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第十章 盲目の神官
8-1 襲撃
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リュセルとユージンが、そんな馬鹿なやりとりをしている時だった。
「た、たた大変ですっ! 例の男が姿を現しました!」
出かけていたのか、息も絶え絶えになりながら戻ってきたハワードは、驚きに目を見張るリュセルとユージンに信じられないような事を言った。
「女騎士様と神官様が……っ」
それに反応したのは、ユージンの方が早かった。
即座に立ち上がると、いつもの飄々とした風体からは予測も出来ないような素早い動きで家を飛び出す。
「レオン!」
リュセルも慌てて室内のレオンハルトを呼ぶが、呼ぶと同時に扉が開いた。
「行くぞ」
寝姿そのままのリュセルと違い、すっかり身支度を整えていたレオンハルトは、弟の答えを聞く間もなく、そのままユージンの後を追って走り出した。
初めて出会った時から惹かれていた。
小言でもいいから声が聞きたくて、いつもふざけたような態度を繰り返した。それなのに、こちらを見て欲しい気持ちが消せず、好きでもない女と付き合ったり別れたりを繰り返す。
遊びの付き合いは楽だった。
自分は臆病なのだ。本当に好きな相手に気持ちを伝えて、拒絶されるのが怖い。情けない。……情けない男だ。
(でも、どんなに情けなくても、君を想う気持ちは本物なんだ)
ユージンはがむしゃらに走りながら、アイリーンの無事を祈り続けた。
行方不明になったのは年頃の娘。女性達だ。
邪鬼の狙いは、若い女性に違いない。元来、吸血鬼は若い女の生き血を好むというじゃないか!
「アイリーン!」
想い人の名を叫んだ瞬間。
「なんだ?」
「………………へ?」
普通に返事が返ってきた。
村にある家々の内の一軒。その軒下で、アイリーンが濡れた布を額に当てて、その場に座り込んでいたのだ。
「アイリーン……、アイリーンッ!」
想い人の無事な姿にユージンは咄嗟に彼女の体に抱きついてしまう。
「なっ!?」
いきなりの事に驚いたアイリーンは、同僚の体を引き離そうとするが、ユージンの肩が震えているのに気付き、小さくため息をつく。
「大の男が泣くな、馬鹿者。私は無事だ」
ポンポンとその背を叩いてやった時、レオンハルトとリュセルが追いついた。
「お前は無事なようだね」
部下が抱き合っている姿を気にも留めず、短く状況確認をする主にアイリーンは頷く。
「はい。軽く頭を打ちましたが……」
ユージンの目には、無事なアイリーンの姿しか映っていなかったようだが、現在、彼女の周りには、騒ぎを聞きつけた村人が集まって来ていた。
しかし、その中に翠緑の髪の神官の姿はない。
「セフィ殿はどうしたんだ?」
リュセルの問いかけに、アイリーンは唇を噛みしめた。
「連れさらわれました。禍々しいまでに美しい容姿をした男に」
その言葉にリュセルは唖然とし、レオンハルトは思案するように顎に右手を添えたのだった。
「何故、セフィ殿が……」
リュセルの声がその場に虚しく響いた。
「話をまとめると、娘がいなくなったという村人の家に出向いた、その帰り道に襲われたのだね?」
とりあえず、頭を打ちつけ、大きな瘤が出来てしまったアイリーンを元いた村長の家に連れて帰ると、レオンハルトは何が起こったのかを確認した。
横になっていなさい。という主の気遣いから、昨夜ほとんど使用されなかったリュセルに用意されていた寝台に横になったまま、アイリーンはレオンハルトの質問に答える。
「はい、長い黒髪の男でした」
アイリーンの言葉を聞き、室内にいたハワード村長も声を上げる。
「スペル村で目撃された男の特徴と同じです!」
「顔はどうだったんだ? やはり、うっとりする程美しかったのか?」
寝起きの姿から外出着に着替え終えたリュセルがそう尋ねると、アイリーンは軽く首を傾げた。
「そうですね……。綺麗といえば綺麗な顔をしていましたが、そんなに騒ぐ程のものでもなかったと思いますが」
そんなアイリーンの言葉を聞いて、ユージンが言った。
「あああっ~! すみません、殿下! 俺達、殿下方の人外めいた超絶美貌に慣らされているんで、ちょっとやそっとの美形には驚かないんですよ」
ものすごい言い訳だが、事実なのだろう。
「今思い返してみれば、あの男、自分の顔に相当自信があったらしく、私がまったく何の反応も返さないんで、かなりショックを受けていたようでした」
アイリーンのその言葉に、レオンハルトが静かな反応をした。
「……という事は、邪鬼の最初の目的はアイリーンだったのだね」
「はい。奴は最初、私を狙ってきました。この瘤も、その時抵抗して出来たのですが……。アルターコート神官の姿を認めた途端、何故かターゲットを移したのです」
「何故、セフィ殿を……」
まさか、あの盲目の神官は女だったのか? リュセルはそんなありえない事まで考えてしまうが。
(いや、それはない)
あの時、温泉の湧き出ていた森の中で押し倒した時触れた体は、まぎれもなく固い男のものだった。それに、あんなにでかく、骨ばった女がいたら嫌だ。
「何故だ」
リュセルだけでなく、その場にいた全員が思ったであろうその疑問に答えたのは、やはり兄、レオンハルトだった。
「聖なる血肉が目的だろう」
その言葉に、はっとしたように目を見開いたのはリュセルだけで、他の者は、皆、不思議そうに首を傾げる。
「聖なる血肉とは、女神の子供……、つまり、私達の事を示すのだが、稀に勘違いしている邪鬼もいるのだよ。神官や巫女などの、神に仕えている聖なる者達がそうなのだと」
「聖なる血肉が目的って、何故ですか?」
アイリーンのその問いに、今度はリュセルが答えた。
「俺達の血肉は、邪鬼からすればご馳走らしいのさ」
その瞬間、ユージンは出立前にリュセルから聞いた話を思い出す。
ー俺達、女神の子供の血肉はうまいらしいぞー
なんて恐ろしい事を言うのだと思っていたが、事実だったのか……。
「とにかくレオン、一刻も早くスペル村に出発しないと、セフィ殿が危ないぞ!」
焦りを含んだリュセルの声に頷くと、レオンハルトは言った。
「すぐに出発する」
「くっ、セフィ殿……。どうか無事でいてくれ」
あの優しい盲目の青年が、この世界からいなくなる事など、考えたくもなかった。
リュセル達がセフィを必ず邪鬼から救い出そうと決意している、ちょうどその時。
「まずい……」
いきなりさらわれて、意味のわからぬまま見知らぬ場所に連れ込まれたと思ったら、首筋に思いきり噛みつかれたセフィは、目の前の男が発した言葉に眉をしかめる。
(勝手に人の血を吸っておいて、それはないでしょうが)
「聖なる生き血はうまいし、多大な力を秘めているって聞いたのにな~」
レオンハルトと同じくらい長い髪のその青年は、赤いリボンで束ねた自慢の黒髪の先をいじくりながら呟く。
「やっぱり、一番は女の生き血だあね」
そう言うと、セフィの体を床の上に突き飛ばした。
リボンの赤と紅を塗ったかのように赤い唇。その、病人のように青白い肌を抜かせば、見事に黒ずくめなその青年は、一見、実に物憂げで儚そうな美青年だった。
目が見えていない為、周りの光景はわからないが、その気配から、セフィは部屋に多数の人間がいる事を知る。
(四……五…………六人。全員女性のようですね。連れさらわれたという娘達でしょうか。確か、スペル村、アイル村と合わせて、さらわれた娘は七人。一人は遺体で戻ってきたという事ですから……、数は合っていますね)
それにしては、気配が変だった。
怯えている様子もない上、その息使いにまったくの乱れがない。
盲目のセフィにはわからなかったが、少女達は皆、操られているかのようにうっとりとした表情を浮かべて、黒髪の邪鬼に血を吸われるのを待っていたのだ。
「口直しがしたいな」
青年の呟きに呼応したように、焦げ茶色の髪をした十五~十六歳程の年齢の少女が、襟元をくつろげてさらした己の首筋を捧げる。
「メアリ」
可愛い子だな。というささやきと共に、柔らかなそこに牙をたてて血をすする青年の背に縋りながら、メアリと呼ばれた少女は喘いだ。
「ああ、ローゼン様ぁ」
音だけで何が今なされているのかを悟ったセフィは、嫌悪感に顔をわずかに歪ませる。
食事を終え、崩れ落ちるメアリの体をソファに横たえたローゼンは、血に染まった赤い口元を無造作に拭い、セフィに近づいた。
「さて、お前をどうしようかねぇ」
血の匂いが強くなり、顔を寄せられた事がわかる。
「血はまずいし、殺しちゃおうか?」
誰に尋ねているのかはわからないが、何故か疑問形だ。
瞬間、顔を強張らせたセフィの目の前で、ローゼンの顔つきがゆっくりと変わった。顔立ちはそのままに、表情が一変したのだ。
(…………? 雰囲気が……、変わった?)
何となくそれを察したセフィを一瞥すると、彼は言った。
「だからお前は短絡的だというのさ、ローゼン。こいつを生かして人質にしておけば、直に大きな獲物が向こうからやって来てくれるぞ」
声は同じだが、口調も違う。
(多重人格者?)
呆然とするセフィを妖艶な表情で流し見ながら、彼は言った。
「た、たた大変ですっ! 例の男が姿を現しました!」
出かけていたのか、息も絶え絶えになりながら戻ってきたハワードは、驚きに目を見張るリュセルとユージンに信じられないような事を言った。
「女騎士様と神官様が……っ」
それに反応したのは、ユージンの方が早かった。
即座に立ち上がると、いつもの飄々とした風体からは予測も出来ないような素早い動きで家を飛び出す。
「レオン!」
リュセルも慌てて室内のレオンハルトを呼ぶが、呼ぶと同時に扉が開いた。
「行くぞ」
寝姿そのままのリュセルと違い、すっかり身支度を整えていたレオンハルトは、弟の答えを聞く間もなく、そのままユージンの後を追って走り出した。
初めて出会った時から惹かれていた。
小言でもいいから声が聞きたくて、いつもふざけたような態度を繰り返した。それなのに、こちらを見て欲しい気持ちが消せず、好きでもない女と付き合ったり別れたりを繰り返す。
遊びの付き合いは楽だった。
自分は臆病なのだ。本当に好きな相手に気持ちを伝えて、拒絶されるのが怖い。情けない。……情けない男だ。
(でも、どんなに情けなくても、君を想う気持ちは本物なんだ)
ユージンはがむしゃらに走りながら、アイリーンの無事を祈り続けた。
行方不明になったのは年頃の娘。女性達だ。
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「アイリーン!」
想い人の名を叫んだ瞬間。
「なんだ?」
「………………へ?」
普通に返事が返ってきた。
村にある家々の内の一軒。その軒下で、アイリーンが濡れた布を額に当てて、その場に座り込んでいたのだ。
「アイリーン……、アイリーンッ!」
想い人の無事な姿にユージンは咄嗟に彼女の体に抱きついてしまう。
「なっ!?」
いきなりの事に驚いたアイリーンは、同僚の体を引き離そうとするが、ユージンの肩が震えているのに気付き、小さくため息をつく。
「大の男が泣くな、馬鹿者。私は無事だ」
ポンポンとその背を叩いてやった時、レオンハルトとリュセルが追いついた。
「お前は無事なようだね」
部下が抱き合っている姿を気にも留めず、短く状況確認をする主にアイリーンは頷く。
「はい。軽く頭を打ちましたが……」
ユージンの目には、無事なアイリーンの姿しか映っていなかったようだが、現在、彼女の周りには、騒ぎを聞きつけた村人が集まって来ていた。
しかし、その中に翠緑の髪の神官の姿はない。
「セフィ殿はどうしたんだ?」
リュセルの問いかけに、アイリーンは唇を噛みしめた。
「連れさらわれました。禍々しいまでに美しい容姿をした男に」
その言葉にリュセルは唖然とし、レオンハルトは思案するように顎に右手を添えたのだった。
「何故、セフィ殿が……」
リュセルの声がその場に虚しく響いた。
「話をまとめると、娘がいなくなったという村人の家に出向いた、その帰り道に襲われたのだね?」
とりあえず、頭を打ちつけ、大きな瘤が出来てしまったアイリーンを元いた村長の家に連れて帰ると、レオンハルトは何が起こったのかを確認した。
横になっていなさい。という主の気遣いから、昨夜ほとんど使用されなかったリュセルに用意されていた寝台に横になったまま、アイリーンはレオンハルトの質問に答える。
「はい、長い黒髪の男でした」
アイリーンの言葉を聞き、室内にいたハワード村長も声を上げる。
「スペル村で目撃された男の特徴と同じです!」
「顔はどうだったんだ? やはり、うっとりする程美しかったのか?」
寝起きの姿から外出着に着替え終えたリュセルがそう尋ねると、アイリーンは軽く首を傾げた。
「そうですね……。綺麗といえば綺麗な顔をしていましたが、そんなに騒ぐ程のものでもなかったと思いますが」
そんなアイリーンの言葉を聞いて、ユージンが言った。
「あああっ~! すみません、殿下! 俺達、殿下方の人外めいた超絶美貌に慣らされているんで、ちょっとやそっとの美形には驚かないんですよ」
ものすごい言い訳だが、事実なのだろう。
「今思い返してみれば、あの男、自分の顔に相当自信があったらしく、私がまったく何の反応も返さないんで、かなりショックを受けていたようでした」
アイリーンのその言葉に、レオンハルトが静かな反応をした。
「……という事は、邪鬼の最初の目的はアイリーンだったのだね」
「はい。奴は最初、私を狙ってきました。この瘤も、その時抵抗して出来たのですが……。アルターコート神官の姿を認めた途端、何故かターゲットを移したのです」
「何故、セフィ殿を……」
まさか、あの盲目の神官は女だったのか? リュセルはそんなありえない事まで考えてしまうが。
(いや、それはない)
あの時、温泉の湧き出ていた森の中で押し倒した時触れた体は、まぎれもなく固い男のものだった。それに、あんなにでかく、骨ばった女がいたら嫌だ。
「何故だ」
リュセルだけでなく、その場にいた全員が思ったであろうその疑問に答えたのは、やはり兄、レオンハルトだった。
「聖なる血肉が目的だろう」
その言葉に、はっとしたように目を見開いたのはリュセルだけで、他の者は、皆、不思議そうに首を傾げる。
「聖なる血肉とは、女神の子供……、つまり、私達の事を示すのだが、稀に勘違いしている邪鬼もいるのだよ。神官や巫女などの、神に仕えている聖なる者達がそうなのだと」
「聖なる血肉が目的って、何故ですか?」
アイリーンのその問いに、今度はリュセルが答えた。
「俺達の血肉は、邪鬼からすればご馳走らしいのさ」
その瞬間、ユージンは出立前にリュセルから聞いた話を思い出す。
ー俺達、女神の子供の血肉はうまいらしいぞー
なんて恐ろしい事を言うのだと思っていたが、事実だったのか……。
「とにかくレオン、一刻も早くスペル村に出発しないと、セフィ殿が危ないぞ!」
焦りを含んだリュセルの声に頷くと、レオンハルトは言った。
「すぐに出発する」
「くっ、セフィ殿……。どうか無事でいてくれ」
あの優しい盲目の青年が、この世界からいなくなる事など、考えたくもなかった。
リュセル達がセフィを必ず邪鬼から救い出そうと決意している、ちょうどその時。
「まずい……」
いきなりさらわれて、意味のわからぬまま見知らぬ場所に連れ込まれたと思ったら、首筋に思いきり噛みつかれたセフィは、目の前の男が発した言葉に眉をしかめる。
(勝手に人の血を吸っておいて、それはないでしょうが)
「聖なる生き血はうまいし、多大な力を秘めているって聞いたのにな~」
レオンハルトと同じくらい長い髪のその青年は、赤いリボンで束ねた自慢の黒髪の先をいじくりながら呟く。
「やっぱり、一番は女の生き血だあね」
そう言うと、セフィの体を床の上に突き飛ばした。
リボンの赤と紅を塗ったかのように赤い唇。その、病人のように青白い肌を抜かせば、見事に黒ずくめなその青年は、一見、実に物憂げで儚そうな美青年だった。
目が見えていない為、周りの光景はわからないが、その気配から、セフィは部屋に多数の人間がいる事を知る。
(四……五…………六人。全員女性のようですね。連れさらわれたという娘達でしょうか。確か、スペル村、アイル村と合わせて、さらわれた娘は七人。一人は遺体で戻ってきたという事ですから……、数は合っていますね)
それにしては、気配が変だった。
怯えている様子もない上、その息使いにまったくの乱れがない。
盲目のセフィにはわからなかったが、少女達は皆、操られているかのようにうっとりとした表情を浮かべて、黒髪の邪鬼に血を吸われるのを待っていたのだ。
「口直しがしたいな」
青年の呟きに呼応したように、焦げ茶色の髪をした十五~十六歳程の年齢の少女が、襟元をくつろげてさらした己の首筋を捧げる。
「メアリ」
可愛い子だな。というささやきと共に、柔らかなそこに牙をたてて血をすする青年の背に縋りながら、メアリと呼ばれた少女は喘いだ。
「ああ、ローゼン様ぁ」
音だけで何が今なされているのかを悟ったセフィは、嫌悪感に顔をわずかに歪ませる。
食事を終え、崩れ落ちるメアリの体をソファに横たえたローゼンは、血に染まった赤い口元を無造作に拭い、セフィに近づいた。
「さて、お前をどうしようかねぇ」
血の匂いが強くなり、顔を寄せられた事がわかる。
「血はまずいし、殺しちゃおうか?」
誰に尋ねているのかはわからないが、何故か疑問形だ。
瞬間、顔を強張らせたセフィの目の前で、ローゼンの顔つきがゆっくりと変わった。顔立ちはそのままに、表情が一変したのだ。
(…………? 雰囲気が……、変わった?)
何となくそれを察したセフィを一瞥すると、彼は言った。
「だからお前は短絡的だというのさ、ローゼン。こいつを生かして人質にしておけば、直に大きな獲物が向こうからやって来てくれるぞ」
声は同じだが、口調も違う。
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