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第2章翼蛇の杖と世界の危機

92・良い影響

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「本来であれば、こんなちゃんとした料理は食べないんだけどね」

新たに作った水餃子鍋を食べながらエドナはそう言う。

「そうですか?」
「そうよ。干し肉とかで済ませることも多いわ」

エドナ曰く、普通冒険者が旅先で煮炊きをしようと思ったら、
こんなちゃんとした料理はできないのだという。
野菜は運ぶだけでかさばるし、小麦もそんなに持つこともできない。
だから基本的には干し肉とか食べて空腹を満たすのだという。
まぁ近くに村とかがあれば御の字だが、
無い場合は最悪そこらの動物を仕留めるか、草でも食べるのだという。

「他の冒険者があなたを欲しがる理由もよく理解できるわ」
「欲しがるって私は物じゃないんですけど」

そう言いながら私は水餃子鍋の具を小皿に取り分けて、ガイに渡す。
妖精は自然エネルギーを糧とするとが、
味覚はあるので、食事を摂ることもあるらしい。
ただし人間と違って必ず必要というわけでは無いけど…。
ちなみに事前に妖精サイズの食器は創造スキルで作ったので、
食べるのに困ることはない。

「うめぇ、お前、本当に料理の才能はあるな」
「それはどうも、喜んでくれて幸いですよ」

ちなみにジェイミーだが、彼女は今お風呂に入っている。
あの後、とりあえず全身が汚れていたジェイミーをお風呂に入れるため、
私はアイテムボックスから、猫足バスタブを取り出した。
これは事前に強化された創造スキルで作ったものだ。
旅先でお風呂に入りたくなったら、困るので作ったのだ。

だがまぁエドナは、
こんなちゃんとしたバスタブが出てくるとは思いもしなかったらしく、
取り出した時はいつも通り、呆れていた。
あと見られると困るので衝立も作っておいた。
お湯を作るのは簡単だった。
バスタブの中に水を入れて沸かすだけだからな。
ちなみにバスタブには、
保温効果もあるので、お湯の温度が下がる事はない。
さらには温度調節可能のシャワーも取り付けてあるので、
これを見た時のジェイミーは感激していた。
しきりにどこで買ったのと聞いてきたので、
ごまかすのに苦労したが、我ながら良い物を作ったなと思う。

「それにしてもあなたの魔法ってすごいわね」
「そうですか?」

外はそろそろ日が暮れる様子だった。
今、ジェイミーはお風呂に入っているので、
その間に私はエドナやガイと一緒に水餃子鍋を食べていた。

「だって手を使わずに洗濯できるなんてすごいじゃない」

水餃子鍋を食べる傍ら、
私は魔法でタライに入れたジェイミーの服を洗っていた。
せっかくお風呂でキレイになったのに、服が汚れていたら意味がないから、
とりあえず大きなゴミを取り除いた後、タライに服を浸けると、
水魔法でそれを回転させるのだった。

「ところでこれなんで回転させてるの?」
「いえ、この方が汚れが落ちるのかなと思って」

エドナがそう尋ねて来たので、私はそう答えた。
洗濯機ではこうして汚れを落としていたので、
その動きをなるべく再現してみたのだ。
水餃子鍋を食べながら私は何度かタライの水を取り替えると、
ほとんどの汚れは取れたので、魔法で服を乾燥させた。

「あの、ここに服を置いておくんで、着てください」

私はバスタブを囲っている敷居の前に服を置いた。

「助かります。ありがとうございます」

【カルマ値が1減りました。善行・親切】

その時、唐突にゲーム画面のようなものが出た。
しばらく待っていると、それはふいに消えた。
もう何度見ている画面なので、私は驚かない。
最初にこれを見た時は、
たったのこれだけしかカルマが減らなかったと嘆いたものだが、
もうそれはやめることにした。
微力でも減っていることは確かなんだ。
それよりもこうして人が喜んでくれた事実の方が大切だ。

そう思いつつ私はエドナの所に戻ると、水餃子鍋を食べることにした。

「これで…白いご飯があればなぁ…」

この国ではあまりお米は主流では無い。
というか多分品種が違うのか、食べてみたのだが味が違った。
基本的にはリゾットみたいなお粥にして食べるのが普通だ。

「それにしてもこんな美味しい料理が作れるなんて、
あなたの旦那となる人は幸せね」
「そうですかー。えへへ」
「そうだぜ。俺が認めるぜ」

褒められて嬉しくなっているとガイがそう言った。

「ふぅ、良いお湯でした」

その時、お風呂から上がったジェイミーが現れた。
こうして見るとエドナ程ではないが、
綺麗な顔立ちをしているなと思った。
短く切られた緑髪に青色の瞳をしている。
肌は褐色だった。

「あ、美味しそうですね。食べてもいいですか」
「どうぞ」

あれだけ食べて、まだ食べるのかよ…。
そう思ったけど、特に断る理由はないので、
ジェイミーの分の食器をアイテムボックスから取り出す。
彼女は喜んで受け取ると席に腰掛けた。
ちなみに今ガイはもう水餃子鍋を食べ終わったので大丈夫だ。

「……よく食べますねぇ」

水餃子鍋を一度空っぽにしてしまったと、
思えないぐらいにジェイミーはよく食べた。
私はアイテムボックスから、野菜と肉を取り出すとそれを鍋に追加した。

「だってこんなに美味しい料理、食べたの久しぶりなんですよ。
これは何ていう名前の料理なんですか?」
「水餃子鍋です」
「あれ? ギョウザって名前の料理、
王都で聞いたことあるんですけど…」
「え?」

その言葉に私はびっくり仰天した。
餃子は日本の料理だ。
同じ名前の料理があるなんてそんな偶然は…あるはずがない。

「私は聞いたことがないけど…」
「まぁ出来たのは最近ですからね。知らないのも無理ないですよ。
王都の片隅にあるお店なんですが、
そこのサイドメニューがギョウザっていうらしいです。
まぁもっともかなり人気で予約取れないと入れないみたいなんで、
食べるのに苦労しましたけど」
「その料理人の名前は誰なんですかッ!?」
「え? どうしたんですか?」

鬼気迫る表情でそう聞いた私を、
驚いた表情でその場にいた全員が見た。
だがそんなことは関係なかった。
どうしても確かめないといけないことがある。

「えっと、確かリョーコとかそういった名前でしたけど」

リョーコ…間違いない! その人は私と同じ異世界人だ。
名前からして女性だろう。
どういう経緯でかは知らないが、この世界に来て店を出したのだろう。
私やアヤ以外にも異世界人が居たんだ…。
そして元気でちゃんと暮らしているんだ。
その事実がとてつもなく嬉しい。

「ちょ、ちょっと大丈夫?」
「いえ、なんでもありません…」

私は目に浮かんだ涙を拭う。
その様子をエドナが心配そうな顔して見ていた。

「……大丈夫?」
「いえ、そうじゃなくて、
そのリョーコさんは私と同じ人かもしれないんです…」
「そうだったの…」
「あの後片付け任せていいですか、今日は早めに寝ます」

私はテントに入るとアイテムボックスから、
3人分の寝袋を取り出す。
そして一つの寝袋の中に潜り込んだ。
すると自分では疲れていないと思っていたが、
すぐに眠気が来て、眠ってしまった。



セツナが眠りについてから、
ジェイミーは気になっていたことをエドナに聞いた。

「この子、何者なんですか?」

ジェイミーは実を言うと、表には出して居なかったが、かなり驚いていた。
セツナが空間術の力を持っているという事にも驚いたが、
聖月草を持ち歩いているのに驚いた。
お湯が自動で出る風呂釜を持っているということにも驚いた。
さらには魔物が近寄ってこないという結界魔道具を持っていると言う事にも驚いた。

そして何より一番驚いたのが、エドナだ。

「さぁ、私も詳しいこと知らないわ。
ただ何者であれ、この子は普通の女の子よ」

その言葉を聞いてジェイミーは目を細めた。
――この人は一体誰なんだろうか。
ジェイミーは心底そう思った。
彼女の知るエドナ像から、あまりにかけ離れていたからだ。

数年前のエドナは――寡黙な女性。
そう形容するにふさわしい人物だった。
女性ではあるが、男性にも劣らない身体能力。
そして多彩な武器を操り、またどこで習ったのか、
初歩的な魔法が扱えた。
そしてさらには騎士が多数参加する武道会で、
決勝にまで行った実力者だ。
だがその半面、彼女自身は他者と交流することが好きではないのか、
寡黙な性格だった。
ほとんど必要最低限のことしか喋らず、
また自分のことも語らない。
表情もほとんど変わらず、常に無表情で、
笑っている顔などジェイミーは見たことがない。

それが今はどうだ。無表情の時は多いが、
普通に表情はコロコロ変わるし、
喋る。すごく喋る。めちゃくちゃ喋る。
正直言ってこれが一番驚いた。
本当にあの頃の無口さは一体何だったのかと思うぐらい、
エドナはちゃんと人と会話ができていた。
あの頃は本当に何を問いかけても、無言か。
必要最低限しか喋らなかったのに、
今は普通に会話の受け答えができている。
これには心底驚かされた。

「あの頃とまた随分と違いますね」
「そう?」
「だって恋人であるキースさんにも、
そんなに喋らなかったじゃないですか」
「うぐっ」

その時、エドナは食べていた肉を喉に詰まらせかけたが、
水を飲んで耐えた。

「誰が恋人よっ」
「違うんですか?」
「…違うわよ。あれはあいつが勝手にそう言っていただけよ」

美しいけど、寡黙で、無表情、そんなエドナの隣にはキースが居た。
エドナはキースの恋人だった。
といっても2人に恋人らしい雰囲気はあまり無かった。
エドナはその美貌と実力から、イージスの魔女と呼ばれていた。
それは褒め言葉として呼ばれていたものではなかったが、
それでもエドナは強かった。
その彼女とどういうわけかキースは恋人同士だった。
どうやって射止めたのか、またどうやって恋人となったのかを知らない。
だが彼女と付き合うようになったおかげで、
キースはさらに周りから一目置かれるようになったのだが…。

「…特別に教えてあげるけど、
私はキースの恋人に望んでなったわけじゃないの」
「どういうことですか?」

ため息をつくと、エドナはキースとの間に起こった事をジェイミーに説明した。

「なるほどそういう事情があったんですね」
「私が去った後のキースは荒れていたでしょう?」
「そうですね。
どうしてエドナ先輩が自分の元を離れたのか理解できていないようでした」
「はぁ…そうでしょうね」
「あの、助けてくれたので、一応忠告をしておきますが、
キースさんはエドナ先輩のことをまだ諦めていないと思います。
だから気をつけておいた方がいいです」
「分かったわ」
「そうですか。でもエドナ先輩は本当に変わりましたね」
「――え?」
「だって今のエドナ先輩はキースさんのチームに居た時より、
生き生きとしていますから、
きっとこの子から良い影響を受けているんだと思います」
「……そんなに私は変わったの?」
「変わってますよ。それはもうびっくりするぐらいに」

久しぶりに会った知り合いが言うのだ。それは間違いないのだろう。
そして自分が変わった原因は、間違いなくセツナだろう。
一体全体どうしてこんな少女にそんな力があるのだろうか。

実を言うとセツナには言っていなかったが、
エドナはセツナと出会って間もない頃、
何度かセツナからに逃げようとしたことがあるのだ。
このまま自分が関わってなんになる――また裏切られるだけだ。
そう思って荷物をまとめて、宿を出ようとしたことが何回もある。
だがその度に、
どうしてもセツナが心配になり、中断する――ということが何度もあった。

どうしてこんな見ず知らずの少女のことがこんなにも気になるのか。
それはエドナ自身にもよく分からないが、
どうしてもセツナを放っておけないのだ。
――どうしてもセツナを見捨てることができない。

「一体どうしてこんな赤の他人が気になるのかしらね」
「それってセツナさんのことですか?」
「そうよ…私はどうしてもこの子を見捨てることができないの。
自分でも理由はよくわからないわ」
「それってまさか恋ってヤツですか?」
「……あなた脳みそわいてるの?」
「冗談ですよ。でも見捨てられないって事はきっと、
前世からの縁でしょうね」
「前世?」
「きっとエドナ先輩はセツナさんに、
前世でとてもお世話になったことがあって、
それで彼女が見捨てられないんですよ」
「…あなたって結構勘が鋭いのね」

前世の記憶はベアトリクスのおかげで忘れることは出来たものの、
かつて自分がアーウィンという男性だった事は覚えている。
そしてセツナがヒョウム国でどれだけ迫害されたのか知っている。
ただしそこにアーウィンであった記憶は無い。
だが事実としてセツナがどれだけ不幸だったのかは知っている。

「まぁ私はセツナとずっと一緒にいたいから」

願わくばもう二度とセツナが迫害されないよう、ずっと側に居たい。
そうエドナは思うのだった。
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