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第九章 怪盗イチゴミルク
6-2 アシェイラ城への侵入
しおりを挟む「ふう。今日も日が暮れるのが早かったな」
日が沈み、夕食をとり終えたジュリナは、そう言いながら、幼なじみの部屋のソファでぶどう酒を飲んでいた。彼女の横では、クマ吉が短いもこもこの両手でぶどう酒の瓶を傾けて、ジュリナの持つグラスに注いでいた。
「ティアに会いたいよ。まったく」
ディエラに残してきた優しい妹の事を思い出して、ジュリナは軽くホームシックになる。
揶揄かって楽しいリュセルはいないし、今日一日忙しく城中を駆け回っていたレオンハルトは、今現在、雰囲気が怖すぎて、近づきたくない。だが、このまま帰ってしまっては、なんだか後味が悪い。
「はあ~~~~」
大きなため息をついた時、部屋の主が帰ってきた。
「…………まだいたのか?」
「ずいぶんな台詞だねぇ」
幼なじみの言葉にジュリナはそう返すと、テーブルの上に置いておいた箱を渡した。
「さっき、デコレート商会から届いたよ」
レオンハルトはジュリナから渡されたその箱を無造作に受け取ると、無言のまま紙箱を開けて、その下に収められた見事な細工の小箱を取り出した。
「なんだい、それは?」
不思議そうなジュリナの目の前で、小箱の蓋を開く。
「速効でしつらえたにしては、いい出来だね」
レオンハルトの言葉に眉をひそめながら、隣からそれを覗きこみ、ジュリナは絶句した。
繊細な彫刻が刻まれた、銀の手枷と同じデザインの足枷、それと銀の鎖。
「一つ、聞いてもいいかい?」
「なんだ?」
「そ、そ、そそそそそれを、誰に使うつもりだい?」
どもりながらのジュリナの質問を聞いたレオンハルトは、呆れたような目線を向けてくる。
「決まっているだろう?」
(ぎゃああああああっ、戻ってくるなあああ~~~~っ! リュセル~~~~~~!)
戻ってきたら、あの銀の王子には地獄が待っている。
(こ……、これはどうしても、こいつよりも先に私がリュセルを保護しないといけないよっ! 場合によっては、レオンハルトの頭が冷えるまでディエラに連れて行かないと)
ジュリナはそう考えながら、固く決心していたのだった。
「…………」
幼なじみにして元婚約者の悲愴な決心などまったく気づいていないレオンハルトは、その間、無言で手にした銀の手枷を見つめていたが、不意に銀の鎖に手を触れると、小瓶を懐から出し、中に入っていた水を振りかけた。
「レオンハルト?」
自分の声を無視したまま、レオンハルトが口の中でぶつぶつと呟いている言葉の内容を理解すると、ジュリナは唖然とする。
それは、古の神々が使ったと伝えられる、古代神聖呪文。
女神の眠る地、セイントクロスの泉の水を媒介にして、リュセルが身につけている金のブレスレットと同じように銀の鎖に仕掛けたそれが成功すると、レオンハルトはゆっくりと薄い唇を弓なりに反らせた。
「ふっ……、これをつけてやる時が楽しみだ」
そう言いながらそれを懐にしまって自室を出ていく幼なじみを見送りながら、ジュリナは青白い顔をしたまま、近くに控えていたクマ吉に言った。
「クマ吉、お前の主人は誰に設定されてるんだい? レオンハルトか?」
クマ吉は大きく首を横に振る。
「じゃあ、リュセルかい?」
その言葉に恥ずかしそうに頷いたもこもこクマに向かい、ジュリナは真剣な表情で話しかけた。
「なら、私に協力しな。お前の主人が今、大ピンチなのがわかるね?」
クマ吉は大きく首を傾げる。
彼の設定内に組み込まれているものでは、レオンハルトは自分の主人の次に従うべき人物であり、主人の保護者的位置にいる者として認識されていたのだ。絶対に主人に危害を加えぬ者として認識していたレオンハルトを、クマ吉が危険視出来るはずもなかった。
「くっ、さすがは北の神童が作っただけはある、お世話用ぬいぐるみ。くそっ、戦闘モードとやらに変換可能なのは、リュセルとレオンハルトだけかい。仕方ない。戦闘モードにならずとも、私の手伝い位は出来るだろう? 一緒にリュセルを助けるぞ!」
不思議そうに首を傾げていたクマ吉は、ジュリナの最後の台詞に大きく頷いた。
主人たるリュセルに会えるのだと聞いて、嬉しそうに耳をピクピクさせているクマ吉を腕に抱えると、ジュリナは真剣な表情で言う。
「絶対にレオンハルトより先にリュセルを捕まえないとね」
一人と一匹は気合を入れたのだった。
そして、リュセルの方はというと……
潜伏していた宿屋がばれて、夜の王都の街の中を駆け回っていた。
「待って下さいぃぃぃぃ~!」
昨夜足をくじいていたハミルが、前を走るリュセルとミルフィンに向かって、情けない声で懇願していた。
「も~~~~っ、このヘタレ! しっかり走りなさいよっ!」
「軽くとはいえ、足をくじいてるんだ。それは無理だろう。さて、どうするか」
総指揮権がレオンハルトに移行してから一切の動きの無駄がなくなり、警備が厳重になった騎士達の動きを気にしながら、リュセルは建物の影へと二人を連れて身を潜めた。
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「そうですね」
最もなリュセルの意見に不安そうに頷いたハミルの腕をとると、月の美貌を有する王子は甘い声でささやいた。
「おいで。足をくじいているんじゃ、つらいだろう? 背負って連れて行ってあげよう」
瞬間、ハミルの頬が赤く染まると同時に、ミルフィンの刺すような視線が突き刺さる。
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慌てて首を左右に振りまくるが、リュセルは心配そうに言った。
「遠慮しなくてもいいんだぞ。背負われるのが嫌なら、抱いて行ってあげようか?」
もっと、嫌ですううううっ!
ハミルは半泣きになりながら、尚も拒否した。横ですさまじい程に怖い顔をした主がハミルの顔を睨みつけているのだ。
「だ、だだだ、大丈夫です!」
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普段、横暴でわがままな、主兼師匠のミルフィンに仕えている為、ハミルは思わぬリュセルの優しさに感動してしまう。
「では、行くか。抜け道の入口はもうすぐだ」
リュセルのその言葉に、ミルフィンとハミルは同時に小さく頷いた。
それから、どうにか城内への侵入に成功したリュセル達は周囲の様子をそれとなく探った。
その結果知った、怪盗イチゴミルク捕獲の為、城中の要所の到る所に配置された騎士達の警戒のあまりの強さにリュセルは内心舌を巻いた。
「ここまでやるか? レオンの奴」
この絶対的な警備の中から盗まなくてはいけないのだ。ある意味、不可能に近い。
「絶対に負けんぞ」
しかし、リュセルはもはや意地になっていた。
「とりあえず、リュセル王子殿下。予告状を出さないといけませんわ」
一旦抜け道の終点地点たる井戸の中に戻ると、眦を上げて土壁を睨みつけていたリュセルにミルフィンは怪盗イチゴミルクとして進言する。
「”怪盗イチゴミルク”は、まず予告の書状を出してから、予告を出したものを必ず盗む事を信条としております。昨夜のような曖昧な口頭での予告ではなく、盗む直前でもいいので、文章で予告を出さないと……」
「そうか、わかった」
ミルフィンの言葉に頷き、ハミルが渡してきた便せんと羽ペンを受け取ったリュセルは、サラサラと流暢な文字で盗むべきものをあきらかにした。
「……え?」
「ほ、ほ、ほ、本気ですか!? リュセル王子!?」
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「……なんというか、…………超難関、ハードル激高だわねぇ」
う~んと唸りながらそう言った主に珍しく同意して、ハミルも頷く。
「無謀ですよぅ~」
反対気味の二人の本家本元怪盗イチゴミルクとその弟子に目を向けると、リュセルは不敵に笑った。
「難しいのはわかっている。それでも、やるぞ」
「わかりました~~~!」
怪盗イチゴミルクから一瞬でリュセルの愛の下僕に戻ったミルフィンは、コロッと意見を変える。
「不安です……」
唯一ハミルだけが、不安そうに顔を曇らせていたのだった。
*****
「今頃さらわれたリュセル王子は、一体どのような目に遭われておられるのか。殿下のご心痛を考えると胸が痛む」
城門近くの警備にあたっていたアイリーンは、同じく城門警備のユージンにそう話しかけた。
「……生きておられるのならいいが」
「ユージンっ!」
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