毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

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3 11月25日

約束の5分前

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「ありがと、ニコりん。開けてくれて」

 ニコッと笑う一条さんに、あたしはまだ警戒しつつも部屋の中へ入れた。
 ツバくんぬいは専用のボックスに入ってもらったし、写真も見える場所のものはみんなしまったから、あたしが椿くん推しだとはバレないはず。

「わ、シンプル~。いいね、日当たりのいい部屋」

 窓際に立って、一条さんはカーテンの外を眺めてからくるりとこちらを向いた。

「ってことで、ニコりんの持ってる服をここに全部出して」
「……え?」

 ベットの上を指差しながら、一条さんが腰に手を当てて早くしなと言わんばかりに命令する。キラリと鋭い視線に、あたしは仕方なく立ち上がって、さっきまで散らかしていた服をもう一度持ってきて広げた。

「え? これだけ?」

 あっけに取られた顔と声の一条さんに、あたしは頷く。だって本当にこれだけだから。

「こんなのただの部屋着じゃん」

 強く言い放って、置かれた服を物色し始めるから、心が痛い。
 おしゃれのかけらもなくて申し訳ないけれど、仕方がないじゃないか。

「うーん。どうしよっかなぁ。時間もないしなぁ」

 顎に手を置いて、服を眺めながら一条さんは悩み出す。
 しばらく無言で眺めていると、小さくため息を吐き出してから、いきなり自分の着ていた服を脱ぎ始めた。

「え!? え、一条さん?」

 なにしてるの!?

 オーバーサイズのチェックシャツに、白の丈短めふわふわタートルネック。ショートパンツまで脱いで下着姿になると、また少しだけ悩んで、あたしの服の中から1つずつ選んで着ていく。
 ストレートのデニムに、最近買って結局着なかった真っ白のロンT。あたしの中ではだいぶ冒険したくすみピンクのトレーナーを手に取って着て、裾からロンTをはみ出させて長い袖をすこし捲った。
 下ろしていた髪の毛は一つにまとめて、手首に付けていたキラキラした飾りのついたゴムでアップにすると、こちらに振り返った。

「はい! ニコりんはこっち着て」

 まさかあたしが持っている服をここまでモデルさんみたいにかわいく着こなすなんて、やっぱり一条さんって一軍女子だ。

「ほら、早く着替えなよ! 椿くん待ってるよ?」
「え!? あ、は、はい」

 急かされて、あたしは一条さんの手から服を受け取る。着方がわからなくて、あたふたしてしまうけど、なんとか着ることができた。だけど、やっぱり同じ服を着ても、一条さんみたいにかわいくはなれない。
 だって、あたしの服も一条さんが着ればあんなに輝いて見えるのに、一条さんの服のはずなのにあたしが着たらなんだかどんよりとしてしまう。

「もうっ! 背筋伸ばしてシャキッとする!」
「は、はいっ!!」

 喝を入れるように大きな声で言われて、あたしはピンッと真っ直ぐに顔を上げた。

「いいじゃーん、かわいい! 似合ってる! さ、下に行くよ!」

 ニコッと、笑った一条さんに手を引かれて、あたしは部屋を出て階段を降りていく。

「リヒー、髪と顔やってー!」

 リビングのドアを開けると、理人先輩が母と談笑を楽しんでいたようで、だけど一条さんの登場によって一気に緊張感が走り出した。

「もう時間ないからさ、パパッと簡単にめっちゃかわいくして!」
「むちゃなこと言うなぁ」
「なによ! リヒなら出来るでしょ?」
「……ま、まぁね」
「ほら、ニコりんここ座って」

 言われるままに椅子を指定されて、あたしは座る。

「あれ? この服ってユリカの?」
「そう。ニコりんぜんぜん勝負服持ってないんだもん。あたしのだって今日は普段着なのに、まだマシってのが驚きだわ」

 盛大なため息をついて、一条さんはあたしの前の椅子に座り込む。

「え? それ、今ユリカが着てるのは?」
「ああ、これ? ニコりんの。唯一使えそうだと思ったやつ」
「普通にかわいいじゃん」

 2人で会話をしながらも、理人先輩の手は動いている。素早くメイクを施され、髪もアイロンで癖を直してまっすぐ艶々に。鏡がないけど、胸元に落ちる毛先がきちんと左右共に内側に入り込んでいるから、さっきまでのとっ散らかった髪型ではなくなったことが分かる。

「はい、出来たよー」

 ポンっと肩を軽く押されて、あたしは椅子から立ち上がった。

「上出来、上出来~」
「わぁ! かわいいわ、ニコちゃん!」

 母が近づいてきて、感激のあまり目を潤ませている。

「ニコりんはかわいいですもん。あとは、もう少し自信もって姿勢良く歩けたら合格なんですよねぇ」

 そんな、自信を持って歩くなんて度胸はありません。だけど、一条さんはこの前もだけど、あたしのことをかわいいと言ってくれる。かわいい人にかわいいって言ってもらえることが、なんだか恥ずかしくて、だけどすごく嬉しいって思う。

「照れてないで、ほら。行きな」

 時計を見上げれば、約束の5分前。急いで行けば間に合うかもしれない。

「少しくらい遅れたって大丈夫よ。椿くん、ニコちゃんがかわいくてそんな数分の遅刻なんてなかったことにしてくれるはず。彼、優しいし」
「……うん」

 一条さんに頷いて、あたしは「行ってきます」と玄関を出ていく。
 理人先輩と一条さんにかわいくしてもらえたから、今度は椿くんの近くを歩いていても恥ずかしいなんて思わせることはないかもしれない。そこだけは、自信を持っていよう。
だって、一条さんの言うように、椿くんは優しいから。

 駅前まで来ると、辺りを見回す。椿くんらしい人が見当たらない。スマホの時刻を確認すると、約束の時間からもう15分過ぎていた。
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