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第七話
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バーナードが助け舟を出してくれた。
「良いじゃないか、ルー。アナベルさんは仕事を怠けていたわけじゃない。わたしが来るまでは掃除をしていたらしいよ。今回は咎めないでやってくれ」
魔法使いは皮肉っぽく鼻から呼気をもらした。
「どうしておれが悪者みたいな役回りなんだ? アナベルを咎めるつもりなんてない。ただ、状況がわからなかったから問いただしただけだ」
「さすがわが友。懐が深い」
「見え透いたお世辞を云うな。気味が悪い」
騎士は広い肩をすくめた。どうやらほんとうに世辞だったらしい。
「で、今日は何しに来たんだ? まさかアナベルが目当てだったわけじゃあるまい?」
バーナードがアナベルを垣間見る。少々照れた。
「何、騎士団で休暇をもらえたから、いっしょに酒でも飲もうと思ったんだが、あいかわらず遊び呆けているようだな。その才能を世のため人のため使おうという気はないのか?」
「ほっとけ。おれは世にも人にも借りはない」
「ひとりで生きてきたようなことを云うなよ。わたしとリザベルタはだいぶおまえの不始末を処理してきたはずだぞ」
「おまえとリズは、特別だ。わかっているだろう?」
ふたりの若者は睨みつけ合うように見つめあった。重い沈黙が、続く。
先に表情を崩したのはバーナードだった。降参を示すように両手を掲げる。
「そう思ってくれるのは嬉しいよ。さて、もうお暇するとするか」
「飲んでいかんのか?」
「まだ実家に帰っていないのでね。ひさしぶりに帰宅して、リザベルタに顔を見せるつもりだ」
「なるほど。リズによろしく云っておいてくれ」
「たまには顔を見せろ。リザベルタが喜ぶ」
ルーフレッドは苦い顔つきになった。
「いや、おれはリズに会わせる顔がない」
「リザベルタはそんなふうに考えていないよ。まあ、いい。あいかわらずだったと報告しよう。そうだ、あなたもいらっしゃいませんか、アナベル。妹に紹介したい」
「わたしが?」
「ご迷惑でなければ」
ルーフレッドを見やると、かれは、ちょっと皮肉っぽく応じた。
「行って来ればいいさ。バーナードとも仲良くなったようだし」
「そうですか。じゃあ、お邪魔させていただこうかな」
バーナードの妹にも興味がある。この兄の妹なのだ。さぞみめ麗しい娘なのではないか。
こうして、アナベルはウォルタム家を訪問することになった。
◆◇◆
ウォルタム邸は王都中央部の一劃に建っていた。
身分ある家族にふさわしい大きな建物で、アナベルは入る前に圧倒された。
不思議と、ルーフレットの屋敷のときには少しもそうは思わなかったのだが、それはあの家が古めかしく、薄汚れていたせいかもしれない。
しかし、バーナードの両親はしごくあたたかく迎え入れてくれた。
やがて、屋敷の奥から、アナベルと同年配と思しい清楚な少女が静々とあらわれた。
「ひさしぶりだね、リザベルタ」
「おかえりなさい、お兄さま。お仕事、お疲れさまです。そちらの方は、どなた?」
「ルーの弟子で、アナベルさんだ」
「ルーフレッドさまの、お弟子?」
可愛らしく小首をかしげる。
「まあ、何てこと。ルーフレッドさまがお弟子を取ったなんて。よろしくお願いします。アナベルさん」
いかにもバーナードの妹らしく、淑やかで、見るからに穏やかで優しそうな娘であった。
しかし、その手足は華奢を通り越して、不健康なほど細く、また白い膚は透き通るようで、全体に生身の人間というより妖精めいた印象だった。
細面の顔立ちはよくととのって美しいが、あまりに病んだ空気を孕んでいて、その痛々しいような無垢さが、見る人をして、いっそう狂おしくこの少女を世界の残酷な悪意から守ってやりたいと思わせるようである。
アナベルはいっぺんで好きになれる気がした。
「それにしても、起き上がって大丈夫なのかい、リザベルタ? 無理をするな」
「もう、このくらい大丈夫です。お兄さまは心配しすぎなんです」
ちょっとむっとしたように頬をふくらませる。しかし、そのかぼそいからだを見ていると、バーナードの心配もわかるように思われた。おそらく、生まれつき病弱なのではないか。
「こちらこそよろしくお願いします、リザベルタさん」
リザベルタは柔和にほほ笑んだ。
「リズと呼んでください。わたし、からだが弱くて、あまり家の外まで出かけられないから、お友達が少ないの。お友達になってくれたら嬉しいです」
「わかりました。よろしく、リズ」
その日、アナベルたちは夕暮れになるまで話し込んだ。リザベルタは見た目に似合わず、話し好きの快活な少女だった。
あるいは、本人の云うとおり、なかなか外に出られないせいで、同年代との会話に飢えていたのかもしれない。
ふたりはあっというまに仲良くなり、砕けた言葉遣いで話しあうまでになった。
楽しい時間は早く過ぎる。夕方を過ぎて屋敷へ帰ることになったとき、リザベルタと別れることが惜しく、切ない気持ちになった。
リザベルタのほうも寂しそうにしていた。ふたりは、また必ず逢う約束をして離れた。
この後、アナベルは幾たびとなくウォルタム家を訪問することになる。
「良いじゃないか、ルー。アナベルさんは仕事を怠けていたわけじゃない。わたしが来るまでは掃除をしていたらしいよ。今回は咎めないでやってくれ」
魔法使いは皮肉っぽく鼻から呼気をもらした。
「どうしておれが悪者みたいな役回りなんだ? アナベルを咎めるつもりなんてない。ただ、状況がわからなかったから問いただしただけだ」
「さすがわが友。懐が深い」
「見え透いたお世辞を云うな。気味が悪い」
騎士は広い肩をすくめた。どうやらほんとうに世辞だったらしい。
「で、今日は何しに来たんだ? まさかアナベルが目当てだったわけじゃあるまい?」
バーナードがアナベルを垣間見る。少々照れた。
「何、騎士団で休暇をもらえたから、いっしょに酒でも飲もうと思ったんだが、あいかわらず遊び呆けているようだな。その才能を世のため人のため使おうという気はないのか?」
「ほっとけ。おれは世にも人にも借りはない」
「ひとりで生きてきたようなことを云うなよ。わたしとリザベルタはだいぶおまえの不始末を処理してきたはずだぞ」
「おまえとリズは、特別だ。わかっているだろう?」
ふたりの若者は睨みつけ合うように見つめあった。重い沈黙が、続く。
先に表情を崩したのはバーナードだった。降参を示すように両手を掲げる。
「そう思ってくれるのは嬉しいよ。さて、もうお暇するとするか」
「飲んでいかんのか?」
「まだ実家に帰っていないのでね。ひさしぶりに帰宅して、リザベルタに顔を見せるつもりだ」
「なるほど。リズによろしく云っておいてくれ」
「たまには顔を見せろ。リザベルタが喜ぶ」
ルーフレッドは苦い顔つきになった。
「いや、おれはリズに会わせる顔がない」
「リザベルタはそんなふうに考えていないよ。まあ、いい。あいかわらずだったと報告しよう。そうだ、あなたもいらっしゃいませんか、アナベル。妹に紹介したい」
「わたしが?」
「ご迷惑でなければ」
ルーフレッドを見やると、かれは、ちょっと皮肉っぽく応じた。
「行って来ればいいさ。バーナードとも仲良くなったようだし」
「そうですか。じゃあ、お邪魔させていただこうかな」
バーナードの妹にも興味がある。この兄の妹なのだ。さぞみめ麗しい娘なのではないか。
こうして、アナベルはウォルタム家を訪問することになった。
◆◇◆
ウォルタム邸は王都中央部の一劃に建っていた。
身分ある家族にふさわしい大きな建物で、アナベルは入る前に圧倒された。
不思議と、ルーフレットの屋敷のときには少しもそうは思わなかったのだが、それはあの家が古めかしく、薄汚れていたせいかもしれない。
しかし、バーナードの両親はしごくあたたかく迎え入れてくれた。
やがて、屋敷の奥から、アナベルと同年配と思しい清楚な少女が静々とあらわれた。
「ひさしぶりだね、リザベルタ」
「おかえりなさい、お兄さま。お仕事、お疲れさまです。そちらの方は、どなた?」
「ルーの弟子で、アナベルさんだ」
「ルーフレッドさまの、お弟子?」
可愛らしく小首をかしげる。
「まあ、何てこと。ルーフレッドさまがお弟子を取ったなんて。よろしくお願いします。アナベルさん」
いかにもバーナードの妹らしく、淑やかで、見るからに穏やかで優しそうな娘であった。
しかし、その手足は華奢を通り越して、不健康なほど細く、また白い膚は透き通るようで、全体に生身の人間というより妖精めいた印象だった。
細面の顔立ちはよくととのって美しいが、あまりに病んだ空気を孕んでいて、その痛々しいような無垢さが、見る人をして、いっそう狂おしくこの少女を世界の残酷な悪意から守ってやりたいと思わせるようである。
アナベルはいっぺんで好きになれる気がした。
「それにしても、起き上がって大丈夫なのかい、リザベルタ? 無理をするな」
「もう、このくらい大丈夫です。お兄さまは心配しすぎなんです」
ちょっとむっとしたように頬をふくらませる。しかし、そのかぼそいからだを見ていると、バーナードの心配もわかるように思われた。おそらく、生まれつき病弱なのではないか。
「こちらこそよろしくお願いします、リザベルタさん」
リザベルタは柔和にほほ笑んだ。
「リズと呼んでください。わたし、からだが弱くて、あまり家の外まで出かけられないから、お友達が少ないの。お友達になってくれたら嬉しいです」
「わかりました。よろしく、リズ」
その日、アナベルたちは夕暮れになるまで話し込んだ。リザベルタは見た目に似合わず、話し好きの快活な少女だった。
あるいは、本人の云うとおり、なかなか外に出られないせいで、同年代との会話に飢えていたのかもしれない。
ふたりはあっというまに仲良くなり、砕けた言葉遣いで話しあうまでになった。
楽しい時間は早く過ぎる。夕方を過ぎて屋敷へ帰ることになったとき、リザベルタと別れることが惜しく、切ない気持ちになった。
リザベルタのほうも寂しそうにしていた。ふたりは、また必ず逢う約束をして離れた。
この後、アナベルは幾たびとなくウォルタム家を訪問することになる。
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