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アランの過去
アランの生い立ちと、あるΩとの出会い。
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国内トップの大規模研究施設、シリウス。
研究者なら誰もが憧れるこの施設の中、提供されたエリートαの精子と卵子を人工授精させできた卵は、代理母の胎内で育ち、生を受けた。
それもただのエリートというわけではなく、その2人の遺伝子の組み合わせは、計算上ではさらなる天才を生み出すと予想されている。
さらにその卵にさらに大脳が発達するようにと遺伝子操作が施された。
その中の1人が、アラン・クロフォードである。
金色の美しい髪と深い青を宿した瞳。
聡明で美しい相貌の彼は、施された最新の教育をすぐに理解し、17の頃にはすでに自らの研究室を持つほどまでに成長した。
彼は同様に生を受けた他のαよりも遥かに速く研究の成果を上げ、また医師としての腕も相当なものである。
αであるのに傲らず誰にでも優しい彼は、施設の中で最もと言って良いほど好かれた。
しかし、彼はその異常なまでの発達の代償に、ある犠牲を払っている。それは、彼が自分を計測対象とした際に偶然気づいたことであり、アラン以外の人間は誰も知らない。
アランには生殖能力がない。発情しないだとか、性的に不能であるわけではない。ただ、性的快楽を伴って自分が出した液体の中に、精子が含まれていなかった。
通常男性とαの女性は生まれた時から精子を精巣に持っていて、年とともにその数が減衰していく。この年で全くないというのは、異常なことだ。
自分に子孫を残す力がないと知った時、α、β、Ωなどの性別以前に、自分は人間として欠陥品だと感じた。
もともと第2性に偏見がない分、むしろ研究室の部下であり友人の、ノエルが自分より輝いて思える。
彼はβだが、研究熱心で才能もあり、その遺伝子を後世に残すこともできるから、自分よりずっと価値があるのではないか。
そんなことを、心のどこかで考えていた、ある日のこと。
それが今目の前で死が確認された彼と、アラン・クロフォードの、忘れることない一度きりの出会いだった。
ガタガタと大きなノックの音がして、居室(研究する人の職員室のような場所。実験室は別にある。)内はざわついている。
「今日、荷物の運搬とかあったっけ?」
「…いや、なかったはず… 」
ノエルにそう問われ考えるが、特に大きな機械を注文した覚えもなく、来客の予定も思い当たらない。
「アランさん開けてきてよ 」
「…一応モニターを確認してからな…。」
苦笑しながらモニターを覗くと、アランは見慣れぬ光景に首を傾げた。
「…掃除用具?」
掃除用具を持ったアランと同じ歳くらいの男性が1人、モニターをウズウズとした様子で覗き込んでいる。
ややかわいらしい寄りの、至って平凡な顔立ちの男だ。
片手にはモップとコードレス掃除機、もう片手にはモップ用のバケツと雑巾、はたきなどを持っており、ともかく両手がいっぱいで、どうやってノックをしたのかと疑問に思うほどだ。
「え、清掃員の人は俺らがいない時にくるんじゃなかった?アランさん。」
「そうだと思うが… でもまあ、ここ最近俺が泊りがけだったから確かに… 」
アランはそう言って居室の周りを見渡した。
机の上は綺麗にしてある。空気清浄機も入っている。ごみも外に捨てるように指示しているが、何が問題かといえば、床である。
「そうだね…。」
ノエルの反応に続き、室内のメンバー全員がうんうんと頷く。
「各自、一旦昼にでも行ってきてほしい。
お待たせして申し訳ない。清掃お願いします。」
モニターを確認してからも色々やり取りをしたから、ノックをしてから5分以上も待たせてしまったと、侘びを述べながらアランはドアを開く。ちなみにアラン以外のメンバーは机の上に資料を置き、そのまま外へ出て行った。
アランの言葉を聞いた清掃員は目をこれでもかというほど丸くして驚いた。しばらくの沈黙の後、作り笑いを浮かべた彼がゆっくりと口を開く。
「…Ωの僕を待たせたくらいで、謝ることなんてないですよ?
あ、入りますね。」
彼の話に違和感を覚えた。
Ωの僕を待たせたくらいで…と彼は言ったが、時間と第2性は関係ない。5分は誰にでも同様の時間なのだ。それに違う価値を与えることなどあり得ない。
しかしそういえばアランは研究室で生まれ育ち、ほとんど外に出たことがない。故に第2性による差別などは知識として以外は知らず、記憶に残る限りΩと話したのは初めてだ。
Ωとはこうも腰を低くして生きなければならないのかと、疑問に思う。目の前の彼はどう見ても自分と同じ種族なのに。
彼は機器に注意しつつも手際よく清掃を終え、床は先ほどとは見違えるほどに綺麗になった。
「ありがとう。綺麗になった。
…どうした?」
いきなり立ち止まった彼の目は、アランの机の上に釘付けになっていた。
トントンと肩を叩くと、彼は右上を向いて何か考えるように空をあおいでから、アランに向かって微笑みかけた。
先ほどの無理したように笑った笑みより、ずっと自然な笑みで。
「…臨床実験、いい結果ですね。おめでとうございます。」
耳を疑った。この薬はかなり最新のもので、今やっと臨床段階だ。この病について相当調べているか、その道の権威でない限り辿り着くことはないだろう。
「あの… 」
戸惑いを隠せず、なんと返していいかわからない。アランの様子を見て彼はすみません、と意味のわからない謝罪を告げた。
「僕の家系は、この遺伝病があるんです。2年前、突然の心臓発作で姉を亡くしました。父もそのずっと前に…。
姉はβだったから、いろいろ調べて、この薬がもう少し早く試すことができたらと思っていたんですよ。それだけです。」
「では、君も…?」
ある日いきなり正体不明の心臓発作を起こす病。遺伝子にある配列が含まれていることが原因だと、アランが突き止めたものだ。
遺伝病だとしたら、彼もその病を持っている可能性が高い。
「ええ。でも僕はΩなので。
失礼しました。」
それからしばらく、アランの頭の中には切なく笑って出ていった彼の表情が、まとわりついて離れなかった。
研究者なら誰もが憧れるこの施設の中、提供されたエリートαの精子と卵子を人工授精させできた卵は、代理母の胎内で育ち、生を受けた。
それもただのエリートというわけではなく、その2人の遺伝子の組み合わせは、計算上ではさらなる天才を生み出すと予想されている。
さらにその卵にさらに大脳が発達するようにと遺伝子操作が施された。
その中の1人が、アラン・クロフォードである。
金色の美しい髪と深い青を宿した瞳。
聡明で美しい相貌の彼は、施された最新の教育をすぐに理解し、17の頃にはすでに自らの研究室を持つほどまでに成長した。
彼は同様に生を受けた他のαよりも遥かに速く研究の成果を上げ、また医師としての腕も相当なものである。
αであるのに傲らず誰にでも優しい彼は、施設の中で最もと言って良いほど好かれた。
しかし、彼はその異常なまでの発達の代償に、ある犠牲を払っている。それは、彼が自分を計測対象とした際に偶然気づいたことであり、アラン以外の人間は誰も知らない。
アランには生殖能力がない。発情しないだとか、性的に不能であるわけではない。ただ、性的快楽を伴って自分が出した液体の中に、精子が含まれていなかった。
通常男性とαの女性は生まれた時から精子を精巣に持っていて、年とともにその数が減衰していく。この年で全くないというのは、異常なことだ。
自分に子孫を残す力がないと知った時、α、β、Ωなどの性別以前に、自分は人間として欠陥品だと感じた。
もともと第2性に偏見がない分、むしろ研究室の部下であり友人の、ノエルが自分より輝いて思える。
彼はβだが、研究熱心で才能もあり、その遺伝子を後世に残すこともできるから、自分よりずっと価値があるのではないか。
そんなことを、心のどこかで考えていた、ある日のこと。
それが今目の前で死が確認された彼と、アラン・クロフォードの、忘れることない一度きりの出会いだった。
ガタガタと大きなノックの音がして、居室(研究する人の職員室のような場所。実験室は別にある。)内はざわついている。
「今日、荷物の運搬とかあったっけ?」
「…いや、なかったはず… 」
ノエルにそう問われ考えるが、特に大きな機械を注文した覚えもなく、来客の予定も思い当たらない。
「アランさん開けてきてよ 」
「…一応モニターを確認してからな…。」
苦笑しながらモニターを覗くと、アランは見慣れぬ光景に首を傾げた。
「…掃除用具?」
掃除用具を持ったアランと同じ歳くらいの男性が1人、モニターをウズウズとした様子で覗き込んでいる。
ややかわいらしい寄りの、至って平凡な顔立ちの男だ。
片手にはモップとコードレス掃除機、もう片手にはモップ用のバケツと雑巾、はたきなどを持っており、ともかく両手がいっぱいで、どうやってノックをしたのかと疑問に思うほどだ。
「え、清掃員の人は俺らがいない時にくるんじゃなかった?アランさん。」
「そうだと思うが… でもまあ、ここ最近俺が泊りがけだったから確かに… 」
アランはそう言って居室の周りを見渡した。
机の上は綺麗にしてある。空気清浄機も入っている。ごみも外に捨てるように指示しているが、何が問題かといえば、床である。
「そうだね…。」
ノエルの反応に続き、室内のメンバー全員がうんうんと頷く。
「各自、一旦昼にでも行ってきてほしい。
お待たせして申し訳ない。清掃お願いします。」
モニターを確認してからも色々やり取りをしたから、ノックをしてから5分以上も待たせてしまったと、侘びを述べながらアランはドアを開く。ちなみにアラン以外のメンバーは机の上に資料を置き、そのまま外へ出て行った。
アランの言葉を聞いた清掃員は目をこれでもかというほど丸くして驚いた。しばらくの沈黙の後、作り笑いを浮かべた彼がゆっくりと口を開く。
「…Ωの僕を待たせたくらいで、謝ることなんてないですよ?
あ、入りますね。」
彼の話に違和感を覚えた。
Ωの僕を待たせたくらいで…と彼は言ったが、時間と第2性は関係ない。5分は誰にでも同様の時間なのだ。それに違う価値を与えることなどあり得ない。
しかしそういえばアランは研究室で生まれ育ち、ほとんど外に出たことがない。故に第2性による差別などは知識として以外は知らず、記憶に残る限りΩと話したのは初めてだ。
Ωとはこうも腰を低くして生きなければならないのかと、疑問に思う。目の前の彼はどう見ても自分と同じ種族なのに。
彼は機器に注意しつつも手際よく清掃を終え、床は先ほどとは見違えるほどに綺麗になった。
「ありがとう。綺麗になった。
…どうした?」
いきなり立ち止まった彼の目は、アランの机の上に釘付けになっていた。
トントンと肩を叩くと、彼は右上を向いて何か考えるように空をあおいでから、アランに向かって微笑みかけた。
先ほどの無理したように笑った笑みより、ずっと自然な笑みで。
「…臨床実験、いい結果ですね。おめでとうございます。」
耳を疑った。この薬はかなり最新のもので、今やっと臨床段階だ。この病について相当調べているか、その道の権威でない限り辿り着くことはないだろう。
「あの… 」
戸惑いを隠せず、なんと返していいかわからない。アランの様子を見て彼はすみません、と意味のわからない謝罪を告げた。
「僕の家系は、この遺伝病があるんです。2年前、突然の心臓発作で姉を亡くしました。父もそのずっと前に…。
姉はβだったから、いろいろ調べて、この薬がもう少し早く試すことができたらと思っていたんですよ。それだけです。」
「では、君も…?」
ある日いきなり正体不明の心臓発作を起こす病。遺伝子にある配列が含まれていることが原因だと、アランが突き止めたものだ。
遺伝病だとしたら、彼もその病を持っている可能性が高い。
「ええ。でも僕はΩなので。
失礼しました。」
それからしばらく、アランの頭の中には切なく笑って出ていった彼の表情が、まとわりついて離れなかった。
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旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
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