【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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序章 転落

平凡女性→超絶美男子に転身!?

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 幼い頃から、ずっと不思議だった。

 何故か世界から拒絶されているみたいで、子供の頃はその意味がわからず、でも、それを敏感に感じ取り、よく泣いた。


 そう……、よく泣く子供だった。


 大人になっても感じるその違和感は、周囲の優しさと、毎日の忙しさであまり気にならなくなっていた。

 このまま平凡な毎日が続くのだと、思っていた。

 すべての始まりは、不思議な夢を立て続けに見た事だったと思う。

 胡桃色の長い髪をした王子様の夢

(この年になって王子って……)

 と一人でつっこんでみたけれど、まさか、この王子様が、この後の自分の人生にずっと関わってくるとは。



 思いも……


 思いもしなかった。



*****



「お疲れ様でした」

 いつものようににっこり笑って、従業員出入り口から出る。

「斉藤さん、明日も出勤?」

 すぐに同僚から声をかけられて、小さく頷いた。

「うん。明日も遅番、最後まで~」

 語尾を伸ばすと、二つ年下の同僚の女性は、小さく笑った。

「私もですよ~。じゃあ、また明日。気をつけて帰って下さい」

 それに軽く手を振って答え、従業員用の駐車場へと急いだ。

 斉藤綾香
 二十四歳
 ファンシーショップ勤務
 彼氏なし
 容姿 平凡
 性格 普通

 どこにでもいるような、小柄な女性だ。

 仕事は楽しい。辛い事もあるが、気に入っている。

 しかし、今日の綾香は、早く家に帰って眠りたかった。

 夢見の悪さが原因の、寝不足の所為である。

(早く、早く帰って眠らねば、死んでしまう)

 化粧で誤魔化した目の下の隈が、それを物語っていた。

 月の美しいその夜は、昼間の雨が止んで地面がぬかるみ水溜りがところどころに出来ていた。そんな中、仕事中は気力で耐えていた眠気の影響により、綾香は水溜りの中にふらふらと片足を突っ込んでしまった。

「ぎゃ~! オニューのサンダルがあああ!」

 そう叫んだ瞬間、綾香の体は水溜りの中へと文字通り落ちた。

 歩道に出来ていた、小さく浅い水溜りの中へと、落ちたのだ。


 バッシャン


「!?」

 盛大な水音を立てて、水の中に体ごと落ちると、綾香はあまりの事に混乱した。

(……ッ!? 何これ!?)

 ありえない!
 水溜りがこんなに深いはずがない!

(く、苦しい)

 息が出来ない。

 嫌だ、こんな死に方。水溜りで溺死なんて……、嫌過ぎる!

 やみくもに水の中でもがいて、とうとう息が続かなくなった、その瞬間、腕を何者かに引っ張り上げられた。

 力強い腕に一気に引き上げられたのは、小さな泉だった。

 しかし、そんな事に気づく余裕もなく、引き上げられた岸に、綾香は腕をついた。


「!? ゲホッ、ゴホッ!」


 一気に肺に入り込んだ空気にむせかえっていると、声が響いた。



「リュセル」



 よく通る、信じられない位にいい声だ。

 声の主は、目の前でじっと自分を見つめていた。

 腰まである胡桃色の髪に琥珀の瞳。
 自分と同い年位の、どこか艶めいた雰囲気をかもしだす美貌の青年。

(うわっ、この人、顔はいいのにコスプレしてるよ)

 いわゆる、軍服をベースにした王子服。

 白タイツではない、普通のズボンだったが。

「どこか怪我はないか?」

 容姿に似合わぬ無骨なその声に、反射的に綾香は頷いた。

「いえ」

(!?)

 瞬間、喉を押さえ込む。

(な、何?)

 ハスキーボイスなんてものじゃない、低い男の声。

「…………」

 綾香は、恐る恐る、泉の水面へと視線を落とした。

 冴え冴えとした輝きを放つ月光に照らされて、水面は鏡のように周囲の景色を映し出していた。

 その水面から綾香を見返すのは、一人の青年。


 きらめく、銀の髪
 薄い銀色の瞳
 白磁の肌に、彫りの深い西洋人めいた怜悧な男性的な容貌

 テレビの中の芸能人や、雑誌のモデル達でさえ霞んで見える。

 自分は、こんなに美しい男の人を、今までの生涯の中で見た事がなかった。

 そっと、自分の頬に触れてみる。

 その手も大きく、腕も、本来の自分のものよりも太い。

 呆然としたまま体に視線を落とすと、何故か裸だった。女性としてあるべきものがなくなっていて、無くてもいいものがある。

 眩暈がする。

 これは、夢ですか?

 頬をつねるが痛いだけだ。そして、重要な事に気づいた。

「二日前に、買ったばかりの秋の新作! 二万円もしたワンピース!!」

 どこに消えた!?

 オニューのサンダルも、消えてるし。

 ショックだ。奮発して買ったのに。

 青ざめて固まってしまった綾香に、様子を見守っていた青年はマントを脱ぐと、裸の肩にかけてくれた。

「ありがとうございます」

 って、違うだろ!!

「お名残惜しいですが、私は帰ります」

 何故か時代劇のような口調で言うと、綾香は泉にダイビングしようとした。

 来た場所に戻れば、帰れるはず。

 そ、それか、夢なら覚めるはず。

 切実に、後者を希望!!

 半分思考がおかしくなりながら、マントを羽織ったまま身を翻そうとした綾香の腕を、素早く青年は掴んだ。

「どこに帰る気だ。お前は、私の元に戻ったばかりだろう!?」

 ……はい?

 痛い程に掴まれた腕と、青年の、一見優雅な美貌を見比べながら、綾香は遠い目をして首を傾げた。

「私は、お前の帰還を、この17年の間、ずっと待っていた。我が弟、我が剣鍵、我が半身よ。」

 そう言って、まるで感極まったかのように綾香の体を抱きしめてきた青年に、綾香は青ざめた。

(やだ、この人、変!!マジでおかしいし!!)

 しかも

「弟?」

 怪訝そうな声を出すと、青年は身を離して小さく頷いた。

「私の名は、レオンハルト・レイデューク・アシェイラ。剣守りの国、アシェイラの第1王子であり、お前の兄だ」

 う、うん?どこからどうつっこめば、よろしいのでしょうか?

 綾香は、再び遠い目になった。

 生まれてこのかた、自分に兄がいた事はない。第一、長女だし!!下に、現在ニート気味の愚弟がいるだけである。

「リュセル」

 反応の薄い綾香に、青年こと、レオンハルトは呼びかけた。

 それに……

「リュセルって何!?私の名前は、そんな外人めいた名前じゃないんですが」

 綾香の強めの口調を聞くと、レオンハルトは不機嫌そうに秀麗な眉をしかめた。

「……ごめんなさい」

 あまりの怒気に、綾香は反射的に謝ってしまう。(何も悪くないのに)

 その時だった。

 軽やかな少女の声が響いたのは。

「レオンハルト様、リュセル様は、異世界よりこの世界に帰還なさったばかりですわ。気が逸るお気持ちはわかりますが」

 その声は、驚く程近くでした。

 目の前のレオンハルトの印象強さから気づかなかったが、レオンハルトのすぐ後ろにいたのだ。

「お帰りなさいませ、リュセル様」

 にっこりと微笑んだその少女は、まるで女神のように美しかった。

 フワフワとウエーブを描く、長い朱金の髪。
 美しい緑色の瞳。

 十五、六歳位の年齢の、牡丹の花のように可憐な、優しい顔立ちの美少女である。

 平凡な人生を歩んできた綾香は、立て続けに人外めいた美貌を見続けた為、かなり目がちかちかしていた。

 何、ここ。

 顔が良くないと生きていけない世界な訳?

 何、その世界

 帰りたい。

「リュセル様?」

 様子がおかしい綾香を心配するかのように、愛らしく小首を傾げた少女。その愛らしさにうっかり見とれてしまった。

(それにしても、綺麗な子だな)

 綺麗なだけでなく、プロポーションも完璧だった。

 体付きはスラリとしていて、腰も腕も細いのに、胸元だけは豊かだ。 

(70のIって所かしらね)

 全体的に可憐なデザインのドレスを身にまとっているが、胸元だけが大胆に開いていて、露出が多い。

(わざとじゃないでしょうね?)

「あの……」

 綾香にじっと見つめられて(正確には胸元を見ていたのだが)、少女は頬をポッと赤く染めた。

 本人忘れかけていたが、現在、綾香は絶世の美男子なのである。

 月の明かりに照らされた、まるで月の女神の寵児のような銀色に輝く美貌に見つめられ、少女はうっとりとした。

「リュセル。ティアラ姫は、お前の帰還の為に尊い鏡の力をお貸しくださったのだ。礼を述べなさい」

 それまで成り行きを見守っていた、自称・兄のレオンハルトの言葉に、リュセルは反射的に頷こうとして我に返った。

「なんで!?」

 その瞬間、ものすごい目で睨まれる。

(怖い)

 苦手だ、この男。

「仕方ありませんわ。リュセル様は、この世界に戻られたばかり」

 少女はそう言って微笑むと、優雅に貴婦人のお辞儀をした。

 そう、TVで見た事があるような、ドレスの裾をつまんで礼をするやり方である。

「わたくしは、鏡守りの国、ディエラの第二王女。ティアラ・セイントクロス・ディエラですわ」

「は……、はあ」

「そして、お前の婚約者殿だ」

 ティアラの優美なしぐさに見とれていると、レオンハルトがボソリと付け足した。

「はあ!?」

「アシェイラとディエラの国王が取り決めた事だ」

 その瞬間、綾香はきれた。

 もう、意味がわからない!

「~~~~~~~~っ! 一体なんなんだよ!」

 そう怒鳴ると、レオンハルトの胸倉を掴んで、その端正な顔に詰め寄った。

「不服なのか?」

 感情を表さないその声音に、何故か喜色を感じて更にイラだつ。

「私は、そのリュセルって名前じゃないって、さっきから言ってるじゃないか! だいたい顔だって、こんな世の女性が直視できないようなキラめいた顔じゃないし! 黒髪、若干茶色に染めてたケド、黒瞳の、生まれた時から生粋の大和民族なの!」

 胸倉を掴まれたレオンハルトは、暴れだした綾香の腕を逆に捕らえると冷静にささやいた。

「落ち着け、リュセル」

「だから、リュセルじゃないんだってば! ~~~~離せッ、この、離してよ!!」

 滅茶苦茶に暴れるが、掴まれた腕はピクリともしない。

 現在男である綾香の腕力をもってしても、レオンハルトに捕らわれた腕は開放されないのだ。

「もう嫌だ、帰りたい! 今夜は、夜中の海外ドラマが最終回なのにいいいいい!」

 そう叫んだ瞬間、頭の中に声が響いた。


 ー落ち着きなさい、綾香ー


「……?」

「リュセル?」

 急に動きを止めた綾香に、レオンハルトは怪訝そうな声を上げた。

「だ、誰?」

 怯えたような仕草で綾香は周囲を見回し、神経質そうな細い眉をしかめるレオンハルトと、心配そうな表情の麗しの少女を交互に見た。


 ーしばし眠りなさい。わらわの愛し子よ……ー


 その不思議な声に導かれて、綾香の意識は底に沈んだのだった。


「リュセル様!」

 急に、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちそうになった弟の体を、レオンハルトは力強い腕で支えると、首元に左手を添えて脈を確認した。

 静かに脈打つ鼓動を感じ取り、安心したようにほっと息をついたレオンハルトを見たティアラも、ほっと胸を撫で下ろす。

「きっと、異世界から戻る際、肉体と精神に負担がかかったのですわ。戻りましょう、レオンハルト様」

 ティアラの言葉に頷くと、レオンハルトは体格のそう変わらぬ弟の体を抱き上げ、迷いを感じさせぬ歩調で歩き出した。

(帰りたいだと?私の傍以外のどこに帰るつもりだ。リュセル)

 先程の激情の失せた穏やかなその寝顔を見つめたまま、レオンハルトは唇をかみ締めた。


 綾香は、この時からこの世界のリュセル王子として、生まれ変わったのだ。


 本当の意味でもう二度と元の世界に戻れないなんて、この時の綾香は思いもしなかった。
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