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第八章 暁を呼ぶ者
9-3 ユリエの真実
しおりを挟む「きっとお前は、刹那的な生き方をしてしまうんだろうね」
昔……、ユリエがまだ子供だった頃、哀しそうにそう言った女性がいた。
当時の玉鍵にして、アルティスの先代。
現在の玉主玉鍵、ローウェンとアルティスの先代達は、早くに母親を失ったユリエの、まさしく母親代わりだった。
綺麗で、強く、賢く、そして、優しい彼女達が、ユリエは大好きだった。
母というより、姉といった方がいいような、少女めいた外見を五百年近く維持し続けてきた二人の晩年のほとんどは、自国たるサンジェイラに留まってはいなかった。
アシェイラの剣主剣鍵、ディエラの鏡主鏡鍵と、続けて世代交代に入った為、実質的に、二人対となって動ける女神の子供が彼女達しかいなくなったからだ。
浄化任務の為、世界中を旅して回っていた二人がサンジェイラに戻って来たのは、アルティス誕生の数日前、彼女達が永遠の眠りに就いて、女神の元に旅立つという時だった。
母とも姉とも慕っていた二人との別れが耐え切れず、泣きじゃくるユリエの頭を、背を、優しく撫でながら、最期の夜、二人は何も言わなかった。
別れの言葉も、慰めの言葉もなく、そんな中、不意に玉鍵であった人がこぼした台詞がそれだった。
「せつなてきな、生き方?」
泣いている事を忘れ、不思議そうに目を瞬かせるユリエの頬を撫でて、今度は玉主であった女性が言った。
「あなたの魂に刻まれている宿命が、そうさせてしまうのでしょう。これから眠り往くわたくし達は、ユリエのそんな生き方を止める事が出来ない。それが、とても哀しいのです」
「願わくば、私達の次世代の玉主玉鍵……、いや、別の女神の子供でもいい。その宿命を理解し、止めてくれるように、ずっと女神の身許で祈っているよ」
ユリエの頬を撫でる半身である玉主の片手に己の手を重ね、優しくささやいた彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちるのを見たのが最後だ。
次にユリエが目覚めた時、彼女達は既に永遠の眠りにつき、そして、アルティスが産まれていた。
娘のように、妹のように、愛し、可愛がってくれた、あの美しい姉妹に恥じぬ生き方をしようと、ユリエはその時誓ったのだった。
彼女達がユリエの何を憂い、何を心配していたのか、今になっても分からない。
ただ、自分の中にあるのは、サンジェイラの国に対する愛しさと、何故か胸が締め付けられるような切なさだ。
何故なのか、分からない。
どうして、こんなにサンジェイラ国を守りたいのか。
ずっと、分からない。
アルティスを、ローウェンを。現代の剣主たるレオンハルト王子を、剣鍵たるリュセル王子を、鏡主たるジュリナ姫を、鏡鍵たるティアラ姫を……。彼ら女神の子供達を見つめると、胸が痛むのは何故なのか。
「ユ……、ユリエ…………っ」
背中から刺され、脇に深い傷を負ったミゼールは、大量の血を流しながら、自分を刺した娘の必死の形相を見つめ、顔を歪めた。
「よせっ、ユリエ!」
もしもの時は自分がやるつもりだったアサギは、突然の妹の凶行に間に合わず、そう叫んで止めようとした。
「守らなくては、守らなくては……あの方の為に。だから……だから、ごめんなさい、お父様。ごめんなさい…………。すべては、この国の為に。お願い、死んで!」
悲痛な叫びと共に、今度は父親の心臓めがけて短刀を振り下ろそうとしたユリエの姿を見つめ、アサギは再び叫んだ。
「やめろおおおおお!」
その時。
内側から鍵をかけて固く閉ざしていたこの王の自室の扉が、いきなり細切れに斬り裂かれた。
「ユリエ姉上っ!」
外部からの侵入者を許さないように頑丈に設計された扉を、いとも簡単に己の手の中に握られていた剣で切り裂いたレオンハルトの後ろからローウェンとアルティスが現れる。そして、いきなり現れた弟達に気をとられた様子のユリエの手から、レオンハルトは素早い動きで短刀を弾く。
「父上!」
続いて、血を流して倒れているミゼールに気づいたレインが慌てて父王に駆け寄る。
「止血を」
レインの横で、レオンハルトが自分の着物の袖を裂いてミゼールの傷の場所に押し付け、彼に言った。
「まだ間に合う、医者を呼べ」
その言葉にすぐさま頷き、部屋を飛び出したサクラとレインの姿を見送ると、リュセルは呆然としている様子のユリエの前に跪いた。
床にへたり込み、両脇をローウェンとアルティスに支えられている状態のユリエは、焦点の合っていない瞳をリュセルに向けると呟いた。
「どうして邪魔するの?」
「皆、あなたに親殺しの罪を負って欲しくないのです」
静かにそう言うリュセルの顔を見上げ、ユリエはその髪の銀の輝きに目を奪われる。
「このような男を殺して、ご自身の魂を汚してしまうおつもりか?」
血に濡れ倒れる父王の傷を止血しながらも、ユリエに目を向けてくるレオンハルトの、その瞳。気高い金色に既視感を覚えた。
「嫌だ。嫌だよ、姉上」
泣きながら縋り付いてくるローウェンの、左目の下にある小さな泣きぼくろ。昔、自分はそれが好きだった。
「ユリエ姉上」
痛みを堪えるような声と共に、肩にまわされたアルティスの褐色の腕。その、肌の色。懐かしい……。
「でも、守ると誓ったんだ」
ぼんやりとしながら呟いたユリエは、目の前のリュセルの体に縋りつくと、涙を流しながら訴えた。
「あなたの眠りを、あなたの想いを、あなたの心を……。守る為に、守り続ける為に、僕は……、僕達は、この国を創ったんだ。あの時泣いていた、あなたの涙を止めたくて、哀しみを止めたくて」
血を吐くような叫びは、リュセル達四人の中の、女神の記憶を呼び覚ます。
ー泣かないで……。あなたの代わりに、その役目は僕らが負うからー
切ない位に懐かしく優しい声と共に、三人の青年の姿が脳裏に浮かぶ。
その中の一人、穏やかな眼差しの黒髪の青年。
優しい子供だった。
賢い子供だった。
戦いに不向きだった彼を巻き込んだのは、紛れもない自分達の母。
「例え、どんな事があろうとも、あなたをお守りします。レイデューク様」
ユリエのその言葉を聞くと共に、リュセルは彼女の体を掻き抱いた。
「すまない……、すまなかった。…………サンジェイラ」
許してくれ。そう呟くリュセルの腕の中で、ユリエの意識はゆっくりと沈んでいったのだった。
その後、ミゼールは一命をとり止める事ができた。ユリエは過酷なる運命を、その背に背負わずに済んだのだ。
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