朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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第二部

夏祭り(東弥sida)

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「…これは?」

滅多に鳴らないチャイムが鳴って外に出ると、ドアの前には谷津が立っていて、挨拶を述べるより先に手に持った袋を東弥に押し付けてきた。

「えっとね、浴衣!静留君に似合いそうだなって2人で話してて、そしたら明日夏祭りだから渡してこいってまきちゃんが!だから車でここまで連れてきてもらったんだー!」

言われて袋の中を覗き込むと、白地に水色の模様が入った涼しげな浴衣と紫色の兵児帯が入っている。

着付けの本や着付けのために必要な帯ひも、帯板等までもが入っており、その周到さに東弥は唖然としてしまった。

__ていうかこれ、女物じゃ…。

ここまで来てもらって悪いが丁寧に断りを入れよう。

そう思って口を開いた矢先、たたっと後ろから軽い足音が響いてきた。

「東…谷津さん?」

足音の主は静留で、ドアからひょっこり顔を出したかと思うと、東弥の瞳を不思議そうに覗き込んでくる。

「静留。谷津は俺に用事だから、中に入って少し待っててね。」

そう言って静留を家の中に帰そうとしたが、言い終わるより先に静留は東弥が持っている荷物に目をやり、目をキラキラさせ始めた。

「きれい…。」

「それ着て明日のお祭りに東弥と行ったら、きっとたのしいと思うよ!」

谷津の言葉に、静留の瞳はさらに輝く。

「じゃっ、夏祭り楽しんでね!ばいばい!」

「なっ… 」

谷津があまりに颯爽と去っていったので、東弥は何を言うこともできなかったのだった。

…というのが、昨日の話である。






「すずしくて、きれい。」

東弥が浴衣を着付け終えた後、姿見の前でくるりと回って見せた静留の姿は実に美しく、その振る舞いはとても愛らしかった。

きめ細やかな肌の白は浴衣の白にも劣らず、むしろ透明感が強調されて見えて、一層美しく映る。

覗くうなじや白い手足もまた…

「東弥さん…?にあわないかな…。」

思わず口を押さえ見惚れていると、静留がしゅんとした声をあげた。

「ごめん。似合いすぎて見惚れちゃった。」

似合わないなんてそんなわけがない。

慌てて否定すると、静留は心配そうに東弥の瞳を覗き込む。

「ほんとう?」

「うん、本当だよ。髪飾りもつけようか。」

「うん!」

__かわいい…。

屈託のない笑顔に思わず彼の身体を抱きしめたくなったが、そうしたら着付けが崩れてしまう。

かろうじて衝動を抑え静留の髪をブラシで梳かしていくと、彼は気持ち良さそうに目を細めた。

さらさらの黒髪はあまりに指通りが良くてまとめてもすとんと落ちてきてしまうため、結ばずに耳の横に髪飾りを添える。

「できたよ。」

言うと、静留は嬉しそうに東弥を見上げた。

帯と同じ色の紫色の花飾りがまたよく似合っていて、余計に美しさが強調されている。

「じゃあおまつり、いこう?」

そのまま静留の淡い唇が紡いで、東弥はぐっと言葉に詰まった。

こんな姿で外に出たら確実に女の子と間違えられるし、そればかりか美人すぎて周囲の注目を集めてしまう…。

「お祭りは人混みが多いから疲れちゃうんじゃないかな?苦手でしょう?」

流石に可愛すぎて外に出したくないなどとは言えないので、大人がないと思いながらもとりあえずもっともらしい理由をつけてみる。

「んー…。でも、東弥さんとならだいじょうぶ!」

「たくさん人がいたら逸れちゃうかもしれないよ?」

「手、つなぐから、絶対はなれないもん。」

「…でも… 」

何を言っても状況は変わらない上に、こんなに嬉しいことを立て続けに言われたら何も言い返せなくなってしまう。

「僕とおまつり、行くのいや…?きょねんはサークルで行ったって言ってた…。」

極め付けに片頬を膨らませて涙目で言われたら、もうダメだった。

「静留と行くのが一番楽しいよ。」

着崩れないように加減しながら抱きしめ、あやすように言ってやると、静留は柔らかに笑んで。

ここまできたら楽しむしかないので、東弥は自らも浴衣に着替え始めた。







下駄など初めて履いたのだろう。今日の静留はよく躓く。

彼がこけないように強く手をつなぎながら屋台の間を歩いていくと、静留がふと足を止めた。

ぱっちり開いた大きな瞳が見つめる先には、クマの形をした水色のべっこう飴が売られている。

「あれ欲しい?」

「うん。どうしてわかったの?まほう?」

東弥を見上げ、静留は不思議そうに首を傾げた。

「そうかもね。」

魔法だなんて、愛らしすぎて口元が綻んでしまう。

繋いでいない方の手でそっと頭を撫でてやると、静留は気持ちよさそうに目を細めて、優しく笑んだ。

「これください。」

静留と手を繋いで屋台の前まで行き、支払いをするその一瞬だけ繋いでいた手を離し、お金を渡すとすぐにまた繋ぎ直す。

静留も静留で手が離れるとすぐに不安そうな顔をするものだから、愛おしくてたまらない。

「はいよー。…ん、これはまたべっぴんな嬢ちゃんだな。おまけにこれもどうぞ。」

応対したのは気の良さそうなおじさんで、にこにこしながらべっこう飴と真っ赤な苺飴を静留に差し出してくれる。

「きれい…。」

静留は彼の持つ苺飴に視線を合わせ、じっと見つめ始めた。

飴を持った彼の顔がだんだんぼうっと赤くなる。

__そうだ、この子は無自覚に人をたらすから…。

「ありがとうございます。静留行こう?」

東弥は口だけ笑って礼を述べ、2つの飴をさっさと受け取ると静留の手を引きその場を離れた。

他にもたこ焼きと綿あめを買い、すぐに手が塞がってしまう。

__どこか座るところは…

どこもかしこも人が溢れかえっていて静留の手を離すのは心配だ。かと言って片手では食べることができないし、できれば座りたい。

「あの、ここどうぞ!私たちそろそろ行こうと思っていたので。」

ダメ元で2人がけのベンチのところを歩いていると、突然2人組の女の子に声をかけられた。

「ああ、本当?ありがとう。すごく助かるよ。静留、そこ座って。」

礼を述べありがたく座らせてもらう。

彼女たちはなぜか少し顔を赤らめ、楽しげに話しながら去っていった。

“びっくりしたー!すごい美形。”
“ねー!モデルさんかな?芸能人だったり!”
“もしかしたらそうかも!きゃーっ!”

彼女たちの会話を聞いて東弥はこの暑いのに寒気を覚える。

__男性はおろか、女子ですら惹きつけてしまうだなんて…女物の浴衣なのに…。

ちなみに彼女達が言っていたのは東弥のことなのだが、その可能性を考える脳は残念ながら今の彼にはない。

「東弥さん…?」

東弥の心配などつゆしらない静留は東弥の様子をじっと伺っていた。







「ああごめん、これとこれ、どっちが食べたい?」

わたあめは汚れてしまう未来しか見えないので、べっこう飴と苺飴、たこ焼きを静留の前に差し出す。

「東弥さんはどれがすき?」

「たこ焼きかな。」

「じゃあそれ!」

躊躇なく“東弥が好きなもの”と言うから、ぐっとくるものがある。東弥は火傷しないように充分息を吹きかけて冷ましてから、割り箸で静留の口元までたこ焼きを持っていった。

「口開けて。」

少しglareを放ちながら言う。

静留は大きな瞳をさらに大きく開き、ぱちぱちと瞬かせたあと唇を開いた。

「それだと汚れちゃうから…そうそう。」

唇の開きが小さすぎたので指でもう少し広げてやってから静留の口にそれを入れる。

「んっ… 」

何もいけないことをしているわけではないのに、静留が顔を真っ赤にして色っぽい声を漏らすから東弥まで顔が熱くなってしまった。

しかしそのあと咀嚼を繰り返し、静留は目をキラキラと輝かせて。

「おいひい。」

片方の頬を膨らませながら頬に手を当て、くしゃりと笑みを溢した。

__可愛い…。

こんなふうにされたら早く家に帰って抱きしめて口付けたくなってしまう。

複雑な思いを抱えながら自らもたこ焼きを口に含むと確かに美味しい。

__あの屋台は覚えておこう。

“お化け屋敷最高だったねー!”
“今年は例年以上に楽しかったね!クオリティも高くてさー。”
“カップルだったら絶対行くべきスポットだよね!!”
“生憎私たちにはいないけどね… ”

祭囃子に混じって、いろいろな声が聞こえてくる。

たこ焼きを食べ終え水色のべっこう飴を舌先で器用に舐めていた静留が、ふと東弥の袖を引いたかと思うとねだるようにじっと瞳を覗き込んできた。

「どうしたの?」

そのあどけない仕草には、自然と笑みが溢れる。…が、しかし。

「おばけやしき…?いきたい。」

静留の紡いだ内容を聞き、額に冷や汗が浮かんだ。

「いやそれは…そうだね、俺も行きたいから行こうか。でも並んでいる最中で無理だと思ったら必ず言ってね?」

怖くて泣くに決まっている。この夏祭りで開催されるお化け屋敷はいつも決まってすごく怖いらしいのに、今年はさらにクオリティーが高いらしい。

しかし否定しようとすると静留がショックそうな表情を浮かべるため、東弥はいとも簡単に首を縦に振ったのだった。






お化け屋敷の中は当然暗く、そのうえところどころ火の玉を模した青白い電飾が吊るされている。

静留は中に入った途端に身を縮こまらせ、目を瞑った状態で東弥にぎゅっとしがみついてきた。

「くらい…。」

怯えた声で静留が紡ぐ。

だから止めようと思ったんだ、と考えながら、密着してくる様子が可愛らしいので東弥はそれを喜んでしまう。

「静留、目を閉じたら前が見えないでしょう?俺の方を見ていていいから、せめて目を開けようね。」

優しく言い聞かせると、震える目蓋がゆっくりと開いて。

「とうやさん… 」

潤んだ瞳が東弥を見つめた。

__とりあえずリタイアさせてもらおう。

東弥はそう思い辺りを見回してスタッフを探す。

しかし探し終えるより先に前方から足音が聞こえてきた。

「…あなたの右腕、頂戴…。 」

おぞましい声の主はパジャマを着た顔面血だらけの女の子で、右腕がなくなっている。

おまけに特殊メイクで片目が飛び出ているので、東弥もそのグロさには流石に引いた。

__これは泣くな…。

おぶって帰ろうと考えながら静留の方を見ると、しかし彼は全く泣いていないどころか、むしろ女の子に手を伸ばしていた。

「いたい…?」

酷く心配そうなあどけない声で紡がれた言葉を、東弥は一瞬変換できなかった。

それはお化け役の彼女の方も同じようで、彼女は固まって言葉に詰まっている。

静留はお構いなしに彼女に手を伸ばし、その左手を両手で優しく包み込んだ。

「けがしてるの、いたい?僕になにかできる…?」

全く怖がる様子もなく、本気で心配している。

そんなところも可愛いが、東弥の方を見て助けを求めている(特殊メイクのせいで睨み付けているように見えるが多分違う)お化けには心の底から同情した。

「静留のピアノを聴いたら、痛いの少しは治るかもしれないね。」

「そうかな…?」

「そうですよね。」

東弥の問いかけにうんうんと頷くお化け。

静留はそれを見て、“そっか”、と優しく笑みを浮かべる。

「さっ、俺たちはそろそろ行かなくちゃ。他のお見舞いしたい人が来れなくなっちゃうよ。」

「そうだね。」

それから静留は最初の震えが嘘だったかのように怪我をしたお化けや泣いている人形を見てはかわいそうがり、あまりに予想外のその行動に東弥はただただ驚いていた。

ちなみにお化け屋敷を出た途端に静留は出口の段差につまずいて、下駄の鼻緒が切れ、東弥におぶわれながら帰る羽目になったというオチつきである。
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