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第二章
少女と太陽の王子様の物語
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遥か昔、魔法が当たり前に存在していた頃。
その神秘的な力に魅せられた魔導師達は魔術の研究に没頭した。
様々な技術が見出され、魔道具は長足の進歩を遂げていく。
人々の生活が飛躍的に便利になっていく一方で、時代に取り残される者も出てきた。
魔力不足で魔道具を上手く使いこなせない者が虐げられる様になってきたのである。
この差別は、特に貴族社会で顕著にみられた。
最初に魔道具を扱いきれない者が社交界から弾き出され、そのうち魔力の大小で優劣が判断される様になった。
魔法の円熟期は、科学の黎明期でもあった。
魔力を用いずとも、同じ性能を持つ道具がちらほら見受けられるようになったのだ。
初めは"魔力が無くても火が着けられる道具"といった簡単な物だったが、それらは徐々に、高度な魔道具の領域に踏み込んでいった。
そして、科学技術によって生み出された道具は、魔力の有無に関わらず利用ができたのである。
魔法の衰退期が訪れるのと比例して、人々の魔力は弱まっていった。そして、いくつかの魔法を残し、ほとんどの技術が歴史の闇に消えていったのだ。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
靴音が聞こえてくる。
(誰だろう?今日は体を拭く日でもないし、夕ご飯はさっき食べたし‥)
近づいてくる足音に耳を研ぎ澄ます。
そのうちに、ひょっこりと男が現れた。
「へぇ?本当に女の子だ」
(誰だろう?何をしに来たんだろう?)
警戒の眼差しを向けると、紅い髪の大男は朗らかな声で、「やっほー」と手を振ってきた。
「お嬢ちゃん、お名前はなんていうの?俺はフィンドレイク、フィンって呼ばれてる」
ヨロシクね?と、彼はしゃがみ込んで視線を合わせてくれた。
長い間、会話を諦めていたから、直ぐに反応ができない。
(なんて返事をしよう、どうしよう、声が出ない)
「あー、いきなりでビックリしちゃった感じ?それとも、俺、でっかいからコワイかなぁ」
筋骨逞しい身体や、一つに束ねられた癖っ毛は、確かに彼の野性味を表す様だが、榛の瞳は優しい光を宿していて安心する。
(何か言葉を返さなきゃ)
焦るほど、喉が詰まってしまう。
「あ、それともうるさかったかな?ごめんよー」
声のトーンと肩を落として、フィンと名乗った男はこちらを覗き込む。
(大型犬みたいで可愛いなんて言ったら怒るだろうか?)
「お邪魔だった?怒ってる?」
首を傾げた時に、括った髪が垂れて、まさに犬のしっぽの様だ。
「ーーうーむ、うん。」
しばらく考え込んでいた様子の彼は、頷いて立ち上がった。
(あ、行っちゃう!)
声より先に腕が出て、ジャリンッと鎖が鳴った。
もう来てくれないかもしれないと思うと、目の端がジワッと滲んでくる。
「そんな顔しないで?もしかして声が出ないのかなぁって思ってさ、紙を持ってこようかなって、文字は書ける?」
コクリと頷くと、フィンは「ちょっと待ってね」と、どこかに消えていった。
戻って来ないんじゃないかと、気を揉んでいたけど、フィンはちゃんと戻ってきてくれた。
どこから持ってきたのか、高級そうな紙と、綺麗な装飾が施されたインク壺に、羽根ペンを檻の中の届く場所まで差し入れてくれた。
"名前、分からない。記憶、無い。"
急いで書いて、紙面をフィンに向ける。
「なるほど、記憶なくなっちゃってるのかー。名前が分からないのは辛いよなぁ」
相手からの反応が返ってくるのが嬉しくて、夢中でペンを動かした。
"フィン、怖くない。大丈夫"
「お?そう?怖くないなら良かった」
"私、怖くない?"
「えー?怖くない、怖くない。なんで?」
"真っ白だから、オバケみたいって言われた"
「誰に?」
"ここに来た時、色んな人"
「そうかなぁ?俺は、天使かと思ったよ?」
天使‥彼の言葉を反芻し、少し頬が熱くなった。誤魔化すように、下を向いてガリガリとペン先を動かす。
"フィン、変な人"
「あー、酷ぇ!褒めたのにー」
フィンの笑い声に釣られて、ふふっと、声が漏れた。
「お?声出るじゃん、じゃあ次はそれ無しでお喋りしような」
フィンはチラッと出口を伺う。
"もう行っちゃう?"
「そうだねぇ、もっとお話ししてたいけど、バレたらここのおじちゃん達に怒られるかも知れないからなぁ」
"また、来る?"
「それは勿論、お嬢ちゃんが望むなら」
次はいつ来る?と書こうと思って辞めた。
"待ってる"
「おう、じゃあまたなー」
この足音をしっかり覚えていよう。
次はちゃんとお話しするんだ。
ベットの隙間に紙やペンを隠し、久々に温かい気持ちで粗末なシーツの上に寝そべった。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
「あの子は何者なのかねぇ?封印魔法が扉に施されてたとはいえ、入り口の見張りが1人も居ないってのはなんだ?」
苛立たしげな表情のフィンを、アイゼンは不思議そうに見つめた。
「しかも、封印を解除しても誰も気付かないんだぜ?」
「気付いてくれなくて良かったじゃないか、面倒事にならずに済んだんだろう?」
片方の眉がヒクッと痙攣したのが見えた。
「もし万が一、お嬢ちゃんの命を狙う輩が現れたら、ひとたまりもないじゃないか!」
「えらく肩入れするんだな、昨日初めて会ったばかりなのに」
フィンは人当たりも良いし、特に女性には優しいが、それでも直ぐに心を許したりはしない。
「まだ十歳そこそこのお嬢ちゃんだったぜ?あんな子の手足を鎖で繋いで、丸々一階層を独房にって‥凶悪犯扱いして、可哀想にも思うだろ」
なるほど、この男は子供に弱かったのかと、初めて知る一面にアイゼンは新鮮な気持ちを覚えた。20年来の付き合いがあっても、まだまだ知らないこともあったらしい。
「まるで、あの子が死んでも良いみたいじゃないか」
外部からの侵入は容易だが、少女は檻から出られず四肢は拘束されている。
確かに、中に居るのがただの少女であればフィンの言うとおり、警護不足だ。
「ここの者が怖れている対象は、違うかもしれない」
「どういう事だ?」
「牢に入れてなお、四肢を拘束する程危険な存在ならば、捕らえた時点で始末するのが簡単だとは思わないかい?」
何か言いたげなフィンを制して、アイゼンはさらに続ける。
「だけど、少女は生かされている。ここの者は少女を怖れているが、始末することができない事情が有るのだろうね」
ここへ来た当初、首長が言っていた"高貴な方のご縁者"という存在だからだろうことは、今の説明でフィンにも想像ができた。
「でもなぁ‥本当に普通のお嬢ちゃんなのよ、ヤバい強い奴ってこう、背筋に来るような殺気みたいなの持ってるじゃん?そんなのあの子からは感じなかったけどなぁ」
「今知り得ている情報から可能性を考察しただけだから、君の言う通り、本当に警備が手薄なだけだったのかもしれないね」
「お、おぅ‥そうだな。まだ情報が足りねぇよな、本人は名前すら覚えてねぇって言ってるし、まずはあの子が何者なのかって所からだな」
「そうだね、君にはこれからも直接本人に会ってほしい。本当に記憶がないのかも含めて確認したいからね」
「了解。ま、今日のところは取り敢えず、俺は宿舎に‥」
戻ろうと踵を返した所で、アイゼンの手が肩に置かれた。
「ところで‥私の筆記具が見当たらないのだけれど、フィン、知らないかな?」
「え?」
「なんでも、少女とは筆談だったらしいじゃないか、心当たりはないかな?」
ゾクッと背筋に悪寒が走る。
(キター!この感じっ!ヤベェ殺気だわ)
「女の子には、気の利いたプレゼントが基本だろ?」
「ふぅん?子供に盗品を渡したわけか」
肩に置かれた手の力が一層強くなる。
「言い方ぁっ!これは、そう、任務遂行の為の尊い犠牲というか、な?」
「な?じゃない、そういう犠牲は自らの身を削った者が言え!」
一気に肩にかかった手が後ろに引かれ、アイゼンの方へ振り向く形になる。
振り向きざまの顎に掌底を食らって、視界に星が散った。
「本当、容赦ないのな」
膝をついて崩れ、恨めしげな目を向けると、アイゼンは冷たい目で吐き捨てた。
「妹からのプレゼントだったんだ。今度からは許可を得てから人の私物は扱うんだな」
「姫さんからの?それは、申し訳ない無かった、本当ごめん!」
フィンは、これはしばらく許してもらえないな、と、肩を落とした。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
初めて来てくれた日から、もう5回も会いに来てくれている。
フィンの足音はもう完全に分かるようになった。
「やっほー。お嬢ちゃん変わりない?」
「うん、変わりなく退屈」
最初は焦りすぎて、言葉も出なかったっけ。
あの時のペンやインク壺は今も宝物だ。
「退屈かぁ。じゃあこれ、追加の紙」
「ありがとう!」
最初にもらった上等な紙では無くなったけど、会いに来るたびに紙をくれるのは、2回目に来た時に暇つぶしに描いた絵や手紙を渡したからだ。
手紙はフィンに当てて書いたもので、渡した時にびっくりしてたから、迷惑かなと思って3回目には用意しなかった。
そうしたら寂しそうに、手紙はないの?って聞かれたから、4回目には再び手紙を用意した。
「インクはまだ補充しなくていい?」
「あ、今は大丈夫、次に来る時欲しいかも?」
「ーーごめんな、連れ出してあげられなくて」
「いいの、フィンの所為じゃない」
次に来る時のお願いをする度に、フィンは必ず申し訳なさそうにする。
ここから出られるなんて思ったこともなかったし、これからも多分出られない。
気を取り直して、用意していたものを差し出す。
「手紙、また読んでくれる?なんだか日記みたいになっちゃったんだけど」
「お、ありがとう。お嬢ちゃんの毎日がどんなか分かって面白いんだ、暇潰しの方法なんか、凄ぇタメになってるんだぜ」
会議が死ぬほど暇で眠い時に実践しているんだとフィンは言う。
こんな自分が役に立つと言われるだけで、心がポカポカしてくる。
「フィンはお日様みたいだね」
「お日様かぁ~、炎みたいはよく言われるけど、お日様は初めて言われたなぁ。ほれ、俺の髪の毛、炎みたいに紅くてモジャモジャだろ?それと‥」
指先にポッとオレンジ色の火を宿す。
「わぁ!魔法?」
「そう、媒介無しだとこの程度しか使えないけど、まあ、これでも真っ暗な道を照らすくらいは出来て、なかなか便利なのよー」
「凄い、凄い!やっぱりフィンはお日様だよ、暗闇を照らすお日様!」
「言い過ぎだって、照れるぜぇー」
指先の炎を吹き消して、ガリガリと頭を掻く姿は、やっぱり大型犬のようで、可愛く思えた。
束の間の楽しい会話。
フィンが帰った後も、何度も会話を振り返って時間を潰した。
窓のない部屋で、夜に訪れる太陽が、少女の瞳に希望光を取り戻させたのである。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
少女に会いに行くのも10回目を超えた頃、彼女は体調を崩していた。
「お嬢ちゃん大丈夫かい?」
苦しそうな咳が聞こえて、思わず駆け寄った。
手を伸ばしても少女に手が届かないもどかしさに、フィンは胸を締め付けられた。
「大丈夫、ちょっと喉が痛い、だけ」
フラフラと立ち上がり、一番近くまで来た少女は、かすれた声で言う。
「うつすといけないから、今日はお手紙だけね」
「俺、バカだから風邪なんか引かないよ、気にしなくて大丈夫」
そう言いながら、差し入れの紙を、給食用のパドルの先に乗せて渡す。
空になったパドルの先に、少女が屈んで手紙を置く。
もう、何度も繰り返したやり取りだ。
手繰り寄せたパドルの上の手紙に手を伸ばした時、トサッという軽い音に続いて鎖がジャラジャラと床を打つ音が聞こえた。
慌てて顔を上げると、少女が冷たい床に倒れ込んでいる。
「お嬢ちゃん!」
急いで立ち上がり、出口へ向かおうとした所で、再び鎖の音と共に、声が響く。
「ーー待て‥」
視線を戻すと、倒れたはずの少女が立ち上がっている
「お嬢ちゃん、無理して立ちあがっちゃダメだ。また倒れちまうよ、誰か呼んでくるから待っててな?」
「待てと言っているだろう、ここに来ていることが公になれば、お前はここに来れなくなるのではないか?」
動揺していたフィンだか、口調の変化や喋り方に気付いた。
「お前さん、誰なんだ?」
「ふん、名乗ってやる必要はないな、兎に角、騒ぎになればお前はここに来れなくなる、それをこの子は望んではいない」
「だからって、ほっとけないだろ?ただの風邪でもこんな環境にいたら、命に関わるかも知れないんだぜ?」
視界の端に、ふわりと手紙が持ち上がる。
パドルが所定の位置まで一人でに移動していった。
「心配はない、さあ、これを持っていつもの様に戻るがいい」
「何言ってんだ、そんなのできるわけ‥」
「二度言わせるな!」
空気がビリッと揺れる様だった。
背筋にゾワゾワとしたから上へ走るものがあった。
死線を何度も潜り抜けてきたフィンだが、この時ほど危ないものに触れた感覚を味わったことがない。
「私の加護にいる者の命はかならず守る、お前はまたこの子に会いに来てくれ、良いな?」
フィンの回答を待たず、張り詰めた空気が緩む感覚があった。
すぅっと少女の身体が滑る様に移動するのをみて、ハッとする。
(浮いている?)
見えない誰かが優しく抱き上げて、ベッドに寝かしている様にも感じた。
彼女の腕から、スルスルと紙が空に解き放たれて、ベッドの隙間に差し込まれていく。
しばらく眺めていたが、規則正しい少女の寝息を聞いて安心した。
「誰だかわからないけど、大丈夫なんだな?彼女を頼んだぜ」
宙に浮いているままになっていた手紙を掴んで呟くと、答える様に空気が揺れた。
彼女には何かとてつもない味方がついている様だ。
それは初めて手にした手掛かりだった。
その神秘的な力に魅せられた魔導師達は魔術の研究に没頭した。
様々な技術が見出され、魔道具は長足の進歩を遂げていく。
人々の生活が飛躍的に便利になっていく一方で、時代に取り残される者も出てきた。
魔力不足で魔道具を上手く使いこなせない者が虐げられる様になってきたのである。
この差別は、特に貴族社会で顕著にみられた。
最初に魔道具を扱いきれない者が社交界から弾き出され、そのうち魔力の大小で優劣が判断される様になった。
魔法の円熟期は、科学の黎明期でもあった。
魔力を用いずとも、同じ性能を持つ道具がちらほら見受けられるようになったのだ。
初めは"魔力が無くても火が着けられる道具"といった簡単な物だったが、それらは徐々に、高度な魔道具の領域に踏み込んでいった。
そして、科学技術によって生み出された道具は、魔力の有無に関わらず利用ができたのである。
魔法の衰退期が訪れるのと比例して、人々の魔力は弱まっていった。そして、いくつかの魔法を残し、ほとんどの技術が歴史の闇に消えていったのだ。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
靴音が聞こえてくる。
(誰だろう?今日は体を拭く日でもないし、夕ご飯はさっき食べたし‥)
近づいてくる足音に耳を研ぎ澄ます。
そのうちに、ひょっこりと男が現れた。
「へぇ?本当に女の子だ」
(誰だろう?何をしに来たんだろう?)
警戒の眼差しを向けると、紅い髪の大男は朗らかな声で、「やっほー」と手を振ってきた。
「お嬢ちゃん、お名前はなんていうの?俺はフィンドレイク、フィンって呼ばれてる」
ヨロシクね?と、彼はしゃがみ込んで視線を合わせてくれた。
長い間、会話を諦めていたから、直ぐに反応ができない。
(なんて返事をしよう、どうしよう、声が出ない)
「あー、いきなりでビックリしちゃった感じ?それとも、俺、でっかいからコワイかなぁ」
筋骨逞しい身体や、一つに束ねられた癖っ毛は、確かに彼の野性味を表す様だが、榛の瞳は優しい光を宿していて安心する。
(何か言葉を返さなきゃ)
焦るほど、喉が詰まってしまう。
「あ、それともうるさかったかな?ごめんよー」
声のトーンと肩を落として、フィンと名乗った男はこちらを覗き込む。
(大型犬みたいで可愛いなんて言ったら怒るだろうか?)
「お邪魔だった?怒ってる?」
首を傾げた時に、括った髪が垂れて、まさに犬のしっぽの様だ。
「ーーうーむ、うん。」
しばらく考え込んでいた様子の彼は、頷いて立ち上がった。
(あ、行っちゃう!)
声より先に腕が出て、ジャリンッと鎖が鳴った。
もう来てくれないかもしれないと思うと、目の端がジワッと滲んでくる。
「そんな顔しないで?もしかして声が出ないのかなぁって思ってさ、紙を持ってこようかなって、文字は書ける?」
コクリと頷くと、フィンは「ちょっと待ってね」と、どこかに消えていった。
戻って来ないんじゃないかと、気を揉んでいたけど、フィンはちゃんと戻ってきてくれた。
どこから持ってきたのか、高級そうな紙と、綺麗な装飾が施されたインク壺に、羽根ペンを檻の中の届く場所まで差し入れてくれた。
"名前、分からない。記憶、無い。"
急いで書いて、紙面をフィンに向ける。
「なるほど、記憶なくなっちゃってるのかー。名前が分からないのは辛いよなぁ」
相手からの反応が返ってくるのが嬉しくて、夢中でペンを動かした。
"フィン、怖くない。大丈夫"
「お?そう?怖くないなら良かった」
"私、怖くない?"
「えー?怖くない、怖くない。なんで?」
"真っ白だから、オバケみたいって言われた"
「誰に?」
"ここに来た時、色んな人"
「そうかなぁ?俺は、天使かと思ったよ?」
天使‥彼の言葉を反芻し、少し頬が熱くなった。誤魔化すように、下を向いてガリガリとペン先を動かす。
"フィン、変な人"
「あー、酷ぇ!褒めたのにー」
フィンの笑い声に釣られて、ふふっと、声が漏れた。
「お?声出るじゃん、じゃあ次はそれ無しでお喋りしような」
フィンはチラッと出口を伺う。
"もう行っちゃう?"
「そうだねぇ、もっとお話ししてたいけど、バレたらここのおじちゃん達に怒られるかも知れないからなぁ」
"また、来る?"
「それは勿論、お嬢ちゃんが望むなら」
次はいつ来る?と書こうと思って辞めた。
"待ってる"
「おう、じゃあまたなー」
この足音をしっかり覚えていよう。
次はちゃんとお話しするんだ。
ベットの隙間に紙やペンを隠し、久々に温かい気持ちで粗末なシーツの上に寝そべった。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
「あの子は何者なのかねぇ?封印魔法が扉に施されてたとはいえ、入り口の見張りが1人も居ないってのはなんだ?」
苛立たしげな表情のフィンを、アイゼンは不思議そうに見つめた。
「しかも、封印を解除しても誰も気付かないんだぜ?」
「気付いてくれなくて良かったじゃないか、面倒事にならずに済んだんだろう?」
片方の眉がヒクッと痙攣したのが見えた。
「もし万が一、お嬢ちゃんの命を狙う輩が現れたら、ひとたまりもないじゃないか!」
「えらく肩入れするんだな、昨日初めて会ったばかりなのに」
フィンは人当たりも良いし、特に女性には優しいが、それでも直ぐに心を許したりはしない。
「まだ十歳そこそこのお嬢ちゃんだったぜ?あんな子の手足を鎖で繋いで、丸々一階層を独房にって‥凶悪犯扱いして、可哀想にも思うだろ」
なるほど、この男は子供に弱かったのかと、初めて知る一面にアイゼンは新鮮な気持ちを覚えた。20年来の付き合いがあっても、まだまだ知らないこともあったらしい。
「まるで、あの子が死んでも良いみたいじゃないか」
外部からの侵入は容易だが、少女は檻から出られず四肢は拘束されている。
確かに、中に居るのがただの少女であればフィンの言うとおり、警護不足だ。
「ここの者が怖れている対象は、違うかもしれない」
「どういう事だ?」
「牢に入れてなお、四肢を拘束する程危険な存在ならば、捕らえた時点で始末するのが簡単だとは思わないかい?」
何か言いたげなフィンを制して、アイゼンはさらに続ける。
「だけど、少女は生かされている。ここの者は少女を怖れているが、始末することができない事情が有るのだろうね」
ここへ来た当初、首長が言っていた"高貴な方のご縁者"という存在だからだろうことは、今の説明でフィンにも想像ができた。
「でもなぁ‥本当に普通のお嬢ちゃんなのよ、ヤバい強い奴ってこう、背筋に来るような殺気みたいなの持ってるじゃん?そんなのあの子からは感じなかったけどなぁ」
「今知り得ている情報から可能性を考察しただけだから、君の言う通り、本当に警備が手薄なだけだったのかもしれないね」
「お、おぅ‥そうだな。まだ情報が足りねぇよな、本人は名前すら覚えてねぇって言ってるし、まずはあの子が何者なのかって所からだな」
「そうだね、君にはこれからも直接本人に会ってほしい。本当に記憶がないのかも含めて確認したいからね」
「了解。ま、今日のところは取り敢えず、俺は宿舎に‥」
戻ろうと踵を返した所で、アイゼンの手が肩に置かれた。
「ところで‥私の筆記具が見当たらないのだけれど、フィン、知らないかな?」
「え?」
「なんでも、少女とは筆談だったらしいじゃないか、心当たりはないかな?」
ゾクッと背筋に悪寒が走る。
(キター!この感じっ!ヤベェ殺気だわ)
「女の子には、気の利いたプレゼントが基本だろ?」
「ふぅん?子供に盗品を渡したわけか」
肩に置かれた手の力が一層強くなる。
「言い方ぁっ!これは、そう、任務遂行の為の尊い犠牲というか、な?」
「な?じゃない、そういう犠牲は自らの身を削った者が言え!」
一気に肩にかかった手が後ろに引かれ、アイゼンの方へ振り向く形になる。
振り向きざまの顎に掌底を食らって、視界に星が散った。
「本当、容赦ないのな」
膝をついて崩れ、恨めしげな目を向けると、アイゼンは冷たい目で吐き捨てた。
「妹からのプレゼントだったんだ。今度からは許可を得てから人の私物は扱うんだな」
「姫さんからの?それは、申し訳ない無かった、本当ごめん!」
フィンは、これはしばらく許してもらえないな、と、肩を落とした。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
初めて来てくれた日から、もう5回も会いに来てくれている。
フィンの足音はもう完全に分かるようになった。
「やっほー。お嬢ちゃん変わりない?」
「うん、変わりなく退屈」
最初は焦りすぎて、言葉も出なかったっけ。
あの時のペンやインク壺は今も宝物だ。
「退屈かぁ。じゃあこれ、追加の紙」
「ありがとう!」
最初にもらった上等な紙では無くなったけど、会いに来るたびに紙をくれるのは、2回目に来た時に暇つぶしに描いた絵や手紙を渡したからだ。
手紙はフィンに当てて書いたもので、渡した時にびっくりしてたから、迷惑かなと思って3回目には用意しなかった。
そうしたら寂しそうに、手紙はないの?って聞かれたから、4回目には再び手紙を用意した。
「インクはまだ補充しなくていい?」
「あ、今は大丈夫、次に来る時欲しいかも?」
「ーーごめんな、連れ出してあげられなくて」
「いいの、フィンの所為じゃない」
次に来る時のお願いをする度に、フィンは必ず申し訳なさそうにする。
ここから出られるなんて思ったこともなかったし、これからも多分出られない。
気を取り直して、用意していたものを差し出す。
「手紙、また読んでくれる?なんだか日記みたいになっちゃったんだけど」
「お、ありがとう。お嬢ちゃんの毎日がどんなか分かって面白いんだ、暇潰しの方法なんか、凄ぇタメになってるんだぜ」
会議が死ぬほど暇で眠い時に実践しているんだとフィンは言う。
こんな自分が役に立つと言われるだけで、心がポカポカしてくる。
「フィンはお日様みたいだね」
「お日様かぁ~、炎みたいはよく言われるけど、お日様は初めて言われたなぁ。ほれ、俺の髪の毛、炎みたいに紅くてモジャモジャだろ?それと‥」
指先にポッとオレンジ色の火を宿す。
「わぁ!魔法?」
「そう、媒介無しだとこの程度しか使えないけど、まあ、これでも真っ暗な道を照らすくらいは出来て、なかなか便利なのよー」
「凄い、凄い!やっぱりフィンはお日様だよ、暗闇を照らすお日様!」
「言い過ぎだって、照れるぜぇー」
指先の炎を吹き消して、ガリガリと頭を掻く姿は、やっぱり大型犬のようで、可愛く思えた。
束の間の楽しい会話。
フィンが帰った後も、何度も会話を振り返って時間を潰した。
窓のない部屋で、夜に訪れる太陽が、少女の瞳に希望光を取り戻させたのである。
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
少女に会いに行くのも10回目を超えた頃、彼女は体調を崩していた。
「お嬢ちゃん大丈夫かい?」
苦しそうな咳が聞こえて、思わず駆け寄った。
手を伸ばしても少女に手が届かないもどかしさに、フィンは胸を締め付けられた。
「大丈夫、ちょっと喉が痛い、だけ」
フラフラと立ち上がり、一番近くまで来た少女は、かすれた声で言う。
「うつすといけないから、今日はお手紙だけね」
「俺、バカだから風邪なんか引かないよ、気にしなくて大丈夫」
そう言いながら、差し入れの紙を、給食用のパドルの先に乗せて渡す。
空になったパドルの先に、少女が屈んで手紙を置く。
もう、何度も繰り返したやり取りだ。
手繰り寄せたパドルの上の手紙に手を伸ばした時、トサッという軽い音に続いて鎖がジャラジャラと床を打つ音が聞こえた。
慌てて顔を上げると、少女が冷たい床に倒れ込んでいる。
「お嬢ちゃん!」
急いで立ち上がり、出口へ向かおうとした所で、再び鎖の音と共に、声が響く。
「ーー待て‥」
視線を戻すと、倒れたはずの少女が立ち上がっている
「お嬢ちゃん、無理して立ちあがっちゃダメだ。また倒れちまうよ、誰か呼んでくるから待っててな?」
「待てと言っているだろう、ここに来ていることが公になれば、お前はここに来れなくなるのではないか?」
動揺していたフィンだか、口調の変化や喋り方に気付いた。
「お前さん、誰なんだ?」
「ふん、名乗ってやる必要はないな、兎に角、騒ぎになればお前はここに来れなくなる、それをこの子は望んではいない」
「だからって、ほっとけないだろ?ただの風邪でもこんな環境にいたら、命に関わるかも知れないんだぜ?」
視界の端に、ふわりと手紙が持ち上がる。
パドルが所定の位置まで一人でに移動していった。
「心配はない、さあ、これを持っていつもの様に戻るがいい」
「何言ってんだ、そんなのできるわけ‥」
「二度言わせるな!」
空気がビリッと揺れる様だった。
背筋にゾワゾワとしたから上へ走るものがあった。
死線を何度も潜り抜けてきたフィンだが、この時ほど危ないものに触れた感覚を味わったことがない。
「私の加護にいる者の命はかならず守る、お前はまたこの子に会いに来てくれ、良いな?」
フィンの回答を待たず、張り詰めた空気が緩む感覚があった。
すぅっと少女の身体が滑る様に移動するのをみて、ハッとする。
(浮いている?)
見えない誰かが優しく抱き上げて、ベッドに寝かしている様にも感じた。
彼女の腕から、スルスルと紙が空に解き放たれて、ベッドの隙間に差し込まれていく。
しばらく眺めていたが、規則正しい少女の寝息を聞いて安心した。
「誰だかわからないけど、大丈夫なんだな?彼女を頼んだぜ」
宙に浮いているままになっていた手紙を掴んで呟くと、答える様に空気が揺れた。
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それは初めて手にした手掛かりだった。
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