ここに魔法が生まれたら

羽野 奏

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6.決戦の刻

1.柔よく剛を制すー彗星ー

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氷の一部が欠落してしまうと、邪の女は勢いを増して氷を割り始める。
彗さんはその度に、落ちてくる破片を鎖で正確に跳ね飛ばしていく。
ボクの心は焦っていたけど、吾川さんはそれでもゆったりとした口調で話しを続けた。

「つまり、俺はこんな事ができるってコト、見てて――”鑑定・白井 彗”」

ふわんと蛍光グリーンの光が蛍の明かりのように彗さんを包む。
その光が、左手の辺りに凝縮されて輝きを増し、しばらくしてから消え失せた。

「そこにあったか!行くよ、彗くん――Refine・Onyx!!」

今度は悟さんの声と共に放たれた銀の弾丸のような波動が鎖を巻き付けた彗さんの左手の甲に貫通する。
反動で跳ねるように手が動き、鎖も消え失せる。
左手を抑えて、ガクッと崩れた彗さん。

「何があった!?」

状況が分からない薫さんが心配そうに駆け寄る。

「大丈夫だよ、薫。でも危ないから離れてて!」

吾川さんが声を飛ばして、薫さんは一瞬ためらったが、後ろに飛び退く。
更に2、3歩後退って距離を開けた。
それを確認した吾川さんは優しく起こすような声で、彗さんへ話しかける。

「だよね、彗?さあ、思った通り暴れてごらん」
「――うん、問題ない…そうか、この力ってこうやって使うこともできるんだ」

ゆらっと立ち上がった彗さんは、ヘラっと笑って、両手を天に高く挙げた。

「さて、反撃の時間だ――新たに生まれておいで、超新星スーパーノヴァ…飛来せよ――彗星!」

赤黒い空に、銀色の筋が一つ、二つ…尾を引いて現れる。
やがて無数の彗星が、正確に邪の女に向かって落ちてくる。

――ガガガガガガッッ!!

幾度となく落石に打たれて、侑李の張った氷はすべて砕かれてしまったが、連撃は確実に邪の女に効いたようだ。

――ギシャアアァァッ!?

苦しそうな叫び声をあげて、体勢を崩し、ズシャァアと地面に倒れ込む。

「まだまだ足りないな…さあ生まれておいで、生命の息吹!拘束せよ、蔦鎖つたくさり!」

今度は地面に向けた手を緩くカーブさせながら持ち上げる。ダンスでも踊っているようなしなやかな腕の動きに合わせ、濃い緑の蔦草がスルスルと伸びあがる。
そして手を邪の女に向けて放つと、しなやかな蔦が鋭く動いてその体躯を押さえた。

――グギギッ!?グギャアァッ!!

怒りに任せて引きちぎろうと邪の女は身をよじっている様子だけど、蔦は切れることなく更に強く拘束をする。

「おお、すげえ!全然魔力消費してる感じがしない」

彗さんは自分の手を見下ろして、珍しく興奮気味に声を発した。
吾川さんが「ナイスー!」とその肩をポンと叩いて、にっこりと微笑んでいる。

「じゃあ、彗が抑えてくれている間に事情説明をさっくり終わらせちゃおうかな」

咲夜さんは邪の女の様子を見て、大丈夫そうだと判断したようだ。
まだ取り残されたままの薫さんと侑李さんの方を向いて話し始める。

「どこまで話したっけ?ああ、そうだ…3つの役割について話してたんだよね。今ようやく3つ目が進行中ってのは見ての通り」

そういって、覚醒を果たした吾川さんと彗さんの方に手を向けて示す。

「それで…”なぜ魔術師への変化が必要なのか”だけど。今、邪の女がこんな事になっているでしょう?夜烏がこういう事が起こると予見してて、そうなった時にオレたちが負けてしまわないために必要だったから」
「前に言ってた”人の命が多く奪われる、そんな未来が来るかもしれない”ってこの事やったん?」

悟さんは心当たりがあったようで、「これかー」とこの光景を改めて見回している。

「そう、邪の女が強欲なのか…”収奪”の性質が事だからか、どこまでもアレは奪い続ける。魔力に限らず無数の命をもね。良かったよ、ギリギリのところで対抗策になりうる”魔術師”への覚醒方法が分かったんだから」

夜烏は失ってしまったけどね、とつぶやく咲夜さんの瞳が憂いを帯びて揺れた。

「待った、もっと早く教えてくれても良かったよね?特に、邪の女がこうなること」
「言えなかったんだよ、薫には」

異を唱える薫さんに、今度は侑李さんが声を発した。

「なんでだよ?」
「この状況は、本当なら薫の闇堕ちが切っ掛けで起こるはずの事象だったから」

侑李さんの言葉に、薫さんは両手を広げて反論を返す。

「俺、闇堕ちしてないけど?なんで、こうなった?」
「代わりにオレが闇堕ちしちゃったから、だね」

未来を視て、回避したはずの”魔法使いの闇堕ち”という事象。
それでも完璧には避けられないイベントのように、咲夜さんの闇堕ちが発生して、事は起こってしまった。

「は?なんで俺の代わりにお前が闇堕ちしてんの?」
「それは、薫の所為でしょう?咲夜に罪のない人間を傷つけさせたのは誰?」

侑李さんは少しだけ怒りの感情を混ぜたような強めの声で割って入る。

「え?お前、俺にケガさせたくらいで闇堕ちしちゃったの?なんで?」
「薫、そんな言い方ない。人を切るって本当に精神が消耗するんだからね?病を治すためって分かってても、最初はメスを持つ手が震える。咲夜はきっとそれ以上だったと思うよ?だって、意図しない相手を、そんなつもりないの大怪我させちゃったんだから」

侑李さんは「分かるよ」って咲夜さんを肩越しに一度見つめる。
咲夜さんはなんだか照れたように、前髪の間に指を突っ込んで視線を外した。

「それに、分かってるでしょ?闇堕ちしちゃうくらいに、咲夜も薫が大事なんだよ」

侑李さんは「薫だって大事に思ってるよね?」って少し首をかしげて、「ん?」って何か言うように促す。

「…ごめん、もー!悪かったって」

後頭部をカリカリ掻いて、こちらも照れた様子。
「なんかオッサンたちが青春してるー」と茶化しにかかったライトの口を押えて、ボクは「しーっ!」て黙らせる。
様子を見守ってると、ふーって一端大きく息を吐いて、薫さんは仕切りなおすように尋ねた。

「で?咲夜が闇堕ちした上に、さっきから夜烏が見えないって事は、邪の女に喰われた?」
「うん、、、ただ夜烏の魔力は邪の女の腹には入りきらないサイズだったから、こうやって暴走してる。でも、邪の女も受肉体を捨てたのか、神格が上がったのか、だんだん魔力を操れるようになってきているね」

咲夜さんの声に反応したのは侑李さんの方。
「そうか、あの体はもう無いんだね?」と、確認するように尋ねる。

「暴走の時に消失したんじゃないかって思うけど…なんで?」
「あの身体はコハちゃんの完全なるクローン体だったからさ、邪の女はコハちゃんの魂も収奪したって言ってて、身体が不要になったらそこにコハちゃんの魂を入れて動けるようにするって言ってたんだけどね」

「そっか、もうないのか」ってほんの少し残念そうに言って肩を落とす。
その様子に「どういうこと?」って薫さんが深堀する。

「まあ、できるかなんて分からないけど、コハちゃんの蘇りが出来たかもねって話。相手は邪神でも神様じゃない?ちょっと信じたくなっちゃったんだよね」
「それで、邪の女に情報を流したりって協力をしてたってこと?」

さっき諭されていた薫さんが、今度は怒る番だ。
この二人はお互いしっかりしている大人に見えて、案外危ういところがあるのかな?それをお互いがこうやって窘めたり、慰めたりしながら補い合っているんだなって思えた。

「知的好奇心半分、薫が喜ぶかなって気持ち半分――悪かったって思ってます」
「そんなことでスパイみたいな事したの?蘇生とかできるわけないじゃん、頭良いけど馬鹿じゃんお前」
「馬鹿だよね、でもそれだけ俺も薫が大事だったんだよ」
「なんで俺が大事でスパイになるんだよ、お前は」

(多分それはね、薫さんが小春さんを大事にしてたから、少しでもある可能性が捨てられなかったんだよね?薫さんのために自分の手が汚れても構わないって思うくらい)
ボクは、ボクだったらどうだっただろう?隣にいる翼をチラッと見て思ったことを言うべきか、ボクは少し迷った。
その間に、咲夜さんの声が響く。

「たぶん、その身体に河合 小春の魂を戻したうえで残忍に殺してやるとか脅迫されたり?」
「――まあ、うん、そんなことは言われた」
「河合 小春に似ているっていうだけで、人の太刀筋に飛び込めるバカ男だからね、彼女が蘇った途端に目の前で殺されたら、まあ闇堕ちまっしぐらだよね。馬鹿とバカでお似合いの二人だよ」

さっきの仕返しとばかりに咲夜さんは薫さんを煽る様に笑う。

「薫が堕ちたら、俺も無事じゃいられなかったと思うから――保身も兼ねてたんだよ。まあ言い訳なんだけどね――覚悟はしてる、ちゃんと罰は受けるよ」

誰も喋ることができず、一瞬の静寂が流れて、そこに吾川さんが声を投じる。

「一個だけ良い?舞耶ちゃんが亡くなったあの事故の件、侑李は美姫ちゃんに部屋を用意した?」
「目的は知らないけど、少し前にウィークリーマンションの契約はした」
「じゃあ、事故が起きた日はどこにいた?」
「木曜日だから…午前中は病院に、午後は、借りるように指示のあった部屋に寄った」

記憶をたどりながら、それでも淡々と吾川さんの問いに応えていく。
淀みなく進む尋問のテンポが一瞬滞る。
そして、再び吾川さんの言葉から再開された。

「それは、舞耶ちゃんを担ぎ込むため?」
「何のことかな?俺は、アレに言われて食料を玄関口に置いただけだよ、信じてくれるかは分からないけどね」
「――いいや、信じられる…だって、俺は”真価”を使えるんだよ」

そうだ、吾川さんの魔力は相手の偽りを見抜いてしまう。
緩く首を横に振って、吾川さんは苦い表情を浮かべた。

「侑李は嘘は言ってない。でも、加担はしてた――だから、俺は許せないよ。事情は分かってるつもり、でも、人の命が奪われて良い訳がない、だから…、だけどっ」
「幸人さん、唇、切れちゃう」

そっと頬に手を当てる彗さんの心配そうな表情に反応して、きゅっと噛みしめた唇を緩めた。
侑李さんを見つめたまま、吾川さんは言葉を連ねる。

「だけど…その罪を問うのは今じゃない、今は、精一杯誠意を見せて欲しい、邪の女としっかり戦って」
「うん――」

侑李さんの言葉に重なる様に、悟さんの声が鋭く響く。

「おい!嘘だろ…そこから飛べる?!」

皆の視線が一気に邪の女に集まった。

少し赤黒い空気がわずかに薄まった気がする。
それに比例して邪の女の羽に一層力がこもって、グンッと体が持ち上がる。

――ブチブチッ...ビキッ、、、バツンッッ!!

ついに、蔦鎖を千々に引き裂いて邪の女は飛翔した。
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