毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

文字の大きさ
12 / 59
2 10月25日

ツバくんと夕日

しおりを挟む
 風が、サラサラになった髪の毛を舞いあげる。今ならシャンプーのCMにも出れそうだ、なんてことを思いながら、あたしは家に帰った。

 部屋の中で待っていたのは、ヴァンパイアの服を着たツバくんぬい。

「ただいま、ツバくん」

 いつものあいさつをして、かけてあった厚手のカーディガンを制服の上から羽織る。10月も終わりだと、日中は秋の日差しがまだまだ強くて暖かくても、夕方は一気に気温が下がる。
 気がつけば、今日は10月31日。ハロウィンだ。ツバくんぬいと夕日。やっぱり、しっかり理人先輩には日記を見られていたと、また落ち込む。
 でも、いい場所とは一体、どこだろう。

 トートバッグに、座らせるようにツバくんぬいを丁寧に入れて、スマホを確認する。
 理人先輩が指定してきたのは、学校の校庭。いつも見ていたあの景色。あたしが思い描いていたツバくんぬいと夕日が、撮れるかもしれない。
 期待を胸に向かうと、校庭に人影を見つけた。傾き始めた夕日が、ちょうどよく校庭を照らしている。光を浴びて走る姿。毎日放課後に見ていた、椿くんの走るフォームに似ている。
 遠くから、じっとその姿を見つめた。

「椿のフォーム綺麗だよな」

 後ろから聞こえてきた理人先輩の声に驚きながらも、あたしはキラキラと輝くように走る椿くんから目が離せない。
 やっぱり、こうして見ているだけであたしは幸せだ。こんなに胸の奥がぎゅっと満たされる。話せなくても、目が合わなくても、そんなの別にいい。

「ツバぬい持ってきた? 撮ってあげるよ。ニコちゃんも一緒に」
「え、あたしも一緒に?」
「そう。ニコちゃんが変われる第一歩」

 あたしが、変わる?
 あたしは、変わりたいなんて、思っていない。今のままで十分だ。

「ほらほら、ツバくんとスマホを先輩に貸しなさい」

 急かすようにトートバッグを指さすから、あたしはそっとツバくんを取り出した。

「うわ、かっわいー! 椿そっくりじゃん! えー、俺もほしいなこれ。あ、ちょっと夕日沈んじゃう! ほらほら、そこに立ってこっち向いて!」
「え、あ、はい」

 やっぱり、あたしは流されてしまう。

「はい、撮るよー!」

 でも、理人先輩が撮ってくれた写真は、自分でいつも撮ってきたツバくんぬいとの写真よりも、ずっとずっと椿くんとの距離が近くて、遠くに夕日に照らされて走る椿くんが、一緒に写ってくれたような感覚になる。

「……ありがとうございます」

 なんだか、泣きそうだ。

「え! まさか、泣いてる?」

 驚く理人先輩の声に、あたしはズッと鼻を啜った。

「な、泣いてない、です!」

 目が潤んだだけだ。きっと、前髪を切ったせいでそう見えるだけ。瞳に夕日の煌めきが、映り込んだだけだ。

「健気~」

 よしよしと頭を撫でてくれる先輩の手が、あたたかい。
 椿くんに近づけるってことが、こんなに嬉しいなんて思ったのは、今日が初めてだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...