毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

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2 10月25日

「美容室まりあ」の息子

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 25日が過ぎてしまうと、一気にやる気がなくなる。なんだか最近は、毎月25日のために生きているような気がする。
 昨日ハロウィンの衣装は仕上がったし、どこで撮影会をしようかな。
 椿くんはハロウィンパーティーをするならどんな仮装をするんだろう。やっぱりヴァンパイアが似合いそう。
 対角線上に見える椿くんの背中を一度だけ視界に入れて、すぐに逸らした。

 放課後、あたしはいつも通り教室に一人で残っていた。
 何度も360度周りを見渡してから、誰もいないことを確認する。そして、そっと机の中から手帳を取り出した。
 表紙には『ツバくんノート』と書いてある。
 いつもは絶対に持ってこないんだけど、昨日はつい縫い物に夢中になってしまって書けなかったから。
 授業中は誰かに見られる危険があるし、本当はすぐにでも記しておきたかったけど、結局放課後になってしまった。誰かにバレるよりはマシだけど、昨日の椿くんが今日の椿くんに上書きされつつあるから、早く書きたい。
 さっそく昨日の日付のページを開いて、ペンを動かす。

 夕陽の中を走る椿くんの尊さ。真剣な表情はここからじゃ遠すぎてハッキリとは見えないけど、想像するだけで今日もきゅんだ。
 ハロウィンは夕陽と一緒に撮りたいなぁ。

 スラスラとペンを走らせて書き終えると、そのまま立ち上がって窓の手前まで行く。窓のギリギリまで行かないのは、もし向こうからあたしの姿が見えてしまったら困るから。
 毎日誰を見ているんだと、噂されても嫌だし、もし椿くんにバレたらあたしの楽しみが無くなってしまう。そんなことになろうものなら、学校に来る意味もなくなってしまう。それほどに、尊い存在の推し。
 なるべく気を遣って見守りたい。それがあたしの推し方だから。

「コンコンッ、ニコちゃんって君のことですかぁ?」

 突然、後ろから聞こえてきた声に振り返った。
 誰もいないと思っていたのに、急に現れた人物に心臓が飛び跳ねたかと思えば不規則に暴れ出す。驚いたあたしは何も言えずに固まってしまった。
 すでに教室の半分まで入ってきていて、にっこり笑うと、サラリと長めの髪が流れて揺れた。背が高くてすごく、綺麗な人。だけど、制服を着ている男子生徒だ。同じクラスにはいないし、きっと先輩。
 どうして、あたしの名前を知っているのか、と言うよりもなんでそう呼ぶのかが気になった。
 「ニコ」はあだ名みたいなもので、本当のあたしの名前は「虹子」だ。家族とごく一部の人しかニコとは呼ばない。同級生にすら呼ばれたことがないのに。

「あ、そんな警戒しないで。俺、美容室まりあの息子です」

 前髪を掻き上げて慌てて笑う仕草が大人っぽい。そして、確かにまりあさんにどことなく似ている気もする。まりあさんはあたしのことを「ニコちゃん」って呼ぶ。それに、昨日母が言っていた。

『モデルを探しているらしいのよ。で、まりあさんから連絡が来てニコにお願いできないかなって』
 もしかして、あのこと?

「ニコちゃんに頼みがあるんだけど」

 にんっと笑う顔は、なんだかさっきとは違って、なにかを企むような笑みに見えた。

「……モデル、ですよね?」

 あたしに出来るわけがない。あたしよりも適任な子なんてその辺にたくさんいるのに。だから、断ったって別にいいと思う。

「そうそう! 話聞いてた? やっぱり君しかいないよ」
「……いや、あの」

 なんでそんなふうに思うんだろう。話したこともない初対面なのに。
 まりあさんと面識があるから?
 お互いの母親同士が仲良しだから?
 理由は探せば色々出てくるかもしれないけれど。

「誕生日の時、めちゃくちゃかわいく変身したって聞いたよー、俺も見たかったー! だから、今度は俺にもかわいくなるお手伝いをさせて欲しいんだけど、いい?」

 ぐいぐいと距離を詰めて来るから、あたしは何も言えずに窓際まで後退する。
 すぐ目の前まできた先輩は、やっぱりなんだかキラキラのオーラを纏っているように見えて眩しすぎる。この人も椿くんと同じ人気者の部類に入るんだろう。あたしに話しかけたり近づいて来て良い存在ではない。むしろ、あたしがこの人に近づいてはいけない存在だ。恐れ多い!
 圧に負けそうになって腰が引けてしまうと、あたしを通り過ぎて先輩は窓をがらりと開けた。

「おお、ここ見晴らしいいな。一年の教室ってこんなだったっけ? もう忘れたー。校庭めっちゃ見えるじゃん」

 楽しそうにはしゃぐ横顔が、夕陽に照らされて綺麗だ。なんだかドラマのワンシーンでも見ているみたいに非現実的。

「あ! おーいっ、椿ー!」

 窓から乗り出す勢いで叫ぶ先輩の姿に、あたしは一気に現実に戻ってきた。

「おーい、頑張れよー!」

 叫ぶことをやめない先輩に、あたしはただ茫然と立ち尽くすだけ。

「理人先輩!? はいっ! 頑張りますっ」

 窓の外から聞こえてきた声に、心臓が反応する。椿くんの声。あまり大きな声を出すのは聞いたことがなかった。そんな声も出すんだと、新たな発見に感動してしまう。
 しかし、目の前の先輩は、ここから距離があると言うのに、椿くんと会話を始めてしまった。2人が何を話しているのかなんて分からない。置いてけぼりのあたしは、先輩の頼み事も聞けないし、椿くんにここにいることがバレるのも嫌だ。咄嗟に取った選択は、帰る。
 自分の机の上に置いていた手帳をカバンにしまって、教室のドアのところで振り返って先輩の方を向いた。

「あ、あの、モデルは、出来ません。さようなら」

 深くお辞儀をして、あたしは早足で歩き出す。

「えー、ニコちゃーん」

 残念そうに呼ぶ声が聞こえたけど、もう振り向かずにあたしは進んだ。

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