女たらし魔法使いの弟子

草部昴流

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第十三話

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 陽が沈み、陽が昇る。

 翌日、アナベルはひとり、酒場で火星酒を飲んでいた。のどが燃えるほど強い酒で、女で飲む者は少ない。粗野な荒くれ男が集まる酒場ではなおさらのことだ。しかし、いま、どうしても飲みたい気分だった。

 なぜ、ルーフレッドに傷痕のことを話してしまったのかという後悔は消せなかった。しかし、一方で、云ってしまって良かったとも思う。

 あのまま、黙ってルーフレッドを利用しつづけることはできなかった。そうしていたなら、自分のなかの軸が壊れてしまったかもしれない。

 ただ復讐だけを望むのなら、あるいはそれこそ往くべき道なのかもしれないが……。

 と、横から声をかけてくる男がいた。

「お姉さん、火星酒とは剛毅だね。いっしょに飲まないかい」

 手をさし出され来る。アナベルは邪険に振り払った。

「話しかけないで。ひとりで飲みたい気分なの。それとも、あなた、あの蛇の刺青の男について知っているとでも云うの?」

 アナベルがつい洩らしたひと言に、男は、一瞬、きょとんとしたが、そのうち、何か思いあたったようにかるく首をかしげた。

「蛇の刺青? もしかして、あいつのことかな」

「まさか、知っているの?」

 アナベルは食いついた。男はその反応の過敏さに驚いたように、その場で一歩下がる。うっかり危ない動物の尾を踏んでしまったのではないかと怯えるようだ。

「ああ、聞いたことがあるよ。正確には、おれの友達が話していた内容だけれどね。その蛇の刺青の男がどうかしたの?」

 思わぬところからなぞの〈蛇の男〉の情報が掴めた。

「もしほんとに知っているなら教えて! わたし、そいつに恨みがあるの」

「ふむ。ここじゃ、ちょっと話せないな。だれが聞いているかわからないからね。この近くにもっと静かに話せる場所がある。そこへ行こう」

 アナベルはうなずいた。危険を感じないわけではなかったが、この男は善良そうに見えたし、〈蛇の男〉の情報を逃がしたくなかった。あるいは、いくらか自暴自棄になっていたのかもしれない。

「わかった。行こう」

「こっちだよ。ついて来て」

 そのとき、男の目がひどくよこしまに煌めいたことには気づかなかった。

 ◆◇◆

「ここは――?」

 アナベルが連れ込まれたのは、王都でもいささか治安の悪い辺りに位置する、小さな一室であった。男は、何げなく、あたりまえのことのように、後ろ手で部屋の鍵をかけた。

「どういうこと? 蛇の刺青を彫り込んだ男の話は?」

 いまさながら不安に駆られて訊ねると、男は小さく口笛を吹いた。

「刺青? 何だそれ?」

「――騙したのね」

 絡みつくような視線が、いやらしくねめつけて来た。どうして、このような男を善良そうなどと思ってしまったのだろう。酒精のせいか、目が曇っていた。いまさらながら悔やまれる。

 男はへらへらと笑いながらシャツの釦をひとつ外した。アナベルがその場から後ずさると、何か獰猛なケモノのように飛び掛かって来る。

 アナベルはその場に押し倒された。男の指が乱暴に乳房をまさぐる。不快と屈辱で、心が燃えるようだった。

「へえ、意外に良い躰しているじゃん。抱き甲斐があるな」

「離して!」

 あらんかぎりの力を込めて抵抗したが、男の体重を跳ねのけることはできない。さらに乱暴に躰をいじられる。地獄のような時間が続いた。

 ――ああ。

 ひたひたと海潮うしおのように押し寄せてきた絶望が心を浸し切る。アナベルはいまやすべてを投げやりに、あきらめようとしていた。

 ひっきょう、これが、自分の運命なのかもしれない。自分は見知らぬ男にこのように扱われる程度の存在でしかなかったのだ。

 そもそも、本来、八歳のときに死んでいた身の上である。あるいはあのときからずっと、ただ夢を見ていたのかもしれない。

 まだ生きている夢、飲み、食べ、歩き、暮らし、あたりまえの人間のように振る舞っている夢を。

 ようやくその夢が醒めるときが来たのだ。わたしはふたたび嬲られ、壊される。今度こそ生きてはいけないだろう。それでも良い。もう何もかも疲れ果ててしまった。楽になろう……。

 しかし、そのとき、たまさか正面からのぞき込んだ男の卑しい眼のなかに、一匹の蛇の幻影が見えた。彼女の人生を侮辱し、強奪し、破壊した存在の昏い象徴そのもの。

 火のような怒りが全身をつらぬいき、豁然かつぜんと目を見ひらいた。

 違う!

 わたしは生きている。まだ生きている。そうして、これからも生きてゆく。

 力まかせに組み敷かれながら、小さく、しかしはっきりと、上位魔法言語の呪文を詠唱する。男は、彼女が気でも狂ったと思ったのか、まったく気にする様子がない。

「火よ!」

 刹那、指先のあたりに、あの火の精霊サラマンダーが踊るように飛びまわる姿が垣間見える。そうして、小さな火球が男の躰をいていた。

うっ!」

 いままさにアナベルを凌辱しようとしていたその男は、高い悲鳴を上げて彼女のからだから跳ね跳んだ。

 このとき、いままで碌々《ろくろく》成功したことがない火の魔法が発動したのは、僥倖ぎょうこうというべきか、あるいは追いつめられ、いっそう集中力が増したことに原因を求めるべきであっただろうか。

 ともかく、アナベルは肉体の自由を手に入れた。部屋の扉へと駆け寄る。その彼女に向かって、男が襲いかかって来る。必死で鍵を開けた。しかし――
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