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夜を教えて
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ギラついたネオンと加工上等な顔パネルが立ち並ぶ夜の歓楽街。
その男は、キャバクラ出入り口の前で佇んでいた。
ヒールを鳴らしながら金髪の女が近づく。源氏名・アイラ。長い付けまつげを羽ばたかせ声をかけた。
「お客さーん、入店ですかぁ?」
声に振り返った男を見て、アイラは固まった。顔はアイラに向けているが目は焦点が合わず、キョロキョロと絶えず動いている。
「ご、ごめんなさい。ぼ、僕、キャバクラに来たくて。目が見えないから。迷惑かなと思って」
金にならない客だと思ったが、今月の売上げが悪さを思い出し、アイラは猫なで声を出した。
「えー? ウチといっしょに入りますぅ? 初入店なら安いよ!」
「じゃあ、お願い、します……」
アイラはニカッと歯を見せて笑ったが、すぐに口を閉じた。
前に黒服に「アイラの笑顔ブス、営業妨害」と笑われたのを思い出したからだ。
でも目の前の男は、そんなことすら知らずにいる。いや、目が見えないからこそ知らずにいられる。
アイラは、控えめに笑いながら男を店内に案内した。
「いい匂いですね。沈丁花ですか?」
「知らなぁい。でも好きな香水なんだぁ」
挨拶もそぞろにアイラは焼酎のグラスを男に握らせ、勝手に乾杯して酒を呷った。続いて男もグラスを傾ける。
「ねぇ、お客さんの名前は?」
「……高橋です」
「いや、苗字!」
男の小さな声にアイラは大きな声で突っ込んだ。
「下の名前教えてよ。ここだけの名前でもいいからさ」
アイラは男の持つグラスを半ば強引に奪って、水滴を拭く。
「……とばり」
「とばりぃ?」
男の手を開かせ、アイラはグラスを握らせた。
「布のことです。ものを隠したりする布」
「あ、あれ。夜の帳!」
「そうです。その『とばり』」
とばりはグラスを少し煽って口を湿らせた。
「僕、『夜の帳が下りる』って表現が好きなんです。夜を司る不思議な布が世界が包む感じがして」
やや早口に語るとばりにアイラはへぇ、と興味なさげに答えた。
「僕にとっては昼も夜も同じなんねすけどね……目が見えないから」
なんて答えりゃいいんだよ! アイラは心のなかで叫ぶ。店の音楽が2人の間で虚しく流れ、焼酎の氷がカランと音を立てる。
アイラは急き立てられるように口を開いた。
「じゃあ今晩は楽しもう? とばりは何でキャバに来たの?」
「夜だから」
とばりとの会話は噛み合わない。見ている世界が違うからだろうか。いやそもそも見えてないしなーーアイラは心の中では遠慮なく首を傾げたが、とばりは気付くことなく話を続けた。
「昼はわかりやすいんです。でも夜は、親もあまり外出を許してくれないので、よく知らなくて。キャバクラって夜のお店でしょう? ここに来たら夜ってどういうものなのか分かるかと思ったんです」
目を閉じ、寂しそうに言う彼はアイラの狭い世界の中では普通の男に見えた。
彼はただ、夜を知りたいだけ。
そんな純粋な男がいるのだと、アイラのグラスを持つ手に力が入った。
今までは、ブスは面白くないととか胸がでかいからギリギリ合格とか失礼な客ばっかりだったのに。
でも、とばりは違う。
こいつは、あたしをブスのアイラじゃなくて、一人の人間の、アイラとして見ている。
「じゃあ、あたしがとばりの夜になってあげる」
「え?」
「あたしは夜の店の、夜だけ会えるお姉さんだよ? あたしがいればそれが夜! 良くない?」
アイラは両手を広げて首を傾げる。もちろん、それはとばりには見えていない。しかしアイラが手首につけた甘く優しい香りはとばりの鼻腔をくすぐった。
その甘い香りは、男に沈丁花のベールが下りたような、不思議な気持ちにさせた。
「……沈丁花は夜に強く香るそうですね」
とばりは目を開く。相変わらずその視線は泳ぎ続け、アイラに注がれることはない。
「アイラさん、僕の夜になってくれますか」
アイラはニカッと歯を見せて笑う。
「いいよ! でも次は通常料金でしっかりお金取るからね。夜を確かめに、ここに来な!」
光を失った男と顔の悪いキャバ嬢は、世界の片隅で夜を迎える。
その男は、キャバクラ出入り口の前で佇んでいた。
ヒールを鳴らしながら金髪の女が近づく。源氏名・アイラ。長い付けまつげを羽ばたかせ声をかけた。
「お客さーん、入店ですかぁ?」
声に振り返った男を見て、アイラは固まった。顔はアイラに向けているが目は焦点が合わず、キョロキョロと絶えず動いている。
「ご、ごめんなさい。ぼ、僕、キャバクラに来たくて。目が見えないから。迷惑かなと思って」
金にならない客だと思ったが、今月の売上げが悪さを思い出し、アイラは猫なで声を出した。
「えー? ウチといっしょに入りますぅ? 初入店なら安いよ!」
「じゃあ、お願い、します……」
アイラはニカッと歯を見せて笑ったが、すぐに口を閉じた。
前に黒服に「アイラの笑顔ブス、営業妨害」と笑われたのを思い出したからだ。
でも目の前の男は、そんなことすら知らずにいる。いや、目が見えないからこそ知らずにいられる。
アイラは、控えめに笑いながら男を店内に案内した。
「いい匂いですね。沈丁花ですか?」
「知らなぁい。でも好きな香水なんだぁ」
挨拶もそぞろにアイラは焼酎のグラスを男に握らせ、勝手に乾杯して酒を呷った。続いて男もグラスを傾ける。
「ねぇ、お客さんの名前は?」
「……高橋です」
「いや、苗字!」
男の小さな声にアイラは大きな声で突っ込んだ。
「下の名前教えてよ。ここだけの名前でもいいからさ」
アイラは男の持つグラスを半ば強引に奪って、水滴を拭く。
「……とばり」
「とばりぃ?」
男の手を開かせ、アイラはグラスを握らせた。
「布のことです。ものを隠したりする布」
「あ、あれ。夜の帳!」
「そうです。その『とばり』」
とばりはグラスを少し煽って口を湿らせた。
「僕、『夜の帳が下りる』って表現が好きなんです。夜を司る不思議な布が世界が包む感じがして」
やや早口に語るとばりにアイラはへぇ、と興味なさげに答えた。
「僕にとっては昼も夜も同じなんねすけどね……目が見えないから」
なんて答えりゃいいんだよ! アイラは心のなかで叫ぶ。店の音楽が2人の間で虚しく流れ、焼酎の氷がカランと音を立てる。
アイラは急き立てられるように口を開いた。
「じゃあ今晩は楽しもう? とばりは何でキャバに来たの?」
「夜だから」
とばりとの会話は噛み合わない。見ている世界が違うからだろうか。いやそもそも見えてないしなーーアイラは心の中では遠慮なく首を傾げたが、とばりは気付くことなく話を続けた。
「昼はわかりやすいんです。でも夜は、親もあまり外出を許してくれないので、よく知らなくて。キャバクラって夜のお店でしょう? ここに来たら夜ってどういうものなのか分かるかと思ったんです」
目を閉じ、寂しそうに言う彼はアイラの狭い世界の中では普通の男に見えた。
彼はただ、夜を知りたいだけ。
そんな純粋な男がいるのだと、アイラのグラスを持つ手に力が入った。
今までは、ブスは面白くないととか胸がでかいからギリギリ合格とか失礼な客ばっかりだったのに。
でも、とばりは違う。
こいつは、あたしをブスのアイラじゃなくて、一人の人間の、アイラとして見ている。
「じゃあ、あたしがとばりの夜になってあげる」
「え?」
「あたしは夜の店の、夜だけ会えるお姉さんだよ? あたしがいればそれが夜! 良くない?」
アイラは両手を広げて首を傾げる。もちろん、それはとばりには見えていない。しかしアイラが手首につけた甘く優しい香りはとばりの鼻腔をくすぐった。
その甘い香りは、男に沈丁花のベールが下りたような、不思議な気持ちにさせた。
「……沈丁花は夜に強く香るそうですね」
とばりは目を開く。相変わらずその視線は泳ぎ続け、アイラに注がれることはない。
「アイラさん、僕の夜になってくれますか」
アイラはニカッと歯を見せて笑う。
「いいよ! でも次は通常料金でしっかりお金取るからね。夜を確かめに、ここに来な!」
光を失った男と顔の悪いキャバ嬢は、世界の片隅で夜を迎える。
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