19 / 92
甘い匂い(静留side)
しおりを挟む
久しぶりに日中を1人で過ごして、新しい曲の練習に身が入らず、静留は指が鈍らないようにひたすら基礎練習をして過ごした。
__…東弥さん、まだかな…。
弾き続けているうちに梨花が来て、シャワーを浴びるように言われてしまった。
じっと目を見て“お風呂入っておいで”、と東弥に指示される瞬間が、何故だかはわからないがとても心地良くて好きなのに。
__…ひとりは、さびしい…。
ここから出た時には東弥が帰っていて、一緒にご飯を食べてくれたらいいのに、と、シャワーを浴びながら静留は思う。
けれどシャワーを浴び終わって家の中を探しても結局東弥は帰っていなくて、雑に髪をタオルで拭い、静留はまたピアノの椅子に座った。
寂しさを紛らわせようと、思いついたメロディーをいくつか奏でてみる。
奏でているうちに少しずつ気が紛れて、少しして“ただいま”、という東弥の声が聞こえてきた。
__東弥さんだ。
弾く手を止め、東弥のもとへ駆けていく。
「お帰りなさい、西くん。」
彼は少し疲れた様子だったが、静留を見るといつものように温かく笑ってくれて。
それが嬉しくて、静留は衝動的に彼の身体に抱きついた。
抱きつく力を強くすると彼のにおいがより感じられて、いつまでもこのままでいたくなる。
しかし、いつも抱きしめ返してくれる腕は、やんわりと静留の身体を押し返した。
「シャワー浴びてくるから、静留はピアノを弾いて待っていてね。」
「えっ… 」
「すぐ戻るから。そうしたら髪も乾かそうね。」
__…どうして?きらわれた…?
押し退けられたことがショックで、静留はその理由を探し首を傾げる。
静留の様子を気にせずに、東弥はバスルームへ行ってしまった。
「…あまいにおい…。」
ふと、すれ違った彼から彼のものではない香りがして、静留は小さな胸の痛みを覚える。
その香りは、昔母が男の人と会うときにつけていたものに似ていて、そしてその香りを纏うとき、母は決まって静留を遠ざけたのだ。
東弥に身体を押し退けられたのは初めてで、彼がこの香りを纏っていたのも初めてで、その意味を考えると途端に怖くなる。
拒絶。その二文字しか、静留の頭には思い浮かばない。
そして理由は確定している。そもそも彼は静留と一緒にいてくれているだけなのだ。静留がかわいそうだから。それは朝からわかっていたことで。
洗面所のドアに近づくと、シャワーの音が聞こえる。
今静留と彼を隔てるのは、ここと浴室のドア、二枚だけ。
けれど、もうじき静留は彼に自分からは会えなくなってしまう。
自分はもともと1人だった。それを西弥に救ってもらって、2人になった。西弥が去ったあとは、東弥が2人にしてくれた。そしてこれから東弥が離れていったら、またひとりに戻るだけ。
__…それだけのこと…。
自分に言い聞かせる。
ドアの前で静留はいつのまにか、自分を抱え込むようにして床に座り込んでいた。
「…あれ、ピアノ弾いてなかったの?もしかして待っててくれた?」
バタン、と音がしてドアが開いて、スウェット姿になった東弥がそこから出てきた。
彼は静留を見て、太陽みたいに優しく笑む。
もう彼から、あの甘い香りはしない。
__…これからできなくなるから、いまだけ…。
温かい身体に擦り寄ると、今度は優しく抱きしめ返された。
「髪、乾かそうか?」
穏やかな声で尋ねられたが、静留はそれを拒絶する。
「…もうすこし、このまま…。」
風邪ひいちゃうよ?と彼ははじめ静留に言い聞かせたが、静留が何も言わず首を横に振っていると、黙ってまだ乾いていない髪を撫でてくれた。
せめておぼえていようと、彼の温もりを噛み締める。
西弥との時間が終わるなんて思ってもいなかったから、静留はこの優しい時間をただ享受していた。
でもこの時間は本当はいつ消えてもおかしくないもので、そうしたら静留にはピアノしか残らないわけで。
「そろそろ乾かそう?そしたらまたこうしていいから。」
「うん…。」
再び心配そうに言われて、静留は渋々彼から離れた。
そして、いい子、と頭を撫でられれて、寂しいのに幸せな、不思議な感覚に包まれたのだった。
「」
__…東弥さん、まだかな…。
弾き続けているうちに梨花が来て、シャワーを浴びるように言われてしまった。
じっと目を見て“お風呂入っておいで”、と東弥に指示される瞬間が、何故だかはわからないがとても心地良くて好きなのに。
__…ひとりは、さびしい…。
ここから出た時には東弥が帰っていて、一緒にご飯を食べてくれたらいいのに、と、シャワーを浴びながら静留は思う。
けれどシャワーを浴び終わって家の中を探しても結局東弥は帰っていなくて、雑に髪をタオルで拭い、静留はまたピアノの椅子に座った。
寂しさを紛らわせようと、思いついたメロディーをいくつか奏でてみる。
奏でているうちに少しずつ気が紛れて、少しして“ただいま”、という東弥の声が聞こえてきた。
__東弥さんだ。
弾く手を止め、東弥のもとへ駆けていく。
「お帰りなさい、西くん。」
彼は少し疲れた様子だったが、静留を見るといつものように温かく笑ってくれて。
それが嬉しくて、静留は衝動的に彼の身体に抱きついた。
抱きつく力を強くすると彼のにおいがより感じられて、いつまでもこのままでいたくなる。
しかし、いつも抱きしめ返してくれる腕は、やんわりと静留の身体を押し返した。
「シャワー浴びてくるから、静留はピアノを弾いて待っていてね。」
「えっ… 」
「すぐ戻るから。そうしたら髪も乾かそうね。」
__…どうして?きらわれた…?
押し退けられたことがショックで、静留はその理由を探し首を傾げる。
静留の様子を気にせずに、東弥はバスルームへ行ってしまった。
「…あまいにおい…。」
ふと、すれ違った彼から彼のものではない香りがして、静留は小さな胸の痛みを覚える。
その香りは、昔母が男の人と会うときにつけていたものに似ていて、そしてその香りを纏うとき、母は決まって静留を遠ざけたのだ。
東弥に身体を押し退けられたのは初めてで、彼がこの香りを纏っていたのも初めてで、その意味を考えると途端に怖くなる。
拒絶。その二文字しか、静留の頭には思い浮かばない。
そして理由は確定している。そもそも彼は静留と一緒にいてくれているだけなのだ。静留がかわいそうだから。それは朝からわかっていたことで。
洗面所のドアに近づくと、シャワーの音が聞こえる。
今静留と彼を隔てるのは、ここと浴室のドア、二枚だけ。
けれど、もうじき静留は彼に自分からは会えなくなってしまう。
自分はもともと1人だった。それを西弥に救ってもらって、2人になった。西弥が去ったあとは、東弥が2人にしてくれた。そしてこれから東弥が離れていったら、またひとりに戻るだけ。
__…それだけのこと…。
自分に言い聞かせる。
ドアの前で静留はいつのまにか、自分を抱え込むようにして床に座り込んでいた。
「…あれ、ピアノ弾いてなかったの?もしかして待っててくれた?」
バタン、と音がしてドアが開いて、スウェット姿になった東弥がそこから出てきた。
彼は静留を見て、太陽みたいに優しく笑む。
もう彼から、あの甘い香りはしない。
__…これからできなくなるから、いまだけ…。
温かい身体に擦り寄ると、今度は優しく抱きしめ返された。
「髪、乾かそうか?」
穏やかな声で尋ねられたが、静留はそれを拒絶する。
「…もうすこし、このまま…。」
風邪ひいちゃうよ?と彼ははじめ静留に言い聞かせたが、静留が何も言わず首を横に振っていると、黙ってまだ乾いていない髪を撫でてくれた。
せめておぼえていようと、彼の温もりを噛み締める。
西弥との時間が終わるなんて思ってもいなかったから、静留はこの優しい時間をただ享受していた。
でもこの時間は本当はいつ消えてもおかしくないもので、そうしたら静留にはピアノしか残らないわけで。
「そろそろ乾かそう?そしたらまたこうしていいから。」
「うん…。」
再び心配そうに言われて、静留は渋々彼から離れた。
そして、いい子、と頭を撫でられれて、寂しいのに幸せな、不思議な感覚に包まれたのだった。
「」
0
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
世界で一番優しいKNEELをあなたに
珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。
Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。
抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。
しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。
※Dom/Subユニバース独自設定有り
※やんわりモブレ有り
※Usual✕Sub
※ダイナミクスの変異あり
Dom/Subユニバース読み切り【嘉島天馬×雨ケ谷颯太】
朝比奈*文字書き
BL
🖤 Dom/Subユニバース
毎週日曜日21時更新!
嘉島天馬(クーデレ・執着Dom)× 雨ケ谷颯太(ワンコ系・甘えんぼSubよりSwitch)
読み切り単話シリーズ。命令に溺れ、甘やかされ、とろけてゆく。
支配と愛情が交錯する、ふたりだけの濃密な関係を描いています。
あらすじは各小説に記載してあります。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる