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6.決戦の刻
7.燃え盛る炎ー薫蕕ー
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「やった、大成功!」
「うっし!撃墜!」
俺達は同時にガッツポーズを取って笑い合う。
少し遠いところで、邪の女が爆炎に巻かれて空を裂くような叫び声をあげた。
咲夜の家族が起き出してこないのが、先ほどから不思議で仕方ないけれど、ひとまずは目の前の敵だ。
少しだけ、笑顔を陰らせて心配そうに口元を押さえて来音が心配そうに声を発する。
「でも、あれ…堕ちる先ってさ、さとるっち達いない?」
「あー、まあ、覚醒してるのも居るし、何とかするでしょ」
俺としては、特に心配していない。
なんだかんだ悪運の強い悟、頭の回転が速く計算高い吾川、それと何やら奥の手を持っていそうな咲夜の事だ、根拠はないけど、たぶん生き延びるだろうと思えた。
「何とかなるかなぁ…近距離攻撃勢だよ?あの三人」
そう言われてみると、マズイ気もする。
確かに、あのデカイのが落ちてきたら、双剣、鉄扇、青龍刀…太刀打ちできない、か?
「マズいか?」
「行ってみる?」
「行くか…」
どうせ間に合いっこないけれど、それでも到着が早い方が延命の可能性が高いだろう。
少しだけ魔法を使った分疲れた体に鞭を打って走り出そうとしたとき、来音がそれを引き留める。
「あ、待って、なんか邪の女持ち堪えてるっぽい?」
「おお、しぶとい…だから虫ってダメなんだわ、手負いになると向かってくることあるじゃん?」
「あー、あるね、チャバネなヤツとかさ」
明言は避けたけど、十分な破壊力のある発言に俺は背筋にゾゾゾっと走るモノを感じた。
両腕を自分の手で擦りながら、半分裏返ったような声を出す。
「やめて!ねぇ、思い出させないでっ!」
「そういうリアクションされると、逆に言いたくなるんだけどー」
(このっ、クソガキが…)
そうは思うけど、得物を見つけた幼いライオンみたいに、キラキラした目を向けてニマッと笑うのが可愛い。
「調子に乗んな!」ってガツンと言ってやっても良いけど、まあ、今日は頑張ってるし…見逃してやるかって肩をすくめて、ワザとイジられてやる。
「ねぇーえー!やめてっ」
「えへへっ、ごめん、ごめん、もう言わないっ」
ちゃんと引き際を心得てる、勘のいい奴は嫌いじゃない。
苦笑いを返して、ふと、草が揺れる音に気づく。
それも、複数の方向から。
「……なんか、嫌な気配がするなー」
俺の声に合わせたように、闇が揺れた。
草の間から、例の蟲が波のように押し寄せてくる。
100とか200って単位じゃない…一面の蟲に声も出ない。
「第三フェーズ突入?王の蟲の大群って景色だね、アニメ映画でこんな光景見たことあるよ。こっちの方がサイズは小さいけどさ」
「金色の触手もないよな」って声に出そうとして、ふと気づく。
この蟲の来た方角って、邪の女の方からだよなって――
「考えたくないけど、邪の女から生まれてんの?これ…」
「そんな気がするよね、ってことは邪の女を倒さない限り終わらないってことだね」
来音も同じ事を考えていたようで…考えが正しければ、つまりはあの三人が邪の女を仕留めるまでこの作業は終わらないってことを意味している。
「はーぁ、骨の折れる…」
ため息交じりに声を出すと、来音もやれやれって言いながら隣に歩み出る。
「でも、やるしかないよねぇ」
「だよなぁ…まあ、言っててもしゃーない。行くぞ!”火の海”」
この大群が燃え尽きるまで、炎を延々と繰り出して、風を織り交ぜ一帯を染める。
湧き続ける蟲にほんの少しずつ前進を許しながら…ようやく、最後尾が燃え尽きたのを確認して、地面に崩れるように座りこむ。
「どのくらい倒した?」
「わからない、けど、小山ができてるよ」
隣では来音も地べたに尻をおろす。
空を見上げて「あ゛ーっ!」て息を吐き出している。
「やっぱ覚醒してもらった方がよかったか?来音、あとどのくらい魔力残ってる?」
「結構、ヤバな。でも、第三フェーズは終わったか?」
お互いに、ほとんど魔力は空っぽだ。
ふーっと息を吐いて、少しでも回復を図る。
「いや、たぶん、あれのお陰?」
「え?」
来音に目を向けると、あっちだよって指で教えてくれた。
小山の先、すこし上の方で邪の女が何かに体当たりをして、弾かれる様子が見て取れた。
月の金色に近い光に似た、格子状の鳥籠みたいなドーム型。
邪の女はその中だ。
「え?あ!邪の女、檻の中じゃん!」
「これが咲夜さんの結界なのかな?」
「そうかもな、”鳥籠”の形っていうのがアイツらしいじゃん?」
「そうなんだ?」
ああ、そうか…って気付く。
まだ、来音とは出会って数日しか経ってないんだ…なのに、なんだかずっと知ってた相手みたいに錯覚してた。
咲夜がどんなヤツかも、まだ来音は知らないのかって不思議な気持ちになる。
適当に「まあ、そういうヤツなんだよ」って返答を返すと「へー」って言葉が返ってきた。
「ところで、コレさ、終わったのかな?」
来音が話を変えてくれたけど、それに対する返答も微妙だ。
「どう…なんだろうな?これ、戻って良いのかなぁ…」
「なんか、終わりの合図とか決めとけば良かったよねー」
正直、こういう戦闘をしたのも魔力を持ってから初めてで、こちらとしても経験不足、分からないことだらけだ。
「だなぁ。もうちょっと待って大丈夫そうなら行ってみるか」
「そうだね、そうする?」
ひとまず、蟲がまた湧いてくる気配はない。
遠めに見る邪の女も、檻からの脱出は出来そうにないし…。
さて、この時間をどう埋めようかってポケットに手を突っ込みかけて、人影に気づく。
「いや、問題なさそうだ、迎えが来た」
「え?あ!吾川さんだー!おーい!!」
来音が手を振ると、吾川は笑顔で大きく手を振り返して叫ぶ。
「おーわーった、よーぉ!」
その、時々裏返る調子はずれの明るい声と、優しい笑顔にホッとする。
それは来音も同じだったみたいで、自然に浮かんだ笑顔でこちらを見つめてくる。
とりあえず、拳を突き出して待っていると、ちゃんと拳を合わせて来た。
「お疲れ!よく頑張りました」
「薫さんも!虫が苦手なのによく頑張りました!」
お互いに、プッ!って吹き出して、笑いながら吾川の方へと向かう。
「なーに?二人とも、距離縮まってるじゃん?」
吾川が、いいなーって来音とは反対に並ぶ。
俺は二人に挟まれる形で、さっき来た道を戻って行く。
「今ね、悟が彗たちを、咲夜が翼たちを迎えに行ってるよ」
「あ、大樹・翼コンビは翼側がメインなんだ?」
「ん?どういうこと?」
俺の些細な台詞を拾って、え?って動きが止まる。
自分の思考外のところから切り込まれると動きが止まるのは吾川のクセだなって思っている。
「まあ気にするな、深い意味はないから」
「お?おー、分かった」
まだ、頭に?が浮かんでいる様子だけど、その内ほかの事に気を取られて、そんな疑問を持ったことを忘れてしまう事も知っている。
「さとるっち、一人で大丈夫かな?」
「あ、それ、俺も思ったんだよね…でも、咲夜が”悟は悪運が強いから大丈夫”って言うから、たぶん大丈夫じゃないかな?」
ね、こんな感じで忘れるんだ。
それにしても、咲夜も悟の事を”悪運が強い”って思っていたんだ――
俺は、そんな意見の一致に、二人に気づかれない程度にフッと笑った。
それから、気を取り直して吾川に声をかけた。
「それで?この檻は咲夜の結界で合ってる?」
「あ、うん、合ってるよ」
「刃も使って、こういうのも作れるって、アイツ本当に器用だな」
「芸達者だよねー」って、吾川も同意する。
ひょこっと反対から顔を覗かせた来音が俺達二人に目線を配りながら聞いてくる。
「ねえ、この後どうするの?」
「焼くか?」
「そんな魔力、今は残ってないクセに」
俺の言葉に、見透かしたように吾川が痛いところを突く。
「でも今はでしょう?じゃあ、皆がそろったら?」
来音がちゃんと言葉を捉えて指摘している。
(もしかして、コイツ…頭良いか?)
学生でモデルでっていうと、なんか勉強はしてなさそうってイメージを持ってて、なんかそんな風に思って悪かったなって、謎の罪悪感に駆られた。
「そうだね、皆がそろったら後夜祭でもしようか?派手なキャンプファイヤーでもやってみる?」
「いいねー!盛り上がろうよ!!」
来音は楽し気に小躍りして、そんな姿を優しい瞳で吾川が見てて……
さっきまで、あんなに消耗して辛かった心が少しずつほぐれていく。
――グギギッ…ギギッ!!
邪の女の声が、くっきりと聞こえる。
見事に組まれた鳥籠の格子、その交差しているところの一つ一つに、咲夜が作ったと思われるお札が組み込まれている。
辺りを見回しても、誰も居ない。
俺達が最初にたどり着いたみたいだ。
「見事なもんだな」
檻に近づくと、邪の女がバッ!!と方向を変えて、こちらに突進してくる。
「――!?」
――ドガッ!!ガシャーン!!
勿論、強固な檻はビクともせず、邪の女はズルズルと地面へと伏した。
そして、そのまま少しずつ、少しずつ縮み始める。
「なんか、邪の女が…」
俺の声に、二人も反応して近寄って来る。
「本当だ、さっきも体当たりしたけど、こんな事にはならなかったよ」
吾川が不思議そうに観察する。
「なんか、オレ嫌な予感がするんだけど」
丁度、人間サイズまで縮んだ邪の女が、むくりと立ち上がる。
羽は所々ちぎれてボロボロ。
触角の位置に生えた角も片方は折れて、痛々しい。
「――か、、お、、、薫、くん…」
結界に差し伸べた手が、パチンッ!と電気に弾かれたように跳ねのけられて、悲し気に顔をゆがめる。
「…小春?」
声も、顔も、俺の知っている小春だ。
「タスけ、て…カオ、る…く――」
ざわっと動揺が心に走る。
(違う、違う!これは、小春じゃない、小春…なんかじゃない!)
「ダメだよ、薫さん!」
左腕に暖かい感触。
ハッと目線を向けると、痛みを堪えているような顔で来音が腕に巻き付いている。
「大丈夫…だよね?分かってるよね?あれは、小春さんの姿をした河合 美姫――邪の女だよ」
心配そうな声に、右を向くと、吾川が瞳を覗き込んでくる。
「大丈夫、あの時とは違う。今は理解しているから、騙されたりしない」
首を振って、胸にある動揺を...そして彼女への同情を、払いのける。
真っすぐ見つめてくる吾川にまっすぐな視線を返す。
吾川なら分かってくれる、だって吾川の能力は嘘を見抜くのだから。
俺の表情に、納得したように吾川は2,3度頷いて、それから静かに告げた。
「薫、行くよ――”鑑定・岩城 薫”」
俺の名前が呼ばれた側から、ふわりと視界に広がる蛍光グリーン。
続いて、背中に声が掛かる。
「薫さん、吾川さん、信じてるからなっ!――Refine・Sphene!」
背中から銀の波動に撃ち抜かれ、そのまま胸を貫通していく。
冷たい感覚が心臓を通して全身に広がって行く。
撃ち抜かれて、砕かれたのは俺の気持ちか、それとも女々しさか…。
そこから、鼓動とともに血液に流れ始める新たな力…これが、俺の精錬された魔力。
徐々に熱を取り戻して、エビ反りのまま固まっていた時間が進み始める。
「残念だったね。もう、俺は騙されない――弔いの炎・葬送華」
静かに呟く呪文。
邪の女の足元に炎の華が咲く。
(俺の手で、終わらせるから…)
目は逸らさない、炎に包まれていく邪の女をただ見つめた。
「うっし!撃墜!」
俺達は同時にガッツポーズを取って笑い合う。
少し遠いところで、邪の女が爆炎に巻かれて空を裂くような叫び声をあげた。
咲夜の家族が起き出してこないのが、先ほどから不思議で仕方ないけれど、ひとまずは目の前の敵だ。
少しだけ、笑顔を陰らせて心配そうに口元を押さえて来音が心配そうに声を発する。
「でも、あれ…堕ちる先ってさ、さとるっち達いない?」
「あー、まあ、覚醒してるのも居るし、何とかするでしょ」
俺としては、特に心配していない。
なんだかんだ悪運の強い悟、頭の回転が速く計算高い吾川、それと何やら奥の手を持っていそうな咲夜の事だ、根拠はないけど、たぶん生き延びるだろうと思えた。
「何とかなるかなぁ…近距離攻撃勢だよ?あの三人」
そう言われてみると、マズイ気もする。
確かに、あのデカイのが落ちてきたら、双剣、鉄扇、青龍刀…太刀打ちできない、か?
「マズいか?」
「行ってみる?」
「行くか…」
どうせ間に合いっこないけれど、それでも到着が早い方が延命の可能性が高いだろう。
少しだけ魔法を使った分疲れた体に鞭を打って走り出そうとしたとき、来音がそれを引き留める。
「あ、待って、なんか邪の女持ち堪えてるっぽい?」
「おお、しぶとい…だから虫ってダメなんだわ、手負いになると向かってくることあるじゃん?」
「あー、あるね、チャバネなヤツとかさ」
明言は避けたけど、十分な破壊力のある発言に俺は背筋にゾゾゾっと走るモノを感じた。
両腕を自分の手で擦りながら、半分裏返ったような声を出す。
「やめて!ねぇ、思い出させないでっ!」
「そういうリアクションされると、逆に言いたくなるんだけどー」
(このっ、クソガキが…)
そうは思うけど、得物を見つけた幼いライオンみたいに、キラキラした目を向けてニマッと笑うのが可愛い。
「調子に乗んな!」ってガツンと言ってやっても良いけど、まあ、今日は頑張ってるし…見逃してやるかって肩をすくめて、ワザとイジられてやる。
「ねぇーえー!やめてっ」
「えへへっ、ごめん、ごめん、もう言わないっ」
ちゃんと引き際を心得てる、勘のいい奴は嫌いじゃない。
苦笑いを返して、ふと、草が揺れる音に気づく。
それも、複数の方向から。
「……なんか、嫌な気配がするなー」
俺の声に合わせたように、闇が揺れた。
草の間から、例の蟲が波のように押し寄せてくる。
100とか200って単位じゃない…一面の蟲に声も出ない。
「第三フェーズ突入?王の蟲の大群って景色だね、アニメ映画でこんな光景見たことあるよ。こっちの方がサイズは小さいけどさ」
「金色の触手もないよな」って声に出そうとして、ふと気づく。
この蟲の来た方角って、邪の女の方からだよなって――
「考えたくないけど、邪の女から生まれてんの?これ…」
「そんな気がするよね、ってことは邪の女を倒さない限り終わらないってことだね」
来音も同じ事を考えていたようで…考えが正しければ、つまりはあの三人が邪の女を仕留めるまでこの作業は終わらないってことを意味している。
「はーぁ、骨の折れる…」
ため息交じりに声を出すと、来音もやれやれって言いながら隣に歩み出る。
「でも、やるしかないよねぇ」
「だよなぁ…まあ、言っててもしゃーない。行くぞ!”火の海”」
この大群が燃え尽きるまで、炎を延々と繰り出して、風を織り交ぜ一帯を染める。
湧き続ける蟲にほんの少しずつ前進を許しながら…ようやく、最後尾が燃え尽きたのを確認して、地面に崩れるように座りこむ。
「どのくらい倒した?」
「わからない、けど、小山ができてるよ」
隣では来音も地べたに尻をおろす。
空を見上げて「あ゛ーっ!」て息を吐き出している。
「やっぱ覚醒してもらった方がよかったか?来音、あとどのくらい魔力残ってる?」
「結構、ヤバな。でも、第三フェーズは終わったか?」
お互いに、ほとんど魔力は空っぽだ。
ふーっと息を吐いて、少しでも回復を図る。
「いや、たぶん、あれのお陰?」
「え?」
来音に目を向けると、あっちだよって指で教えてくれた。
小山の先、すこし上の方で邪の女が何かに体当たりをして、弾かれる様子が見て取れた。
月の金色に近い光に似た、格子状の鳥籠みたいなドーム型。
邪の女はその中だ。
「え?あ!邪の女、檻の中じゃん!」
「これが咲夜さんの結界なのかな?」
「そうかもな、”鳥籠”の形っていうのがアイツらしいじゃん?」
「そうなんだ?」
ああ、そうか…って気付く。
まだ、来音とは出会って数日しか経ってないんだ…なのに、なんだかずっと知ってた相手みたいに錯覚してた。
咲夜がどんなヤツかも、まだ来音は知らないのかって不思議な気持ちになる。
適当に「まあ、そういうヤツなんだよ」って返答を返すと「へー」って言葉が返ってきた。
「ところで、コレさ、終わったのかな?」
来音が話を変えてくれたけど、それに対する返答も微妙だ。
「どう…なんだろうな?これ、戻って良いのかなぁ…」
「なんか、終わりの合図とか決めとけば良かったよねー」
正直、こういう戦闘をしたのも魔力を持ってから初めてで、こちらとしても経験不足、分からないことだらけだ。
「だなぁ。もうちょっと待って大丈夫そうなら行ってみるか」
「そうだね、そうする?」
ひとまず、蟲がまた湧いてくる気配はない。
遠めに見る邪の女も、檻からの脱出は出来そうにないし…。
さて、この時間をどう埋めようかってポケットに手を突っ込みかけて、人影に気づく。
「いや、問題なさそうだ、迎えが来た」
「え?あ!吾川さんだー!おーい!!」
来音が手を振ると、吾川は笑顔で大きく手を振り返して叫ぶ。
「おーわーった、よーぉ!」
その、時々裏返る調子はずれの明るい声と、優しい笑顔にホッとする。
それは来音も同じだったみたいで、自然に浮かんだ笑顔でこちらを見つめてくる。
とりあえず、拳を突き出して待っていると、ちゃんと拳を合わせて来た。
「お疲れ!よく頑張りました」
「薫さんも!虫が苦手なのによく頑張りました!」
お互いに、プッ!って吹き出して、笑いながら吾川の方へと向かう。
「なーに?二人とも、距離縮まってるじゃん?」
吾川が、いいなーって来音とは反対に並ぶ。
俺は二人に挟まれる形で、さっき来た道を戻って行く。
「今ね、悟が彗たちを、咲夜が翼たちを迎えに行ってるよ」
「あ、大樹・翼コンビは翼側がメインなんだ?」
「ん?どういうこと?」
俺の些細な台詞を拾って、え?って動きが止まる。
自分の思考外のところから切り込まれると動きが止まるのは吾川のクセだなって思っている。
「まあ気にするな、深い意味はないから」
「お?おー、分かった」
まだ、頭に?が浮かんでいる様子だけど、その内ほかの事に気を取られて、そんな疑問を持ったことを忘れてしまう事も知っている。
「さとるっち、一人で大丈夫かな?」
「あ、それ、俺も思ったんだよね…でも、咲夜が”悟は悪運が強いから大丈夫”って言うから、たぶん大丈夫じゃないかな?」
ね、こんな感じで忘れるんだ。
それにしても、咲夜も悟の事を”悪運が強い”って思っていたんだ――
俺は、そんな意見の一致に、二人に気づかれない程度にフッと笑った。
それから、気を取り直して吾川に声をかけた。
「それで?この檻は咲夜の結界で合ってる?」
「あ、うん、合ってるよ」
「刃も使って、こういうのも作れるって、アイツ本当に器用だな」
「芸達者だよねー」って、吾川も同意する。
ひょこっと反対から顔を覗かせた来音が俺達二人に目線を配りながら聞いてくる。
「ねえ、この後どうするの?」
「焼くか?」
「そんな魔力、今は残ってないクセに」
俺の言葉に、見透かしたように吾川が痛いところを突く。
「でも今はでしょう?じゃあ、皆がそろったら?」
来音がちゃんと言葉を捉えて指摘している。
(もしかして、コイツ…頭良いか?)
学生でモデルでっていうと、なんか勉強はしてなさそうってイメージを持ってて、なんかそんな風に思って悪かったなって、謎の罪悪感に駆られた。
「そうだね、皆がそろったら後夜祭でもしようか?派手なキャンプファイヤーでもやってみる?」
「いいねー!盛り上がろうよ!!」
来音は楽し気に小躍りして、そんな姿を優しい瞳で吾川が見てて……
さっきまで、あんなに消耗して辛かった心が少しずつほぐれていく。
――グギギッ…ギギッ!!
邪の女の声が、くっきりと聞こえる。
見事に組まれた鳥籠の格子、その交差しているところの一つ一つに、咲夜が作ったと思われるお札が組み込まれている。
辺りを見回しても、誰も居ない。
俺達が最初にたどり着いたみたいだ。
「見事なもんだな」
檻に近づくと、邪の女がバッ!!と方向を変えて、こちらに突進してくる。
「――!?」
――ドガッ!!ガシャーン!!
勿論、強固な檻はビクともせず、邪の女はズルズルと地面へと伏した。
そして、そのまま少しずつ、少しずつ縮み始める。
「なんか、邪の女が…」
俺の声に、二人も反応して近寄って来る。
「本当だ、さっきも体当たりしたけど、こんな事にはならなかったよ」
吾川が不思議そうに観察する。
「なんか、オレ嫌な予感がするんだけど」
丁度、人間サイズまで縮んだ邪の女が、むくりと立ち上がる。
羽は所々ちぎれてボロボロ。
触角の位置に生えた角も片方は折れて、痛々しい。
「――か、、お、、、薫、くん…」
結界に差し伸べた手が、パチンッ!と電気に弾かれたように跳ねのけられて、悲し気に顔をゆがめる。
「…小春?」
声も、顔も、俺の知っている小春だ。
「タスけ、て…カオ、る…く――」
ざわっと動揺が心に走る。
(違う、違う!これは、小春じゃない、小春…なんかじゃない!)
「ダメだよ、薫さん!」
左腕に暖かい感触。
ハッと目線を向けると、痛みを堪えているような顔で来音が腕に巻き付いている。
「大丈夫…だよね?分かってるよね?あれは、小春さんの姿をした河合 美姫――邪の女だよ」
心配そうな声に、右を向くと、吾川が瞳を覗き込んでくる。
「大丈夫、あの時とは違う。今は理解しているから、騙されたりしない」
首を振って、胸にある動揺を...そして彼女への同情を、払いのける。
真っすぐ見つめてくる吾川にまっすぐな視線を返す。
吾川なら分かってくれる、だって吾川の能力は嘘を見抜くのだから。
俺の表情に、納得したように吾川は2,3度頷いて、それから静かに告げた。
「薫、行くよ――”鑑定・岩城 薫”」
俺の名前が呼ばれた側から、ふわりと視界に広がる蛍光グリーン。
続いて、背中に声が掛かる。
「薫さん、吾川さん、信じてるからなっ!――Refine・Sphene!」
背中から銀の波動に撃ち抜かれ、そのまま胸を貫通していく。
冷たい感覚が心臓を通して全身に広がって行く。
撃ち抜かれて、砕かれたのは俺の気持ちか、それとも女々しさか…。
そこから、鼓動とともに血液に流れ始める新たな力…これが、俺の精錬された魔力。
徐々に熱を取り戻して、エビ反りのまま固まっていた時間が進み始める。
「残念だったね。もう、俺は騙されない――弔いの炎・葬送華」
静かに呟く呪文。
邪の女の足元に炎の華が咲く。
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目は逸らさない、炎に包まれていく邪の女をただ見つめた。
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