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第3章謎の少女とダンジョン革命

151・貴族のパン屋

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「うーむ」

通帳に記載された数字を見て私はうなっていた。

「どうした?」
「ガイ、実は通帳ってあんまりチェックしてなかったんですが、
結構お金が貯まっていまして…」

私の通帳には日本円にして250万程貯まっていた。
日本に居た時にお母さんから貰っていたお小遣いより遙かに上だ。
金銭感覚がおかしくならないように注意しないと…。

「それだけあるならパーっと使うのはどうだ?」
「何言っているんですか、
税金とかあるんですよ」

元いた世界では学生だったので、
税金を納めたことはなかったが、
この世界では15才で成人なので、18才の私は納税義務がある。
基本的に税金は12月の終わりに払わないといけないので、
もうそろそろ払う時期が来ている。
税金は国民の義務とはいえ、面倒なのは確かだ。
これは元いた世界でもよくあることだったが、
お金が入って来た時に調子に乗って全部使い切る人がいるが、
後で税金を納めないといけないことに気が付き、もう後の祭り…。
ということがよくあるとお母さんが言っていた。
特にフリマアプリとかやってる人とかは、
税金の申告をしていない場合が多いと聞いた。
何かでお金を稼ぐなら税金のことは忘れてはいけない。
まぁ伯爵夫人にほとんど渡したが、私が地獄神から貰ったお金は、
あれは神様から貰ったものなので
税金の対象から外れると伯爵夫人は言われた。

「税金かー、人間の世界は大変だな」
「まぁ国民の義務ですからね」

そう言うと私は通帳をアイテムボックスにしまった。

「そうだ。買い出ししないといけないな」

調味料がもうあまりないので、買い足しておかないといけない。
それ以外にも色々と買って置かないといけない。

「クライド君、市場にいきましょう」

そうクライド君に言った。
クライド君は私の従者で、家のことを全部やってくれている。
最近は仕事で外に行くことが多かったので、
クライド君と行動を共にすることは無かったが、
たまには一緒に行動するのもいいだろう。

「え? 市場ですか?
それなら俺が代わりに行くが」
「いや、どういう物を買うか自分で選びたいんです。
だから一緒に行きましょう」
「いや、それってデート…」
「で? 何ですか?」
「いえ、自覚してないならいい…じゃあ一緒に行こう」

何故かクライド君は顔を赤くしてそう言った。
何で赤いんだろう? 熱でもあるのかな
そう思いながら私は市場に向かった。





「安いよー、安いよー」
「お嬢ちゃん、どうだい、買っていくかい?」
「うちの野菜は新鮮だよー」

市場は賑やかだった。
魔族が来た時は閑散としていたが、元の賑わいを取り戻していた。
ちなみに町にあった雪だが、今は完全にとけて無くなっている。

「うーん、こっちの方が安いかな」

そうして色々商品を物色している時だった。

「ところで、セツナ様、そういえばパンがもう無いんだが」
「あ、そうですね。ポールベーカリーで買っていきましょう」

そうしてパン屋に入ると、客は私達だけだった。

「すみませーん」

そう言うが、店員は来ない。
何か嫌な予感がして奥を覗くと仰天した。

「早まっちゃダメです!!
《疾風刃(エア・カッター!!)》」

椅子の上に立ったポールベーカリーの店主ポールさんが首を吊ろうとしていた。
私は魔法でその縄を切った。
これで首は吊れないだろう。
ポールさんはポカンとしか顔で私を見た。

「何があったんですか!?」
「…俺なんて死ねば良いんだ」

ポールさんは思い詰めた顔で言った。

「あなた達が死んだら子供はどうするんですか!
まだ小さいんでしょう…!」

そう言うとポールさんはわっと泣き出した。

「一体何があったんだ?」

クライド君がそう言うとポールさんはぽつりぽつりと語り出した。
私のおかげで柔らかいパンが作れ、店は繁盛したのだが、
その後が良くなかった。
何とポールさんのパン屋から五分も離れていない場所に、
新しいパン屋が出来たのだ。
そのパン屋は貴族が経営するパン屋で、
高い食材を使い、高級なパンを作って売ったのだ。
しかもかなりの格安で。
当然客はそっちに流れ、ポールベーカリーは閑古鳥が鳴いた。

「そのパン屋を経営する貴族は、
うちがあんたのおかげで柔らかいパンの製造に成功すると、
その作り方を教えてくれと言ったんだ。
だから作り方を教えたんだが、まさかうちの近くに出来るとは…」
「それで自殺しようと思ったんですね」
「ああ、こうなったらもう首を吊るしかないって思って…」
「………その気持ちは分かります。
死んだ方がいいって思う気持ちも…。
ところで奥さんは何て言っているんですか」
「私が別の所で働いてお金を稼ぐから心配しなくていいと…」
「そうですか…」
「女である妻が働いているのに俺は何て情けないんだろうって…。
これなら死んだ方が家族のためじゃないかって思って…」
「だから死のうとしたってことですか?」

ポールさんは頷いた。

「私が言える立場ではありませんが、
私の場合と違って、あなたには必要としてくれる人がいるじゃないですか」

私は生き返る前、ヒョウム国で自殺した時のことを思い出した。
あの時はもうああするしかなかったとはいえ、
良くないことをしたと今では思っている。

「奥さんと子供にはあなたが必要です。
自殺なんてしたら一生苦しみますよ」
「いや俺なんて居ない方が…」
「馬鹿なこと言わないでください。
あなたは一家の大黒柱でしょう?
その自覚を持ってください」
「…分かった。死ぬのは止めるよ…」
「それと例のパン屋ですが、私が何とかして見せます。
だから死ぬのはちょっと待ってください。
私が何とかします」
「わかった。あんたを信じてみるよ…」

ポールさんは涙を流しながら言った。





「とは言ったものの…」
「どうすればいいのか分からない…ですか?」

私は帰るとみんなに今回のことを話した。

「うーん、魔物と戦うなら簡単だけど、
相手は人間でしかも貴族でしょ?
難しいと思うわよ」
「エドナの言う通りなのは分かるんですが、
何か良い案がありませんか?」
「敵を倒すならまず相手を知ることです。
例のパン屋に行ってみたらどうですか?」
「そうだね。そうしよう」

私達は例のパン屋に向かうことにした。





「悪趣味だな…」
「そうですね」

ガイの言葉に私は同意した。
例のパン屋に行くと、
その建物の外壁が何というか黄金に輝いていた。
秀吉の金の茶室みたいだ。
多分メッキだと思うが、悪趣味なことこの上ない。
しかもパン屋の名前が…貴族のパン屋ってそのままじゃないか。

「とりあえず中に入りましょう」

中に入ると中も金メッキだった。
商品棚にはパンが籠にいっぱいに入っており、
客がくつろげるよう椅子とテーブルが並んでいた。

「とりあえずパンを食べてみますか」

そうしてパンを買って、テーブル席で食べてみた。

「おいしいですね」
「そうね」

パンは普通においしかった。
これなら多少悪趣味でも客はこっちを選ぶかもしれない。

「これはダメですね」
「え、普通においしいですよ」
「そうではなくて、
これだけのパンを作るのにかかる材料と手間を考えると、価格が安すぎるんです」

フォルトゥーナはそう言った。

「えっと安い方がいいんじゃないのか?」
「多分この店を経営している貴族は経営に関しては素人ですね。
これだけのパンを作るのにかかる原価計算を全くしていない。
このパン屋はきっと半年も持ちませんよ」
「原価計算?」
「例えば商品を仕入れるのにかかった材料費、
作るのにかかった時間、人件費。
店を経営するにはそれらを計算して利益が出るようにしないといけないんです。
このパンの材料はかなりお金がかかっていると思います。
食べただけで分かりました。
しかしこの価格設定は間違っています。
これでは利益が出るどころか、売れば売る程赤字でしょう」
「えっとじゃあ利益はほとんどないどころか、
赤字ってこと?」
「これは商売の素人がよくやる失敗なんですが、
安い方がお客さんに喜んでもらえると思って、
原価計算をしないまま、安く売り出して、
結果的に赤字になるということがよくあります。
最低でも材料費の3倍の価格設定にしないと利益は出ないんです」

フォルトゥーナ曰く、
もしパンを一つ作るのに材料費が100円かかったとしたら、
最低でも300円以上で売らないと利益は出ないらしい。
100円、材料費がかかるなら、
後の100円は作るのにかかった時間、手間代で、
残りの100円は光熱費と人件費だ。
まぁこの世界にガスはないが、
火をおこすのに必要なものがや、水代などが上げられる。

「でもそれって値上げすれば解決する問題じゃないの?」
「そこが商売の難しいところなんですよ。
セツナ、今まで銅貨1枚で買えたパンが、
いきなり銅貨5枚になったらどう思いますか?」
「えーとそれは何か嫌だなって思いますけど…」
「安く買えている物が急に高くなった時、
人は物を買う気が無くなるんです。
それなら他の場所で買った方がいいって思いますからね。
だから値上げをするなら慎重にしないといけないんですよ」
「なんかフォルトゥーナ。商売に関して詳しいですね」
「私があなたと居る間、何もしてないと思っていましたか?
この地上を生き抜くには色々と努力が必要です。
こう見えて毎日勉強しているんですよ」
「へぇ意外ね」

エドナの言葉に私も同感だった。
フォルトゥーナが勉強しているとは知らなかった。

「まぁ仲良くなった貴族や商人が色々と教えてくれるんですよ。
まぁそれはともかく、私の予想ではこの店は経営はヤバイです。
今はまだ出来たばかりなので、お客さんはこっちに流れていますが、
しばらくすれば落ち着くんじゃないですか」
「でもその間ポールさんのパン屋が持つでしょうか」
「それならあなたがそのパン屋を買い取ればいいじゃないですか」
「え! 私が!?」
「ええ、あなたがパン屋のオーナーになって、
支援するようにすればいいじゃないですか」
「あー、確かにその通りなのだ。
セツナがオーナーになればいいのだ!」

フォルトゥーナの言葉にイオがそう言った。

「いやでも私経営に関しては素人だし…」
「でもあなたには異世界の知識があるじゃないですか。
異世界のパンの作り方をポールさんに教えれば繁盛すると思いますよ」
「あ、そうだね」
「まぁ経営に関してはわたくしがサポートしますよ。
さっそくポールベーカリーに行きましょう」

そしてポールベーカリーに移動して、
オーナーのことを提案する。

「うちのオーナーに?」
「はい」
「悪いけど貴族のパン屋が半年まで持たないのは分かったが、
うちのパン屋は明日潰れてもおかしくないんだ。
うちを助けるメリットはないよ」
「うーん、フォルトゥーナどうしよう」

何か最近困ったこととがあるとフォルトゥーナに相談する癖が身についた。
だって私じゃ思いつかないアイデアを出してくれるからな。

「まずこのパン屋の売りを見つけましょう」
「売り?」
「貴族のパン屋は高い素材を使ってパンを作っています。
それに匹敵するような何か特別なもの。
それがこのパン屋には必要です」
「えっとそれは一体…」
「それは分かりません」

そうフォルトゥーナに言われてずっこけかけた。
知らないのかよ。

「いいですか、ヒットする店にはそれなりの客層というものがあります。
例えば安くておいしい料理を出すお店なら、
さほどお金持ちではない家族連れや、独身の人がターゲットです。
そして高級な家具を作るお店なら、貴族などがターゲットでしょう。
この店に合う客層を決めないといけません。
どの世代の、どの人達に向けてパンを作るのか、
それがハッキリしないと、オーナーになっても赤字経営でしょう」
「うーん、確かにそれはそうだね」
「何かこの店の目玉になるような物が必要です。
貴族のパン屋には真似出来ないような物が必要です。
ところでご主人は何か特技はありますか?」
「え? 何だ突然?」
「貴族のパン屋に勝つには別にパンの味じゃなくてもいいわけです。
何か普通の人より秀でているものでもいいわけです」
「それなら歌がよく上手だと言われたな」
「歌ですか、試しに歌ってみてください」
「分かった。ラララ~」
「え?」

聞いて仰天した。
ポールさんの歌がめちゃくちゃ上手い。
歌唱力もあって、力強い歌声だった。
普通に歌手として生計を立てられそうなレベルだ。

「では決まりですね。
ではポールさん。これから私が言う作戦に従ってください」
「何をするんだ?」
「店の前でひたすら歌ってください。
で、人が集まったらパンもあるのでどうぞと言うのです」
「えっとそれで本当に集まってくるのか?
それに俺は今まで人前で歌ったことなんてほとんど無いぞ。
かなり恥ずかしいと思うんだが」
「あなたの歌唱力なら大丈夫です。
それに死のうとするぐらいの根性があるなら、恥ずかしさが何ですか。
あなたは一家の大黒柱なんですよ」
「…そうだな。とりあえずやってみるよ」

それからフォルトゥーナの作戦が執行された。
まぁ作戦といっても、
店の前でポールさんがひたすら歌って、
そして集まった人にパンもあるので良かったらどうぞと言い、
お客をお店に引き込むだけだったが、絶大な効果があった。

ついでにポールさんには私の世界にあったパンの作り方を教えておいた。
メロンパンやサンドイッチや焼きそばパンなど、
様々なパンの作り方を教えた。
特にメロンパンはクッキーの生地をパンに使うと言うと驚かれた。
そんな発想はしたことが無かったらしい。
歌と異世界のパンのおかげで、
閑古鳥が鳴いていたポールベーカリーは何とか持ち直した。

そして貴族のパン屋だが、フォルトゥーナの言ったように、
半年持つどころか3ヶ月で閉店した。
フォルトゥーナの言ったように原価計算をきちんとしていなかったのが悪かったらしい。
赤字続きなのを焦ったのか、ようやく原価計算したのか知らないが、
しばらくしてパンの値上げをしたのだがそれが多くの客が離れる要因となった。
まぁ今まで100円ぐらいで買えていたものがいきなり1000円に値上げされたら、
そりゃお客は離れるだろう。

ライバルのパン屋が無くなり、
ポールベーカリーはますます繁盛して、
私の副収入が増えることになるのだが、それはまた別の話だ。

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