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第3章「英雄を探して」

14,救出は劇的に

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 正面に立っていたリーダー格の男が浮かべただろう、驚きの表情は見損ねた。
 フルスイングでその顔面をぶん殴ったので。
 男はアクセルを踏みつけたトラックにひき逃げされたように、反対側の壁まで吹っ飛んでいった。

 俺を法術で縛っていた男の方は、何が起こったのか分からなかったらしい。
 そりゃ、そうだよな。
 たぶんワイヤーが引きちぎられた衝撃も感じなかっただろうから。

 慌てて拘束術をかけなおそうとしているけど、そんな時間を与えるつもりはこれっぽっちもない。
 一気に踏み込んで左の拳でレバーを突き上げる。
 悶絶してその場に崩れ落ちる男を尻目に、一番近い神官へとダッシュした。

 法術使いの力量は、こういう突然の事態でも速やかにイメージを具現化できるかで分かる。
 その意味では、こいつら鈍いな。
 シアやコリーヌだったら、イメージワード5は無理でも2や3程度の法術なら、この瞬間に放ってくるぞ。

 連続で2人気絶させる。
 残りはシアを拘束している男たちだけだ。

「な、なんなんだ、お前。法術阻害の霊具がついているのに」
「霊力による身体強化まで邪魔しないだろ?」
「バカな! ただの身体強化でなぜ拘束法術が破れる? 法術を断ち切るにはイメージをともなう身体強化でなくてはならないはずだ!」
「さて、なんででしょう?」

 一応、目論見があるので、適当にはぐらかす。
 2人の男はまるで魔族を見るように怯えを含んだ視線を俺に向けると、間髪入れずにシアを盾にした。

「こ、この女がどうなってもいいのか!?」
「手を頭に置いて、そこに跪け!」

 ……ここまでテンプレ通りの悪役行動をとる奴も、現実には珍しいと思う。

 シアがうつろな目に涙を浮かべて唇を噛み締めていた。
 怖いとか、辛いとか。そんな顔じゃない。
 悔しい。情けない。申し訳ない。
 そんな叫びが聞こえてきそうだ。

 あの法術阻害兼拷問具で、精神をすり減らしているだろうに。
 俺の足手まといになってしまったと思って、震えるほど激怒し、自分を責めている。

 ああ。シアが「いつものシア」じゃないと、こんなにも胸が痛くなるんだな。
 これ以上彼女にそんな思いを続けさせたくない。俺もこんな気持になりたくない。
 早く。早く終わらせよう。

「禁固縛」

 拘束の秘法術を使う。
 秘法術とは、イメージワードを省いて現象を具現化させる技法の総称だ。
 霊力と、法術士がそれぞれ独自に編み出したイメージワードの代替法で、法術行程を短縮化させる。
 俺の場合は、日本の言霊の概念と漢字のイメージを元にした、ワンセンテンスの詠唱法術。
 霊力と詠唱があれば、イメージもワードもいらない。

 だからこの霊具では、俺の秘法術は阻害できないんだ。
 猿ぐつわでも噛まされたほうが、よっぽどピンチだね。

「……!」
「が……」

 一瞬で体の自由が奪われた男たちに、わざとゆっくり近づいて、先にシアを開放する。
 さらに俺の首につけられた法術阻害のチョーカーを、霊力だけで弾き飛ばしてみせた。

 男たちは硬直したまま、俺を凝視する。
 まぁ、しょうがないよな。こんなことできる奴なんて、見たことないだろうし。

「二度と俺たちに手を出すな」

 ことさら重々しく言ってやる。
 裏にいるだろう、指示を出している教団反乱分子のトップに伝わるように。

「俺はヴァクーナ神の加護を受けた身だ。だからこんなこともできる」

 シアの法術阻害チョーカーに手を添えて、膨大な霊力を注ぎ込む。
 この霊具は法術士本人の霊力をエネルギーにして機能するので、当然、霊力を取り込むようにできている。
 外からの霊力であっても、だ。
 だから、俺から許容量を超える霊力を流し込んでやると、オーバーロードして機能停止することになる。

 ほら、風化するように簡単に崩れ落ちた。

 そもそもシアの霊力量だって、通常の法術士の範疇を遥かに超えていると思う。
 そこに俺の霊力が加われば、いってみればPCに雷並みの電気を流したようなものだろう。

 秘法術の拘束は短時間だ。
 とっくに開放されているだろうに、男たちは身じろぎもせずにただ俺を見ている。
 全力で霊力を練り、発散させている俺を。

「いいか。俺はお前たち教団から依頼されたから英雄を探しているわけじゃない。ヴァクーナ神のお告げを直接いただいて動いているんだ」

 106回も死に戻ることで、鍛えられ高まった俺の霊力を見せつける。
 魔王の魔力すら凌駕した霊力を。
 おそらく教団の法王ですら到達していない霊力の質と量を。

 良くも悪くもヴァクーナの影響を受けまくった俺の霊力は、神官なら真っ白な後光が差しているように見えるかもしれない。
 まぁ、演出も大事だよね。

「俺の邪魔をするということは、神の御心に逆らう所業だと思え!」

 男たちは、それこそ魂が飛んだように呆然と頷いた。


 教団反乱分子の行動原理は、超絶に偏った原理主義だ。
 神と教団こそ全て。そのためなら罪を犯すことも、命を落とすこともためらわない。それほどまでの盲信。
 だからこそ英雄という、神によらず教団にも所属しない救世主の存在を見過ごせなかった。

 そんな奴らは、力で退けても崩れない。
 目的が達成できるまで、何度でも食い下がる。

 こんな単純なことを考慮しなかったせいで、シアに辛い思いをさせてしまった。
 だから、今度は完全に反乱分子の意思を削ぐ。

 神と教団への盲信によって行動する奴らを止めるには、その原理に沿った形で説得すればいい。
 すなわち、神の御心を示す。
 人族には不可能と思えるほどの能力を見せつけて、神の加護を得た存在なのだと錯覚させる。
 そのうえで、神の言葉を語る。
 今回は教団内部にもヴァクーナ夢通信を受けている神官が多いから、なおさら信憑性は高まるだろう。

 ……いや、本当に神の言葉で動いている訳だけど。

 これでもなお妨害してくるなら、反乱分子は別の行動原理を持っていることになる。
 要警戒だな。


 俺は、しゃがみこんだまま男たちとは違った様子で見上げてくるシアに近寄った。

 めちゃくちゃ凝視してるよ。
 ……怖がられてしまったかなぁ。

 なんとなく気後れした俺に向けて、シアは開口一番こう言った。

「今の何!? 今の秘法術は拘束術? すごいわ! あんな強力な効果を持つ3ワード法術を、阻害霊具をつけたまま使用するなんて! ねぇ、やっぱり秘法術について教えてくれる? 参考まででいいから! ああ、私の秘法術はどんなものにしようかしら? ねぇ、早く行きましょう! 語り合いましょう!」

 立ち上がり、頬を赤く染め、瞳を輝かせて、抱きついてくるシアさん。

 うん。俺はシアを甘く見ていたよ。
 恐るべし、法術大好きっ娘。
 抱きつかれても、全然嬉しくない!


 ……でも、喜々として騒ぐシアの身体は誤魔化せないほど震えていたから。
 俺は彼女を抱きしめて、赤子をあやすようにその背を軽く叩いた。
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