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雷鳴は思わぬ方角へ
第三章 113話『黒衣の剣士』
しおりを挟む紫色の血飛沫が吹き出し、破壊された肉体が地面へぼとりと落下する。
それと同時に金属音が鳴り響き、鋭い凶刃が防がれる。
凶刃を防いだ剣は、その刃で弾き飛ばし、アルダナとアミナの間に距離を作った。
「貴女は……一体……」
アミナは自身の目の前に立つ黒い装備に身を包んだ人物へと向けて呟いた。
風貌では何者かは分からない。
だが今、黒衣の人物は確実にアミナを守ろうとしている動きだった。
少なくとも、彼女はそう感じた。
左手にはコルネロ帝国が開発した魔道銃器に似ている魔道具がある。
通常、魔道銃器の銃身は1つで、大きさも両手で構えるような物なのだが、黒衣の剣士が持っているのは片手で持てる程の大きさで、銃身が2つ横並びになっていた。
煙が出ていたのを見るに、先程レリックの腕が吹き飛んだり、レーザーを打ち出す魔道具が破壊されたのは、この魔道具によるものだと予測出来た。
そして右手には、先程アミナを守った短剣が持たれている。
その形状に見覚えはないが、アルダナの一撃を防ぐ程の耐久力を持っているのならば、その武器は並大抵の武器ではない事が分かる。
フードを深く被り、腰には赤黒く変色したであろう茶色の太いベルトが巻かれている。
それだけが黒衣の中でよく目立っている。恐らくベルトが変色しているのは返り血や血飛沫によるものだろう。
その姿だけで、只者ではない事が分かる。
「貴様……我の邪魔をするとは、覚悟は出来ているようだな」
「自分の主の心配よりメンツなのか。少しは心配してやったらどうだ」
黒衣の剣士は初めて口を開いた。
声を聞いた感じ男のようだ。それにしては小柄に見えるが、カイドウより少し低い程度だろうか。
「ふっ、我が主に心配など無用だ。我が気にかける間もなく、あの方は全てを無に帰される」
「そうか……なら、その主を見てみたらどうだ」
黒衣の剣士の言葉を不審に思いながらも、アルダナはレリックの方へと顔を向けた。
今のうちに不意打ちを仕掛けられそうだったが、今のアミナは腰が抜けて立ち上がれなかった。
そして、振り返ってレリックの姿を見たアルダナは驚愕した。
「……っ!!」
なんと、黒衣の剣士にやられたであろう腕が、未だに治っていないのだ。
「レリックの傷が……治らない……?」
エルミナがそう呟き、レリックの吹き飛んだ腕を見る。
肉が崩壊し、紫色の血を吹き出し続けている。治るどころか、傷が塞がる様子すら伺えない。
「再生しないか……ふむ、特殊な弾丸だったようだな」
レリックは冷静にその場の状況を判断して口を開いた。
恐らくこのような事態を全く想定していなかったのだろう。狼狽えようから見るに、数百年前でさえも、腕が吹き飛ぶ程度の負傷ならばすぐさま再生していたのだろう。
だがそれは裏を返せば大きな傷は再生に時間を要するという事でもある。
つまりそれは、かつて大陸を支配していた魔人たちにも、ちゃんと攻撃が効くという事を示していた。
「貴様……!!」
アルダナは歯を食いしばって黒衣の剣士へと接近する。
その速度は凄まじく、羽ばたく動作で周囲の瓦礫を遠くまで吹き飛ばした。
そして先程と同様、腕を大きく振るってダメージを与えようとするが、黒衣の剣士はそれを軽々と躱し、逆にアルダナの腕を右手に持った短剣で斬り飛ばした。
だがそれでも止まらずに斬り落とされた腕の断面で黒衣の剣士を殴り飛ばし、背後にある瓦礫へと激突させた。
凄まじい音を立てて激突したようだったが、黒衣の剣士は何事もなかったかのように再びこちらへと歩み寄ってくる。
対するアルダナは、斬り落とされた腕を再生しようと力を込めるが、何故か彼女の腕も再生しなかった。
「何故だ……!この程度の傷……!っ!!」
アルダナは腕に更に力を入れると、少しだけ前腕が伸びた。
だがそれは再生と言うには程遠く、この場で瞬時に再生させる事は不可能だと悟った彼女は、周囲に先程アミナに浴びせた物体たちを出現させた。
それを見た瞬間に、アミナはあの時と同じ攻撃がくると予測して、立ち上がって身構えたが、アルダナが今からやろうとしている攻撃は少し違った。
アルダナを中心に広がった物質たちが一点に集められ、光を放っていた。
何かがぶつかり合うような音と眩い閃光。
それが晴れると、そこから現れたのは、巨大な1つの槍だった。
形状は独特で、所々が歪んでねじ曲がっている。その大きさも10m近くはある巨大な槍だった。
「『邂逅への一死』」
空中に佇んでいるその巨大な槍を見上げ、ルナは「嘘……あんなのどう防げば……」と震えている。
だが黒衣の剣士はそれとは真逆で、ただ静かにその槍を見つめている。
「我が主への冒涜、死して償え」
そう呟いて槍を振り下ろすアルダナ。
その規模は凄まじく、まとった魔力が空間を捻じ曲げ、それによってねじ曲がっていたハズの槍の形状がまっすぐに見える。
アミナはルナと、その場から退き、エルミナは瓦礫に背中を預けて防御姿勢をとった。
黒衣の剣士とレリックは、落下してくる槍を静かに見つめている。
「人間如きにこれを出すとは……この我すら思わなかった。光栄に思え」
アルダナはそう言って静かに槍に力を込める。
先程までレリックへの攻撃に憤りを覚えていた時とは違い、冷静にそして諭すように怒っている。
高まった怒りが、逆に彼女を冷静にしたのだ。
そしてしばらく動かなかった黒衣の剣士だが、突然右手に持っていた剣を腰に刺して仕舞い、その後右手を振り上げて槍へとかざした。
何か魔力を打ち出すのか。アミナはそう思ったが、槍が接近しても黒衣の剣士は何もアクションを起こさない。
このままでは貫かれてしまう。
そう思い声を上げようとした時だった。
アルダナの槍が、黒衣の剣士まで残り数センチというところで動きを止めたのだ。
そして次の瞬間には崩壊を始めた。
「なっ……!!」
アルダナは思わず声を漏らした。
黒衣の剣士は静かに手をおろし、レリックはそんな彼女をよくよく観察している。
「何が起きたの……?」
「わ、私にも分かりません……ですが、あの黒衣の方……とてつもなく強いです……」
アミナもルナも固唾をのんでその場を見つめていた。
エルミナですら刃が立たなかったレリックの腕を軽々と吹き飛ばし、レリックにもアルダナにも傷を負わせてしかも再生をさせない。
それがどれだけの事か、魔人と戦うのが2度目なアミナにとってはよく理解出来た。
「もう手はないのか。出し惜しみはおすすめしないぞ」
「―――っ!!!」
静かにそう呟いた黒衣の剣士への怒りが最高潮に達する。
アルダナは歯を食いしばりながら再び空中に無数の物体を生み出した。
しかも今度は、全てが高純度の魔力を持った魔鉱石だったり、それを編み込んだ武器だったりと、質も量も段違いに上がっていた。
もしかしたらこれが彼女の言う、第2波だったのではないかと思うと、アミナとルナは肝を冷やした。
黒衣の剣士の目の前にまで物質を出現させ終わると、アルダナは珍しく荒く息を吐いて血走った目を黒衣の剣士へと向けた。
「よくもコケにしてくれたな……貴様だけは、貴様だけは絶対に殺―――」
そう叫んだと思うと突如、アルダナの首が斬り落とされた。
それを見ていた一同は唖然とし、頭が追いつかなかった。
何故なら、それをやったのが、レリックだったからだ。
「……!!何故ですか!!何故止めるのですか!!」
「アルダナ貴様、熱くなり過ぎだ。冷静さを欠いた今の貴様では、到底あの者に勝つ事など不可能だ」
怒りを顕にし、感情のままに戦っていたアルダナとは違い、レリックは冷静に場の状況を見極め、戦いを放棄してまで黒衣の剣士への観察に時間を費やした。
そんな彼女の姿を見ると、大陸を支配する程の力と技量と頭脳を持っていると言われても納得がいく。
「言ったであろう、我を何よりも優先しろと。それが我につく貴様の使命であり義務だと。貴様は一度立てた誓いを破るのか?それとも己が放った言葉すら忘れたのか?ならばどちらにせよ、貴様は我がここで殺す。よいな」
レリックのその淡々とした口調とは裏腹に、その束縛的な言葉にアルダナは口をつぐみ、「……申し訳ございません」と謝罪した。
アルダナの言葉を受けたレリックは、アルダナの首から下へと手をかざす。するとアルダナの体は何かに取り込まれるように消えていき、その場から姿を消した。
アルダナの首だけを持った状態で、レリックはその場から歩いて少し離れた。
「興醒めだ。今日はここまでとしよう」
その言葉に一同は驚くが、それに反発する声があるのは言わずもがなだ。
「ふざけるな……何を勝手な事を……!!」
エルミナがそう言うが、レリックは全くの無関心を貫いている。
それでも言葉を投げてくるエルミナへ「勘違いするなよ」と息を吐いてから言う。
そして次の瞬間、レリックは黒衣の剣士に破壊された前腕部分より更に上、腕を肩ごと自身で破壊し、外した腕を地面へと放り捨てた。
するとたちまち彼女の腕は再生し、新しい腕が現れた。
「この程度の傷の再生など造作もない。故にその者が現れた事で、我々が勝機を失った為に逃げたなどという浅はかな考えは捨てろ。我はこれから、この地にいる屑を全て殺しても構わんのだ。それが出来る我と、それを防げない貴様等。努努忘れるな」
レリックはそう言うと、凄まじい速度で空中へと飛び上がり、雲の上まで飛んでいった。それではどの方角に行ったのかも分からない。
アミナたちは緊張感が解け、体を脱力してその場に背をつけて倒れ込んだ。
「嘘……帰ったんだよね……あの化け物たち……」
「どうやらそのようだな。……はは、楽しむ隙もなかったな。私もまだまだ未熟だ」
ルナは背をつけ、エルミナは瓦礫にもたれかかりながらそう会話した。
かくいうアミナも、緊張が解けてその場にへたりこんだ。
そしてただ佇んでいる黒衣の剣士へと礼を言った。
「あの……ありがとうございました。お陰で助かりました。魔人を斥けてしまうだなんて凄いですね」
屈託のない笑みを浮かべたアミナへと一瞬視線を落とし、黒衣の剣士は再び顔を逸らす。
そういえば彼の目的はなんなのだろうか。ふとアミナの中にそんな疑問が浮かび上がってきた。
「あの、剣士さん。助けて頂いた上に、失礼を承知で伺うのですが、貴方の目的はなんなのですか?」
「目的……か……。その前に―――」
黒衣の剣士はそう呟くと、一瞬にしてその場からいなくなった。
アミナが目を丸くして驚いていると、エルミナが肩を押さえながら歩いて近づいてきた。
「あの者は一体誰なのだろうか……魔人を圧倒していたが……」
「分かりません。私も見た事ない人でした。エルミナさんも覚えはないんですよね?」
「あぁ、あれだけの実力者がいれば名も売れているだろうし、手合わせをしていたハズだ。だが私の戦った中で最も手強かったのはアミナさんだ。手合わせをしていれば、忘れるハズがないのだが……」
エルミナはそう呟いて、先程アルダナの首が切り落とされた現場を見つめた。
あれ程までの強敵、今まで出会った事がない。
エルミナは拳を握りしめて今度は空を見つめた。
それはレリックが飛んでいった方向。一体どこへ行ったのか分からないが、アルダナより更に強いとなると、その握った拳がどこまで届くか分からない。
……いや、届かない事は十分に理解させられた。
守るべきものを十分に守れなかった悔しさは、エルミナの中に深い根を下ろしていた。
「あのぉ……アミナちゃーん、エルミナちゃーん。よかったらお姉さんを助けてくれませんかー……?疲れて起き上がれなくて……」
振り返るとルナがそう言って大の字に寝ていた。
アミナとエルミナはその様子を見て可笑しくなり、ひとしきり笑ってからルナの元へと駆け寄った。
そして手を握って体を起こしてやると、それとほぼ同じタイミングで黒衣の剣士が戻ってきた。
2人の人間を担いで。
「メイさん!それに貴方は……国王様ですか!?」
黒衣の剣士は2人を地面へと落とす。
どうやら2人共意識がないだけなようで、落ち着いて呼吸をしていた。
「レリックが封印されていた地下に取り残されていた。他の騎士団員の連中は、既に逃げたようだ」
「よかった……お城の入口がすっかり壊れてしまってどう中に入ろうかと悩んでいたのですが……何から何までありがとうございます。何かお礼をしたいのですが、よろしければ貴方がここへ何をしに来たのか教えて頂けませんか?」
「そうだ。もしかしたら、私たちに出来る事があるかもしれない。なんでも言ってくれ」
アミナとエルミナはそう言った。
2人の言葉にしばらく黙っていた黒衣の剣士だったが、何か言ってくれるまで待機の眼差しを向けられているのに耐えられず、口を開いた。
「私は、ある人物を見つけなければならないのだ。その為にここ、ファーマスへと訪れた」
「へぇ、それは誰なのですか?大切な人なら、早く会えた方がいいですよ」
アミナがそう言った時、遠くから「おーい」という声が聞こえてきた。
聞き馴染みのある声に笑顔で振り返ると、そこには最も信頼している友人の1人が手を振っていた。
「カイドウさん!しかもフィーちゃんまで戻ってきて……それに周りにいるのは……」
「うん、魔道騎士団の人たちだよ。ハルファスを倒した時、崩れてくる瓦礫から救ってくれたんだ。フィアレーヌ君は、ここに来る途中に色々な人を背中に乗せてたから、それを一旦宿屋に運んでから一緒に来てもらったんだ」
「そうですか……偉いですねフィーちゃん。ちゃんと運んでくれたんですね。御三方の様子はどうでしたか?」
「それに関しては……カイネさんが凄く怒ってるかな……」
カイドウのその言葉にアミナは心臓を刺された気分だった。
彼女の性格ならば、あの場に残ると言うだろうが、国の姫として危険に晒す訳にはいかなかった。その辺を理解してくれ……とアミナは肩をすくめた。
「カルムちゃんも、フィアレーヌ君が背中に乗せていた人も、一命は取りとめたみたい。今は宿でシュルナさんが治療してる」
「そうですか……無事でよかったです」
ほっとして胸を撫で下ろしたアミナ越しに、カイドウは何かを見て、「アミナさん、あの人は?」
それに気がついたアミナは「あぁ」と声を漏らしてから体を避けてカイドウにもよく見えるようにした。
「紹介しますね。あの方は、復活してしまった魔人から私たちを助けてくれた―――」
そこまで呟いたと思うと、アミナはとんでもない殺気を感じ取った。
そして次の瞬間、本能が告げた。
刃を抜け―――と。
腰に携えた短剣を引き抜き、カイドウの前に立ちはだかる。
するとアミナがそうした時には既に、自身の短剣に黒衣の剣士の短剣がぶつかって火花を散らしていた。
「アミナさん!」
「アミナちゃん!」
「ちょっと……いきなり何をするんですか……!!」
黒衣の剣士は黙って腕の力を強め、刃を押し込んでくる。
その圧倒的な力に顔を歪めると、カイドウが驚いた様子でこちらを見ているのが見えた。
「黙れ……そしてそこを退け……!!私はその男を―――殺さなければならないのだ!!」
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