箱庭の乙女

羽野 奏

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第三章

少女と月の王子の物語

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魔力を持つ者の中には、自身の属性に見合った姿で生まれてくる者がいる。
火ならば赤毛だったり、水なら青い瞳だったり、風なら金髪、土なら翠眼といった具合だ。
色が鮮やかで明るい色になるほどその魔力は濃く、極まるほどに白に近づく。

それが分かったのは、貴族がより強い魔力を持つ者の血を取り込み続けた結果、親の髪や瞳の色を受け継がない子が産まれることが増え、どうやらそうらしいという統計が出てからだった。

不実の子ではないかと勘繰られたり、
呪われた子として忌み嫌われた子供たちが居た。
この過ちを、人々は忘れてはいけない。


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「つまり、少女には魔法が使えるヤバい何かが憑いている、と言うことでいいかな?」
ウォールナット製の、重厚な事務机に頬杖をついて、もう片手を高速で動かしつつ、アイゼンはフィンからの報告を一言でまとめた。
「物を浮かせて」
「うん!」
「人も浮かせて」
「そう!」
「偉そうな口調で喋って」
「それな!」
「加護で人を癒せるって?」
「驚きだよな」

ーーカツンッ!

机上の書類全てにサインを終え、筆先をインク壺に放り投げる。
アイゼンは目頭を指で揉みつつ、天を仰いだ。
「はぁぁっ‥フィン、君は今から非番だね、遊び歩かず宿舎でしっかり寝るんだよ?」
「お前、信じてねぇなっ?」
「信じようにも、私はそんな魔法を知らないよ」
「本当なんだって!」
ーードガン!
「失礼しま‥ひえぇぇっ!?」
力任せにフィンが机を叩くのと、不幸な見習い騎士ミシェルが報告書を持って現れたのは、全くの同時だった。
「おや?ミシェル君、ご苦労だね」
幼馴染の怒りを華麗に無視して、アイゼンはミシェルを手招く。
「はいぃっ、失礼しまぁすぅ」
おっかなびっくり、野獣の横に並ばされた野兎のごとく身を縮めてミシェルは報告書を差し出した。
「とにかく本当に見たんだ!聞いたんだ!物を浮かして、動かして、見えないくせに勝手に喋って、加護与えた子を守るって」
「うひょえっ?!」
隣の野獣の大声に驚いて、ミシェルは小さく飛び跳ねた。
「フィン、君、ミシェル君の前で何を‥」
最上階の調査に関しては、2人だけに与えられた密命であり、例え身内相手にも漏らしてはいけないのだがーー。
「隊長、白鬼に出会ったんですか?凄い!あ、でも僕なんか出会ったら気絶しちゃいそうだなぁ。あ、すみません、これお願いします」
「ハッキ?」
アイゼンはミシェルから報告書を受け取りながら聞き返した。
「はい、白鬼です。凄い魔力を持った精霊で、部屋のものを浮かせたり、人に取り憑いて力を与えたりするんです」
「それ!きっとそれだ!」
興奮気味にフィンは頷いた。
「たしか、取り憑かれた人は色を失うんだったかな、たしか取り憑く時に必要な条件もあったような」
「ミシェル君、君のその知識はどこで手に入れたんだい?」
「ここの図書室ですよーぅ?」
「図書室なんてあったか?」
「もう、隊長ってばー、ちゃんと初日に案内あったじゃないですか!囚人さんに本を読みたいって言われたらここから貸し出してねって、ねー!司令官」
「え、あ、そうだねぇ」
コホンと、空咳を打ってアイゼンは視線を泳がす。
僕、非番の時は図書室の本を借りて読んでたんですよーと、続けるミシェルに、アイゼンは気を取り直して告げた
「では、そんなミシェル君に特べ任務をお願いしようかな」
「僕に特別任務を?!」
警戒して再び縮こまったミシェルの背中を、「大丈夫だって!」と、フィンが叩く。
「ミシェル君にはその白鬼について、もっと詳しく調べて欲しいんだよ。白鬼の特徴、その話の作者や、どの地域から発祥した話なのか、出来るだけ詳しくね。やってくれるね?」
「そのくらいなら‥出来るだけ頑張ります」
ミシェルは脳筋騎士団に在って、珍しく文書に強かった。
幸運なことに、この人選は適材であったと言える。


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「だぁれ?」
「フィンの長年の友人」
ボサボサの白い髪、薄灰色の瞳の少女が鎖を引きずりながら近づいてくる。
「フィンじゃないとよく分かったね」
「簡単よ、フィンの足音より、軽くて少し早いもの」
「そうか、君は聡明なんだね。初めまして、私はーー」
待って!と、少女は名乗るのを止めて、クイズを楽しむように、アイゼンを上からしたまだ観察した。
「文章読むのが苦手な癖に、読んだフリして適当にサインしてる気難し屋の幼馴染のアイゼンさん!」
「正解、よろしくお願いしますね、お嬢さん。それにしても、あの男‥そんな風に私の事を?」
後はねーと、少女は続けた。
「プラチナブランドの髪とアイスブルーの瞳の美人さんで、ちょっと私と似てるって聞いた」
自分の髪の毛を引っ張って、残念そうにため息をつく。
「似てるって言われて嬉しいけど、でも、似てないと思うなぁ。私、こんなだし」
「容姿が似てると言ったわけではないと思うけどね‥でも、容姿が気になるなら、ここから出たらしっかり手入れしたらいいと思うよ」
「出ることができたらね」
どうせここから出ることは無いだろう。
とうに希望は捨てている。
会話の虚をついて、耳慣れた足音が近づいてきた。
「やっほー!お嬢ちゃん」
「フィン!」
「アイジー怖くなかった?嫌なこと言われてない?」
「ううん、大丈夫」
「君は私を何だと思ってるんだ?妹だっているんだぞ、泣かせるようなことは言ってない」
ハイハイそーですね、と、フィンは適当に相槌を打って、腰のあたりをゴソゴソと探る。
不思議な角度に曲がった金属棒を二つ取り出すのが見えた。
「さて、君はここから出たいかい?」
「え?」
アイゼンからの突拍子も無い問いかけに言葉が詰まる。
「俺たち、これから国に帰るんだけど、一緒においでよーって事!来る?」
「でも、そんなことできるの?」
「条件が一つある、君にはこれを着けてほしい」
アイゼンが懐から取り出したのは、アメジストの付いた黒いチョーカーだった。
「それはなぁに?」
「魔力を抑制する物だと聞いている、痛くは無いはずだが‥怖いかい?」
「分からない」
「俺たちと行くのは嫌かい?」
「ううん、フィンの話してくれる世界は楽しそうだもの!行ってみたい。」
「じゃあ、決まりだ!絶対楽しい毎日にしてやるぜ」
牢屋の錠に、しばらく金属の棒を突っ込んでイジっていたフィンが、ニシッと笑う。
「ふっはっはー!俺様に鍵は通用しないのさぁー!!」
ガシャリと音がなって、錠が外れ、檻の扉が開く。
アイゼンが中に入ってきて、まず左手の拘束に触れた。
「少しひんやりしますよ、聞いてますか?白鬼!」
少女の目をしっかり見つめ、アイゼンがその名を告げると、ガクッと少女の身体から力が抜けた。
「ーーこの子を解き放つというのだな?」
やがて少女の身体がふわりと浮き、白鬼が現れる。
「ええ、少し魔法を使います。彼女が傷付かないよう守ってくれますね?」
「ーー良いだろう」
「氷砕!!」
限りなく冷やされた拘束具が、パキリと音を立てて破壊された。
残りの3つも同じように開放し、アイゼンは白鬼に問う。
「貴方ほどの実力があれば、彼女をここから出すなど訳ないでしょうに、どうしてそうしなかったのです?」
「この子が望まなかった、それだけだ」
「こんな扱いに、彼女は甘んじていたと?」
「この子は罪を償うべきだと思っていたのでね。そして記憶を失った。それからは、ここに居ることが当たり前になっていて、逃げることさえ願わなくなった。少なくとも、そこの赤毛が来るまでは」
「彼女の罪とは?」
「それは、この子自身が記憶を取り戻した時、自ずから語るであろうよ」
これ以上は何も答えてくれないだろうことは分かっていた。アイゼンは早々に質問を切りあげた。
「彼女にこれを付けます」
「封印の首輪か」
一瞥しただけで、それが何を意味するのか、白鬼は悟ったようだった。
「そうです。これを付ければ、外さない限り貴方は表に出て来られません」
断られたら、このまま逃げられたら?それを考えると嫌な汗が背を伝った。
「構わんよ、この子が許可をしたことだ」
「分かりました。では、失礼」
首に腕を回し、チョーカーを留めた。
少女の身体が崩れ落ちる。
しっかりと受け止めると、少女が微かに動くのが分かった。
「私‥?」
「鎖を解くのに魔法を使いました、その間眠ってもらったのです」
ゆっくり立たせて、アイゼンは首を指差し
「似合ってますよ、そのチョーカー」
と微笑んだ。
「ありがとう」
フィンが太陽なら、アイゼンは月だ。
圧倒的な輝きで人の目を惹きつける感じではないけど、いつの間にか優しく照らしてくれるような、じんわりと心に沁みる優しさを感じる。
「さあ!お嬢ちゃん行こう」
檻の外から急かすフィンの声、背中を押して促してくれるアイゼンの温かいて手、それらに勇気を得て、少女は外に踏み出した。

クワット、二百余年の歴史史上初めての、それは鮮やかな脱獄劇であった。


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ああ、もうすぐあの子に会える。
この邂逅はきっと神様からのプレゼント。
起死回生への素晴らしい駒がもうすぐ手に入る!
悦びに胸を躍らせて、書面を胸に掻き抱く。
「はあっ‥!素晴らしい」
独りごちて、幸福のため息を吐く。


砂漠の移動は早朝が基本だ。
昼の暑さと夜の寒さは止まってしっかり凌がねば命に関わる。
「では、近衛騎士団エデルナ派遣選抜部隊、これより帰途に就く!」
アイゼンの声が朝日が登る前の藍色の空に響く。
「ネネム首長、世話になったぜ!またいずれ何処かで」
「ええ、こちらこそお世話になりました、どうぞご無事でお戻りくださいませ」
(あぁ、ようやく帰ってくれる。なにも起こらなくてよかったーあ)
汗を拭き拭き、ペコペコと挨拶をして、首長は快く隊を送り出す。
「お達者でー」
と、シルクのハンカチを振りながら首長は外門まで彼らを見送った。


その隊に1人こっそりと紛れている者が居るとも気付かずに‥


そして、その数刻後、クワットに衝撃的が走るのである。
最上階に朝食を届けに行った看守からの報告。
「少女が、消えましたぁっ!」
ーーガターン!!
椅子からひっくり返って、首長は泡を吹くのであった。
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