【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第八章 暁を呼ぶ者

6-2 女神の玉の解放

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 赤くなったリュセルの顔を見上げ、アルティスは妖艶に微笑んだ。

「これでは、レオンハルト殿も苦労するだろうよ」

 半身一筋である自分達さえも虜にする、天性の人誑し(もう女誑しどころのレベルではない)の才ある剣鍵に、その半身の苦労を思い、アルティスは同情する。

 天真爛漫で子供なローウェンにも苦労させられるだろうが、苦労でいうなら、人誑しを半身にもつレオンハルトの方が遥かに上であろう。

「何を……?」

 怪訝そうにそう言うリュセルに先手を討つ形で、アルティスは口を開いた。

「ところで、リュセル殿。お主、何故ここにおるのだ? レオンハルト殿はどうなされた?」

 アルティスの当然な問いに、リュセルは言葉に詰まったあげく、目線を気まずげに逸らした。

 城にいるはずの剣鍵の登場で、ひとまず危ない所を乗り切ったのはいいが、いるはずのない者が何故こんな所にいるのか。

「結び目はどうしたのだ?」

「一つは見つかって浄化してきた所だ」

 リュセルの答えを聞いたアルティスは、すぐに合点がいった。

「結び目は一つではないという事だな。お主がこんな所まで来るという事は、もう一つの結び目は、まさか、ユリエ姉上か?」

 勘のいいアルティスに驚きながらも、リュセルは頷く。

「ああ。だから、レオンと二人、お前達を追って城を出たんだが……、この騒ぎに巻き込まれてな」

 しどろもどろになるリュセルにアルティスは呆れた気持ちで彼の現在の境遇を言い当てた。

「お主……、迷子になったのか」

 ヒュールリー

 冷たい風が二人の間を吹きぬける。

「……それは違う。レオンの方が迷子になったんだ」

 長い沈黙の後の苦しい言い訳。それを聞いたアルティスは目を細めた。
 レオンハルトの頭の中に完璧なサンジェイラ王都の街の見取り図が組み込まれている事を知っているアルティスは、その言い訳を黙殺して答える。

「よいよい、我がちゃんとお主をレオンハルト殿の元へ連れて行ってあげる故、安心せよ」

「…………」

 すべて見抜かれている事を悟ったリュセルは無言になる。

「行くぞ」

 そ右手を掴まれ、強引に手をつながれたリュセルは、不思議そうにアルティスを見返した。

「もう、はぐれぬようにな」

 そうささやかれ、微笑まれては、どちらが年上なのかわからなくなってしまう。

「ああ」

 とりあえず、頷くしかなかったリュセルであった。







 一方、アルティスと離されたローウェンは、レインの肩に担がれた状態のまま辿り着いた歓楽街で、目にしたあまりの惨状に呆然としていた。

 それは、まさしく地獄絵図……。

 立ち並ぶ遊郭の建物は炎に包まれ、灰色の瞳をした者達と強硬派と思われる者達が殺し合っていたのだ。。

「ローウェンッ!」

 先に辿り着いていたユリエが呆然と立ち尽くす弟達に駆け寄ってきた。

「ユリエ姉上、これは……」

 レインの言葉を聞いたユリエは、大きく首を振る。

「麻薬中毒になった人達が暴れていて、手がつけられないのよ。強硬派の人達は、彼らの狂乱に巻き込まれただけのようだわ」

 簡単に状況説明をするユリエの状況判断力の的確さに感心しながらも、レインは眉をしかめた。

「どうやって、この事態を収拾するんだ?」

「…………わからないわ。どうして、麻薬中毒者達が急に暴れ始めたのか。彼らを、まず、どうにかしないと、このまま被害が広がり続ける」

 次の瞬間、首を振るユリエの背後から、灰色の目をした中年の男が襲い掛かってくる。

「ッ!」

 ローウェンは、勢いをつけてレインの肩から飛びのくと、男の体に見事なまでの回し蹴りを決めた。
 一撃で男を気絶させて仕留めたローウェンは、地面に降り立ち、片手を振る。一瞬の内に指輪から漆黒の大鎌に変化した武器を手に構え、周りを囲み出した灰色の目の麻薬中毒者達を見回し、顔をしかめた。

「殺しちゃ駄目なんだよね?」

 一応確認をとると、ユリエが大きく頷くのが目の端に移る。

「難しいなぁ」

 殺っていいんだったら、すぐにケリがつくだろうが、相手が罪のない国民達な為、生かしたまま動きを封じるというハンデありでは、いくら宝主でも難しい。しかも、ユリエを庇いながらでは。

 アルティスがいないのが非常に痛い。

 兄がいれば、密かに持ってきた女神の玉を解放し、彼らの中の邪気を浄化する事も出来るだろうが……。

「まずいね、これは」

 ローウェンの背筋に冷たい汗が流れた。しかし、敵は無情なもので、そんな事などお構いなしに襲い掛かってくる。

「レイン兄上は、ユリエ姉上をお願い!」

 そのまま、襲い来る者達に応戦して、ローウェンは鎌を振り上げ、彼らの足や腕に狙いをつけて攻撃を繰り出す。
 そうして、虚ろな灰色の目をした彼らの攻撃をかわしながら、ローウェンは気づいた。

(何かに操られてるの?)

 ふらふらとした緩慢な動きがその考えを裏付けている。

 ルルドの葉の中毒患者。それを、操れる者。

 それは、ただ一人。

「メルティス前王!」

 どこまでサンジェイラを貶めるのか。ローウェンは唸るように祖父である人の名を叫び、産まれて初めて人を憎んだ。

 その時だった。

 襲い掛かって来たそれを、同じように足を斬りつけて、動きを封じようとしたローウェンの目に迷いが浮かんだ。
 それ。その人は、虚ろな灰色の目に涙を浮かべて襲い掛かって来たのは、まだ年端も行かぬ子供だったのである。幼女……。そう表現した方がいいような年の子供の攻撃にたじろいだ隙をついて、他の中毒患者が襲い来る。

「ローウェンッ!」

 危ない! とユリエが叫ぶが、間に合わない。

(やばっ)

 冷たい刃が己の背に突き刺さろうとした時、ビシッという空気を裂くような音が響いた。

「ぐふっ」

 襲いかかって来た男の腕に命中したそれは、次に両足に命中する。

「小石……?」

 それは、石の礫だった。

 ローウェンが眉をしかめた瞬間、声が響く。

「油断するな」

 歓楽街を囲む石壁の上。そこに立つ青年の姿を見つけ、ローウェンは驚きの声を上げる。

「レオンハルト兄さんッ!」

 いつも着ている宮廷服ではなく、黒の交じった暗い赤色の直衣を着たレオンハルトが、片手に小石を握りながら、厳しい瞳でこちらを見つめていた。
 緩く一つに束ねた胡桃色の髪をなびかせながら壁から飛び降りた(かなりの高さがある)レオンハルトは、風のような速さでローウェンの助っ人に入る。

「レ、レオンハルト兄さん、和装も似合うね」

 バリバリに直衣に合うような髪型になっているレオンハルトの姿が気になり、共に戦いながらも、つい、ローウェンはそう声をかけてしまった。

「そんな事言っている場合か」

 そう叱られ、ローウェンは、おそらく、この髪型はリュセルが絡んでいると確信を持っていたので、あまり触れないようにする。

 そこで、ようやく気づく。

「リュセル兄さんは?」

「はぐれてしまった」

 素早く動いて攻撃をかわしながらそう答えたレオンハルトに、ローウェンは目の前に迫った男の顔面を殴りつけながら叫んだ。

「え~~~~~~っ!? じゃ、じゃあ、女神の剣、使えないじゃない!?」

 レオンハルトも、背後から襲いかかってきた男の首を片手で締め上げて、眉根を寄せる。

「お前こそ、アルティスはどうしたんだい?」

「こっちも同じ。はぐれちゃったんだよ~」

 ローウェンの半泣きになりながらの訴えを聞き、レオンハルトは呟いた。

「まずいな……。このままでは埒があかん。女神の力を使って一気に浄化しないと」

「でも、ここには鍵がいないんだよ!? いるのは、使い手である、僕ら宝主だけ! いくら、尊い女神の宝でも、鍵がなくちゃ、ただの玉っころと鈍ら剣だよ~~~~~っ!」

 その通りなのだが、なんだか、ひどい物言いである。

「さて、どうするか」

 ピンチに陥りつつも、レオンハルトは、やはり、どこか偉そうだった。



「うわああああ~~~~ん! きりがない! きりがないよおおおおお~~~~!」

 殺さない程度に戦闘不能にしても、まるで、ゴキブリ(?)のように湧き出てくる麻薬中毒者達に、ローウェンは半泣きになりながら大声で喚き散らしていた。

 しかし、喚き散らしながらも、次々に彼らをのして行くローウェンの強さは半端ない。それも、細い体で、息一つ乱していない。幼くとも、さすがは宝主。とんでもない戦闘能力である。
「リュセルかアルティス。どちらかが合流するまで、持ちこたえろ」

 流れるようなしなやかな動きで、レオンハルトも応戦しながら、冷静にそう言い放つ。

「そんなぁ~」

 情けない声を上げながらも、前線に立ち、大立ち回りを繰り広げる無敵の強さを誇る宝主コンビの後方でも、灰色の目をした中毒者達は、そこにいたユリエやレインに襲い掛かっていた。

「ユリエ姉上!」

 後ろに庇っていた姉に、うつろな灰色の目をした中年の男が襲い掛かるのを見たレインは、慌ててその男に殴りかかろうとした。……が。

「無礼者~~~~~っ!」

 バチバチバッチーーーーーーーン!

「……お、おお~」

 レインがつい拍手をしてしまう程、見事なまでの往復ビンタだった。

 前線に立つローウェンとレオンハルト。後方のレインとユリエ。なんとか、現在、ぎりぎりの所で乗り切っているが、限界は近い状態だ。

(一体、どこで迷子になっているんだ? あいつは)

 レオンハルトは、来る途中で姿を消した弟の事を思い、眉をしかめる。

 そう……。そうして、肝心要の、女神の宝の鍵である二人が、ようやくこの場に辿り着いたのは、ユリエとレインの体力が限界ギリギリになってからだったのだ。

「手……、手が痛いわ。ちょ……、私、頭脳派なのよ。も、もう、無理…………」

 息を激しく乱しながら、戦いどころか喧嘩の経験すらないのに、素晴らしいまでのビンタ攻撃で相手を戦闘不能にしていたユリエの小柄な体がグラリと揺れるのを見て、レインは今度こそやばいと思った。

 しかし、次の瞬間、無様に地面に倒れると思われたユリエの体は、力強い腕に抱きとめられる。

「大丈夫ですか? ユリエ姫」

 そのまま横抱きに抱えられて(まさしく姫抱っこだ)、ユリエは驚きに目を見開いた。今まで嗅いだ事のないような高貴な香り。その香りに包まれて、ユリエは現在の状況を忘れさせる程美しい白皙の美貌を、固まったまま見上げた。

 女性であるなら、誰しも羨むような状態にあるユリエは、しかし、彼がこうして自分を抱きながら、その中にあるルルドの葉の結び目を探っている事に気づかなかった。

(やはり、ある)

 アサギと同じ、その額の奥に違和感を感じる。

「リュセル王子、ユリエ姉上を頼む。我が行こう」

 その古風な話し方と声に、ユリエは自分を抱き上げている銀の王子の隣に、弟、アルティスの姿がある事を認める。

「わかった」

 リュセルの返事を聞き、そのままアルティスは、離れた場所で中毒者相手に応戦しているローウェンを呼んだ。

「ロー!」

 待ち焦がれた相手の声。襲ってきた女性に謝りながら蹴りを入れていたローウェンは、はっとして、声のした方に目を向ける。

「アル!」

 無事だった。

 その事実に安堵しながらも、ローウェンは持っていた漆黒の大鎌を指輪に戻し、被っていた黒髪のかつらと、かけていた変装眼鏡をとって遠くへ放り投げた。

「レオンハルト兄さん!」

 傍にいたレオンハルトを呼ぶと、彼は、わかったというように頷く。

 ローウェンは、しつこい麻薬中毒者達の相手をしながら、着物の袂に入れておいた、片手の平に乗る程の大きさの、白色に濁った玉を出し、短く縮めてあった柄をスライドさせて、元の長さに戻した。

 まるで、長杖のような形状になったそれを構えると、駆け寄ってくるアルティスに向かって叫んだ。

「来て、アルティス!」

 その呼びかけに答えるように、アルティスは自分の右手を女神の玉にかざす。瞬間、アルティスの額に不可思議な紋様、神紋が浮かび、その場を銀色の光が満たした。

 目が眩むような光の中、アルティスの体と魂は一瞬で分け離される。

 そして、体は玉に捧げられ、魂がローウェンの中に溶け込み、完全に同化すると、白く濁っていた玉は無色透明になり、本来の輝きを解き放つ。

 ローウェンの姿をしたアルティスは、閉じていた右の蒼い目を開くと、その口元に妖しい微笑みを浮かべて告げた。

「さあ、浄化の時間だ。覚悟は出来ておるか?」
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