毎月25日は椿くん感謝デー

佐々森りろ

文字の大きさ
29 / 59
3 11月25日

もうやめよう

しおりを挟む
 椿くん、もしかしたらもう先に行っちゃったのかな。
 駅のホームを眺めてがっかりしながら、踵を返した。

「……如月、さん?」

 振り返ってすぐ目の前に、椿くんがいた。
 驚き過ぎて、動きがぴたりと止まってしまう。
 いつもの制服姿じゃなくて、私服だ。しかも、あたしがツバくんぬいに編んであげたグリーンのカーディガンにそっくりな色合いのカーディガンを着ている!?
 え、かわいい……!
 思わず、口からこぼれてしまうんじゃないかと思うくらいに感動してしまって、あたしは心の中で叫んだ。

「今日は私服だからかな、雰囲気全然違うね」

 椿くんの頬が緩んで、ほんのり赤らむ。
 照れる椿くんなんて、今まで見たことがない。尊い照れ顔にシャッターを切りたい衝動に駆られながら、あたしは記憶に残すべく、瞬きで瞳のシャッターを切り続ける。あたしの瞳に! 脳裏に! 焼き付け、椿くんの照れ顔!

「行こっか?」

 向きを変えた椿くん。照れ顔をしっかりと目に焼き付けたあたしは、大満足かもしれない。もう帰って日記をつけて、今日は終了で良いです。

「如月さん? 行くよー?」

 少し離れた場所から、椿くんがあたしの名前を呼ぶ。

 あれ? いつの間にそんな遠くへ?

 そして、そんな大きな声で名前を呼ぶなんて、なんだか嬉し恥ずかしい。
 つい、周りを見回してしまうけれど、誰もあたしを気にする人などいない。みんな目的地に向かって足を進めている。
 あたしだけが、椿くんの一挙手一投足に過敏に反応しているだけだ。
 こんなことで、あたしは無事に椿くんと誕プレ探しができるのだろうか。

「そんな離れて歩かなくてもよくない?」

 椿くんの3歩後ろをついてゆく。控えめに、奥ゆかしく。なんてことはない。ただ単に隣を歩くことが恐れ多いだけのこと。

「一緒に出かければ少しは俺に慣れてくれるかと思ったけど、なんか、ごめんね」
「え! あ、いや、そんなこと」

 なんで椿くんが謝るの!?
 あたしが後ろを歩きたくてこうしているだけなのに。
 そもそも、椿くんに慣れるってなに? そんな考えはやめていただきたい。あたしにとって椿くんは推しだし、そんななんてことはたぶん一生かかってもないことだ。毎日が、毎瞬間が、新鮮で尊くて、あたしの心が潤うんだよ。だから、椿くんは何も考えずに誕プレだけに集中してもらえばそれで良いの。うん。

「誕プレ探しに集中しましょう」
「え、ああ。うん」

 目的地をまっすぐに見据えて、あたしは歩く。

「理人先輩はおしゃれな人だから、俺のセンスで選んでいいのか不安なんだよね。如月さん、理人先輩と友達だし、よかったらアドバイスもらいたくて」

 は!? あたしが理人先輩と友達!? しかも、椿くんにアドバイス!?

「いや、椿くんの方が、先輩とは仲良しなので……」

 椿くんが好きなのを選べばいいじゃないか。と、つい他人事に思ってしまう。

「理人先輩のことは、すっごく尊敬してるから、仲良しとはまた別な気がして。だから、友達にあげるようなノリともまた違うよなぁって、昨日もすげぇ悩んじゃって」

 困ったようにため息を吐き出す椿くんの横顔。すごく切なくて、胸が苦しくなる。
 そっか、大切な人への贈り物だから、大切に選びたいよね。それは、分かる気がする。
 あたしだって、もしも椿くんに何かプレゼントするってなったら、悩み過ぎてハゲてしまうかもしれない。まぁ、あたしが椿くんにプレゼントだなんて、そんな日は来ないだろうけど。
 理人先輩の欲しいもの。さっき聞いておけばよかったな。失敗したと落ち込む。

「如月さんさ、今日、なんで来てくれたの?」
「え……」

 それは、推しの椿くんが誘ってくれたから。だけど、それは言えない。断ろうと思ったけど、でも、理人先輩と一条さんが背中を押してくれたから。だから、来れたんだ。

「もしかして、理人先輩に頼まれたから仕方なくきた?」
「……え?」
「ダブルデートだって、全然乗り気じゃないし、なんか俺、申し訳ないなって思い始めてさ。俺のわがままに付き合わされて、つまんないよね。ほんと、ごめん」

 こちらに振り向いて、椿くんは深く頭を下げた。
 なんで、椿くんが謝っているのか、あたしには意味がわからない。
 たしかに、あたしは一条さんみたいにキャピキャピした行動はとれないし、椿くんのことをすっごく推しているのに本人にはバレたくないって思ってる。
 だから、本当はすごくすごく嬉しいのに、その感情全部押し込んで、椿くんに興味がないふりをしているだけだ。だから、つまらなそうに見えてしまうんだ。

 でも、考えてみれば確かに自分に興味のない人と一緒にいたって、楽しいわけないよね。興味がない人は、普通は一緒にいたりしないんだし。あたしはそれを知っている。
 だって、あたしの周りには、今まで誰も寄り付かなかったから。誰も、あたしになんて興味を持ってくれなかった。そんな人が、あたしに興味もないのに突然近くに来られたら、不安になる。どうしようって困る。
 椿くんだって、理人先輩からの助言がなければ、あたしに声をかけたりしてこなかったはずだ。

 そうだよ。やっぱり、はじめから、こんなことやめればよかったんだ。
 あたしが嘘をついているから、みんなが嘘をついちゃうんだよ。

「……ごめんなさい、椿くん」

 あたしがバカだった。
 推しと少しでも近づけるかも。なんて考えてしまったばかりに、あたしだけが得をして、椿くんにはこんなふうに困らせたり謝らせたり、悪いことばかりさせてしまっている。

 推しには、いつも笑っていてほしいのに。

 もうやめよう。理人先輩にも、謝ろう。
 明日のダブルデートも行けない。
 あたしは、椿くんと一緒にいることが、嬉しいけど、つらいから。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

処理中です...