伝説の聖女の娘ですが、どうやら魔王の素質しかなかったようです。

草部昴流

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第一話

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 風が強い。

 ほとんどあらしのような疾風が吹きすさぶ草原のただなかに、ひとりの少女が端然とたたずんでいる。

 歳の頃は十七、八というあたりか。繊研せんけんたる美貌である。

 背丈はむしろ小柄だが、その青く深く澄み切った眸は優しく、柔らかく、人となりの余裕を感じさせる。

 鼻梁は細く、ちいさく、くちびるにはほのかな悠然たる微笑が宿り、その年ごろの娘らしく柔らかに波打つ茜色の髪は肩の上でまとめられていた。

 その頭上には燃えさかる焔をかたどったと思しい黄金の王冠。その手には、先端に黄金色の十字架が付けられ、そこに絢爛たる巨大な血の色をした紅玉ルビーが嵌め込まれた白銀製の王杓。

 そして緋色に雪白をあしらった壮麗な軍服をまとい、その背にはやはり緋色でひも状の肩章が付いた外套《マント》を羽織っている。

 さらに、足もとは朱色の線が入った太ももまで覆う白いロングブーツ。その年齢と性別に似合わず、ひと目で戦場に立つ王者とわかる装いであった。

 じっさい、このあどけなくすら見える少女は一国の女王に他ならぬ。人間たちは、彼女のことをこう呼ぶ。

 邪悪な魔物たちの軍勢を束ねる悪逆の魔王イルミーネ、と。

「良し」

 彼女は、その青々とした魔眼で野づらのはるか彼方に陣地を形づくった敵軍を遠望すると、ひとことそう呟いた。

 何を思ってそう云ったのかは、彼女に仕える魔軍の将帥たちにもわからぬ。敵の数は味方を上回り、正面から決戦すれば必勝は覚束《おぼつか》ぬやもしれぬ。

 それでも、魔軍の戦意は高く、ほとんどだれもが勝利を信じ切っていた。魔王であり総帥であるイルミーネを信頼すればこそである。

 イルミーネはいままでいくつもの戦いで敵軍を破り、そのたびに勢力を拡大してきた。

 区々たる戦術の問題ではない。彼女には、配下にある魔族たちの力を最大限にひき出す不可思議な力を備えており、そのために魔軍は無敵を誇っているのだ。

 それこそはまさに長くその血統にひき継がれる魔王の異能であり、彼女が先代魔王の血をひき継いでいることの何よりの証拠であった。

 イルミーネの麾下きかにあるかぎり、魔族のつわものたちは恐れを知らぬ最強にして最凶の恐怖の軍勢と化す。

 ただ一匹の小鬼ゴブリンであってすらそうなのだ。まして、そもそも強大な力を誇る魔族の王侯たちはなおさらのことであった。

「いよいよだね、ハルファン」

 彼女は、その傍らに控える吸血君主ヴァンパイアロードへ向かって話しかけた。

 漆黒の格好に世にも冷ややかな白皙の美貌。かれもまた、その数じつに十万に及ぶ魔族の軍勢のなかで、魔界元帥の称号を帯びた最高幹部のひとりである。

「はい。さようですね」

 かれは短く答えた。その不吉なほどに赤いくちびるに、きわめて端麗な微笑が浮かぶ。はたして自軍の必勝と敵軍の廃滅を確信しているのか、どうか。かれの主君と同じく余裕の態度であった。

「ここに至るまで、長い日々でした。この日があるのも、すべてイルミーネさまのおかげ」

 そう語ったのは、淫らなまでに露出した薔薇色の服装で、めったにないほど大きな乳房をなかばさらした淫魔サッキュバスの頂点に立つ女ピスティである。

 その顔かたちもまた十分に美しいが、それ以上に淫猥で、男であれ女であれ、見るものをぼうっと陶酔させ淫欲をかき立てずにはおかないようなくらいい蠱惑に充ちている。

 長い髪を腰まで垂らし、その片手には蛇の形を模した鞭を持っていた。

「ま、ぼく、べつにたいしたことは何もしていないけれどね」

 イルミーネは快活に笑った。

「ご謙遜を。イルミーネさまがいらっしゃらなければ、こうして魔族がふたたび結束することもありえませんでした」

 そのように受けたのは巨漢の蜥蜴王リザードキングフリディヤだ。

 まさに二本足で歩く蜥蜴そのものといった姿、また上半身は裸身で、うえに直接に竜鱗りゅうりんの甲冑を身に着けている。

 その手に抱いている武器は伝説の巨大な斧〈エグリマティアス〉である。かれはこの斧の一閃で、数十人もの敵を一撃で屠るという。

「うん。ありがと。ところで、パレハの奴はどこへ行ったの?」

 イルミーネは魔界四元帥のなかでも最も若い天才魔法使いの名前を挙げた。

「パレハ殿は、配下の魔法軍の調子をたしかめにいっておられる様子」

 フリディヤが答える。

「あっそ。あいかわらずまじめだねえ。少しはぼくみたいにお酒を飲んで怠けたら良いのに」

「皆が陛下と同じようにしていては、わが軍はあっというまに崩壊してしまいます」

 イルミーネがちょっと呆れたように云った言葉に、ハルファンが合わせる。たしかにそうだね、と若き女王は苦笑した。

 彼女の目の前には、いま、大陸中の魔族を結集した十万の軍勢たちが開戦の時を待っている。その種族は下等なスライムやゴブリンから最高位の古竜エルダードラゴンにまで及ぶが、いずれもイルミーネの支配と統率を受け入れていることに変わりはない。

 それこそは、彼女がただひとりの魔王であるゆえんであり、彼女なくしては魔族が結集しえない真の理由でもあった。

 多種多様にわたる種族を抱える魔族を束ねる領収はただひとり、神話の時代にあらゆる魔族を生み出したと伝えられる初代魔王の血統を継ぐ魔王その人あるのみなのである。

「じゃ、パレハは戻って来ていないけれど、そろそろ行きますか」

「はっ」

 イルミーネは吹きわたり吹き抜ける疾風かぜのなか、その茜色の髪をなびかせながら、何げなく告げた。彼女のまえで、三人の元帥が頭を下げる。

「これが最後の戦いだよ。この戦いで、生きのびるのは人間になるか、魔族になるかが決する。いや、この魔王イルミーネがあるかぎり、勝つのは絶対にぼくたちだ。世界をぼくたちの手に取り戻そう」

 そして、イルミーネはその佳麗な王杓を掲げ、振り下ろした。

「魔族連合軍、全軍突撃!」
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