毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

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2 10月25日

唯一の共通点

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「ただいまー」

 まだ誰も帰ってきてない家に入って、ただいまを言う。これは、小さい頃からの癖だ。あいさつは大事。

『相手への自分の印象が一番伝わりやすいのよ。だから、いつ、どこでも』

 そう教えられてはきたけれど、家での習慣にはなっていても、なかなか学校では出来ない。
 今日だって、結局ホームルームで担任の先生が入ってきてみんなであいさつをした時に一緒にしただけで、他には誰にもしていない。
 家の中でなら言えるのにな。はぁ、とため息を吐いて、部屋に入った。

「ツバくん、ただいま」

 机の上にちょこんと座っている、椿くんぬいぐるみ。可愛らしい笑顔で毎日あたしの帰りを待っていてくれる。

「今日はヴァ……吸血鬼の衣装をつくります。ツバくんには絶対に黒いスーツが似合うと思って。で、このかぼちゃ柄のベストを中に合わせるの。一気に可愛くなると思う」

 買ってきた布を紙袋から取り出して、Tシャツを着てラフな格好をさせていたツバくんに当ててみる。仕上がりが頭の中に浮かんでくると、一気にやる気が増してくる。夢中になって、あたしは製作に取り掛かった。

 椿くんと初めて話をした日は、あたしの誕生日だった。しかも、同時に椿くんの誕生日も分かってしまった。

 あたしと椿くんの唯一の共通点。
 誕生日の日にちが、25日ってこと。

 それって、ものすごく凄いことだ。だって、1日でもズレていたら椿くんの誕生日を知ることはなかっただろうし、あの日があたしの誕生日じゃなければ何も知らないままだったと思う。
 だから、あたしにとって25日は特別。
 あの日から椿くんのことが知りたくて、気がつけば目で追っていて、椿くんの好きなことや得意なこと、些細なことでもなんでも知りたくなった。だけど、まだまだあたしは椿くんのことを知らなすぎる。

「今月も好きでいさせてくれて、ありがとう」

 つぶらな瞳でこちらを見つめるツバくんぬいに頭を下げる。
 毎月25日は椿くん感謝デーだ。なんだかどこかのスーパーみたいな謳い文句だけど。
 あたしと出逢ってくれて、ありがとう。

「ニコー、ご飯よー」

 母の声にハッとして、顔を上げた。手元を照らすデスクライトだけが明るくて、部屋の中はすっかり暗くなっていた。ちょうどボタンを縫い付けて仕上がったところだ。窓のカーテンを閉めて、階段を降りていく。

「ニコ、まりあさんとこの理人りひとくん知ってる?」

 夕飯の和風ハンバーグに箸を入れ込みながら母が聞いてくる。聞き慣れない名前に、あたしは首を横に振った。

「そっか、知らないかぁ。なんかね、理人くん今3年生なんだけど、美容の専門学校に進むらしいの。それで、今からヘアアレンジとかカットとかしたいって、モデルを探しているみたいなのよ。で、まりあさんから連絡が来てニコにお願いできないかなって」
「え、なんであたし?」

 全く知らない3年生の先輩。しかも男の人に髪の毛を触られるとか、よくわからない話だ。
 そもそもなんであたし?
 まりあさんの息子さん、友達いないの?
 自分のことを棚に上げて、ついそんなことを思ってしまった。

「ほら、誕生日の時にニコ別人みたいに変わったじゃない? 化粧映えするし、髪の毛も染めてないし、極端な癖があるわけじゃないしって。きっとニコ条件的にドンピシャなのよ」
「……どん、ピシャ」
「あ、ピッタリってことよ」

 それはニュアンスでわかったけど、だからってなぜあたしを選ぶかな。人と話すのめちゃくちゃ苦手なのに、そんなの出来るわけない。

「難しそう?」

 困ったように聞いてくる母の方は見ないで、ハンバーグを見つめた。

「ニコが困っているだろう。あんまり無理をさせるんじゃないよ」
「あら、あたしは別に無理をさせようなんて思ってないわよ。パパだって見たでしょ? あの時のニコちゃん」

 隣で黙々とご飯を食べていた父が、箸を止めて思い出すように目を閉じた。

「うん。めちゃくちゃ可愛かったな」
「でしょう? まりあさん、ニコのかわいさの可能性に気がついちゃったのよ」
「は? それで息子のモデルって、まさかニコを嫁にとか」
「パパ、それは気が早いわよ」
「そ、そうだよな」

 和やかに笑い合う二人。あたしは苦笑いをして返事は曖昧にしたまま食事を終えた。
 まりあさんには悪いけど、母にはお断りしてもらうことにしよう。

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