【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十五章 試練

7-2 動き出した歯車

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「いえ、試練の途中で危険と判断したレイデューク様の思念体が強制的に連れ戻したのですわ。何故、そのような事になってしまったのかというと、リュセル様が異世界還りなのが原因だとおっしゃっていました。帰郷の念に捕らわれたら、異世界への干渉が出来ないこの世界の神であるレイデューク様ではどうにも出来ないと……。初めてのケースらしくて、現在リュセル様の試練は保留状態になっていますの」

 保留状態。最悪の事態は免れたが、どのようにして現状を突破すればいいのか全く分からない。

「困りましたね。俺だけこんな状態では……」

 ふうとため息をつくリュセルを見つめ、ティアラは慰めるように言った。

「試練に失敗した訳ではないので、まだリュセル様の中に試練は留まっている状態なのだそうですわ。現状を打破出来る方法が見つかれば、試練の迷宮内でなくても試練は起こりえるそうです。ただ、急に始まるかもしれないので、試練の最中だという事に気づけるかどうかが難しいかもしれません」

「そうですか」

 再チャレンジ出来るなら良かった。

 完全に失敗してしまったのなら無理なのだろうが、リュセルの場合、試練を与えた本人が試練を途中停止させた為、そのような特別措置をとってくれたのだろう。

「それにしても、帰郷の念ですか。向こうの世界(異世界)の事は、もうよく覚えていないのですけれどね。それでも、心のどこかにそんなものがあったという事なのでしょうか……」

 ここではないどこかを見るような、ぼんやりとした目でそう言うリュセルに、ティアラは何も言う事が出来ない。この世界で生まれ育ち、そして、この世界で生きて死んでいくティアラには、理解したくても出来ない事だからだ。

「あれ? そういえば、レオンはどこにいるんです?」

 リュセルはそこでようやく自分の半身の事を思い出して、周囲を見回した。

 どこかに行っているのだろうか?

 リュセルの疑問にティアラは朱金色をした眉をしかめ、何かを憂うような目をする。

「何かあったのですか?」

「ええ。レオンハルト様とお姉様は、フェンリル・アシェイラ様と共に、ドラゴンの森に向かわれました」

 ティアラの話すその内容は、起き抜けのリュセルに衝撃を与えるに十分な内容だった。



*****



 その夜、神官巫女達の聖地、セイントクロス神殿本部に激震が走った。


 ドラゴンの末裔達を警戒し、ドラゴンの森の見張りに当たっていた神官が二名、行方が分からなくなったのだ。

 行方不明になったのは、本部までサンジェイラの神子達を導き、連れて来た神官。サンジェイラ支部の神官長とその補佐である。
 十数名程の護衛官達とチームを組み、大神官の指示の下、森の様子を見守っていたのだが、いきなり現れた金竜(ゴールドドラゴン)に連れ去らわれたらしい。

 彼らを連れ去ったドラゴンの末裔達の要求は唯(ただ)一つ。

 ”ライサン一人でドラゴンの森に出向く事”

 一族の仇(ディエラ)の生まれ変わり。一族再興の鍵を握るミラの子孫を手に入れる為に邪魔な存在。

 ドラゴンの末裔達、ジルとベルの要求に従えば、ライサンの命がない事は考えずとも分かった。リュカ老師を含めた大神官三人とアシェイラやユリエ、それに彼を心配する他の神官や巫女達、皆が全力でライサンを引き止め、どこにも行かぬよう閉じ込めもしたのだ。

 しかし、見張りの目を掻い潜り、ライサンは姿を消してしまった。

 一人で決着をつけに行ったのである。



「なんでこんな事になっているんだ!?」

 急いで皆が集まっているという中央にある会議室に赴いたリュセルは、額を片手で押さえながら呻き声を上げた。

 会議室に集まっていたのは、三人の大神官とデイエラ支部の巫女姫、巫女姫補佐、アシェイラ支部神官長補佐であるルーク、そして、ローウェンとアルティス、ユリエである。

 神殿を出たというライサンを追って行ったレオンハルトとジュリナの姿は、当然ここにはない。

「あなた達が扉の向こうに入る前から、彼らから要求は来ていたのよ」

 眉根を寄せ、固い表情をしたユリエは、そう言ってため息をつく。

「ディエラ……、セリクス神官長は、大神官様方の命令もあり、ずっとそれらを無視していたのだけれど、今回の事で出て行かざるを得なくなったのでしょうね」

 他者に実害が出た以上、いくら大神官の命令があるとはいえ、神殿内で大人しく守られている訳にはいかなくなったのだ。

「今、剣主様と鏡主様、それに、アシェイラ様がライサンを探しに向かっておる。きっと……きっと、大丈夫じゃ」

 祈るように呟くリュカ老師の手を、隣に立つ初老の女性がそっと握った。

「リュカ様……」

「すまぬ、エルディナ。わしは少々混乱しておる」

「無理もありませんわ」

 ディエラ支部の大巫女であるエルディナは、気遣わしげな眼差しをリュカ老師に向けつつ、もう一人の大神官に言った。

「アルスター、ゲート神官長からの報告を神子様方にお話して下さい」

 現在、各国の情報収集と混乱する神殿内の正常化に向け奔走している本部の神官長からの報告を、アルスターはリュセル達に告げる。

「まず、神子様方がいなかった三日間の出来事ですが、アシェイラ国、ディエラ国、サンジェイラ国共に異常はありません。邪鬼からの干渉もないそうです。ご存じの通り、異常があったのは、この本部内。ドラゴン達が本格的に我らに牙を剥き始めました。目的は、セリクス神官長の命…………。それと」

 アルスターの切れ長の瞳が、リュカ老師の後ろに立つ真っ青な顔色のルークに向けられる。それだけでリュセル達はすべてを悟った。

「ねえ、やっぱりドラゴンって、強いのかな? 鍵のいないレオンハルト兄さんとジュリナ姉さんだけで大丈夫?」

 ローウェンが不安そうな眼差しを、傍らに立つアルティスに向ける。

「わからぬ。しかし、レオンハルト殿もジュリナ殿も、我らはここに残るようにと言っておったし、女神の武器を発動させるつもりはないのだろう」

「で、ででで、でも、相手はドラゴンなんだよ!?」

 兄の言葉に反論するようにそう言うと、ローウェンは不安そうな視線をリュセルに向けた。その目線に頷くと、リュセルは静かに言った。

「レオンとジュリナ殿は大丈夫だ。彼らは、俺達(女神の子供)に悪意を抱いていない。自分達の邪魔をされれば反撃してくるとは思うが、こちらが何もしない限り何もしては来ないだろう。…………問題は、”ディエラ”だ」

 あえてライサンを”ディエラ”と呼んだリュセルは、苦虫を噛みしめたような顔で告げる。

「彼は、森に死にに行ったようなものだぞ」

 こんな無茶をするような人だったとは知らなかった。そんなイメージのある人ではなかったからだ。しかし、ライサンの気持ちも分かる気がした。我慢しきれなかったのだろう。彼(ライサン)は、自分の事で他人が傷つくのを黙って静観出来る人ではない。

「とにかく、アシェイラ様達のお帰りを神子様方はお待ち下さい」

 アルスターのその言葉を最後に、一旦その場は解散になった。







 それは、いつの事だっただろうか……。

 いつものようにあの男の後を追い、いつものようにあの男を見つけた。仕事をさぼってはのんびりと空を見上げていた彼に、いつものように怒鳴り散らしていた時だ。

「ねえ、ルーク」

 抜けるような青空を見上げて、彼は微笑んでいた。

「空が青いですねぇ」

 そんな事をのん気に言うものだから、自分は更に頭に血を上らせて「空が青いのは当たり前だッ!」と相手の脛に蹴りを入れたのだ。

 彼は部下の暴行にも、ただ笑っているだけだった。そして、言ったのだ。

「この世界は、とても美しい」

 目を細め、まるで眩しいものを見つめるかのように世界を見ていた。

 知っていたからだ。

 この美しい世界を手に入れる為に、何を犠牲にし、何を切り捨てたかを……。


 赤黒く燃える空を知っていた。

 焦土と化した大地を知っていた。

 人々の流される血と悲哀に満ちた嘆きを知っていた。


 だからずっと、愛おしいものを見るように世界を見、それと同時に、己の犯した罪と向き合い続けてきたのだ。

 逃げるつもりはないと言っていた。これからも背負っていくと……。あんなに不真面目な仕事態度だったというのに、何をいきなり真面目ぶっているんだ。

 ルークはそう考えながらも、今まで曖昧にしてきた自分の気持ちを自覚する。

 自分の道は決まった。

 いや、考える時間など、本当はいらなかった。

 決まっていた。ずっとずっと前から決まっていたのだ。


 極寒のサンジェイラ国で、あの暖かな手を握った時に…………。







「…………」

 ルークは自分に用意された部屋で無言のまま支度を済ませると、なるべく音を立てないようにしながら外に出た。扉を出たすぐそこでは、一人の神官が座り込んで居眠りをしている。

「まさか、使う事になるとはな」

 アシェイラ支部を発つ前にリチャードから餞別として渡された眠り薬。一体何しに本部に行くと思っているんだと叱り飛ばしたのだが、もらっておいて正解だったようだ。自分につけられた見張りの神官を眠らせる事に役立とうとは、あの時のルークは考えもしなかった。

 廊下を見回すが、自分につけられた見張りは、この神官一人だったらしく、他に人影は見当たらない。勤めていた期間を考えると、アシェイラ支部で神官長補佐として働いていた期間よりも、本部勤めをしていた期間の方が長かった。その為、どのようにして行けば神殿の入口にまで人目を避けて辿り着けるのか、そして、どうしたら見張りの多い橋を渡らずに森へと渡れるのか、そのやり方も知っている。

 両方共、昔、ライサンに教わったのだ。

 おそらく、彼もそれを使って神殿を抜け出たのだろう。それ故に、神殿を出て行く彼の姿は誰も見ていないのである。

 危険なのは承知の上。それもこれからする事は、重大な命令違反だ。自分は神官の籍を剥奪されるかもしれない。自分を育て育んでくれた恩人の顔に泥を塗る事になるかもしれない行為。

 それでも、行かねばならない。

 最低限の荷物をショルダーバックに積め、部屋を抜け出したルークは、ライサンと同じように神殿を抜け出すつもりだった。

 そうして意を決して歩き始めたルークの背に、それは唐突にかかった。
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