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第十話
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翌日。
アナベルは魔法の習得に励んでいた。ひとり、庭に出て、手にした古書をどうにか読み上げながら呪文を暗唱する。
本物の魔法使いとになると、自在に呪文の内容を変化させるというが、いまの彼女はまだ、決まりきった言葉を唱えるだけだ。
それでも、ひと月以上も訓練を続けた成果と、呪文書の恩恵で、ついに指先に精霊を感じ取るまでになった。
この呪文書は本来なら〈学院〉が管理する〈秘匿文書〉にあたり、簡単に持ち出してはいけないものなのだそうだが、師の許可は得たので、外に持って出てもかまわないだろうと判断した。
ルーフレッドによれば、地水火風の四大精霊はこの世のあらゆるところに偏在している。
かれらは世界を動かす神秘の力であり、世界がいまのように躍動しているのも、すべてかれらが在るからなのだという。
その真の意味は理解し切れないが、とにかく重要なことはわかった。
魔法とは、つまりは精霊の力なのであって、人間はただ借りているだけなのだ。
いま、アナベルは延々と火の精霊に語りかけつづけている。
「火よ!」
じつに何百回目のことであったか、彼女が叫ぶと、指先に、ある言葉にできない不思議な〈力〉が収斂することを感じた。
いままでにない感覚だった。目の前に、一瞬、燃えさかる焔をまとった裸形の少女のような姿をした、火の精霊が見えた気がした。
そこに、小さな、ほんの小さな火球が生まれる。
「やった!」
ようやく成功したと思った、その、刹那。わずかに油断し、集中が乱れた。
同時に火もまた乱れ、暴れて、てのひらに伝わって膚を焼く! 激痛が走って、かん高く絶叫した。
「どうした?」
あまりの痛みにうずくまっていると、部屋で昼寝していたはずのルーフレッドが小走りにやって来た。
アナベルの傍らに座ると、焼け焦げたその指を取って、医師のように冷淡に眺めた。
「魔力が暴走したか」
大丈夫か、とは訊かない。ただ小さく嘆息すると、待っていろとだけ云い残して屋敷のなかへ戻っていった。
またしばらく経ってから、一本の小瓶を手に戻って来た。ふたたびアナベルの手を取ると、その厳重に封印された蓋を取る。中身の液体が光り輝いた。
そのまま、光る液体を火傷したところに振りかける。
「師匠……」
不思議なことが起こった。たしかに激しく焼けただれていたその個所が、あっというまに治癒していくのだ。
まさに魔法であった。数秒後には、すべての火傷が痕も残さず治り切っていた。その右手を目の前に翳し、しげしげと眺める。
「痛くない……」
「〈学院〉で売買されているハイポーションだ。大半の傷は一瞬で治る」
ルーフレッドはあたりまえのことのように告げた。
アナベルはたしかに大きな火傷が走っていた指先と、空になってしまった小瓶を見やる。その指先を握って、訊ねた。
「ねえ、師匠、この魔法薬、めちゃくちゃ高いんじゃないんですか?」
「気にするな」
「でも」
「気にするな、と云っている。一度でも面倒なのに、二度も云わせるな」
「――はい」
「いいか、もうおれのいないところで魔法を試したりするな。わかったな」
「はい」
ルーフレッドはいつもよりさらに不機嫌に見えた。自分が魔法を暴れさせてしまったことが気に喰わないのだろうか。
アナベルはひどく落ち込んだが、魔法薬が振りかけられた右手は、なぜか、ほのかにあたたかい気がした。
アナベルは魔法の習得に励んでいた。ひとり、庭に出て、手にした古書をどうにか読み上げながら呪文を暗唱する。
本物の魔法使いとになると、自在に呪文の内容を変化させるというが、いまの彼女はまだ、決まりきった言葉を唱えるだけだ。
それでも、ひと月以上も訓練を続けた成果と、呪文書の恩恵で、ついに指先に精霊を感じ取るまでになった。
この呪文書は本来なら〈学院〉が管理する〈秘匿文書〉にあたり、簡単に持ち出してはいけないものなのだそうだが、師の許可は得たので、外に持って出てもかまわないだろうと判断した。
ルーフレッドによれば、地水火風の四大精霊はこの世のあらゆるところに偏在している。
かれらは世界を動かす神秘の力であり、世界がいまのように躍動しているのも、すべてかれらが在るからなのだという。
その真の意味は理解し切れないが、とにかく重要なことはわかった。
魔法とは、つまりは精霊の力なのであって、人間はただ借りているだけなのだ。
いま、アナベルは延々と火の精霊に語りかけつづけている。
「火よ!」
じつに何百回目のことであったか、彼女が叫ぶと、指先に、ある言葉にできない不思議な〈力〉が収斂することを感じた。
いままでにない感覚だった。目の前に、一瞬、燃えさかる焔をまとった裸形の少女のような姿をした、火の精霊が見えた気がした。
そこに、小さな、ほんの小さな火球が生まれる。
「やった!」
ようやく成功したと思った、その、刹那。わずかに油断し、集中が乱れた。
同時に火もまた乱れ、暴れて、てのひらに伝わって膚を焼く! 激痛が走って、かん高く絶叫した。
「どうした?」
あまりの痛みにうずくまっていると、部屋で昼寝していたはずのルーフレッドが小走りにやって来た。
アナベルの傍らに座ると、焼け焦げたその指を取って、医師のように冷淡に眺めた。
「魔力が暴走したか」
大丈夫か、とは訊かない。ただ小さく嘆息すると、待っていろとだけ云い残して屋敷のなかへ戻っていった。
またしばらく経ってから、一本の小瓶を手に戻って来た。ふたたびアナベルの手を取ると、その厳重に封印された蓋を取る。中身の液体が光り輝いた。
そのまま、光る液体を火傷したところに振りかける。
「師匠……」
不思議なことが起こった。たしかに激しく焼けただれていたその個所が、あっというまに治癒していくのだ。
まさに魔法であった。数秒後には、すべての火傷が痕も残さず治り切っていた。その右手を目の前に翳し、しげしげと眺める。
「痛くない……」
「〈学院〉で売買されているハイポーションだ。大半の傷は一瞬で治る」
ルーフレッドはあたりまえのことのように告げた。
アナベルはたしかに大きな火傷が走っていた指先と、空になってしまった小瓶を見やる。その指先を握って、訊ねた。
「ねえ、師匠、この魔法薬、めちゃくちゃ高いんじゃないんですか?」
「気にするな」
「でも」
「気にするな、と云っている。一度でも面倒なのに、二度も云わせるな」
「――はい」
「いいか、もうおれのいないところで魔法を試したりするな。わかったな」
「はい」
ルーフレッドはいつもよりさらに不機嫌に見えた。自分が魔法を暴れさせてしまったことが気に喰わないのだろうか。
アナベルはひどく落ち込んだが、魔法薬が振りかけられた右手は、なぜか、ほのかにあたたかい気がした。
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