毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

文字の大きさ
11 / 59
2 10月25日

かわいいは作るもの

しおりを挟む
 真正面の鏡に映る自分の姿。
 ああ、ほんとかわいくない。伸ばしっぱなしの髪は、真っ直ぐなんだけど髪の流れのせいか、いつも左右とも右側に跳ねている。左側は外向きに跳ね返っていて、朝に顔を洗うついでに濡らすけれど、乾けば元通り。すぐに伸びる前髪も、今じゃ邪魔だとも思わなくなった。
 それにしても、こうして見るとずいぶん伸びたなぁ。

「おまたせー」

 戻ってきた理人先輩は、相変わらず陽気だ。

「あ、やっぱり前髪気にしてる? ちょっと長いよね?」

 鏡を見ながら触れていた前髪。そんなあたしに、すぐ理人先輩は気がついた。

「あ、いえ。もう慣れてるので」
「いやいやいや、慣れとかじゃないから。ちゃんと伸びたら整えなおさないと。かわいさをキープするって大事なことなんだよ」

 あたしの後ろに立って、鏡越しににっこり笑う。
 でも、そもそもがかわいくないあたしが、かわいさをキープするなんておかしな話だ。

「ニコちゃんってさぁ、面倒くさがりでしょ?」

 痛いところをついてくる。
 この人、ずっと思ってるけど、人の弱いところにズカズカ入り込んでくる人だ。なんか、嫌だ。
 自分は男の子なのに、すごくキレイでスタイルも良くて人気者だから、そうやって自信が持てるんだろうけど、あたしは違う。
 面倒くさい以前の問題。
 あたしは、かわいくなんてない。

「かわいいはさ、面倒くさがってちゃ出来ないよ。だって、かわいいって作るものだから。生まれ持ったーとか、親がーとか、そんなのなんにも関係ない。どう努力するかってこと」

 真面目な話をし始める理人先輩の目は、なんだかキラキラと輝いている。

「俺も日々努力をして、この完璧なスタイルを維持しているってわけよ。結構大変なんだよ?」

 毛先の傷みを気にするみたいに耳横の髪の毛を手に取り見ながら、眉を顰める。

「俺の勉強のためのモデルなんだけど、目標がないとやっぱり張り合いがないからさ、ニコちゃん自身がかわいいに興味を持って、自分に自信が持てるようになれたらいいなっていうのが、俺の目標」
「……目標」
「そう。やるからには、なにかを変えたいじゃん。俺の手で誰かを幸せに出来るなんて分かったら、めちゃくちゃ自信になる。今までは母親の仕事を見よう見真似でたまにお客さんを触らせてもらったりしてたけど、やっぱりプロには敵わないし、みんな常連だから褒めてくれるんだ。でも、またお願いねとは言っても、次なんてない。なんかこのまま俺美容師目指して、大丈夫なんかなぁーって、ナイーブになってたんだよね。そんな時に、救世主のニコちゃんが現れたんだよ! だから、よろしくお願いします。俺が必ずかわいくするから」

 理人先輩の真面目な顔が、鏡を通してあたしを見つめる。
 なにかに真っ直ぐな人って、すごいなって思う。あたしが、そんなすごい目標のお手伝いをさせてもらっても、いいのだろうか。
 不安はあるけど、あたしの何かが変われば、今よりも楽しい毎日になるのだろうか。

「と、言うことで、とりあえず今日は前髪を5センチ切らせていただきまーす」
「え!? 5センチ?」

 さっそくいつもの陽気な笑顔で、理人先輩はあたしにカットクロスを巻き始めた。

 え、5センチって、どのくらい?
 待って、結構あるよね? 今ほぼ目が隠れるくらいだから、完全に目よりは上になる。
目にかかる髪の毛が全くなくなるってこと?
いや、想像が出来ない。
 あ、でも。誕生日の日におでこ全開になったのを思い出す。たぶんあれが、人生で最初で最後だと思った。
 メイクもしていたし、だからあの髪型が似合っていた。普段のあたしがそれをしたら、ただの顔丸出しで恥ずかしいだけだ。

「5センチはちょっと切りすぎじゃ……」

 反論したのと同時に、目の前を鋏が横切る。

「え? なに?」

 はらりと落ちてゆく前髪。
 そして、さっきまでは感じなかったお店の照明が鏡に反射して見えて、目が眩むほどに眩しい。
 目を瞑ると、さらに理人先輩は鋏を動かす。シャキンシャキンと耳に心地よい音。

「わぁ、いい感じ! 目、開けてみてー」

 怖い。さっきの目が眩むような眩しさが。そして、切りすぎなんじゃないかと疑ってしまう思考が。
 理人先輩は、プロじゃない。
 さっきお客様からはまたお願いとは言われたものの、次はなかったって言っていたし、切りすぎちゃったー! なんて、戯けられて終わりかもしれない。
 なんでモデルを引き受けてしまったんだろうって、後悔が押し寄せてくる。
 だけど、覚悟を決めて、恐る恐る開いた目。鏡に写る姿を、確認する。

「わぁ、目を開けたらちょうどいいじゃん。かわいいー」

 ちょうど、開いた目にかからないくらい。眉と目の間の長さ。目は出てしまっているけれど、決して切りすぎではない。
 もっと、おでこの半分くらい短くされてしまったんじゃないかと不安になってしまっていた。
 ほっと安心すると、後ろで理人先輩が微笑む。

「ね、かわいいでしょ? こうやって、かわいいは作っていくんだよ。前髪だけでこんなに変われるんだもん。もっともっと、かわいくなれるかもって思わない?」

 もっともっと、かわいく?

「お、思いません!」

 あたしなんかがおこがましい。
 かわいくなんて、なれない。かわいいの作り方なんて知らないし、かわいいって、他人からの評価でしかない。あたしは自分がかわいいなんて思わない。だから、かわいくなりたいなんて、思わない。

「そっかぁ……まぁ、ニコちゃんが変わろうとしない限りは、俺がどうにかしようとしても無理だろうから。とりあえず、俺の練習相手にはこれからもなってもらえると助かります」

 そう言って頭を下げると、理人先輩はシャンプーをしてくれた。まりあさんのしてくれるシャンプーと比べてしまうと、手の動きがぎこちないけれど、それでも一生懸命さが伝わってきて気持ちが良かった。
 ブローをすると、外はねしていた髪の毛が真っ直ぐストンっと艶々になった。

「あ、ニコちゃん。せっかく可愛くなったからさ、写真撮りに行こうよ。ツバくんぬいと夕日でしょ? 俺いい場所知ってるんだよねー」

 お店の中を片付けて、理人先輩はカーディガンに袖を通す。

「一回家に帰ったら、メッセージに場所送るからそこに集合な」
「え」
「あ、ツバぬい忘れんなよ」

 入り口ドアを開けてくれて、手を振るから、あたしは「ありがとうございました」と頭を下げて、外へ出た。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

処理中です...