ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで魔物の大陸を生き抜いていく〜

西館亮太

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お店経営編

第二章 119話『『元』究極メイド、凱旋する』

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 ギーラの言葉によって終りを迎えたククルセイとコルネロの戦争。
 彼のその宣言から1日。
 アミナとエルミナの怪我の具合が良くなり、一同は帝都パラディンへと馬車で向かって移動していた。

「まさか、1日で終わっちまうとは思わなかったな」

 メイが頭の後ろで手を組みながら言う。

 今回のこの2つの国の間で起きた戦争。
 冷戦状態に入る前は年単位で続いていたのだが、今回はなんと開戦からほんの数時間という短い時間で終結した。
 その理由として上げられるものが複数ある。まず1つ目は―――

「アミナさんが凄まじい動きを見せたというのがあるな。動きが以前よりも格段に良くなっていた。ククルセイの聖騎士を打ち倒す姿は見ていて惚れ惚れしそうだった」

 エルミナがメイの言った事に言葉を返す。
 そして頬を少しだけ赤らめて体をくねくねとさせる。
 その光景を見ていたアミナは少しだけ俯き、それに気が付いたケイがエルミナを軽く肘で小突く。

「ちょっとエルミナ!私達はともかく、アミナさんに対してその言い方は不謹慎過ぎるよ!」

 ケイはエルミナに説教する。
 そう、彼女達のような魔物がはびこり、争いの絶えない第二大陸で育った者と、基本的に平和で魔物もあまり現れない第四大陸で育ったアミナの価値観は違っていた。

 エルミナ達のような第二大陸で育った者は、敵を殺す事に躊躇していたり、殺した命に対して責任と自責を感じる事は逆に失礼に当たる、という考えを持っている。
 この大陸で生きる以上、常に死と隣り合わせである事を自覚しなければならない。
 それ故に命を奪った相手に対して後悔の念を抱くと、それこそ相手への敬意を欠く行為となる。
 その為基本的に死者に対して悪く思ったりする事は無く、何も気にしていないかのような口調で口に出すのだ。

「い、いえ。お気になさらず。……ですが、それを言ったらエルミナさんの剣技も凄かったですよ。新しい技も編み出していましたし、防いだのに袖が斬れた時は驚きました」

 アミナが斬れた脇の部分の袖を見せる。
 見事に縦に斬り裂かれており、断面は度重なる戦闘でボロボロになっていたが、斬られた当初は縦に綺麗な直線を作っていた程だった。

「あぁ、言ったと思うが、あれは防がれても敵の力の抜け道を見つけ出し、そこに防がれた時の力が移動するようになっている。だから普通ならあそこで腕が斬れてるハズなんだが……流石アミナさんだ。力の逃がし方が上手かったからあの程度で済んだのだろう」

 恐ろしい事を平気で言う。
 防いでいても腕が斬れていたという事は、あの時点で敗北が決まっていたかもしれないという事ではないか、とアミナは苦笑いしながらエルミナの眩しい眼差しを受ける。

 するとアミナの前に座っているギーラが荷物の中から掌ほどの布の袋を取り出してアミナに見せる。

「アミナさん悪い。集められたのはこんだけだった」

 ギーラはそう言って布を広げると、そこにはアミナがこの大陸に来てからずっと使っていた短剣の破片達があった。

「……!!集めててくれたんですか……?」

「まぁな。あのタイミングでテントに戻ったのも、集めんのがもう無理そうだったからなんだ。でも多分全部じゃねぇ。見ての通り粉々に砕けちまってるみたいでよ、流石に全部は集められなかった。すまねぇな」

「いえ……!!謝る事などありません。どのみち、ここまで粉々になってしまっては剣に復元するのは不可能ですし、多分カルムさんと戦った時には、もうガタが来ていたようです。この子は十分戦ってくれました。……ギーラさん。集めてくれてありがとうございます。」

 アミナは頭を下げてギーラに礼を言う。
 
 ギーラが集めてくれた短剣の破片達。
 その短剣はアミナが第二大陸に来て作った物だ。
 右も左も分からない魔物の巣食う大陸で、唯一頼れそうなのが、不必要だと思っていた物を作り出せるスキル。
 それによって最初に作り、危機を脱した代物だった。
 付き合いで言えば誰よりも長く、誰よりもアミナのそばにいた物だ。
 壊れてしまっては仕方がないが、できればまだ使ってあげたかった、とアミナは思う。

 しかし、彼女のスキルでも恐らく修復は不可能だった。

 鉄を分解して粉塵として利用したのと同じで、破壊は簡単だが、構築には事細かなイメージが必要なのだ。
 しかも破片や粉状になった鉱石を元の剣の形に戻すのは至難の業で、流石のアミナでもそこまではまだ出来なかったのだ。

「あなたも、今までありがとうございました。ゆっくり休んで下さい。」

 布袋を大事そうに抱きながら、アミナは短剣だった物へと礼を言う。
 寂しいのと同時に、これで良かったのだ、とも思えた。
 今まで散々雑に扱ってきたにも関わらずここまで持ってくれた。
 それだけで彼女にとっては十分だった。

「そういえばアミナさん。貴女を知っている冒険者が何人か、寝ている間にテントへ顔を出しに来ていたぞ」

「……そういえば、皆さん戦場にいましたもんね」

「覚えているのか?」

「勿論です。ただの1人も、忘れた事はありません」

 そう言って戦場で出会った知り合いの顔を思い出していく。
 相手は自身に気が付いていなかったかもしれないが、顔を隠していたアミナは一方的に顔を見れた。
 
 フィーと出会った日と同じ日に出会った冒険者のハンス。
 お店を開いて最初のちゃんとしたお客さんの、駆け出し冒険者のデビン。
 他にも、ガレキオーラの討伐時にお世話になった、エリック、サーラ、レドラ、ロイ。
 メイに腕相撲で負けて落ち込んでいたバグロ、わざわざ他の街から足を運んでくれたレイソ。

 アミナの店に依頼に来てくれた冒険者もそれなりにおり、戦場では何度か戦意を失いそうになったのを堪えたものだ、とアミナは思った。
 それと同時に、彼等には自身がいる事がバレていない、という謎の自信もあった。

「彼等は言っていたぞ。『やっぱりこの人か』、『何か理由があるとは思ってたけど、そんな事が』、『あの人があんな無意味な争いはしないとは思ってた』、『怒ってても衝動的に俺達を殺さないってのは、この人の根っこの人の良さが伝わってくるよな』……等々、色々言っていたぞ。あまり仮面の意味は無かったようだな」

 想定していた事とは違い、全然バレていた。
 アミナは全くバレていないと思っていた事を少しだけ恥じ、赤面しながら苦い顔をして俯いた。
 彼女のその顔に何かを察した一同は笑い、メイも腕を組んで鼻で笑っていた。

「むーーーっ。……あ、メイさん。ベルリオさん達はどこに?」

 笑われている中、思い立ったようにメイに訊いた。
 
「あ?あぁ、あいつならまだ鉄鉱平原に残ってる。まだ怪我人がいるかもしれねぇからな。だからフィーも向こうに残って捜索を続けてる。……ま、あいつは足速ぇから、終わったら帝都で合流する事になってる」
 
「そうなんですか。……あとでフィーちゃんやベルリオさんにもお礼を言わなければですね。フィーちゃんには謝ってしかいませんし、ベルリオさんに関しては戦争が始まる前から会えてませんし」

 アミナの頭の中にベルリオの顔が思い浮かべられる。
 アミナについて行く事になっていた第7師団の面々は、ベルリオの頼みによって、アミナを絶対に死守し、尊重すると決めていた。
 だからアミナへ変に加勢する事もせず、彼女のやらせたい事を黙ってさせていた。
 だが実際には、アミナの激しすぎる動きについていけなかったというのもあった。
 
 大丈夫だと言い張り続ける自身を心配してそう頼んだのだと、第7師団の1人が口にした。
 命令では無く、頼みだと言って頭まで下げてくれたベルリオには本当に頭が上がりそうになかった。

「あっ!あの大きなお城がある街……あれが帝都パラディン?」

 ケイが窓の外を指差して言う。
 アミナやメイも窓の外を見て確認すると、間違いなく帝都パラディンだった。
 出発してからそこまで時間が経っていないハズだったが、アミナにとっては妙に懐かしく、そして、少しだけ恐ろしく感じられた。


―――


「メイ隊長!アミナ殿!ご帰還、お待ちしておりました!!」

 イーリルが息切れをしながら乱れた服装で馬車から降りた2人へ言葉をかける。
 恐らく寝ずに色々な物を試作していたのだろう。目の下にはクマが出来、服が乱れていたのは着替えをしていなかったからだろう。

「後ろの3人は……」

「あぁ、一応客人だ。アミナのダチだから通してくれ」

 エルミナ、ギーラ、ケイの3人を紹介……とまで丁寧では無かったが、一応の説明をし、イーリルは「分かりました」と疑いを捨てきっていない程度の警戒をしながらエルミナと握手を交わす。
 そして「貴方がイーリル殿か。あの魔道銃器というのは素晴らしいな」と言い、それに対して「どういたしまして」と返した。

「……んな事よりも、カイドウの容態はどうなってる」

 2人が握手を止めた所でメイが問いかける。
 その名を聞いて、アミナは少し体が震え、イーリルの目は一層鋭くなった。

「特に変化はありません。……目を覚ます気配も、相変わらずありません。回復薬をどうにか見つけて投与してみたのですが、依然変わりはありませんでした」

「回復薬があったにしろ無かったにしろ、結局カイドウはその場じゃ助けらんなかったって訳か。だがその辺はもう安心してくれ。どうやらチールの野郎がこの国の回復薬とリヴァルハーブをククルセイに持ち出してたみたいでな。ククルセイの医者からいくつか分けて貰った。そいつでアミナが治療すれば、助かるって寸法だ」

 メイの説明に納得しつつ、イーリルは何か思い当たるフシがあったのか、「そういう事だったのか」と呟いた。
 「何がだ?」とメイは聞き返すと、イーリルは答えた。

「チール様……いや、もう敬称は不要ですよね。チールが直属の部下達に何かを運ばせているのを遠目で見た事があったんです。中身は分かりませんでしたけど、まさかそれがリヴァルハーブだったのか……」

「最初っから私達を裏切るつもりで動いてた訳か。大した女だな全く。今頃、どっかで野垂れ死んでんだろうな」

 心配して損した、とでも言いたそうなメイは、彼女の顔を少しだけ思い浮かべてすぐに消した。
 あんなヤツ、もう考える価値もない、と。

「そんな事より、リヴァルハーブが手に入ったのなら早速行きましょう。……後ろの3人はどうしますか?」

 先導を始めたイーリルがエルミナ達をどうするか訊いてきたが、「通して問題ねぇだろ」と軽く答える。
 暗い面持ちで一番後ろをついてくる3人を見て、イーリルは前に向き直ってカイドウの元へと案内を始めた。

―――

 城の中を数分程歩き、大きな扉の前へと着いた。
 その場所は訓練場からもすぐ近くで、一番地上へと近い部屋だった。
 怪我人や病人を1秒でも早く逃がす為の構造に、最初に城を作った者の性格がよく出ている、とエルミナは呟いた。

 一同は巨大な扉から中へ入り、医務室特有の薬の匂いを受けながらカイドウの横たわっているベッドへと近づいた。

「カイドウさん……」

 頭に包帯を巻き、安らかな顔をして眠っている。 
 微かな息をする音だけが、生きていると知らせている。
 心臓の鼓動は弱まり、胸に耳を当てなければそれが確認できない。
 それほどまでにカイドウは衰弱し、弱っているのだ。

「アミナ殿、ここにフラスコがある。出来上がった物をこれに入れるといい」

 イーリルはそう言って空のフラスコをアミナの前に置き、リヴァルハーブを両手で覆う彼女を見つめる。
 そしてアミナ、深く息を吸って吐いた後、スキルを発動させてリヴァルハーブを淡い光で包み込む。

 目の前に置かれたフラスコに純度99%の回復薬が滴り落ちていく。
 淡い青緑色の液体が注がれていき、フラスコの半分くらい溜まったところで液体は止まった。

「…………」

 アミナは黙ってそれを持ち上げ、カイドウの上まで持って行く。
 カイドウは寝た体勢のまま包帯だけを取り、待機をさせている。
 すると医務室の扉が開いた音がした。

「ベルリオ。戻ってこれたのか」

 イーリルが入口の方へと目をやると、そこには彼の呼びかけた通りベルリオと、少しだけ体を大きくしたフィーの姿があった。

「あぁ。フィアレーヌ殿が想像以上に活躍してくれてな。俺だけ先に戻らせてもらった。生意気な部下だよな。後は任せて総団長はさっさと帰って下さい、なんてよ」

 ベルリオはそう苦笑した後、小さく震えているアミナを見る。
 彼と同時にフィーも、震えているアミナへ視線を固定し、彼女がそれを実行する時を待っていた。


 手に持った回復薬―――これを数滴、彼の頭に垂らすだけ。それだけで、彼はきっと目を覚ます。
 長く続いた悪夢のような時間が、ようやく終わる。

 ――なのに、体が動かない。

 ごくり、と喉が鳴った。
 手が震えている。指先がこわばって、フラスコを落としそうになる。
 すぐ後ろでは、エルミナたちが見守ってくれている。ギーラも、ケイも、メイも、イーリルも。
 そして今しがた、フィーに乗ってベルリオまで戻ってきた。皆、アミナを信じている。任せている。

 でも――

もし……

 頭の中に、最悪の光景が浮かぶ。

 目を覚ましたカイドウが、自分を見て、眉をひそめる。
 「何で守ってくれなかった。約束も、僕自身も」と冷たく言う。
 軽蔑と、失望と、呆れに満ちた目で、自分を見る。

そんなの……耐えられない……

 心臓が早鐘を打つ。
 体中を血が駆け巡る。冷たく、苦しく、呼吸すらままならない。

 必死に理性で打ち消そうとする。
 彼はそんな人じゃない。自分が知っているカイドウは、あんな顔はしない。
 でも、もう1人の自分が囁く。

『お前は彼を裏切った。守ると約束しておいて、彼を闇の中に突き落とした』

 アミナは唇を噛んだ。
 あの時、自分は戦えなかった。信じられなかった。
 目の前で倒れるカイドウを助けられなかった。

こんな私に……会いたいなんて、思うハズがない

 フラスコを持つ手が、今にも砕けそうだった。

「アミナ……」

 誰かが、小さく呼びかけた。
 耳に入るその声すら、痛かった。

 周囲の視線が重い。
 急かしているわけではない。誰も責めていない。
 それでも、アミナの中に生まれた焦りと恐怖は、容赦なく彼女を追い詰めた。

 膝が笑いそうだった。
 もう、逃げてしまいたかった。
 このフラスコを捨ててしまえば、全てが終わる。
 目覚めた彼に怯える必要もない。だが、そうすれば後ろにいる人全員から恨まれるのは確実だった。

でも、それじゃ……

 顔を上げた。
 眠るカイドウの顔が、視界に映る。

 何も言わない彼を、見つめた。
 気づけば、アミナの中にもう一つの感情が芽生えていた。

会いたい……

 怖い。
 でも、それ以上に―――ずっと、ずっと、生きている彼に会いたかった。

私は、謝りたい。ちゃんと、伝えたい。

 自分がどれだけ悔いて、どれだけ後悔して、どれだけ彼を想ってきたか。
 怖いままでもいい。泣きながらでもいい。
 それでも、伝えなければ、きっとこの先、また自分を許せない。

 アミナはそっとフラスコを持ち直した。
 震える手を、自分で包み込む。

「……カイドウさん……」

 小さな声が漏れる。
 誰に聞かせるでもない、ただ自分に向けた祈りのような言葉。

 そっと、フラスコを傾ける。
 透明な液体が、ひとしずく、カイドウの頭にある銃痕へと落ちた。

 光が、走った。

 ごく微かな、しかし確かに温かい光が、カイドウの頭部からふわりと広がっていく。
 その光はまるで、生き物のように銃痕を包み込み、ゆっくり、じわじわと沁み込んでいく。

 アミナは、息を呑んだ。

 銃痕の周囲の肌が、淡く震えるように脈動を始める。
 深く穿たれていた傷口が、内側から再生していく。
 割れた骨が音もなく繋がり、破れた血管が編み直され、皮膚が継ぎ目もなく閉じていく。

 まるで時間を巻き戻すかのような、奇跡の瞬間。

 その光景を、アミナは一心に見つめた。
 後ろで見守る仲間達も、誰一人として言葉を発さない。ただただ、息を潜めて立ち尽くしている。

 やがて、傷はすっかり跡形もなく消えた。
 カイドウの額は、もとのなめらかな肌を取り戻し、まるで最初から何もなかったかのようだった。

 アミナの手が、小さく震える。
 胸の奥が熱くなる。

……これで、カイドウさんは……

 祈るような思いで、アミナは彼の顔を見つめ続けた。
 そして、カイドウのまぶたが、ゆっくりと震えた。

 細く閉じられていた瞼が、かすかに動き、わずかずつ開いていく。
 まず、まつ毛が微かに揺れ、次に濁りない黒の瞳が、ほんの少し、光を受け止めるように現れた。

 アミナは、思わず胸に手を当てた。
 その黒い瞳が、ぼんやりと焦点を探すように揺れ――

 次の瞬間、確かにカイドウが、目を開いた。
 
 彼は目を開けた最初は意識がぼんやりとしていたのか、小さく顔を動かすと、アミナの顔を見て彼女の名を呟く。

「アミ……ナさん……?僕は、一体……?」

 間違いなく彼の声だった。
 ぼんやりとした意識の中体を起き上がらせ、周囲を見回す。
 すると次々に様々な物が目に映り、アミナの後ろで待機していた人達とも目があった。

 一体何が起きているのか。
 カイドウがその疑問を抱いていた時、体に強く、しかし優しい感覚を感じ取った。

「……?アミナさん……?」
 
 カイドウを襲った衝撃の正体は、アミナによる抱擁だった。
 細い腕で、恐る恐る、でも必死に、彼を抱きしめる。

 ぎこちない抱擁だった。
 力が入らず、腕が震えている。それでもアミナは、必死にしがみつくようにカイドウを離さなかった。

 胸に押し当てた顔の奥で、涙がにじみ、視界を濡らしていく。
 小さな嗚咽が、喉の奥からもれる。

 カイドウは一瞬、困惑したように瞬きを繰り返した。
 視線を左右に泳がせ、動かない体をぎこちなく硬直させる。

 彼は、ただ、抱きしめられたまま動かなかった。
 アミナの涙の温もりだけが、ゆっくりと彼の胸を濡らしていく。

「よかったぁ……!!」

 アミナの声は、かすれていた。
 それでも必死に絞り出した言葉だった。

 小さな、小さな声だった。
 けれどその一言に、どれだけの想いが込められているか、誰にでも分かった。

「もう……会えないかと、思った………!」

 カイドウは、深く息を吐いた。
 わずかに手を持ち上げると、アミナの頭の上にそっと置いた。

 乱れた髪に、指先が触れる。
 そのまま、ぎこちなく、でも優しく撫でた。

 一度、二度、震える髪をそっとなでる。

 アミナは小さく身じろぎをしながらも、決してカイドウから離れようとはしなかった。
 ただ、彼の胸に顔を押しつけるようにして、泣き続けた。

 カイドウの手のひらは、いつしか自然な動きに変わっていた。
 優しく、何度も、何度も、彼女の髪を撫でる。

 安心させるように。
 無事だと伝えるように。

 カイドウは言葉を発さなかった。
 だが、その手のひらだけが、アミナに静かな答えを返していた。

 すぐ近くで、誰かの安堵した息が漏れる。
 エルミナが微笑み、メイが目を細め、泣いているケイの頭にギーラがそっと手を置いた
 イーリルは唇を噛みしめ、フィーは小さく鳴き声を上げた。
 
「……行かなくていいのか?」

 小さな声でベルリオはフィーへと尋ねる。

(別に。オレはあいつの事なんとも思ってにゃいにゃ。……それに、今はこれでいいんだにゃ)

「……それもそうだな」

 ベルリオはそう言って再びアミナのいる方へと視線を戻した。


 誰もが二人の間にある、静かで温かな時間を邪魔しなかった。
 アミナは、震える指先でカイドウの服をぎゅっと掴んだ。
 目を閉じたまま、ただ、彼の温もりを必死に確かめるように。

 カイドウもまた、もう一方の手をそっとアミナの背中に回し、軽く叩くようにして抱きしめた。

 そこに言葉はいらなかった。
 ただ、生きているという事実だけが、アミナにとって、何よりの救いだった。


 その時、アミナは幼児期以来の、声を上げて泣く、という事をした。




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