(アルファ版)新米薬師の診療録

織姫みかん

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Karte8: 風邪って他人にうつすと治るよね

第36話 不意打ち

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 アリサさんが薬草採集から戻ってきたのはそれからしばらくしてのこと。姿が見えない私を心配して部屋の前まで来てくれたけど、いまはアリサさんにも会いたくありません。
 「ソフィー殿、いるんだろ?」
 「…………」
 「エドと会いたくないのだろ? それならそれで構わないが少し話をしないか」
 「…………」
 「――ったく。返事くらいしないか。入るぞ」
 「勝手に入らないでください」
 「ちゃんと断りは入れた」
 部屋に入ってきたアリサさんは部屋の隅で膝を抱え込む私を見ると大きく溜息を吐いた。
 「横に座っても良いか」
 「…………」
 「その様子じゃ、エドと本気で喧嘩したのは初めてのようだな」
 「…………」
 「まったく。少しは何か言わないか」
 「アリサさんには関係ないです」
 「そんな訳あるか。話はエドから聞いた。今回はソフィー殿が悪いんじゃないのか?」
 「…………」
 「正直、アタシもソフィー殿の言動が少し心配になることがある。エドもそう思ったから言ったんじゃないのか」
 「…………」
 「ソフィー殿は薬師としては優秀かもしれない。だが少しばかり子供っぽいところがある」
 「アリサさん?」
 膝を抱え丸くなった私の頭をアリサさんがそっと撫でます。師匠以外の人に撫でられるのは初めてだけど、なんだかすごく温かくて荒れていた心が癒されるようだった。
「アタシはそんなソフィー殿も好きだが、もう少し大人になった方が良いんじゃないか?」
 「……はい」
 「なんだわかっているんじゃないか。それなら早く仲直りしたらどうだ?」
 「エド、怒ってました?」
 「凹んでたな。まぁ、エドも悪いところがあったようだしな。少し小言を言わせてもらったよ」
 「私、ちょっとエドのところに行ってきます」
 「まだ調薬室にいるはずだ。早く仲直りすると良い」
 「はいっ」
 そうだよ。もとをただせば私が悪いんだから自分で解決しなきゃ。立ち上がった私は部屋を出ると調薬室へ急いで向かいます。距離にして数メートル。だけど少しでも早くエドに謝りたい。その一心で廊下を走り、調薬室に繋がる扉を勢い良く開けました。
 「エド!」
 「ちょっ、なんだよ。どうした」
 「エド!」
 「だからなんだよ」
 「さっきはごめんなさいっ」
 「え? ああ。アリサさんだろ。俺もさっき小言言われた。喧嘩両成敗だってさ。ったく、ソフィーのせいだからな」
 「だ、だから謝ってるでしょ。エドは私のこと考えて言ってくれてたのに――本当にごめんなさい」
 「もういいって。俺もあの言い方は無かったよな。悪かった」
 「ほんとだよね。あれは無いよね」
 「おまえ、ほんとは反省してないだろ」
 「し、してるよ!」
 「まぁ別に良いけどさ。さっさと仕事に戻ってくれ。さっき樵の爺さんが来てたぞ」
 「あー、きっと腰痛の薬だね。あとで持って行くよ」
 「それから――」
 「なに?」
 あれ、もしかしてエドも調子悪いのかな。なんだか顔が赤い気がするけど大丈夫かな。
 「また風邪ひいた?」
 「なんでそうなるんだよ。一人が怖い時は言えよ。たまになら泊まってやっても良いからさ」
 「エドってツンデレ?」
 「なんでおまえはそうなんだよっ」
 「だ、だって改めてそう言われると恥ずかしいでしょ!」
 「一緒に暮らそうとか言ったやつがよく言うな」
 「悪かったわね」
 「とにかく、何かあれば言えよ。ソフィーが夜一人っていうのはやっぱ心配だから――ソフィー?」
 「な、なんでもないっ」
 なんでそんな不意打ちするのよ。エドってこういうとこあるよね。不意にそんなこと言われるとまともに顔見れなくなるじゃない。
 「往診行ってくるから店番お願いね」
 「お、おう。気を付けてな」
 「うん。行ってきます」
 調薬机の上に置いていた薬箱を手に調薬室を出る私。エドの横を通り過ぎる時に小さく「ありがとう」って呟いたけど、たぶん気付いてないね。その証拠に何か言ったかと聞き返すエドに「なんでもない」と答えて薬局を出る私。何も変わっていないようだけど、ほんの少しだけエドとの距離が近くなった気がした、そんな一日になりました。
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