ここに魔法が生まれたら

羽野 奏

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4.朔夜の出来事

(1/9 story・日向 悟)目覚めない夢

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家の片づけをしていたら、ホコリをかぶった段ボールが押し入れの奥から出て来た。

「お、懐かしい!僕の青春やーん?」

軽くホコリを払ってからフタを開ければ、古い紙特有の臭いがする。
拾い上げたのはコード譜、学生時代にギターにハマって作曲の真似事をしていた頃のものだ。

「どんな曲やったかなぁ…」

奥の部屋からギターを持ち出して、縁側に落ち着く。
コード進行を確認しながら、メロディーを思い出すために、
ふん、ふーん、と鼻歌で曲のアウトラインを探っていく。

「あ!そうそう、そんな感じ…」

怪しいところを2~3回繰り返し流して歌って、よしっ!と息を吸い込んだ。
観客は、庭木の木陰で涼んでいる一匹の犬。

ボディをコンコンとノックするようにしてテンポをとり__



*   *   *   *   *


苦しい恋をしたね 好きなのに言えなくて
君は笑顔が好きだから 涙さえも流せなくて

別れの時は決められていて
そこに向かって二人進んでいく

違う道を進めたらって
もしも...だったら...って頭の中
ぐるぐる思いを巡らせた


この目 この耳 この心さえ
全て この時 この瞬間は
君に預けると誓ったから

僕に何を言ってくれてもいいよ
全部 全部 受け止めるから どうか僕を忘れないで

君と歩み続けた道 途切れないで どうか


*   *   *   *   *


ゆったりとしたスローバラード
所々かすれ気味のハスキーな声は、柔らかく空気に包まれていく

ハルタは迷惑そうに欠伸をひとつ…耳の後ろを足で掻いている。

――パチパチパチ

「え?」
「へへへ、来ちゃったー」

手の鳴る方へ目を向けると、通りと庭を隔てるためのブロック塀のところに、にょきっと頭が飛び出している。

「そっち行ってもいい?」
「おおっ?どぉぞー」

駐車場側から回り込んで、制服姿の来音がやってくる。
スクールバッグを肩にかけ、片手には小さめサイズのエコバック。

「どうしたの?っていうか、どうやって来たの?」
「学校帰りにふらっと、電車でね――来ちゃった」
「うん、いらっしゃい。でもね、僕が居なかったらどうするつもりだったの?」
「その時は、ハルタに構ってもらおうかなって」

近寄って来たハルタのために、しゃがみ込んでから、来音は優しくその頭を撫でた。
猫を家では飼っているというから、動物は基本的に好きなんだろう。
最初のハルタへの戸惑いはもう感じられないし、ハルタもされるがままに受け入れている。

来音は上目遣いにこちらを見上げて、ニヤッといたずらっぽく笑った。

「冗談だよ。その時は電話をちゃんと掛けるつもりだったんだ」
「番号教えたっけ?」
「前に、お名刺貰ったでしょ」
「あ…そうだった!」
「ふふん!」
「でもね、これからも気軽に来るつもりなら、ちゃんとお迎えしたいからさ、連絡先交換しようか――」

おいで、と、縁側のとなりのスペースに招く。
素直に一人と一匹は従って、なんだか兄弟みたいだなって微笑ましかった。

「ねえ、さとるっちさぁ…弾き語りとかできるんだ」
「んー。まあな、昔かじった程度やけどね」

譜面に手を伸ばして、来音は興味深げに覗き込んだ。
これって、どういう風に読むの?
長さはどうやって表現されてるの?
なんて、五線譜との違いに疑問がたくさんだ。

「ギター弾いてみたい?」
「うん、なんか…弾けたらいいよね」
「じゃあ、このくぼみをここに、こう――ネックは、こう持って」

ひとしきり、レクチャーしてコードを2,3個練習した。
「難しい!今日はここまで」って縁側に上半身をゴロリと倒して、なんだか満足げな表情の来音が可愛かった。

「根気よく、練習あるのみ、な?」

なんて、ちょっと上から言ってみたりする。
(弟がいたらこんな感じかなぁ)
って、妄想を膨らませながら、縁側に転がる姿を目に焼き付ける。

「ねえ、さっきの歌、もう一回歌ってよ」

靴まで脱いで、うつ伏せ状態になりリラックスしている様子の来音。
長い足を交互にぶらぶらと振っている。

「いーけど、なんか恥ずかしいな」
「今更じゃない?もうすでに聞いちゃってるし」
「あー、そうね、そうだよね…じゃあ、いきます――」

苦しい恋をしたね 好きなのに言えなくて――…
もう一度、最初から歌い出す。

ハルタはやはりギターの音はあまりお気に召さないのか、来音の側から退いて庭の奥へと向かっていく。
時々譜面へ目をやると、来音も同じく覗き込んでいるのに気が付いた。


*   *   *   *   *


空しい夢をみたよ 幸せな夢だったんだ
君の笑顔が側にあって いつまでも一緒さって

別れの朝が訪れたんだ
駅に向かって二人歩いていく

君の夢を諦めてって
もしも...言ったら?__今更だね
ぐるぐる思いを巡らせた


*   *   *   *   *


サビの入りのところで、来音はすくっと起き上がる。
そして、僕の間近くに腰を掛けると、ニコッて目くばせをひとつ。

「 その手 その髪 その唇まで
  全て これから この先ずっと
  僕に捧げてと願ったら(願ったら) 」

合いの手を入れるように、歌にアレンジを加えていく。
2回、それも1番を聞いただけなのに、どうやったらそんなことができるんだ?と、僕は驚いて顔を見つめた。

「「君はなんて いうんだろうね
  全部 (全部) 受け入れるから どうか(どうか)僕に(僕に)刻み付けて
  君と分かれ始めた道 寄り添わせて どうか」」

来音はサビを完璧にハモって、両掌でどうぞどうぞと、アウトロを促した。


*   *   *   *  *

痛む頬に手を当てて
夢から覚めた僕は 一人帰り道 涙を流すんだ

*   *   *   *   *


曲が終わり、余韻を少し…そして
「イエーイ」と、片手を来音が差し出してくる。
ハイタッチの軽快な音を響かせて、なんだか笑顔が得意げだ。

「来音ちゃんって、器用なー!ハモれちゃうんだ――感心しちゃった」
「へへへ…実はオレ、歌手志望なんだよね」
「あー!そういえばこの前CD出してたね、調子はどう?」
「んー、あんまり…かも?」

浮かない表情、CDを出せただけでも凄いのにって言葉は多分無意味だろうから、背中をポンポンと優しく叩いた。

「歌手、なれるといいな」
「うん!あー、言っちゃた…自分の夢を誰かに言うのって、けっこう勇気がいるね」

うひぃーと、変な声を漏らして、来音は少し赤い顔を手でパタパタと扇ぐ。

「人に言っちゃうとさ、なんか、いろいろ言葉が返ってくるじゃん?だから、今まで言わないようにしてたんだよね…否定されて、ヘコみたくないからさぁ」
「でも、言ってしまった、と?」
「なんでだろう。つい、うっかりポロっとね…笑ってもいいんだよ?そんなの叶いっこないって、高望みしないの、モデルってだけで十分じゃん?ってさ」

(ああ、そういわれると思って、今まで黙ってたんだ)
来音の才能やカリスマ性に、つい大人を相手にしている感覚になっていた。
でも、やっぱり人からの言葉を恐れるような、高校生らしい可愛さもあるんだな。

「イヤイヤイヤ、笑ったりしないって!才能ありますよ。だって凄くない?ちょっと聞いただけで、コーラスとかハモリとか入れられちゃうんだもん」
「そんなの、できる人は山ほどいるって」
「でも、できない人は海ほどいるよ?大丈夫、来音ちゃんは凄い子です」
「やー、もー…なんか、照れる」

俯き加減でボソリと零した声に、褒められ成分のキャパオーバーかなって予測する。
(この辺りで、勘弁してやろう)

「ねえ、来音ちゃん?もうちょっと歌わない?」
「え?」
「今度は、来音ちゃんの知ってる曲で…もちろん、僕が弾ける曲じゃないとだけどさ」
「うん、うん!やるっ」

途端に元気だ。
笑いそうになるのを堪えて、何を歌おうかって相談する。
結局のところ、ちょっと前に流行った男性アイドルのアップテンポなラブソングを歌うことになった。

音域の広い歌なのに、軽々と歌いあげてしまう。
(ああ、何だろう…周りの空気が明るく色付くみたいな)

声になにか、気持ち?だろうか…力が乗っている気がする。
まだ不鮮明で粗削りな、これはなんだろう?

目を細めて、少し来音に近づくけれど、まだ靄がかかったように感じにくい何か――
もう少しで掴めそう、といったところで歌が終わってしまった。

「っあ、終わっちゃった…」
「え?なに、近いんだけど」

歌に夢中で気づかなかったのか、思ったより近場に僕が居たことに驚いている様子だった。

「いや、なんか――なんやろう?ごめん、うまく言えないんだけど、声に何か力みたいなのがあって惹きつけられたんだと思う」

もっと、例えば来音の感情が乗るような曲だったら、もっと声に力が乗るんだろうか?
原石から輝く宝石を取り出すときのワクワク感…
鈍らを研ぎ澄ませたいというソワソワした気持ちが湧いてくる。

(ああ、そうか…これは”精錬”が見せてる僕にしか分からない感覚なんだ)

「なんか、さとるっちベタ褒めしてくれるじゃん?」
「褒めたくなるくらい上手だから、正直な感想よ、ホント」

来音が一番輝ける歌ってどんなものだろうか
既製品じゃなくて、一点モノの――

「ねえ、来音ちゃん。もしこれからもココに来るつもりならさ、一緒に曲作ってみない?」

え?なんで?って言われるだろうなって思うけど、言うだけはタダだ。

「本当?面白そう、やってみる!」
「え?いいの?」

意外な返答で、逆にこちらが驚いてしまう。

「いいよー、曲を作るっていうのも、いい経験になると思うもん」
「流石の向上心、よっしゃ、一丁やってみようや」

片手でグータッチをして、笑い合う。
ハルタの平穏はしばらく害されてしまうことになるだろうけどな。

「あ、そういえば、コレ買って来たんだった!ちょっとぬるくなったけど一緒に食べよう?」

そう言って、来音は放置していたエコバックから、コンビニで売っているプリンを取り出す。

「プリン?」
「嫌いなら食べなくていいよ、オレが食べるから」

コンビニにエコバック持参なのも…
ちゃんと手土産持参してるのも、しっかりしている来音らしいなと思う。

(まあ、その手土産がプリンなところは意外で可愛いんだけども)

「いやいや、甘いの好き!プリン好き!!ありがたく頂きますとも」
「じゃあ、どっちがいい?」

はい!と、チョコプリンとクリームの乗ったプリンの両方を差し出してくれたけど、クリームの乗ったプリンの方の位置が若干遠い。

「じゃあ、チョコの方貰うね」

そう言ってチョコの方を受け取ると、来音の顔がほんの少し嬉しそうな気がした。
気付かれないように顔を背け、クスッと笑ってしまう。

「決起集会だね」って来音が言うから
「乾杯しようか」ってプリンカップをグラスのように持ち上げる。

「「乾杯!」」

そっと、二つのプリンカップを触れ合わせた。

思えば、不思議な縁だな
ターゲットとパパラッチかと思えば、ランド友達になって、
魔法使いとして夜宴に参加した者同士でもあって…

なんだか夢の中のようで、でもまだまだこの夢はきっと冷めない。
このまま、どこまでも続けばいいなと思ってしまった。
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