ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで魔物の大陸を生き抜いていく〜

西館亮太

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お店経営編

第二章 106話『『元』究極メイド、英雄と戦る3』

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 一方的な長い静寂が続いた鉄鉱平原の中央部。
 周囲では様々な音が鳴り響き続けている。

 武器を振るう音、それを防ぐ音、魔法の詠唱と、それを解き放つ音。
 どれだけ譲歩しようとも静かとは言えない戦場にも関わらず、その場、その瞬間だけは、2人の間に静寂が走っていた。

「さぁ、始めようか」

 エルミナが黒い刃をアミナに向けてそっと呟く。
 アミナは次の行動への移行を円滑に行う為に腰を落として体勢を低く保っている。

 そして、片方が地面を蹴った。
 最初に動いたのはアミナだった。

 素早い動きでエルミナの懐へと潜り込んでいく。
 常に警戒していたエルミナだったが、一瞬にして自身の間合いへと迫ってきたアミナの一太刀を黒刀で受け流す。

依然より圧倒的に速くなっている……。だがそれだけじゃないな……。

 短剣を弾いて距離を取る。
 アミナの素早さに驚くエルミナだったが、別段彼女の目で追えない程の速度ではなかった。
 だが、あっさりと懐へと潜り込ませてしまったのには理由があった。

 なんとアミナは、エルミナへと接近する際に、足先を走る方向とは別の方へと向けていたのだ。
 しかも一瞬で何回もそれをやって退けた。アミナは誰が見てるかも分からないその瞬間に数度のフェイントを混ぜ込みながらエルミナへと近づいたのだった。

 短剣を弾かれたアミナはすかさず刃を振るう。
 逆手に持ち替えて突き刺すような動作でエルミナの上半身を狙うが、それを紙一重で回避される。
 アミナの一閃を躱したエルミナだったが、彼女のあり得ない体勢からの上段蹴りに対処できず、咄嗟に腕を振り上げてガードする。

 数メートル地面に留まりながら耐えたエルミナだったが、彼女の左腕には長く響くような痛みが広がった。
 しかし戦闘に問題は無く、すぐさま体勢を立て直してニヴルを構える。

 黒刃が微かに唸り声を上げ、エルミナの足元にうっすらと蒸気が立つ。
 魔力が高まりつつある証だ。

 それを見たアミナも即座に間合いを詰めようと足を踏み出す。
 ただし今度は、真正面から。

今のは試しだ。次は本気で来る。

 エルミナはそう確信して、刃先を自らの腰の高さに構える。
 息が合えば、互いの鼓動が同じタイミングで響いていることすら分かる。
 だが今、その音は決して重なりはしなかった。

 アミナの踏み込みは速い。だがエルミナはその僅かな膝の動きから予備動作を読み取り、黒刃で迎え撃つ。
 再び短剣と刀がぶつかり、火花が散った。
 音と光の残像だけを残して、二人の姿はまたしても視界から消える。

 一秒、二秒――数歩先の地面が爆ぜ、爆音が遅れて届いた。
 互いの位置は次々と変わる。地面に残るのは、剣戟と蹴撃の軌跡だけ。

 ――それは、二人にしか見えない世界。

 そこで一度だけ、アミナの短剣がエルミナの頬をかすめた。
 その血が空中を舞い、陽光にきらめく。
 だがその直後、黒刃がアミナの上腕を掠めた。まるで、互いの一撃一撃が紙一重である事を知らせるように。

 それでもアミナの猛攻は止まらなかった。
 先程から回収していた鉄の剣を片方の手に持ち、地面に指先を触れさせる。
 するとたちまち地面から露出している鉄鉱石から数本の鉄の剣が形成され、アミナの右手の上に浮かび上がっていた。

「―――」

 アミナは腕を振りかぶってそれを投げる。
 彼女のスキルで構築、分解されている途中の物質は、物理法則を受け付けなくなる。
 直前までその状態だった剣達のそれは、投げられた瞬間にも適応されていた。

 つまり、空気抵抗も重力の影響も受けない刃が今、エルミナに迫っていた。
 凄まじい速度の剣は、既に音速を超えていた。

「―――ッ」

 しかし迫りくる一本一本の剣を見据え、エルミナはそれぞれを黒刀で打ち落としていく。
 徐々に速度が落ちていくとは言え、彼女は難なくそれをやって退けた。
 弾かれた剣はあまりの衝撃に一瞬にして粉々に破壊され、アミナの無茶なスキルの行使や、エルミナの凄まじい技術がよく分かる。

形状は、アミナさんが持っていた見慣れない鉄剣と全く同じ。既製品をそのまま作り出す技か?それに……片手による物質の構築……。まさか、両手で触れなければならないというスキルの弱点を克服したとでも言うのか……?

 以前出会った時とは比べ物にならない程の成長ぶりに、自身で考察をしておきながら彼女は驚きを隠せなかった。
 通常、スキルには必ず弱点が存在するのだが、アミナにとってそれは両手を使用する事だとエルミナは理解していた。
 だが今アミナが見せたものは片手による構築だった。

 数ヶ月という、修行には短く、日々を過ごすには長い時間で、ただのメイドだった少女はそこまで成長している。その事実が嬉しいようで、やはり悲しい。
 平穏な日々をアミナは過ごせていないのではないか、きっと自身の知らない傷跡が彼女の体には刻まれているのだと、エルミナはそう思えてならなかった。

「だが――」

 エルミナは剣を構え直す。
 すると黒い刃には燃え盛る炎が纏われており、その熱気はそれなりに距離が離れているハズのアミナの肌がジリジリと焼けるようだった。

「――強くなったのは、何も貴女だけではない」

 アミナは即座に警戒して身構える。
 燃え盛る剣が、エルミナの技の1つである『剣技・灼』だと知っているからだ。
 その威力は凄まじく、並の魔法使いが使用する炎の魔法より遥かに威力が高い。そこに成長したであろうエルミナの剣の腕も加わる為、受ければ完全に防ぐ事は出来ないだろうと悟った。

 すると次第に炎の色が赤から青へと変化する。
 それは炎の温度が以前よりも上昇している事を現してた。剣の技術だけで無く、自身が使用する魔法も成長している。
 彼女が剣を振り下ろすと、僅かに生えていた小さな草や苔が一瞬にして焼き払われた。

 「何があったかは、もう逐一訊かない。……だが、貴女のその目だけは、晴らさせてもらう」

 そう宣言し、今度はエルミナからアミナへと突撃する。
 単調な直線上の動きにアミナはあらゆる可能性を考察したが、意外にもエルミナは真正面からアミナへと斬り掛かった。
 手に持っていた鉄の剣で思わず応戦するが、受け止めた瞬間に鉄が溶け始め、すぐさま飛び退いて回避する。

 触れた瞬間に持ち手にまで熱が伝わり、アミナの掌は軽い火傷を負っていた。
 ドロドロに解けた鉄の剣は今や原形を留めておらず、地面に落ちて半液体状になっていた。

「『剣技・カルマ』。それが剣技・灼から進化させた私の新しい技だ。青い炎は、赤では捉えきれなかった報いを焼き払い、因果を断ち切る」

 再び剣を振り下ろし、エルミナはアミナへと距離を詰める。
 そして様々な方向から刃を振るう。
 燃え盛る業火を、アミナは紙一重で回避するが、刃の軌道上の熱気が徐々にアミナの体力を蝕んでいく。

 足元に立ち上る熱風。
 焼けた空気が肺を灼き、額を伝う汗がまるで溶け落ちるかのように皮膚を滑る。
 息を整える暇もなく、刃が振り下ろされる。
 アミナは身体を低く構え、滑るように地を這い、次の瞬間には跳躍して背後へと抜ける。

 だが、エルミナの視線はそれすら追っていた。
 黒い刀身が弧を描き、まるで意志を持つかのように迫る。
 アミナは左腕で角度をずらしつつ、柄の部分で受け、右足を軸にして跳ねるように後退。
 その一連の動きに一切の音はない。ただ、互いの呼吸が重なり、武器と武器が擦れる僅かな金属音だけが静寂を裂いた。

 粉塵が舞う。
 風が止み、時間が引き伸ばされるように遅く感じられた。
 踏みしめた大地がわずかに凹み、アミナの瞳に一瞬だけ映る黒の残像。
 それは、地を砕きながら迫るエルミナの脚だった。

 アミナは手首を返し、刃を逆手に持ち直す。
 咄嗟に腰を沈めて蹴りの直撃を逸らし、地面を滑るようにして背後へ回る。
 その最中に小さく砂粒を巻き上げるように足先を跳ね上げ、わずかに目眩ましの煙を生む。
 だがエルミナは煙の向こうから迷いなく斬撃を振るう。
 正確にアミナの腕を狙った軌道。
 たとえ視えなくとも、彼女には感じ取る術がある――気配の流れ、空気の揺らぎ、わずかな重力の違和感。

 アミナは間一髪、刃を受け流して飛び退いた。
 その動きに無駄はなく、だが確実に削られている。
 彼女の肩がわずかに上下し、血の気が引いた唇にわずかに影が差す。

 対するエルミナは、静かに歩を進める。
 その瞳は変わらず無表情のまま。だが、微かな息遣いに、過去の葛藤が色濃く滲んでいた。
 それは誰にも気付かれぬまま、彼女の剣筋にだけ確実に反映されていく。

 互いに一言も発せず、ただ動きだけが語る。
 技と技。駆け引きと駆け引き。
 一挙手一投足に意思が宿る。
 その中で、アミナは一つの判断を下す。

 アミナは地面へと軽く触れると、そこからは大量の煙が吹き出した。

「これは……煙?目眩ましか……」

 だがその程度の小細工など、今のエルミナには全くの無意味だった。
 彼女が燃えている刀身を振るおうと黒刀を振り上げた時だった。
 
 巻き上げられた煙達が一気に着火され、大爆発を引き起こした。
 アミナはその光景を少し遠くから見つめていた。
 何故そのような爆発が発生したのか。

 アミナが先程巻き上げたのは、地面の鉄鉱石を分解して生成した鉄の粉だった。
 空気中に大量の可燃性の粉が巻き上げられ、それが高火力のエルミナの武器により着火された。
 空気と触れる面積が広くなり、それが一気に広がる。
 細かい物質になる事で塊だった時よりも可燃性を帯びる。
 それ故に発生した粉塵爆発だった。

 爆風が地面を抉り、衝撃波が辺り一面に広がる。
 鋼の破片が嵐のように飛び交い、視界は赤黒く染まり、耳をつんざくような轟音が戦場の空気を裂いた。

「………」

 そんな爆音が轟く中、アミナは変わらず沈黙し、爆発の煙を見つめていた。
 それは一種の信頼とも言えるものだった。
 この程度の爆発でエルミナが戦闘不能、もしくは死ぬ事などあり得ない、と。

 そして案の定、燃え尽きた粉塵の中から、1人の人の影が見える。
 長い髪の毛をなびかせながら、彼女は一歩一歩を踏みしめて歩みを進める。
 煙を振り払って姿を表した彼女はやはり無傷――とまではいかず、それなりのダメージを受けている様子だった。

「なるほど……。燃焼した鉄粉の連鎖的な爆発という訳か。私の攻撃手段を逆手に取るとは、やはり貴女は素晴らしい女性だ……。だがそれ故に幾度も思ってしまう。何故、私と貴女が戦わなければならないのか、と」

 エルミナは先程の経験からか、黒刀の炎を消し、代わりに赤黒い魔力が剣を覆っていた。
 そしてエルミナは先程とは段違いの魔力を剣から放ちつつアミナに向けて構えを取る。

「……あの時の延長という事にしようか」

 エルミナはアミナと初めて木剣を交えた時の事を思い出す。
 そして再び、2人の刃は火花を散らしてぶつかりあったのだった。

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