毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

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3 11月25日

牛耳っている

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 あれから数日。
 やっぱり、椿くんがあたしに話しかけてくるなんて奇跡は、あの日の間違いだったんだと実感する。
 なぜかと言うと、また平和な日常が戻っているから。

 これまでと同じく、朝は「おはよう」とツバくんぬいにあいさつをして、壁の写真に映る小さな椿くんを部屋に入る度に見つめ、教室では対角線上の後ろ姿をたまに視界に入れつつ、放課後は教室から校庭を走る姿を眺める。
 いつも通りに遠くから椿くんを見つめる日々を過ごしていた。
 やっぱりこれが一番幸せなのよ。
 ふふ。と、思わず笑いをこぼしてしまって、辺りを慌てて見回した。
 また理人先輩に見られていたらと、つい警戒してしまう。

『今日の夕方、ヘアセットの練習がしたい』と、理人先輩からメッセージがきていたから、あたしはまた帰り際ギリギリまで椿くんの姿を視界の隅に捉えて学校を後にした。

 ヘアサロンまりあに来るのも、もうだいぶ慣れてしまった。考え事をしていても足が勝手にたどり着いてしまうくらいだ。
 まだ営業中のお店のドアを開ける。

「いらっしゃいませー。あ、ニコちゃん。理人ね、待ってて。今呼んでくるから」

 今日は平日だからか、お客様はいなくてまりあさんは待ち合いに座って本を読んでいたようだ。「お願いします」と小さく言って頭を下げた。
 店内はテレビが付いていて、夕方のニュース番組が流れている。今日はもう20日かぁ。なんだか1カ月があっという間だなぁ。
 今週はテストもあったから、余計に早く感じるのかもしれないなと、あたしはニュースを耳に入れつつ理人先輩を待つ。

「いらっしゃい、ニコちゃーんっ。さっそくこちらにどうぞ」

 やってきた理人先輩が髪を後ろで結びながら、椅子に座るよう手を差し出してくれる。
あたしはカバンを置いて、鏡の前に座った。
相変わらず覇気のない顔。前髪もあれからずいぶん伸びて、ほとんど元に戻ってきている。

「あー、前髪も伸びたねー。切る? 伸ばす?」
「え」

 慣れた手つきで肩にタオルを掛けながら、聞いてくる。
 あたしは、という選択肢があることに驚いた。当然のように、と言われるんだと思ったから。

「もうちょい伸ばしてさ、ポンパドールもかわいいと思うんだよねぇ。ふわっとしたやつ」

 自分の前髪をつまんで、理人先輩が前髪をふんわりと上にあげた。
 綺麗な人がおでこと顔を全開にしても、やっぱり綺麗なままだ。そして、まりあさんと理人先輩は感性が似ているのかもしれない。さすが親子。

「ポンパ……? ってやつは、もうやらないです」
「えー、そうなの? ってか、もうってことは、したことあるの?」

 前髪をコームでとかしながら、理人先輩が首をかしげる。

「誕生日の日に、まりあさんがしてくれたんです」
「おお、マジか。やっぱまりあさんのセンスピカイチだわ」
「……ピカ」
「1番輝いてるってこと」

 それはニュアンスでだいたいわかりますけど。説明を受けてあたしは苦笑いをする。

「俺の目指すとこでもあるからな。さすが俺の母親。でも、それって見立てはいいってことだもんな。自信持とう」

 ウキウキと笑顔になる理人先輩も、キラキラと輝いて見える。好きなことをしている時って、みんなこんな風に楽しそうに見える。

 楽しそうだな、いいな、あたしにはないなって、教室の中にいても、たまに思ったりする。
 あたしだって、椿くんを推すことは楽しみのはずなんだけど、表立っては言えないし、言ってしまったらどんな白い目で見られるかも分からない。だから、こっそり、ひっそりと、あたしの中でだけで推しにしておけばいいんだって思っている。

「あれから、椿話しかけてきた?」
「……いえ」
「えー、まじ? なにをしてんだよ、アイツ」
「え?」

 手を動かしつつ、理人先輩は続ける。

「俺さ、椿にダブルデートの相手は、自分にまったく興味のない子にしろよって言ったんだよね。そうすると、きっとニコちゃんに頼みに行くんじゃないかなぁって計算だったわけよ。え、なに? 椿全然動いてないってこと?」
「え、理人先輩の、計算?」
「そう。あいつ俺と遊びたいって言うからさ、じゃあダブルデートなって話になって、彼女いないとか言い出すから、自分に1番興味ない子を誘えって話したの」
「……だから、あの時」

 やっぱり理人先輩が全てを牛耳っていたのかと、ため息が出る。

「そもそも、理人先輩と椿くんってどういう関係なんですか?」
「え? 俺と椿?」

 手を止めて、鏡越しに目が合うからうなずいた。
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