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危険な任務と思い人②
学会1日目
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起きた時に鼻をくすぐった甘やかな香りに、アルは心地よい充足感を覚えた。
やっぱりだ。不思議と彼と共にいると、自分の中のひとつだけかけたパズルのピースがぴったりと埋まったような気がする。
「おはよう 」
「おはようございます」
低く甘い声とともに覗くその美しい横顔に、アルは見惚れてしまう。聡明な青い瞳に煌びやかな金の髪。相変わらず彫刻品のように美しい。
つい想像してしまう。将来毎朝この光景を目にする人は、どれほど幸せなのだろうと。アルには夢のような話に思えた。
朝はトーストにバターを塗り、サラダと一緒に食べる。もちろん抑制剤も一緒に。
今自分たちが観察されているのかどうかはわからないが、最悪の場合を念頭に、2人はごく自然な朝を演出するように心がけた。
「ああ、俺がやります 」
「皿くらい洗わせて欲しい。 」
「…わかりました。では俺は準備をしてきます。」
もちろん、それらは声に出しているだけで、スマホでの筆談で主なやりとりを進めていた。
‘エントランスには9時半ぴったりに行くことができるようにしましょう。荷物は予めしっかりまとめておいてください’
こくり、彼が頷く。
‘時計の時刻を照合しましょう。確認させていただいても?’
打ちながら、彼に自分の時計を見せる。彼も洗い物の手を止め、洗剤を流すと左手をアルに差し出した。
水に濡れた綺麗な手。大きいが指が長くしなやかで、陶器のように美しい。手だけとってもアルを激しく魅了する。
二つの時計は秒針までぴったりと同じリズムを刻んでいた。
‘ありがとうございます、もう大丈夫です。’
そう告げるとアルはコンタクトを嵌めるために洗面台へと向かった。
鏡に映る自分の姿をやはり好きにはなれないが、アランを護れるこの立場だけは、誇ることができる。併せてスーツに着替え、目立たないように黒いタイを締めた。
おそらく発表日までは何もないだろうとヨルからメッセージは来ていたが、油断は禁物。
こんこん、バスルームのドアがノックされ、どうぞと答えるとアランが入ってきた。手には色々なものを持っている。
容姿を偽る為だろう。
アルは黙ってその場を立ち去り、手荷物をまとめ始める。全ての荷物を簡単にまとめ終わり、気づけば、ヴィクターからメッセージが入っていた。
暗号化されていないメッセージに、一瞬アルは首を傾げる。
‘昨夜はちゃんと寝れたか?’
‘それなりにぐっすりと。’
‘しっかり休めたようで良かった。またあとで。’
…なるほど、ただ心配してくれただけだったのか。
「メッセージ?なんて?」
「ああ、昨日よく眠れたかと聞かれました。」
別人を装った彼がアルのスマホを覗き込み、中身が暗号化されてないことに気づいたのか声に出して問いかけてきた。
アルはその姿を見て勿体無いと思う。あれほどまでの美しさを、隠さなければならないなんて。
「そうか。よく眠れたか?」
「ええ。とても。」
本当は少し眠るまでに手間取った。というのも、アランの香りが媚薬のようにアルを刺激して、自然と自己処理を誘発したからである。
ゆえに、昨夜一度だけトイレに入って処理を済ませた。
もうずっとしていなかったから液体からはひどく濃厚な臭いがして、消臭剤をこれでもかというほどかけたのは秘密である。
そこからは任務中にそんなことをすることへの罪悪感に悶々としていたが、しばらくすると疲れたのか案外すぐに眠ってしまった。
時計に目をやる。
針は午前9時29分を示していた。
‘行きましょう’
合図をすると、こくり、と彼が頷く。コンタクト越しに覗く二つの瞳はわずかに怯えていて。
「俺がついているから大丈夫です」
なんて言葉を、アルは震える声で言い聞かせる。
「頼もしいな 」
ふっ、と笑った彼の瞳は、もう怯えを宿していなかった。
エントランスに着くと、見たことのないスーツ姿の男性がアルに向かってふわりと微笑んだ。隣にヴィクターがいることから、彼がもう1人のクライアントだと見て取れる。
「ジャック・ヴァーノンさんですね。アル・ギリアムと申します、よろしくお願いします。」
「ああ、そんなかしこまらないで。私はルシアン君のように大した者ではないから。」
口調こそ古くさい(失礼)が、苦笑いしながら遠慮がちに二本の手を振る姿はなんとも幼く感じられる。と言うより容姿も30行っているのかいないのか、程度の若さだ。
「そんな、俺がジャックさんの研究室に押しかけてお世話になっているんですから。」
アランが慌てて訂正する。その姿もなんだか少し幼く映った。
「いやいや、世話になっているのは私の方だよ。仕事も早くて発想もいい。
この才能を私のところに留めておくなんてもったいない。十分シリウスでやっていける実力だ。」
「やめてください。恐れ多い。」
「いやいや。」
ごほん、とヴィクターが咳払いをし、2人の会話が止まる。
「さあ、行きましょう。」
エレベーターを降りると、ヨルの車にアランとアルが、ヴィクターの車にジャックが案内される。
「スピードを出しすぎるなよ。」
「アトライアの中でスピ反したりしねーよ!」
「シャウラでもちゃんと守れ。」
乗り込む直前、ヴィクターとヨルの会話にアルはやれやれとため息をつき、ばたん、と大げさな音を立ててドアを閉めた。
やっぱりだ。不思議と彼と共にいると、自分の中のひとつだけかけたパズルのピースがぴったりと埋まったような気がする。
「おはよう 」
「おはようございます」
低く甘い声とともに覗くその美しい横顔に、アルは見惚れてしまう。聡明な青い瞳に煌びやかな金の髪。相変わらず彫刻品のように美しい。
つい想像してしまう。将来毎朝この光景を目にする人は、どれほど幸せなのだろうと。アルには夢のような話に思えた。
朝はトーストにバターを塗り、サラダと一緒に食べる。もちろん抑制剤も一緒に。
今自分たちが観察されているのかどうかはわからないが、最悪の場合を念頭に、2人はごく自然な朝を演出するように心がけた。
「ああ、俺がやります 」
「皿くらい洗わせて欲しい。 」
「…わかりました。では俺は準備をしてきます。」
もちろん、それらは声に出しているだけで、スマホでの筆談で主なやりとりを進めていた。
‘エントランスには9時半ぴったりに行くことができるようにしましょう。荷物は予めしっかりまとめておいてください’
こくり、彼が頷く。
‘時計の時刻を照合しましょう。確認させていただいても?’
打ちながら、彼に自分の時計を見せる。彼も洗い物の手を止め、洗剤を流すと左手をアルに差し出した。
水に濡れた綺麗な手。大きいが指が長くしなやかで、陶器のように美しい。手だけとってもアルを激しく魅了する。
二つの時計は秒針までぴったりと同じリズムを刻んでいた。
‘ありがとうございます、もう大丈夫です。’
そう告げるとアルはコンタクトを嵌めるために洗面台へと向かった。
鏡に映る自分の姿をやはり好きにはなれないが、アランを護れるこの立場だけは、誇ることができる。併せてスーツに着替え、目立たないように黒いタイを締めた。
おそらく発表日までは何もないだろうとヨルからメッセージは来ていたが、油断は禁物。
こんこん、バスルームのドアがノックされ、どうぞと答えるとアランが入ってきた。手には色々なものを持っている。
容姿を偽る為だろう。
アルは黙ってその場を立ち去り、手荷物をまとめ始める。全ての荷物を簡単にまとめ終わり、気づけば、ヴィクターからメッセージが入っていた。
暗号化されていないメッセージに、一瞬アルは首を傾げる。
‘昨夜はちゃんと寝れたか?’
‘それなりにぐっすりと。’
‘しっかり休めたようで良かった。またあとで。’
…なるほど、ただ心配してくれただけだったのか。
「メッセージ?なんて?」
「ああ、昨日よく眠れたかと聞かれました。」
別人を装った彼がアルのスマホを覗き込み、中身が暗号化されてないことに気づいたのか声に出して問いかけてきた。
アルはその姿を見て勿体無いと思う。あれほどまでの美しさを、隠さなければならないなんて。
「そうか。よく眠れたか?」
「ええ。とても。」
本当は少し眠るまでに手間取った。というのも、アランの香りが媚薬のようにアルを刺激して、自然と自己処理を誘発したからである。
ゆえに、昨夜一度だけトイレに入って処理を済ませた。
もうずっとしていなかったから液体からはひどく濃厚な臭いがして、消臭剤をこれでもかというほどかけたのは秘密である。
そこからは任務中にそんなことをすることへの罪悪感に悶々としていたが、しばらくすると疲れたのか案外すぐに眠ってしまった。
時計に目をやる。
針は午前9時29分を示していた。
‘行きましょう’
合図をすると、こくり、と彼が頷く。コンタクト越しに覗く二つの瞳はわずかに怯えていて。
「俺がついているから大丈夫です」
なんて言葉を、アルは震える声で言い聞かせる。
「頼もしいな 」
ふっ、と笑った彼の瞳は、もう怯えを宿していなかった。
エントランスに着くと、見たことのないスーツ姿の男性がアルに向かってふわりと微笑んだ。隣にヴィクターがいることから、彼がもう1人のクライアントだと見て取れる。
「ジャック・ヴァーノンさんですね。アル・ギリアムと申します、よろしくお願いします。」
「ああ、そんなかしこまらないで。私はルシアン君のように大した者ではないから。」
口調こそ古くさい(失礼)が、苦笑いしながら遠慮がちに二本の手を振る姿はなんとも幼く感じられる。と言うより容姿も30行っているのかいないのか、程度の若さだ。
「そんな、俺がジャックさんの研究室に押しかけてお世話になっているんですから。」
アランが慌てて訂正する。その姿もなんだか少し幼く映った。
「いやいや、世話になっているのは私の方だよ。仕事も早くて発想もいい。
この才能を私のところに留めておくなんてもったいない。十分シリウスでやっていける実力だ。」
「やめてください。恐れ多い。」
「いやいや。」
ごほん、とヴィクターが咳払いをし、2人の会話が止まる。
「さあ、行きましょう。」
エレベーターを降りると、ヨルの車にアランとアルが、ヴィクターの車にジャックが案内される。
「スピードを出しすぎるなよ。」
「アトライアの中でスピ反したりしねーよ!」
「シャウラでもちゃんと守れ。」
乗り込む直前、ヴィクターとヨルの会話にアルはやれやれとため息をつき、ばたん、と大げさな音を立ててドアを閉めた。
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