壊れた空に白鳥は哭く

沈丁花

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アランの過去

もしも世界に抗えるなら。

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今、彼の遺体を前に再び考える。

子孫を残せない分、アランは人の命を救うことに何よりも生きがいを感じてきた。でもそれは、自分にしかできないことなのかとふと思う。

薬の開発も、手術に使う医療機器の開発や手術の手法の研究も、たくさん携わってきた。しかし、それはいつか自分でない人が成し遂げる成果かもしれない。

もしも、罪に手を染めたとしても、彼のような人を救えるなら、それは、今自分にしかできないことに近い気がする。

ならば、その道を歩みたい。


現在の問題は、Ωが劣等種として扱われている、と言うことだ。そしてそれはヒートのせいであると断言してもいいだろう。

現在の抑制剤では、残念ながらほとんど発情自体を抑えることはできない。

と言うのも現在の抑制剤の働きは放出されるフェロモンを抑えることがメインで、ヒートによる発情を抑えることに重きが置かれていないからだ。

そして、アランは薄々気づいていた。最先端の研究を用いれば、十分発情自体を抑えることも可能なのだ。

おそらく抑制剤の研究をβの研究施設に任せ、フェロモンの放出を抑えることのみに焦点を置かせているのは、意図的に行われていることだ。

劣等種と言う存在を作ることで社会の均衡が保たれる、という上層部の考えだろう。この国はその社会構造に慣れすぎた。

ここから脱け出そう、と強く思う。

今の理不尽な考え方を、少しでも壊せるように。



その後、アランはノエルと他の研究員の力を借り、研究施設を脱出した。

その作戦は一歩間違えれば死に至る、危険なもので、それでもアランは後悔したくなくて実行したのだった。

毒にはプラスとマイナスがあり、両者は拮抗する。例えばトリカブトとフグ毒。

もしも完全に打ち消しあうように調合したのなら、その毒を含んだあと一旦身体が仮死状態になり、そして再び毒が中和されたあと動くことができるようになる。

アランはそれを含み、仮死状態の身体を他人に検死させ、そして同僚の力を借りて霊安室から身がばれないように逃がしてもらったのだった。

きっと施設では大混乱が起きたことだろう。

アランとは縁もゆかりもない、何かの罪で処刑されたΩの身体をアランの遺体の代わりとして、葬儀が行われたと聞く。

そして、ノエルの兄、ジャックの働いている研究室にアランは所属させてもらうことになった。

その葬儀が行われたのが、ちょうど一年前の出来事だった。
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