箱庭の乙女

羽野 奏

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第四章

少女と騎士団がつむぐ物語

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「なんか、なぁ」
「そうだな、あれはなぁ」
ある一点を取り巻くようにして、騎士団の男たちは集い、眦を下げる。
「なんだ?お前ら、何見て‥」
フィンがその光景に割って入り、団員たちの視線を追う。
「あー、そうね。気持ちわかるわー」
そこには、見習い騎士2人の、のどかな家事風景が広がっていた。
「お分かりいただけますか!いやぁ、私、久々に娘に会いたくなりました、やはり子供は良いものです」
「何なんでしょうなぁ、ただの見習いがシャツやら何やら乾してるだけなのに、なんでこう、癒し?の空間になるのか、いや、不思議です」
その場に居合わせた者達は、皆口々に心癒されたと語る。

見習い騎士の一人は、なにかとタイミングが悪いと評判のミシェル。
もう一人は、エデルナの地で司令官に見込まれ、見習い騎士に取り立てられたと噂の少年ガランサスだ。
「ミシェル、髪の毛に泡がついてるよ」
「あわっ?わ、本当だ!」
ふわふわの綿菓子のような栗色の髪を撫でて、取れた?とミシェル。見えるはずないのに、鳶色の瞳が上を向く。
「まだ。頭かして、ここだよ」
ガランサスは無駄のない仕草で、ミシェルの髪の毛に付着していた、洗濯石鹸の泡を払った。
「ありがとう。僕の方が先輩なのに、頼りなくてごめん」
「ううん、ミシェルが居てよかった。お陰で直ぐに馴染めたもん」
「そ、そうかなぁ」
えへへ、と嬉しそうに笑うミシェル。
「そうだよ、料理とかも教えてくれるじゃない」
「確かに、ジャガイモの皮むきをお願いして、豆粒みたいになったのは驚いたなぁ」
「だって、やった事なかったんだもん、仕方ないでしょう」
ガランサスは赤くなって呟き、そして、どちらからともなく笑い合った。

仲間たちが、その光景に癒されているなど、二人にはつゆ知らぬ事だった。


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クワット脱出の際、呼び名がなければ不便だという事で、急遽、少女の呼び名を付けることになった。
「うーん‥イネとか、キヨとか?」
先陣を切ったのはフィンだった
「却下、なんとなく似合わないと思うよ」
「じゃあ、アイジーが考えろよ」
「そうだねぇ。シロとかタマとか?」
「同レベル!むしろ俺の方がマシ」
まさに、底辺の争いが勃発しようとしていた、その時、またしても不幸なミシェルは間の悪い登場を果たしたのだった。
「あ、あのぅ‥お申しつけの制服を持って来ました」
ビクビクしながら包みを差し出す。
「じゃあ、僕はこれで‥」
さっさとその場から退場しようと図った所を、司令官の声が捕らえた。
「ミシェル君、ご苦労様。ところで、この子に良い呼び名を考えてくれないか?」
「えっ?!えーっと‥あの」
「記憶喪失みたいでね、みんなに紹介する時、呼び名がないのも困るだろう?」
少し考えた後、おずおずと、少女にミシェルは声をかける。
「ご自分の希望はありますか?」
「ない、思い付かない」
「では、お花ってお好きですか?」
「うん」
「じゃあ、待雪草からとって"ガランサス"はどうでしょう」
白くて可憐なお花が咲くんですよ、と、微笑んだ。
「うん、それでいい。ミシェル?ありがとう」
少女は満足そうに頷いて、それから視線をあげる。
「二人は子供の名前、奥さんとちゃんと相談してつけなきゃダメ」
「その前に、お二人は奥方になってくれる人を見つけなきゃダメ、ですけどね」
「そうなの?意外」
「「ミシェル(君)!!」」
鋭い眼光をダブルで食らったミシェルは縮こまって
「ひぇぇっ!スミマセン、スミマセンっ、調子に乗りました!あの、僕‥失礼しますーぅ」
と、弾ける様に部屋から飛び出した。
「おお、早い」
ぱちぱち手を叩いて、ガランサスは感心した。
「ミシェルのやつ、次の訓練はオレと模擬戦だな」
「名付け親でもありますし、ガランサス君のお世話係は彼で決定ですね」
バシッとこぶしを鳴らすフィン、フフフと笑うアイゼン。
ミシェルの受難はまだまだ続くようだ。
「でも、よい呼び名がついて良かったね。ガランサス、略称はランスといったところかな?」
「ああ、後はお嬢ちゃんが軍人に見えるか?ってところだけどなぁ」
「ミシェルよりは、それっぽく見えると思う」
少女の素直な感想に、2人は苦笑いした。


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帰還の辞令が下った朝、その少年は突如として団員達に紹介された。
「彼の名はガランサス、家名は事情により伏せさせてもらうが、私が身元は保証しよう。一時的にフィンドレイク連隊の見習いとして配属する」
生成りのシルクの様な光沢ある白い髪、薄灰色の涼やかな目元が目立つ中性的な顔。
若木のようなしなやかな身体つき。
無駄を取り払ったお辞儀の仕草には品格さえ感じる。
(司令官と連隊長がアヤシイって噂はあったけど‥)
(まさか、本当にそっちの気が?)
ざわついた空気をアイゼンは敏感に感じ取り「異論のあるものは?」と、尋ねる。
しんと静まり返った場が返答の代わりとなった。
「では、ガランサスの当面の世話は、ミシェルに一任する、お互い見習いとして研鑽を詰むように。さて、帰還までの旅程だが‥」
それから出立まで、つつがなく進められ、陽が完全に昇るまでの数時間は、黙々と旅路を歩んだ。
「何事もなく、ここまで進んで来られたけど‥簡単すぎねぇか?」
「あちらは今ごろ大騒ぎだろうね。確証もなく、私を相手に脱獄させただろうとは大声では言えないし、大々的に追いかけることもできないだろうから」
ククク、と笑うアイゼンは少し楽しそうだ。
「おーおー、我が国の第三王子様は性格が悪くていらっしゃる」
「もしかしたら、別の理由をつけて、追いかけてくるかも知れないけど、その時は、ここの勝負をするまでだよ」
こめかみをツンツンと指で突いて見せる。大人びているようで、実は悪戯っぽい所もある。
そんなアイゼンだからこそ、今もこうして側にいても飽きないのだとフィンは思う。

岩肌の大地が目立つようになり、一行は、主要街道に出るまであと2日といった所まで来た。
この頃には気候も多少寒暖の差を緩め、日中は歩を進め続けることができるため、大幅に距離も稼げるようになった。
「明日にはこの岩石地帯を抜けて、明後日は森を進んで、そうしたら駐屯地のある街へ出るんだ。その後は騎乗もできるから、随分楽になるはずだよ。」
「ミシェル、なんか楽しそうだね」
ゴツゴツとした岩肌につまづかないよう気をつけながら、それでも足取りは軽かった。
「えへへっ!分かっちゃう?だって、もう直ぐ愛馬に会えると思うと嬉しくて!」
僕だけじゃないと思うんだよね、とミシェルが言う通り、なんだか団全体の雰囲気が浮き足立っているようだった。
「それにしても、まさか司令官に連隊長まで派遣部隊に加わるとは思ってなかったなぁ、ただの看守の派遣なのにね」
エデルナ派遣の選抜隊は、司令官アイゼン、連隊長フィンドレイク、連隊から選抜された7名の騎士と、雑用として見習いのミシェルで構成されており、今はガランサスが加わった11名だ。
普通であれば、上役は部隊長クラス一名で十分な構成である。
「私のせいかも」
ランスの言葉に、ミシェルは声のトーンを落とす。
「ランスって何者なんだろうね、白鬼の宿主で北部の方の出身かもって事しか、まだ分からないんでしょ?」
「うん」
「記憶、戻るといいね」
「うん」
ミシェルとランスは、砂漠横断の数日で、とても仲良くなった。
口数が少なく、感情表現もあまり豊かではないが素直なランスと、少し天然でドジなところがあるが、面倒見の良いミシェル。
互いを助け合って辛い道のりもなんとか乗り越えている。
「男の子のフリしてて、今のところ不自由な事はない?」
「うん、大丈夫」
「何かあったら、すぐ言ってね」
「わかった」
「ミシェルはお姉ちゃんみたいだ」
「そこはお兄ちゃんじゃなくて?」
「うーん、なんとなくお姉ちゃんって思った」
(兄姉がいたかどうかも分からないけど、ミシェルみたいな感じのお姉ちゃんが居たのならいいな)
そんな会話をしながら、そろそろ今日予定していた野営地に到着するかという頃だっだ。
「何者だ?!」
先を進んでいたフィンが素早く反応する。
点在する巨石の影から音もなく、武装した者たちが現れたのだ。
無言のまま、隊列を挟むように抜き身の剣を手に、左右を囲む形で、徐々に距離を縮めてくる。
「見える範囲で20いや、30人といったところかな?舐められたものだね」
2倍以上の相手を前にしても、アイゼンの声は落ち着いたままだ。
「ああ、それとも‥寝込みを襲うでもなく、トラップを張るでもなく、こんな明るいうちに真正面から来るなんて、もしかしてお馬鹿さんなのかな?」
相手への挑発を合図に、団員達は一斉に剣を抜いた。
ミシェルは「こっち!」と、短く告げると、ランスの手を引いてアイゼンの側へと移動を始めた。
「うしっ!久々の実戦だぁっ、ノルマは2人、3人以上倒した者は今夜のおかずは大盛りだ、ノルマ未達成はおかず抜きだぞ、心して挑め!」
フィンの言葉に部隊の男どもは色めきたった。
無理もない。軍人だけに、体格のいい者も多いのに、砂漠で持ち運べる食材は最小限、少ない食事でも我慢しなくてはならないのだ。
もしもノルマ達成ができなければ、さらに取り分が減るとなると大変だ。
我先にと敵に挑んで行く。
初めこそ、敵は数で押して来たが、1人、また1人と倒される者が増え始め、10人を超えた頃には、動揺する様子が見え始めた頃、フィンの声が、剣戟の合間を縫って場に響いた。
「はい、そこまでー!君達のリーダー、ゲットぉ」
フィンに片腕を背中側にひねり上げられ、首元に剣を当てられた男は震えていた。
敵側の動揺はさらに広がった。
「何故私がリーダーだと思ったのか知らないが、私はリーダーではない」
初めて敵側の人間が声を発する。
「嘘だね、形勢不利な時、みんなお前の方見てたぜ」
「ただの偶然に過ぎない」
「あれれれ?でもさ、あんた捕まってから、統率グズグズよ?命令のサインは両手で出す派なんだね」
見渡せば、まだ粘って戦っている者、さっさと逃げようと踵をかえしたところを捕まった者、既に諦めて投降したものと、引きこもごもだ。
リーダーと思しき者はガックリと項垂れた。
この襲撃は半刻もせずに片付いたのだった。


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失敗に終わった襲撃の報告に、怒りで体を打ち震わせた。
「王都に到着するまでに、何とかしなくては‥」
苛立ちを隠せない様子で、力任せにグラスを床に叩きつけた。
「次は成果をあげなさい、三度目はないと心得よ」 
報告を持ち帰った者は、お辞儀をして、闇に消えていった。
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