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2 10月25日
ニコちゃんさ、友達いないの?
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夕飯の時間にリビングへ降りていくと、揚げ物のいい香りがキッチンから漂ってきた。
母が揚げたてのさくさくとんかつを、まな板に置いて包丁を入れたところだ。
「あ、ニコ。理人くんのモデルオッケーしたんだって? まりあさんがケーキのお礼と一緒に教えてくれたのよ」
「あー、うん」
「あんまり乗り気じゃなかったし、ニコ人見知りだからって断る理由を探していたんだけど、よかったわぁ。がんばってね」
千切りしたキャベツが乗ったお皿に、母はきれいにとんかつを盛りつけた。すごく、美味しそう。
「うん」
どう頑張ればいいのか分からないけど、椿くんのためなら頑張ろうと、あたしはうなずいた。
◇
そして次の日、さっそく事件は起こるのだった。
「ニコちゃーん、一緒に帰ろうっ」
いつも通りの放課後を迎えるはずだったあたしの前に、突然理人先輩は現れた。
もちろん、教室の中はざわついている。
「えー! 理人先輩じゃないですかぁ!」
「どうしたんですかぁ!?」
「え、ってかニコって誰?」
椿くん同様に、この先輩もやっぱり人気者らしい。みんなが教室前方のドアを見ている中、あたしは気配を消して素早く帰る支度をする。先輩が教室内を見回しながらあたしを探している姿が視界の隅に入った。
あだ名で呼んでいるから、誰もあたしのことだなんて思わないだろう。だから、こっそりいなくなれば大丈夫。
「え、理人先輩。誰を探してるんですか?」
椿くんの声にドキッと心臓が弾む。
「あ、椿。ニコちゃんをね、探してるんだけど~」
なんとか気がつかれずに後方のドアまで辿り着いたあたしは、一気に廊下に飛び出した。
「あ! みーっけ! じゃ、椿またな」
後ろでそんな声が聞こえてきたから、もう振り向かずに早足になるしかない。よろめきながら階段を降りて、昇降口を通り過ぎる。
今の時期はほとんど使われていない、プールへ繋がる外扉の前まで来て、ようやく足を止めた。
運動部じゃないし、いきなり走るなんてことがないから、息が上がる。
ゆっくり息を整えて、深く深呼吸をしてから、落ち着いてくるりと振り返った。
「ニーコーちゃんっ」
「ぎゃ!!」
すぐ後ろにいた先輩の笑顔に、心臓が止まるかと思った。
「やだなぁ、そんなお化けにあったみたいな顔して」
ケラケラ笑っているけど、あたしは1ミリも笑えない。
「ニコちゃんさ、友達いないの?」
真っ直ぐにへらりと笑ったまま聞いてくる理人先輩に、あたしは口の端が引き攣るのを感じた。
「まじでいないの?」
確かめるように聞いてくるから、もうおかしいなら笑えばいいじゃんと心の中で開き直ってしまう。
別に友達がいなくたって困っていないし。
「ねぇ、俺と友達になってよ」
誰もいない廊下に、沈黙が通り過ぎる。
なにも言葉を発せなくて、あたしは思わず『なんで?』と疑問を感じて顔を上げる。先輩と目が合ってしまうから、すぐに逸らした。
「ほら、10月のー、なんだっけ? えっと、あー、ハロウィン! 椿と一緒に写真撮るって、日記に書いてたでしょ? それ、俺にも手伝わせてよ」
悩んだかと思えば、最後はにんまりと笑う。
って言うか、この人あたしの日記どこまで読んだんだろう。あの時いつからあそこにいたの? 椿くんに夢中になりすぎて、全く気がつかなかった。ああ、こんな自分が情けない。
「椿には、なんとか言って連れてこれるしさぁ、それに──」
1人で勝手に喋り始めた理人先輩。
え? でもちょっと待って? 誰が誰と写真を撮りたいと思ってるの? あたしが? 椿くんと? そんなこと一言も日記には書いていない。この人ちゃんと読んだのかな。いや、ちゃんと読んでほしくはないけれど。
あたしは家で待っている、ツバくんぬいを思い出す。
あたしがハロウィンで撮りたいのは、ツバくんぬいとハロウィンに関係する背景があればいいの。たとえば昨日なら真っ赤に染まる夕日とか。だから、ご本人の登場なんて全然望んでいない。
「あれは、椿くんじゃなくて、あたしが作った推しぬいのツバくんのことです。椿くんと写真撮るとか、絶対に無理なので」
「ん? 推しぬい? ツバくん?」
ハッとしてからでは、もう遅かった。
思わず本当のことを説明してしまっていて、理人先輩が疑問を投げかけてきてから気がつく。
「ほ、本人と会うとか、絶対、無理なので」
そんなことしたら死んでしまう。
「あはは、あんなに推してるのに無理とか冗談でしょ」
いや、冗談じゃない。本当だ。笑い事なんかじゃない。
「とにかく、あたしは情報だけ知れたらそれで満足なんです。椿くんにはあたしの存在は話さなくて大丈夫ですから。ってか、話さないでください」
「そーっかぁ。分かったー」
素直に頷いてくれるから、良かった。
「今日この後ヒマ?」
「え」
「今日うちの店定休日だから、ちょっと髪の毛借りたいなぁって。ニコちゃん俺に連絡してくれないんだもん。こうして直接言いに来なきゃないでしょ? それが嫌なら、教えてよ」
目の前でスマホをチラつかせる理人先輩に、あたしはため息を吐き出した。
「分かりました」
連絡で済むなら、こんなふうに逃げたりしなくてもいいんだ。そう思って素直に連絡先を交換した。
「んじゃ、先帰って準備してるね~。あ、お土産に〝さいち〟のプリンとか持って来なくてもいいからね~。またね~」
手を振りながら去っていくのを、あたしはただ無言で見送った。
なにそれ。しっかり催促してるよね?
持って来なくていいって、「さいち」のプリンって場所まで提示して、絶対に買ってこいってことだよね? なにこれ。あたしもしかして、いじめられてる?
ため息を吐き出して、あたしは学校を出た。
母が揚げたてのさくさくとんかつを、まな板に置いて包丁を入れたところだ。
「あ、ニコ。理人くんのモデルオッケーしたんだって? まりあさんがケーキのお礼と一緒に教えてくれたのよ」
「あー、うん」
「あんまり乗り気じゃなかったし、ニコ人見知りだからって断る理由を探していたんだけど、よかったわぁ。がんばってね」
千切りしたキャベツが乗ったお皿に、母はきれいにとんかつを盛りつけた。すごく、美味しそう。
「うん」
どう頑張ればいいのか分からないけど、椿くんのためなら頑張ろうと、あたしはうなずいた。
◇
そして次の日、さっそく事件は起こるのだった。
「ニコちゃーん、一緒に帰ろうっ」
いつも通りの放課後を迎えるはずだったあたしの前に、突然理人先輩は現れた。
もちろん、教室の中はざわついている。
「えー! 理人先輩じゃないですかぁ!」
「どうしたんですかぁ!?」
「え、ってかニコって誰?」
椿くん同様に、この先輩もやっぱり人気者らしい。みんなが教室前方のドアを見ている中、あたしは気配を消して素早く帰る支度をする。先輩が教室内を見回しながらあたしを探している姿が視界の隅に入った。
あだ名で呼んでいるから、誰もあたしのことだなんて思わないだろう。だから、こっそりいなくなれば大丈夫。
「え、理人先輩。誰を探してるんですか?」
椿くんの声にドキッと心臓が弾む。
「あ、椿。ニコちゃんをね、探してるんだけど~」
なんとか気がつかれずに後方のドアまで辿り着いたあたしは、一気に廊下に飛び出した。
「あ! みーっけ! じゃ、椿またな」
後ろでそんな声が聞こえてきたから、もう振り向かずに早足になるしかない。よろめきながら階段を降りて、昇降口を通り過ぎる。
今の時期はほとんど使われていない、プールへ繋がる外扉の前まで来て、ようやく足を止めた。
運動部じゃないし、いきなり走るなんてことがないから、息が上がる。
ゆっくり息を整えて、深く深呼吸をしてから、落ち着いてくるりと振り返った。
「ニーコーちゃんっ」
「ぎゃ!!」
すぐ後ろにいた先輩の笑顔に、心臓が止まるかと思った。
「やだなぁ、そんなお化けにあったみたいな顔して」
ケラケラ笑っているけど、あたしは1ミリも笑えない。
「ニコちゃんさ、友達いないの?」
真っ直ぐにへらりと笑ったまま聞いてくる理人先輩に、あたしは口の端が引き攣るのを感じた。
「まじでいないの?」
確かめるように聞いてくるから、もうおかしいなら笑えばいいじゃんと心の中で開き直ってしまう。
別に友達がいなくたって困っていないし。
「ねぇ、俺と友達になってよ」
誰もいない廊下に、沈黙が通り過ぎる。
なにも言葉を発せなくて、あたしは思わず『なんで?』と疑問を感じて顔を上げる。先輩と目が合ってしまうから、すぐに逸らした。
「ほら、10月のー、なんだっけ? えっと、あー、ハロウィン! 椿と一緒に写真撮るって、日記に書いてたでしょ? それ、俺にも手伝わせてよ」
悩んだかと思えば、最後はにんまりと笑う。
って言うか、この人あたしの日記どこまで読んだんだろう。あの時いつからあそこにいたの? 椿くんに夢中になりすぎて、全く気がつかなかった。ああ、こんな自分が情けない。
「椿には、なんとか言って連れてこれるしさぁ、それに──」
1人で勝手に喋り始めた理人先輩。
え? でもちょっと待って? 誰が誰と写真を撮りたいと思ってるの? あたしが? 椿くんと? そんなこと一言も日記には書いていない。この人ちゃんと読んだのかな。いや、ちゃんと読んでほしくはないけれど。
あたしは家で待っている、ツバくんぬいを思い出す。
あたしがハロウィンで撮りたいのは、ツバくんぬいとハロウィンに関係する背景があればいいの。たとえば昨日なら真っ赤に染まる夕日とか。だから、ご本人の登場なんて全然望んでいない。
「あれは、椿くんじゃなくて、あたしが作った推しぬいのツバくんのことです。椿くんと写真撮るとか、絶対に無理なので」
「ん? 推しぬい? ツバくん?」
ハッとしてからでは、もう遅かった。
思わず本当のことを説明してしまっていて、理人先輩が疑問を投げかけてきてから気がつく。
「ほ、本人と会うとか、絶対、無理なので」
そんなことしたら死んでしまう。
「あはは、あんなに推してるのに無理とか冗談でしょ」
いや、冗談じゃない。本当だ。笑い事なんかじゃない。
「とにかく、あたしは情報だけ知れたらそれで満足なんです。椿くんにはあたしの存在は話さなくて大丈夫ですから。ってか、話さないでください」
「そーっかぁ。分かったー」
素直に頷いてくれるから、良かった。
「今日この後ヒマ?」
「え」
「今日うちの店定休日だから、ちょっと髪の毛借りたいなぁって。ニコちゃん俺に連絡してくれないんだもん。こうして直接言いに来なきゃないでしょ? それが嫌なら、教えてよ」
目の前でスマホをチラつかせる理人先輩に、あたしはため息を吐き出した。
「分かりました」
連絡で済むなら、こんなふうに逃げたりしなくてもいいんだ。そう思って素直に連絡先を交換した。
「んじゃ、先帰って準備してるね~。あ、お土産に〝さいち〟のプリンとか持って来なくてもいいからね~。またね~」
手を振りながら去っていくのを、あたしはただ無言で見送った。
なにそれ。しっかり催促してるよね?
持って来なくていいって、「さいち」のプリンって場所まで提示して、絶対に買ってこいってことだよね? なにこれ。あたしもしかして、いじめられてる?
ため息を吐き出して、あたしは学校を出た。
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