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明日の君が笑顔なら⑤

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リビングのカーペットに座り、キッチンから漂うココアの香りにほっと落ち着きながら、礼人はふと昔のことを思い出した。

初めてココアを飲んだ時の記憶だ。両親が遅い日に礼人が家の鍵を忘れたとき、公園のベンチに座っていたら、気づいた北瀬がココアを買ってくれて。

それがとても美味しかったから、お小遣いでココアばかり買うようになった。今でも多分、そのときのココアと同じ味を好んでいるように思う。

自分の中にまた北瀬の作ってくれた部分を見つけた嬉しさに、思わず口元が綻んだ。

これからされる話の内容もまだわからないのに、先程の北瀬の言葉に完全に浮かれている。

一緒にいたくないわけではないのなら、たくさん話し合えば、また彼と一緒にいられるかもしれない。

そんな希望で、頭の中が満たされている。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」

ココアのマグを渡された礼人は、ふうふうと甘い湯気を吹いた。

口に含めば、あの時と同じ甘くて柔らかな味が、口内を温かく満たしてくれる。

北瀬はマグの中のココアを一口含み、そっとマグを机の上に置くと、天井を仰ぎ、前置きもなく語り始めた。

「事件の後、君を傷つけてしまったのだからもう関わってはいけないと誓いました。

でも、あの日大学で君と再会して、君が俺のことを忘れていると気づいた時、覚えていないならばまたそばにいたいと、どうしようもなく求めてしまって。

もちろん君がレポートを頑張っていたからお手伝いをしたいと思ったのも本音ですが、その一方で、少しでも君に関わりたいと望んでいました。…とても、迷惑なことです。」

「そんな、全部違う… 」

北瀬の言葉が途切れた途端、礼人は思わず否定する。

北瀬は事件で礼人のことを傷つけていないし、北瀬があの時行動を起こしてくれたから、自分の中で1番大切な記憶を取り戻すことができた。

何も悪いことをしていないのに、どうしてそんなに自分を責めているのだろう。

「違いません。現に、君は俺といることで昔の記憶を少しずつ思い出して、眠ることが困難になりました。それに、…寝ている間に自分を傷つけるようになった。俺があのとき話しかけていなければ、きっとそうはならなかった。」

「えっ…?寝てる間に自分を…?」

「はい。君の従兄弟から聞きました。俺と付き合い始めてから、夜中に叫んだり自傷をするようになったこと。あの日、君の手に痛々しい痣を確認した時、やはり一緒にいたのは間違いだったのだと悟りました。」

「まってください。葵が…?」

「はい。君と別れてほしいと頼まれました。でも、別れたのは俺の意思です。俺といることで君が苦しむならば、一緒にいない方がいいと、手放さなければならないと思った。」

新しい情報が多すぎて、もう何が何だかわからない。

確か三澤が葵について何か言っていたが、葵が北瀬にそんなことを言っていたなんて知らなかったし、手や足にできた痣が自傷の痕だということも納得に困る。

ごちゃごちゃ考えるうちに、そもそもそんなことは問題にならないのではないかとさえ思えてきた。

だって、北瀬の理由は礼人を想う故のものばかりで、北瀬自身が別れたかったという内容は一切含まれていないのだ。

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