壊れた空に白鳥は哭く

沈丁花

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アランの過去

理不尽な世界

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疲れ果ててベッドに横たわるアルの黒髪を、アランは優しく手でなぞっていった。

…誰かを助けたかった、とアルに言った、その言葉は事実だ。でも、それには少しだけ、不足がある。

正確には、Ωの誰かを、助けたかった。理由は自分が出来なかったことを償うための、ただの自己満足。

彼を助けたことに後悔はない。

彼の表情は読みにくいが、ふとした瞬間幼い笑みを浮かべることがある。

自分の助けたΩが生き、そして幸せそうに生活を送っていることは、何よりの喜びだ。

ただ、1つを除いては。

運命の番、というものがある。これは、遺伝子的に互いのフェロモンに強烈に引き合うΩとαの関係のことをいう。

普通に生活をしていて、会う確率はとてつもなく低い。αはα、ΩはΩの中で育つのが主で、さらにこの世界に1人いるかいないかの存在なのだ。

目の前の彼、アルは自分のそれだ。

一般には出会えたことを喜ぶべきであろう。しかし、アランにはそれが出来ない理由があった。

床に転がった錠剤を見る。アルがヒートになって自分にすがってきたとき、反射的に多量に含んだものだ。

これは、α用の抑制剤。副作用として、飲めば精子に悪影響をきたすことから、世に出てはいない。

自分はそれを、のんでもなんら悪影響を受けない。もともとないからだ。

そして、そんな自分と運命の番だなんて、なんて悲しい運命なのだろう。

だから、アランは自分を理性で抑制し、彼と交わることをしなかったのだ。

つうっとほおを生温かい液体が伝い、何かと思ったら涙だった。拭った際に時計の日付が見え、その数字が自分には印象深くて。

そういえばもう、この世界で自分が死んだことになってから、1年も経ったのか、と、目を瞑り過去のことを思い返す。






この世界には、男、女のそれぞれにα、β、Ωという第2性がある。そしてその性が社会的地位を左右することは、暗黙の了解だ。

医療に関して、この国には4つの研究室がある。そのうち3つは主にα用、1つはβ用。

ごく稀に天才的な頭脳を持ったβが発展的な研究のためにα用に行き、成果を上げてβの施設にその知識を持ち帰ることがある。

社会を統制し、成功を約束されたα。主にαの下につき、普通の生活が保障されたβ。

そしてΩについて。

Ωはヒートという発情期を持ち、その厄介な体質から劣等種とされ差別の対象だ。

ただし男性、女性ともに妊娠可能なΩの人口は少なくない。だからΩの人口を減らすべく、国はある残酷な制度を定めた。

医療によるΩの延命、救命を禁じる、と。

はじめこそ反対運動が起こったものの、今ではそれも当たり前のように受け入れられ、Ωに対し医療を施すこと自体が今では罪になりつつある。

もう誰も、そのことに疑問を唱えない。αはもちろん、β、Ωでさえも。空気のように当たり前の、この世界に存在するルールなのだ。

首都アトライアの最先端研究施設、シリウス。その中でアランは目の前の知り合いの遺体を確認しながら、世の中の制度に疑問を抱いていた。

「…心音、呼吸停止。合わせて対光反射の消失、瞳孔の散大を確認。

21時30分。

ご臨終です」

言い終わった後のアランの気持ちを言葉で言い表すなら、空虚の二文字だった。

泣いたって彼が生き返るわけではない。自分が彼に何もしてやれなかった事実も変わらない。



ただ、現実があるだけだ。
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