【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第二章 邂逅

4-2 リュセルの覚醒

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 その時

 何かに、呼ばれた気がして振り返った。

「……」

 誰もいなかったが、目の前には階段があった。

「こんな所に階段なんてあったか?」

 胡散臭そうにその階段を見るが、その余裕は次の瞬間、砕かれた。

「見つけたぞ」

 すぐ後ろで、多大な邪気を身にまとった男が優しそうに微笑んでいたのだ。

 綾香はとっさに踵を返すと、目の前に現れた階段を一気に駆け下りた。

「おいおい、もう降参しろよ~。傷つけるなって命令だから、こっちは鬼ごっこに付き合ってやってるだけなんだぜ」

 男、邪気の塊たる邪鬼の一人、クロードは、綾香を追って階段を降り始めた。

「剣主も、俺に気づいてこっち向かってるし。そろそろ決着つけるか」

 はあ~~~~~~っと、長いため息をついて階段を降り終えると、クロードは、そこがどんな所か一瞬で理解した。

 石の壁で覆われた、窓一つ無いその部屋の中央には、広い空間に似つかわしくない、一振りの剣があるだけだ。

 教会でよく見かけるのと同じ、セイントクロスの女神の像が腕に抱えるその剣は、別段変わった所は見受けられなかった。ただ、柄の部分と剣身を隠す鞘の部分に繊細な彫刻が彫られ、十字になった柄の中央には不思議な紋様が刻まれている。

「まさか、ここは」

 室内は、聖なる力で清められている。

 清めているのは他の何者でもない、その剣である。

 クロードは、そこが女神の剣の封印場所だと理解すると同時に、剣の元に向かおうとする綾香を認めてぎょっとした。

「待て!」

 慌てて駆け寄ろうとするが、ここでは分が悪い。邪気の塊である自分では、体が重くてしょうがなかった。

「仕方ない」

 クロードは自分の意識をひっこめると、その体の持ち主の意識に体を返却した。

(意識の同化程、力は使えないが)

 無理矢理、体を奪われたショックで、気絶したままの男の体をクロードは操った。

「ッ!?」

 鋭い気配を感じ、綾香は息を呑み、振り返った。

 剣まであと一歩という所で、目を閉じたままの男が自分に向かって思いっきり回し蹴りを食らわして来たのだ。

「がはッ」

 その衝撃で吹っ飛び、綾香の体は女神像にぶつかった。ぶつかった女神像はそのまま後ろに倒れ、無残に真っ二つに割れる。そして、女神の抱えていた剣は、部屋の隅へと衝撃で吹っ飛ばされてしまった。

(やれやれ、世話を焼かしてくれるねえ。ん? 剣主が城内に入ったか。早く決着をつけないと)

 仰向けに倒れた綾香の元に歩み寄ると、唇が切れたのか、深紅の血を滴らせる彼に手を伸ばした。


 その時だった。


「!?」

 部屋の隅に転がっていた剣が自ら意志を持ったかのように、綾香の投げ出された右手の中へと滑り込んで来たのだ。

 とっさに彼が掴んだのは


 剣の鞘。


 瞬間、綾香は目を大きく見開き、その額に剣の柄に描かれた紋様と同じ紋様が浮かび上がった。同時に、彼の体は不思議な銀の光を放ってその場から消え去り、鞘から解放された女神の剣が空中に浮かび上がったのだった。

 剣の鞘に触れた瞬間、綾香は自分の体と魂が分かたれるのを感じた。体は剣へと吸い込まれていき、それと同時に剣の鞘は拡散したのだ。

 そして、自分の魂、意識は。

(何故か、空中に浮いてるんですが)

 解放された女神の剣に寄りそうようにして漂う綾香、その意識は、ただ呆然と事の成り行きを見守る事しか出来ない。

 そして、くだんの邪鬼はというと

 解放された女神の宝を前に、男の後ろにいるクロードは呆然としていた。

(儀式も剣主もなしに剣と同化するなど、そんな馬鹿な!!)

 一方、空中に浮く綾香は、自分の中の綾香という意識が遠のくのを感じていた。

 リュセル

 剣の鞘に触れた瞬間、自分はリュセルになったのだと、綾香、リュセルは、唐突に理解したのだ。この瞬間、綾香という異世界の女が、記憶は残ろうとも、完全に消え去ったのだった。

(俺は、リュセル・セイントクロス・アシェイラ。この国の第三王子で、剣鍵の宿命を背負った者)

 綾香が抜けるのは寂しい気がしたが、でも、自分は1人じゃない事を確信している。その確信を裏付けるように、リュセルの唯一無二の半身が、次の瞬間、封印の間に飛び込んで来たのである。

 リュセルは今の自分の状態を解決してくれる存在に、心底安心した。


「これは……」

 まさか、女神の剣が解放されているとは思わなかったレオンハルトは、封印の間の惨状に目を見開いた。

「「殿下!」」

 後ろから二人の騎士が駆け寄ってくるが、それを右腕で制し、呆然と立ちすくんでいる男を睨み見た。

「あれが、元凶の邪鬼」

 そして、空中に浮かぶ剣と、その後ろのリュセルの魂を認めて目を細めた。

(本来なら、女神の宝の解放と共に宝鍵の肉体は宝に捧げられ、魂は宝主と同化するのだが、近くに私がいなかった為に宙をさ迷っているのか)

 リュセルの魂は、自分にしか見えていないのだろう。影のように揺らめくその魂は、今にも消えてしまいそうだ。

「おいで、リュセル。私の元に帰っておいで」

 そう優しくささやいて手を差し伸べる兄の胸へとリュセルは何も迷う事なく飛び込み、意識が一瞬途切れた。



 次に意識が戻った時、リュセルは、レオンハルトの目線で目の前の邪鬼を見ていた。目の端に、自分の胡桃色の長い髪がなびいているのが見える。

(自分? い、いやいや、自分のじゃないって!)

 自分につっこみを入れると、勝手に口が動いてしゃべった。

「うるさいぞ、リュセル。少し黙っていなさい」

「レオン!?」

 同じ口から別の声が放たれる。

 その異常な事態に、アイリーンとアントニオは驚きに息を呑んだ。

 レオンハルトは、自分の中に同化したリュセルを黙らせると空中に飛び、女神の剣をその手にとった。

「さあ、浄化の時間だ」

 冷酷な声でそう言い、金に光る瞳を邪鬼に向けた。

「うわああああああああっ、これは人間の体だぞ! それでも斬る気か!?」

 その言葉に、レオンハルトは片眉のみを上げて言った。

「それがどうした」

 冷酷な言葉に、クロードは顔を引きつらせる。

 そして、勝負は一瞬でついた。

 逃げ出そうとする邪鬼を素早い動きで追い詰めると、女神の剣でその胴を一気に裂いたのだ。

(レオン!!)

 リュセルが内(なか)で責めるが、レオンハルトは冷静に呟いた。

「馬鹿者、よく見ろ」

 床に倒れ臥した男の体は、どこも傷ついていなかった。

「私が斬ったのは中で操っていた邪鬼だけだ。手ごたえが足りなかったから、逃がしてしまったようだがな。まあ、充分、致命傷だろう」

 説明終えると、レオンハルトは剣に意識を集中させた。

「!!」

 目の前に光を放って現れたのは、自分の体だった。剣の剣身は、再び鞘に封印されている。

「そら、戻れ、リュセル」

 利き手に剣を持っている為、左腕一本で弟の体を支えたレオンハルトは、自分の内(なか)のリュセルにそう言った。

「どうやってだ???」

「……」

 途端に跳ね返って来たリュセルの返答にため息をつき、レオンハルトは目の前の弟の体の顔に唇を近づけた。

(な、何するつもりだ!)

 内(なか)で喚くリュセルに対し、面倒くさそうにレオンハルトは告げた。

「自力で戻れないなら、戻してやる」

 自分の意志に関係なく近づいてくる己の美貌に、一瞬リュセルは見惚れた。

 その瞬間、自分に口付けるという貴重な体験をしたリュセルは、意識が無理矢理レオンハルトから引き離されるのを感じる。自分の体へと戻されると同時に目を見開き、目の前の兄の美貌を見て叫んだ。

「も、戻った!」

「……」

 半身の目の前での無事な姿を確認すると、安堵と共にレオンハルトは同時に怒りを覚えた。

「あれだけ言ったのに、部屋を出たんだね、リュセル」

 冷たい怒りを孕んだ声に、リュセルは目を逸らした。

(怖い)

 しかし、あれは仕方がないのではなかろうか。

 あれは~、あっ!

「ユージンとティル!」

 部屋を出る原因となった者達を思い出して、リュセルは叫んだ。

「アイリーン、アントニオ」

 レオンハルトのその声に、女神の剣の覚醒に立ち会った為、忘我の境地にいた二人は、慌てて主の命令に従って封印の間を後にした。

「俺も行こう」

 リュセルがそう言って歩き始めたのに続いて肩を並べると、レオンハルトは内心首を傾げた。

(俺?……一人称が変わったか)

 剣の封印を解いた事による影響だろうか?

 そんなレオンハルトの考えなど知らないリュセルは、階段を昇りながら呟いた。

「あれが、邪気というものなのか」

 その問いに、レオンハルトは頷いた。

「そうだ」

 禍々しい闇の存在

「あれを浄化するのが私達の使命だ。」

「…………」

 黙り込んだリュセルに、レオンハルトは尋ねた。

「怖いか?」

 リュセルは頷こうとして動きを止めた。

「それもあるが、なんだか哀しい」

「哀しい?」

 弟の言葉にレオンハルトは眉をひそめた。

「ああ、とても哀しい。」

 目の奥に浮かぶのは、紫電の瞳の少年の残像だった。







「……やっかいな事になりましたね。剣鍵が儀式もなしに覚醒しました」

 アシェイラの方角に意識を向けながら、サイレンは眉をひそめた。

「覚醒の場に居合わせたクロードは、半死半生状態です。生き延びたとしても、長い年月の眠りを必要とする事でしょう。人の身にとり付いた状態にそんなダメージを負わせるとは、女神の与えた三つの力の中で一番厄介なのが、やはり、あの剣ですか」

 サイレンがぶつぶつと分析している横で、紫電の瞳の少年は、しくしく泣いていた。

「我が君……」

 なぐさめるように肩を抱くと、少年はサイレンにしがみついて大声で泣き喚いた。

「うあああああああああ!!姉上~~~~~!」

 そんな少年を横抱きに抱え上げ、サイレンは甘くささやいた。

「今はまだ我慢をして下さい。必ずあなたの望むものを捧げてみせます……。だから、今はお眠りを。力を蓄える為に。」

 サイレンの声に誘発されたのか、少年は嗚咽を漏らしながらも、最終的にはその腕の中で目を閉じて眠りについた。

「必ず。我が君、我が神、スノーデューク様」

 サイレンのその声は風にさらわれて、山の奥へと消えていった。

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