呟いた。
「『幻想郷』」
―――その声を最後に、遂には何も見えなくなり、音すらも聞こえなくなった。
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