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第十章 盲目の神官
9-1 怪異現象
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スペル村裏に存在する地下教会。そこは、五十年程前まで使われていたらしい。敬虔深い神父達が創世の女神への信仰と世界安寧を一途に願い、祈りを捧げてきていた場所である。
しかし、五十年前に地下教会にて蔓延した疫病により、そこにいた聖者達は一人残らず死に絶え、女神の身元へと召された。
それ以降、この地下教会は閉鎖され、近くのスペル村の村人が形ばかりの管理をしてきていたのである。
「だが、それからも地下教会の入口近くを通りかかると、中から男の呻き声が聞こえていたそうだよ」
淡々とした抑揚のない口調でそう話すレオンハルトの腕を掴みながら、リュセルは兄の口を塞いでしまいたい衝動にかられていた。
(何故そんな話をここでするんだ!)
自分達がいるのは、まさしく、件の地下教会入口にある階段の前だ。
「行くぞ」
中が暗い為、片手に松明を持った兄が先に行き、それに続いてリュセルも湿った石階段を下って行く。
暗く淀んだ空気が周囲を満たすのを感じ取りながら、リュセルは目の前の兄が、地下教会の事について話すのを、聞きたくもないのに聞いていた。
「この地図によると、かなり内部は広いようだね」
レオンハルトは自分の腕にしがみついて離れない弟に、村長の家を探索して見つけた内部地図を渡した。
「私は全部暗記したから、お前が持っていなさい」
渡された地図を見るが、恐怖がピークに達しかかっているリュセルは、内容が何一つ頭に入って来ない。
(無理だし!)
仕方なくそれを懐に入れ、荒れ果てた内部の様子を見回した。その行為にさえ、かなりの勇気がいる状態なのだ。
そんな風にビビりまくりながら階段を降りた後、目の前に現れた廊下を進みながら見回すと、周囲は荒れ果てた廃墟の光景だった。様々な箇所の土壁が崩れ落ち、地面を見ると、ムカデのような虫がカサカサと音をたてていた。
虫やネズミなどはどうでもいいのだが、不気味なこの地下教会の雰囲気が恐ろし過ぎて、リュセルは本気で泣きたくなる。以前、邪気浄化任務の為にジュリナと向かったディエラの街の貴族の館も恐ろしかったが、この地下教会はあれよりも不気味だった。
何せ地下にあるのだ。夜でなくても内部は暗いし、空気も悪い。
その上、一緒にいるお兄様は、非常に頼りがいのある最強なお方なのだが、ジュリナのようにやかましく……いやいや、溌剌としていない。どこまでも冷静で、落ち付いた声音の持ち主なのである。いつもなら心穏やかになるであろう、耳に心地良い低音の声が、今は恐ろしいのだ。
「さて、邪鬼はどこに潜んでいるんだろうね」
しがみつかれて非常に歩きずらいだろうに、レオンハルトはそれを気にも留めていないのか、周囲を警戒しながらも歩みを進める。
廊下を行く内に現れた部屋を隅々まで調べながら進む為、必然的に進みは非常にゆったりとしたものになった。
そんな中、神父達が寝起きするのに使っていたと思われる部屋をレオンハルトと共に探っていた時、リュセルは不意にまたそれを感じた。
「っ?」
目を向けた先にあったのは、古びた鏡だった。しかし、その鏡に映っていたのは自分の姿ではない。
「ぎっ……、ぎゃあああああっ!」
青白い顔をした黒髪の青年。
死人のような顔色の、その青年の唇だけが、まるで血のように紅かった。
「どうした!?」
悲鳴を上げるリュセルに即座に駆け寄ったレオンハルトは、弟が見つめる先に目を向けた。しかし、そこには古びた鏡があるだけである。そこには、恐怖に顔を引きつらせているリュセルと眉をひそめているレオンハルトの姿がぼんやりと映し出されていた。
「この鏡がどうかしたのか?」
「きゅ、きゅ、きゅきゅっ」
「きゅ?」
首を傾げた瞬間、弟は血走った目を自分に向けてくる。
「吸血鬼が!」
「…………何も映っていないが?」
「そ、そうだが……」
冷静な兄の言葉に対し、ビビりまくっているリュセルは、あれは自分の恐怖心が生み出した幻覚だったような気がしてきた。
「怖い怖いと思っているから怖いのだよ。しばらく楽しい事でも考えていなさい」
ため息まじりのレオンハルトの言葉にリュセルは小さく頷く。
(楽しい事楽しい事……。そういえば、黒猫ノンちゃんの画集が出るんだよな)
とにかく、頭の中を黒猫の姿で埋め尽くしながら、リュセルはレオンハルトと共にその部屋を後にする。
(ノンちゃんノンちゃんノンちゃん、ノンちゃん~~~!)
弟が一心に黒猫の事を考えている事など知りもしないレオンハルトは、行く手が二つに分かれている事を知る。確か、右に行くと牢獄(教会に何故そんなものがあるのかは知らないが)、左に行くと祈りの間に通じていたはずだ。
「…………」
迷う事なく右を選んだレオンハルトは、そちらからかすかな話し声を聞いていたのだ。
「大丈夫です。きっと、さらわれた娘さん達は無事に救出されますよ。皆さん元気を出して下さい」
牢獄に不釣り合いな柔らかな声が響く
「し、神父様……」
そして、すすり泣くような若い男の声が続く。
「いえ、私は神官です」
丁寧に訂正する声の主に対し、今度は別の声が話しかける。
「で、でも、本当に助けが来るんだろうな!?」
「ええ。現在、とても貴い方々がアイル村にいらしておりますので、きっと助けにきて下さいますよ。それまで共に祈りましょう。……我らが母、創世の女神に」
祈りの形に両手を組んだ神官を真似するように、牢獄に閉じ込められた若者達は女神に祈りを捧げる仕草をした。
「……いや~、祈っても仕方ないと思うが」
檻の中、円陣を組んでその場に跪いて祈りを捧げる男達という、ある意味怖い光景に、リュセルはセフィの無事を喜ぶより先につっこみを入れてしまった。
「剣鍵様、剣主様!」
牢獄の柵に駆け寄ってくるセフィの無事な姿を見たリュセルは、安心したように息を吐いた。
「ご無事で」
「ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」
項垂れるセフィの肩を柵越しに叩くと、リュセルは優しく微笑みかけた。
「あなたが無事ならそれでいいんだ」
「剣鍵様~~~~っ!」
「セフィ殿おおおお~~~~!」
まるで、捕えられた恋人に再会したかの如くセフィと固く抱き合ったリュセルの後ろで、レオンハルトが静かに言った。
「牢獄の鍵を開けるから、とりあえずどきなさい。リュセル」
「え? あ、ああ。……はい」
リュセルが大人しくその場を引くと、髪を留めていたピンを一つ胡桃色の髪から外したレオンハルトは、鍵穴にそれを差してカチャカチャとそれをかき回す。
「お、おい、レオン?」
何か、どこかで、このような光景を見た事がある。
過去の記憶を探っていたリュセルは、朱金の髪の姉姫が、やはり同じように(あの時は針金でだったが)錠前の鍵を開けていたのを思い出し、顔を引きつらせた。
何に関しても万能なお兄様は、錠前破りもジュリナ同様完璧だった。
(ジュリナ殿といい、錠前破りは王族のたしなみの一つかい!?)
牢の鍵が開くのを見ながら、声に出せないつっこみを心の中でレオンハルトに入れる。
仲は悪いが、ジュリナとレオンハルト。幼なじみ腐れ縁コンビは、なかなか一筋縄ではいかない最強コンビと言えるであろう。
そうして、開かれた牢獄の扉をくぐり抜けて脱出したセフィとそれに続くように出て来た数人の若者の姿を認めたレオンハルトは、淡々とした口調で尋ねた。
「スペル村の者達だね?」
リュセルとレオンハルトの美貌の影響で口を開きっぱなしにしていた彼らは、慌てて首を縦に振る。
「さらわれた娘達を助ける為、地下教会跡地に乗り込み、返り討ちにあったといったところか。……これで全員か?」
情けない話だが、事実なだけに反論もできない。
「……いや、ここに乗り込んですぐ、三人はぐれてしまったんだ。俺達の中でも血の気の多い奴らで、無茶していないかと心配していたんだが」
若者の一人の言葉を聞いたレオンハルトは、正直に事実を告げる事にした。
「残念だが、その者達はすでに死んでいる。遺体がスペル村に届けられたようだ。村長の日記にそう記されていた」
レオンハルトの言葉を聞いた若者達は驚愕し、悔しげに呻き声を上げた。セフィも、亡くなった三人の若者の冥福を祈るように両手を祈りの形に組む。
おそらく目の前にいる彼らは、地下教会跡地に攻め入った村の若者達の中でも温厚な者達だったが故に生かされていたのだろう。いずれ、何かの役に立てるつもりで。
「娘達を自分の食糧としているのなら、彼女達は生きているはずだ。私達はこのまま奥に進むから、アルターコート神官は彼らを連れて村に戻ってくれ。足手まといになる」
しかし、五十年前に地下教会にて蔓延した疫病により、そこにいた聖者達は一人残らず死に絶え、女神の身元へと召された。
それ以降、この地下教会は閉鎖され、近くのスペル村の村人が形ばかりの管理をしてきていたのである。
「だが、それからも地下教会の入口近くを通りかかると、中から男の呻き声が聞こえていたそうだよ」
淡々とした抑揚のない口調でそう話すレオンハルトの腕を掴みながら、リュセルは兄の口を塞いでしまいたい衝動にかられていた。
(何故そんな話をここでするんだ!)
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「行くぞ」
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暗く淀んだ空気が周囲を満たすのを感じ取りながら、リュセルは目の前の兄が、地下教会の事について話すのを、聞きたくもないのに聞いていた。
「この地図によると、かなり内部は広いようだね」
レオンハルトは自分の腕にしがみついて離れない弟に、村長の家を探索して見つけた内部地図を渡した。
「私は全部暗記したから、お前が持っていなさい」
渡された地図を見るが、恐怖がピークに達しかかっているリュセルは、内容が何一つ頭に入って来ない。
(無理だし!)
仕方なくそれを懐に入れ、荒れ果てた内部の様子を見回した。その行為にさえ、かなりの勇気がいる状態なのだ。
そんな風にビビりまくりながら階段を降りた後、目の前に現れた廊下を進みながら見回すと、周囲は荒れ果てた廃墟の光景だった。様々な箇所の土壁が崩れ落ち、地面を見ると、ムカデのような虫がカサカサと音をたてていた。
虫やネズミなどはどうでもいいのだが、不気味なこの地下教会の雰囲気が恐ろし過ぎて、リュセルは本気で泣きたくなる。以前、邪気浄化任務の為にジュリナと向かったディエラの街の貴族の館も恐ろしかったが、この地下教会はあれよりも不気味だった。
何せ地下にあるのだ。夜でなくても内部は暗いし、空気も悪い。
その上、一緒にいるお兄様は、非常に頼りがいのある最強なお方なのだが、ジュリナのようにやかましく……いやいや、溌剌としていない。どこまでも冷静で、落ち付いた声音の持ち主なのである。いつもなら心穏やかになるであろう、耳に心地良い低音の声が、今は恐ろしいのだ。
「さて、邪鬼はどこに潜んでいるんだろうね」
しがみつかれて非常に歩きずらいだろうに、レオンハルトはそれを気にも留めていないのか、周囲を警戒しながらも歩みを進める。
廊下を行く内に現れた部屋を隅々まで調べながら進む為、必然的に進みは非常にゆったりとしたものになった。
そんな中、神父達が寝起きするのに使っていたと思われる部屋をレオンハルトと共に探っていた時、リュセルは不意にまたそれを感じた。
「っ?」
目を向けた先にあったのは、古びた鏡だった。しかし、その鏡に映っていたのは自分の姿ではない。
「ぎっ……、ぎゃあああああっ!」
青白い顔をした黒髪の青年。
死人のような顔色の、その青年の唇だけが、まるで血のように紅かった。
「どうした!?」
悲鳴を上げるリュセルに即座に駆け寄ったレオンハルトは、弟が見つめる先に目を向けた。しかし、そこには古びた鏡があるだけである。そこには、恐怖に顔を引きつらせているリュセルと眉をひそめているレオンハルトの姿がぼんやりと映し出されていた。
「この鏡がどうかしたのか?」
「きゅ、きゅ、きゅきゅっ」
「きゅ?」
首を傾げた瞬間、弟は血走った目を自分に向けてくる。
「吸血鬼が!」
「…………何も映っていないが?」
「そ、そうだが……」
冷静な兄の言葉に対し、ビビりまくっているリュセルは、あれは自分の恐怖心が生み出した幻覚だったような気がしてきた。
「怖い怖いと思っているから怖いのだよ。しばらく楽しい事でも考えていなさい」
ため息まじりのレオンハルトの言葉にリュセルは小さく頷く。
(楽しい事楽しい事……。そういえば、黒猫ノンちゃんの画集が出るんだよな)
とにかく、頭の中を黒猫の姿で埋め尽くしながら、リュセルはレオンハルトと共にその部屋を後にする。
(ノンちゃんノンちゃんノンちゃん、ノンちゃん~~~!)
弟が一心に黒猫の事を考えている事など知りもしないレオンハルトは、行く手が二つに分かれている事を知る。確か、右に行くと牢獄(教会に何故そんなものがあるのかは知らないが)、左に行くと祈りの間に通じていたはずだ。
「…………」
迷う事なく右を選んだレオンハルトは、そちらからかすかな話し声を聞いていたのだ。
「大丈夫です。きっと、さらわれた娘さん達は無事に救出されますよ。皆さん元気を出して下さい」
牢獄に不釣り合いな柔らかな声が響く
「し、神父様……」
そして、すすり泣くような若い男の声が続く。
「いえ、私は神官です」
丁寧に訂正する声の主に対し、今度は別の声が話しかける。
「で、でも、本当に助けが来るんだろうな!?」
「ええ。現在、とても貴い方々がアイル村にいらしておりますので、きっと助けにきて下さいますよ。それまで共に祈りましょう。……我らが母、創世の女神に」
祈りの形に両手を組んだ神官を真似するように、牢獄に閉じ込められた若者達は女神に祈りを捧げる仕草をした。
「……いや~、祈っても仕方ないと思うが」
檻の中、円陣を組んでその場に跪いて祈りを捧げる男達という、ある意味怖い光景に、リュセルはセフィの無事を喜ぶより先につっこみを入れてしまった。
「剣鍵様、剣主様!」
牢獄の柵に駆け寄ってくるセフィの無事な姿を見たリュセルは、安心したように息を吐いた。
「ご無事で」
「ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありません」
項垂れるセフィの肩を柵越しに叩くと、リュセルは優しく微笑みかけた。
「あなたが無事ならそれでいいんだ」
「剣鍵様~~~~っ!」
「セフィ殿おおおお~~~~!」
まるで、捕えられた恋人に再会したかの如くセフィと固く抱き合ったリュセルの後ろで、レオンハルトが静かに言った。
「牢獄の鍵を開けるから、とりあえずどきなさい。リュセル」
「え? あ、ああ。……はい」
リュセルが大人しくその場を引くと、髪を留めていたピンを一つ胡桃色の髪から外したレオンハルトは、鍵穴にそれを差してカチャカチャとそれをかき回す。
「お、おい、レオン?」
何か、どこかで、このような光景を見た事がある。
過去の記憶を探っていたリュセルは、朱金の髪の姉姫が、やはり同じように(あの時は針金でだったが)錠前の鍵を開けていたのを思い出し、顔を引きつらせた。
何に関しても万能なお兄様は、錠前破りもジュリナ同様完璧だった。
(ジュリナ殿といい、錠前破りは王族のたしなみの一つかい!?)
牢の鍵が開くのを見ながら、声に出せないつっこみを心の中でレオンハルトに入れる。
仲は悪いが、ジュリナとレオンハルト。幼なじみ腐れ縁コンビは、なかなか一筋縄ではいかない最強コンビと言えるであろう。
そうして、開かれた牢獄の扉をくぐり抜けて脱出したセフィとそれに続くように出て来た数人の若者の姿を認めたレオンハルトは、淡々とした口調で尋ねた。
「スペル村の者達だね?」
リュセルとレオンハルトの美貌の影響で口を開きっぱなしにしていた彼らは、慌てて首を縦に振る。
「さらわれた娘達を助ける為、地下教会跡地に乗り込み、返り討ちにあったといったところか。……これで全員か?」
情けない話だが、事実なだけに反論もできない。
「……いや、ここに乗り込んですぐ、三人はぐれてしまったんだ。俺達の中でも血の気の多い奴らで、無茶していないかと心配していたんだが」
若者の一人の言葉を聞いたレオンハルトは、正直に事実を告げる事にした。
「残念だが、その者達はすでに死んでいる。遺体がスペル村に届けられたようだ。村長の日記にそう記されていた」
レオンハルトの言葉を聞いた若者達は驚愕し、悔しげに呻き声を上げた。セフィも、亡くなった三人の若者の冥福を祈るように両手を祈りの形に組む。
おそらく目の前にいる彼らは、地下教会跡地に攻め入った村の若者達の中でも温厚な者達だったが故に生かされていたのだろう。いずれ、何かの役に立てるつもりで。
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