6 / 59
2 10月25日
「美容室まりあ」の息子
しおりを挟む
25日が過ぎてしまうと、一気にやる気がなくなる。なんだか最近は、毎月25日のために生きているような気がする。
昨日ハロウィンの衣装は仕上がったし、どこで撮影会をしようかな。
椿くんはハロウィンパーティーをするならどんな仮装をするんだろう。やっぱりヴァンパイアが似合いそう。
対角線上に見える椿くんの背中を一度だけ視界に入れて、すぐに逸らした。
放課後、あたしはいつも通り教室に一人で残っていた。
何度も360度周りを見渡してから、誰もいないことを確認する。そして、そっと机の中から手帳を取り出した。
表紙には『ツバくんノート』と書いてある。
いつもは絶対に持ってこないんだけど、昨日はつい縫い物に夢中になってしまって書けなかったから。
授業中は誰かに見られる危険があるし、本当はすぐにでも記しておきたかったけど、結局放課後になってしまった。誰かにバレるよりはマシだけど、昨日の椿くんが今日の椿くんに上書きされつつあるから、早く書きたい。
さっそく昨日の日付のページを開いて、ペンを動かす。
夕陽の中を走る椿くんの尊さ。真剣な表情はここからじゃ遠すぎてハッキリとは見えないけど、想像するだけで今日もきゅんだ。
ハロウィンは夕陽と一緒に撮りたいなぁ。
スラスラとペンを走らせて書き終えると、そのまま立ち上がって窓の手前まで行く。窓のギリギリまで行かないのは、もし向こうからあたしの姿が見えてしまったら困るから。
毎日誰を見ているんだと、噂されても嫌だし、もし椿くんにバレたらあたしの楽しみが無くなってしまう。そんなことになろうものなら、学校に来る意味もなくなってしまう。それほどに、尊い存在の推し。
なるべく気を遣って見守りたい。それがあたしの推し方だから。
「コンコンッ、ニコちゃんって君のことですかぁ?」
突然、後ろから聞こえてきた声に振り返った。
誰もいないと思っていたのに、急に現れた人物に心臓が飛び跳ねたかと思えば不規則に暴れ出す。驚いたあたしは何も言えずに固まってしまった。
すでに教室の半分まで入ってきていて、にっこり笑うと、サラリと長めの髪が流れて揺れた。背が高くてすごく、綺麗な人。だけど、制服を着ている男子生徒だ。同じクラスにはいないし、きっと先輩。
どうして、あたしの名前を知っているのか、と言うよりもなんでそう呼ぶのかが気になった。
「ニコ」はあだ名みたいなもので、本当のあたしの名前は「虹子」だ。家族とごく一部の人しかニコとは呼ばない。同級生にすら呼ばれたことがないのに。
「あ、そんな警戒しないで。俺、美容室まりあの息子です」
前髪を掻き上げて慌てて笑う仕草が大人っぽい。そして、確かにまりあさんにどことなく似ている気もする。まりあさんはあたしのことを「ニコちゃん」って呼ぶ。それに、昨日母が言っていた。
『モデルを探しているらしいのよ。で、まりあさんから連絡が来てニコにお願いできないかなって』
もしかして、あのこと?
「ニコちゃんに頼みがあるんだけど」
にんっと笑う顔は、なんだかさっきとは違って、なにかを企むような笑みに見えた。
「……モデル、ですよね?」
あたしに出来るわけがない。あたしよりも適任な子なんてその辺にたくさんいるのに。だから、断ったって別にいいと思う。
「そうそう! 話聞いてた? やっぱり君しかいないよ」
「……いや、あの」
なんでそんなふうに思うんだろう。話したこともない初対面なのに。
まりあさんと面識があるから?
お互いの母親同士が仲良しだから?
理由は探せば色々出てくるかもしれないけれど。
「誕生日の時、めちゃくちゃかわいく変身したって聞いたよー、俺も見たかったー! だから、今度は俺にもかわいくなるお手伝いをさせて欲しいんだけど、いい?」
ぐいぐいと距離を詰めて来るから、あたしは何も言えずに窓際まで後退する。
すぐ目の前まできた先輩は、やっぱりなんだかキラキラのオーラを纏っているように見えて眩しすぎる。この人も椿くんと同じ人気者の部類に入るんだろう。あたしに話しかけたり近づいて来て良い存在ではない。むしろ、あたしがこの人に近づいてはいけない存在だ。恐れ多い!
圧に負けそうになって腰が引けてしまうと、あたしを通り過ぎて先輩は窓をがらりと開けた。
「おお、ここ見晴らしいいな。一年の教室ってこんなだったっけ? もう忘れたー。校庭めっちゃ見えるじゃん」
楽しそうにはしゃぐ横顔が、夕陽に照らされて綺麗だ。なんだかドラマのワンシーンでも見ているみたいに非現実的。
「あ! おーいっ、椿ー!」
窓から乗り出す勢いで叫ぶ先輩の姿に、あたしは一気に現実に戻ってきた。
「おーい、頑張れよー!」
叫ぶことをやめない先輩に、あたしはただ茫然と立ち尽くすだけ。
「理人先輩!? はいっ! 頑張りますっ」
窓の外から聞こえてきた声に、心臓が反応する。椿くんの声。あまり大きな声を出すのは聞いたことがなかった。そんな声も出すんだと、新たな発見に感動してしまう。
しかし、目の前の先輩は、ここから距離があると言うのに、椿くんと会話を始めてしまった。2人が何を話しているのかなんて分からない。置いてけぼりのあたしは、先輩の頼み事も聞けないし、椿くんにここにいることがバレるのも嫌だ。咄嗟に取った選択は、帰る。
自分の机の上に置いていた手帳をカバンにしまって、教室のドアのところで振り返って先輩の方を向いた。
「あ、あの、モデルは、出来ません。さようなら」
深くお辞儀をして、あたしは早足で歩き出す。
「えー、ニコちゃーん」
残念そうに呼ぶ声が聞こえたけど、もう振り向かずにあたしは進んだ。
昨日ハロウィンの衣装は仕上がったし、どこで撮影会をしようかな。
椿くんはハロウィンパーティーをするならどんな仮装をするんだろう。やっぱりヴァンパイアが似合いそう。
対角線上に見える椿くんの背中を一度だけ視界に入れて、すぐに逸らした。
放課後、あたしはいつも通り教室に一人で残っていた。
何度も360度周りを見渡してから、誰もいないことを確認する。そして、そっと机の中から手帳を取り出した。
表紙には『ツバくんノート』と書いてある。
いつもは絶対に持ってこないんだけど、昨日はつい縫い物に夢中になってしまって書けなかったから。
授業中は誰かに見られる危険があるし、本当はすぐにでも記しておきたかったけど、結局放課後になってしまった。誰かにバレるよりはマシだけど、昨日の椿くんが今日の椿くんに上書きされつつあるから、早く書きたい。
さっそく昨日の日付のページを開いて、ペンを動かす。
夕陽の中を走る椿くんの尊さ。真剣な表情はここからじゃ遠すぎてハッキリとは見えないけど、想像するだけで今日もきゅんだ。
ハロウィンは夕陽と一緒に撮りたいなぁ。
スラスラとペンを走らせて書き終えると、そのまま立ち上がって窓の手前まで行く。窓のギリギリまで行かないのは、もし向こうからあたしの姿が見えてしまったら困るから。
毎日誰を見ているんだと、噂されても嫌だし、もし椿くんにバレたらあたしの楽しみが無くなってしまう。そんなことになろうものなら、学校に来る意味もなくなってしまう。それほどに、尊い存在の推し。
なるべく気を遣って見守りたい。それがあたしの推し方だから。
「コンコンッ、ニコちゃんって君のことですかぁ?」
突然、後ろから聞こえてきた声に振り返った。
誰もいないと思っていたのに、急に現れた人物に心臓が飛び跳ねたかと思えば不規則に暴れ出す。驚いたあたしは何も言えずに固まってしまった。
すでに教室の半分まで入ってきていて、にっこり笑うと、サラリと長めの髪が流れて揺れた。背が高くてすごく、綺麗な人。だけど、制服を着ている男子生徒だ。同じクラスにはいないし、きっと先輩。
どうして、あたしの名前を知っているのか、と言うよりもなんでそう呼ぶのかが気になった。
「ニコ」はあだ名みたいなもので、本当のあたしの名前は「虹子」だ。家族とごく一部の人しかニコとは呼ばない。同級生にすら呼ばれたことがないのに。
「あ、そんな警戒しないで。俺、美容室まりあの息子です」
前髪を掻き上げて慌てて笑う仕草が大人っぽい。そして、確かにまりあさんにどことなく似ている気もする。まりあさんはあたしのことを「ニコちゃん」って呼ぶ。それに、昨日母が言っていた。
『モデルを探しているらしいのよ。で、まりあさんから連絡が来てニコにお願いできないかなって』
もしかして、あのこと?
「ニコちゃんに頼みがあるんだけど」
にんっと笑う顔は、なんだかさっきとは違って、なにかを企むような笑みに見えた。
「……モデル、ですよね?」
あたしに出来るわけがない。あたしよりも適任な子なんてその辺にたくさんいるのに。だから、断ったって別にいいと思う。
「そうそう! 話聞いてた? やっぱり君しかいないよ」
「……いや、あの」
なんでそんなふうに思うんだろう。話したこともない初対面なのに。
まりあさんと面識があるから?
お互いの母親同士が仲良しだから?
理由は探せば色々出てくるかもしれないけれど。
「誕生日の時、めちゃくちゃかわいく変身したって聞いたよー、俺も見たかったー! だから、今度は俺にもかわいくなるお手伝いをさせて欲しいんだけど、いい?」
ぐいぐいと距離を詰めて来るから、あたしは何も言えずに窓際まで後退する。
すぐ目の前まできた先輩は、やっぱりなんだかキラキラのオーラを纏っているように見えて眩しすぎる。この人も椿くんと同じ人気者の部類に入るんだろう。あたしに話しかけたり近づいて来て良い存在ではない。むしろ、あたしがこの人に近づいてはいけない存在だ。恐れ多い!
圧に負けそうになって腰が引けてしまうと、あたしを通り過ぎて先輩は窓をがらりと開けた。
「おお、ここ見晴らしいいな。一年の教室ってこんなだったっけ? もう忘れたー。校庭めっちゃ見えるじゃん」
楽しそうにはしゃぐ横顔が、夕陽に照らされて綺麗だ。なんだかドラマのワンシーンでも見ているみたいに非現実的。
「あ! おーいっ、椿ー!」
窓から乗り出す勢いで叫ぶ先輩の姿に、あたしは一気に現実に戻ってきた。
「おーい、頑張れよー!」
叫ぶことをやめない先輩に、あたしはただ茫然と立ち尽くすだけ。
「理人先輩!? はいっ! 頑張りますっ」
窓の外から聞こえてきた声に、心臓が反応する。椿くんの声。あまり大きな声を出すのは聞いたことがなかった。そんな声も出すんだと、新たな発見に感動してしまう。
しかし、目の前の先輩は、ここから距離があると言うのに、椿くんと会話を始めてしまった。2人が何を話しているのかなんて分からない。置いてけぼりのあたしは、先輩の頼み事も聞けないし、椿くんにここにいることがバレるのも嫌だ。咄嗟に取った選択は、帰る。
自分の机の上に置いていた手帳をカバンにしまって、教室のドアのところで振り返って先輩の方を向いた。
「あ、あの、モデルは、出来ません。さようなら」
深くお辞儀をして、あたしは早足で歩き出す。
「えー、ニコちゃーん」
残念そうに呼ぶ声が聞こえたけど、もう振り向かずにあたしは進んだ。
15
あなたにおすすめの小説
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶
菱沼あゆ
キャラ文芸
冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。
琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。
それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる