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第十章 盲目の神官
11-3 任務の終わり
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寄り添うように弟の眠る寝台に腰かけていたレオンハルトは、汗で張り付いたリュセルの前髪を優しく払った。
「うなされていたぞ」
心配そうに琥珀の瞳を細めているレオンハルトの美麗な顔を見上げながら、リュセルは大きく息を吐く。
「ここは?」
「スペル村の村長の家だ。あれから一昼夜、お前は眠り続けていた」
「あれから?」
寝起きで頭が良く働かないリュセルは、自分が眠りに落ちる直前の出来事をまったく覚えていなかった。彼の記憶は、スペル村に戻り、村人達が邪気の呪いの影響が解けず眠り続けていた事に愕然としていた、その時までで途切れてしまっていたのだ。
「覚えていないのかい?」
「ああ」
「…………」
リュセルの返事を聞いたレオンハルトは一瞬黙り込むと、腰かけていた寝台を離れ、テーブル上にあったコップに水差しから水を注ぎ、すぐに弟の元に戻ってきた。
「飲みなさい」
兄に抱き起こされたリュセルは、促されるがまま口元に当てられたコップから水を飲んだ。
今まで気づかなかったが、喉が渇いていたらしく、リュセルは夢中でそれを飲み干すと、何度かおかわりをする。
水を飲んで落ち付いたリュセルが、再びベ寝台の上に身を横たえるのを介添えしながらも、レオンハルトは弟の様子を観察していた。
(祈りの詩を詩った時の記憶はないのか)
きっと、村人達が元に戻った事も、わかっていないだろう。
今のリュセルはその眼差しを不安そうに翳らせながら、レオンハルトを見つめていた。
「どうした?」
父のように、母のように、包み込むような優しい微笑を浮かべる兄に、リュセルは泣きたくなった。
「何でも…………、ない」
そう答えるリュセルの言葉に、レオンハルトは嘘を察した。
「おいで」
優しく呼びかけると、リュセルは目を驚きに見開き、同時に唇を噛みしめる。
「兄さん」
考える間もなく体が動いていた。目の前にあった兄の体に、縋るように腕を伸ばす。そのまま起き上がりかけたリュセルの体を、レオンハルトは強く抱き締めてくれた。
どうして、あんなに恐ろしく悲しかったのだろうか。
決して自分は一人ではないのに、眠っている間、一人で暗闇を走っているようであった。
最後に自分を抱き締めた腕は、兄のように優しかったが、とても恐ろしいもの。
(あの邪悪な腕に掴まったのは、一体誰だったのだろうか)
リュセルは自分の背中を宥めるようにさすってくれる、レオンハルトの温かい手に安心しながら、そう思ったのだった。
*****
その後、リュセルが目覚め、体調が回復すると、レオンハルトは弟とセフィを連れてスペル村を後にし、アイル村に移動した。
念の為、スペル村とアイル村を覆うように守護結界を張ると、任務を完了したという事で早々に村を後にする。アイル村の人々は、村を救ってくれた恩人達にお礼をと、色々と用意してくれていたようなのだが、急に急ぎだしたレオンハルトがそれを丁重に断っていた。アイリーンの体調が万全になると同時に、帰国の途につく事になったのだ。
デコレート商会の商団馬車に便乗してきた行きと違い、帰りは馬に乗っての旅になった。
「アイリーン、もう大丈夫なのか?」
帰り道、並んで馬を歩かせていた時、リュセルは右隣を行く女騎士に気遣うように尋ねる。そんなリュセルに、馬に乗れる程に回復したアイリーンは恐縮したように答えた。
「はい。ご心配お掛け致しまして、申し訳ありません」
「傷とかは、残らなかったんだよな?」
「はい」
生真面目に返事をしたこの女騎士に、リュセルはにっこりと微笑んだ。
「よかった。傷でも残ってしまったら、大変だからな」
「リュセル王子」
優しいリュセルの言葉に感動すると共に、アイリーンはその甘い微笑にうっとりと夢見心地になってしまう。
それを見守るユージンは、複雑そうだ。
「? どうした?」
そんなユージンに目を向けたリュセルに対し、彼はうまくその感情を隠して見せた。
「いえ、それにしてもリュセル王子、頑張りましたねぇ、吸血鬼相手に。話はセフィ殿から聞きました。剣聖のような剣さばきだったとか。俺は最初、本気で信じられませんでしたよ~」
遠慮なしな兄の騎士の言葉に、リュセルは若干引きつりながらもあっさりと頷いた。
「それはそうだろ? だって、あれは、剣聖とも呼ばれる者の動きを真似したものだからな。おかげで最後はスタミナ切れを起こしたぞ」
チラリと、左横を行くレオンハルトの方に視線を向けながらそう言ったリュセルの言葉を聞いて、ユージンは感心したように言った。
「あの動きを真似出来る事がすごいんですよ。俺には速過ぎて、よく見えないんですからね。フェイラン殿でさえ、殿下の剣筋、動きのすべては見えていないそうですから」
現アシェイラ騎士団、騎士団長に聞いた事を思い出しながら告げたユージンだったが、それに対し、少し考え込みながらリュセルは答えた。
「まあ、俺のは見て覚えたんじゃないからな」
同化した時、兄の体は自分の体でもあるのだ。その動きを覚える事は、出来ない事ではなかった。まあ、体力がついていかなかったが。
「あの時の剣鍵様の動きは、音だけでもすごいものだとわかりましたよ」
ユージンの乗る馬の後ろに同乗している状態のセフィが、穏やかにそう告げたのを聞いた瞬間、リュセルの脳裏に見知らぬ少年の慟哭が鳴り響いた。
「剣鍵様?」
強張ったリュセルの雰囲気を察し、セフィは不思議そうに首を傾げる。
「いや、何でもない。でも、そんな風にセフィ殿に言ってもらえるなんて、とても嬉しいですよ」
ふふっと笑いながらそう言ったリュセルに、セフィはにっこりと笑った。
「あの邪鬼と普通に会話を始めた時は、もう……、まったく、どうしようかと思いましたけどね」
事実なだけに、リュセルは何も言い返せなかった。
そして、一方、騒がしい弟たちの横を行くレオンハルトは、物思いに沈んでいた。
考える事は、どうしても、祈りの詩に関する事になってしまう。
(おそらく、記述では残されていないだろうが、それに関連したもの位ならば、残っている事もあるかもしれん)
アシェイラ、ディエラ、サンジェイラ、三国の歴史書を、もう一度隅々まで読み直す必要がありそうだ。それも、歌に秀でた女神の子供がいた代の史実を。
(ジュリナも、おそらく、この事については知っていると思うが)
それに何か別の事を、先代の玉主玉鍵、あの二人から聞いている可能性もある。
(相談せねばなるまい)
相性は最悪だが、あの朱金の姉姫は、レオンハルトと同じ年に産まれ、先代玉主玉鍵の教えを受けた者の一人である。
「レオン?」
不意に名を呼ばれ、考えに沈んでいたレオンハルトは、ようやく視線をリュセルに向けた。
「ああ、どうした?」
そう問うた兄に、リュセルは問い返す。
「どうしたは、お前の方だろうが。いつにも増して口数が少ない上、無表情だぞ。何を考え込んでるんだ?」
「いや、ちょっと気になる事があってね」
レオンハルトのその言葉を聞くと、リュセルは眉をしかめた。
「あの邪鬼の事か? 斬りごたえが浅かったという……」
浄化が済んで、崩れ落ちた地下教会跡地から無事脱出した後、確か、兄はそんなような事を言っていた。
「それは、もう大丈夫だろう。もし奴を仕留め損ねているのだとしたら、考えの浅い低級邪鬼の習性から、必ず私達に報復に来るだろうからね。でも、まったくそれはなかったからな」
そう。今回の、吸血により力を得ていた邪鬼は、あの意識の甘さから、レベルの低い低級邪鬼である事は間違いないだろう。
しかし、低級邪鬼であるにも関わらずの。
(あの、邪気の濃密さ)
小さいとはいえ、村一つ呑み込む程のそれは、邪気の強さを示していた。
「…………」
またしても黙り込んでしまったレオンハルトを心配し、リュセルは困ったように頬をかく。
「あの村々の事は、もう大丈夫だ。心配するな」
弟のそんな様子に気づいたレオンハルトは、安心させるように柔らかい声でそう告げた。
「ああ」
その言葉を聞き、ようやく安心した様子のリュセルを見つめながら、新たな能力を開花させた事にまったく気づいていない弟の危うさに不安を覚え、自分のすべてを賭けて守り抜く事をレオンハルトはその胸の内で誓っていた。
「………………」
そして、そんな兄弟を、瞼に覆われた見えないはずの目で見つめ続ける者がいた。
まるで、彼らのすべてを見続けようとでもいうように……。
「うなされていたぞ」
心配そうに琥珀の瞳を細めているレオンハルトの美麗な顔を見上げながら、リュセルは大きく息を吐く。
「ここは?」
「スペル村の村長の家だ。あれから一昼夜、お前は眠り続けていた」
「あれから?」
寝起きで頭が良く働かないリュセルは、自分が眠りに落ちる直前の出来事をまったく覚えていなかった。彼の記憶は、スペル村に戻り、村人達が邪気の呪いの影響が解けず眠り続けていた事に愕然としていた、その時までで途切れてしまっていたのだ。
「覚えていないのかい?」
「ああ」
「…………」
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「飲みなさい」
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きっと、村人達が元に戻った事も、わかっていないだろう。
今のリュセルはその眼差しを不安そうに翳らせながら、レオンハルトを見つめていた。
「どうした?」
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「何でも…………、ない」
そう答えるリュセルの言葉に、レオンハルトは嘘を察した。
「おいで」
優しく呼びかけると、リュセルは目を驚きに見開き、同時に唇を噛みしめる。
「兄さん」
考える間もなく体が動いていた。目の前にあった兄の体に、縋るように腕を伸ばす。そのまま起き上がりかけたリュセルの体を、レオンハルトは強く抱き締めてくれた。
どうして、あんなに恐ろしく悲しかったのだろうか。
決して自分は一人ではないのに、眠っている間、一人で暗闇を走っているようであった。
最後に自分を抱き締めた腕は、兄のように優しかったが、とても恐ろしいもの。
(あの邪悪な腕に掴まったのは、一体誰だったのだろうか)
リュセルは自分の背中を宥めるようにさすってくれる、レオンハルトの温かい手に安心しながら、そう思ったのだった。
*****
その後、リュセルが目覚め、体調が回復すると、レオンハルトは弟とセフィを連れてスペル村を後にし、アイル村に移動した。
念の為、スペル村とアイル村を覆うように守護結界を張ると、任務を完了したという事で早々に村を後にする。アイル村の人々は、村を救ってくれた恩人達にお礼をと、色々と用意してくれていたようなのだが、急に急ぎだしたレオンハルトがそれを丁重に断っていた。アイリーンの体調が万全になると同時に、帰国の途につく事になったのだ。
デコレート商会の商団馬車に便乗してきた行きと違い、帰りは馬に乗っての旅になった。
「アイリーン、もう大丈夫なのか?」
帰り道、並んで馬を歩かせていた時、リュセルは右隣を行く女騎士に気遣うように尋ねる。そんなリュセルに、馬に乗れる程に回復したアイリーンは恐縮したように答えた。
「はい。ご心配お掛け致しまして、申し訳ありません」
「傷とかは、残らなかったんだよな?」
「はい」
生真面目に返事をしたこの女騎士に、リュセルはにっこりと微笑んだ。
「よかった。傷でも残ってしまったら、大変だからな」
「リュセル王子」
優しいリュセルの言葉に感動すると共に、アイリーンはその甘い微笑にうっとりと夢見心地になってしまう。
それを見守るユージンは、複雑そうだ。
「? どうした?」
そんなユージンに目を向けたリュセルに対し、彼はうまくその感情を隠して見せた。
「いえ、それにしてもリュセル王子、頑張りましたねぇ、吸血鬼相手に。話はセフィ殿から聞きました。剣聖のような剣さばきだったとか。俺は最初、本気で信じられませんでしたよ~」
遠慮なしな兄の騎士の言葉に、リュセルは若干引きつりながらもあっさりと頷いた。
「それはそうだろ? だって、あれは、剣聖とも呼ばれる者の動きを真似したものだからな。おかげで最後はスタミナ切れを起こしたぞ」
チラリと、左横を行くレオンハルトの方に視線を向けながらそう言ったリュセルの言葉を聞いて、ユージンは感心したように言った。
「あの動きを真似出来る事がすごいんですよ。俺には速過ぎて、よく見えないんですからね。フェイラン殿でさえ、殿下の剣筋、動きのすべては見えていないそうですから」
現アシェイラ騎士団、騎士団長に聞いた事を思い出しながら告げたユージンだったが、それに対し、少し考え込みながらリュセルは答えた。
「まあ、俺のは見て覚えたんじゃないからな」
同化した時、兄の体は自分の体でもあるのだ。その動きを覚える事は、出来ない事ではなかった。まあ、体力がついていかなかったが。
「あの時の剣鍵様の動きは、音だけでもすごいものだとわかりましたよ」
ユージンの乗る馬の後ろに同乗している状態のセフィが、穏やかにそう告げたのを聞いた瞬間、リュセルの脳裏に見知らぬ少年の慟哭が鳴り響いた。
「剣鍵様?」
強張ったリュセルの雰囲気を察し、セフィは不思議そうに首を傾げる。
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事実なだけに、リュセルは何も言い返せなかった。
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考える事は、どうしても、祈りの詩に関する事になってしまう。
(おそらく、記述では残されていないだろうが、それに関連したもの位ならば、残っている事もあるかもしれん)
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(ジュリナも、おそらく、この事については知っていると思うが)
それに何か別の事を、先代の玉主玉鍵、あの二人から聞いている可能性もある。
(相談せねばなるまい)
相性は最悪だが、あの朱金の姉姫は、レオンハルトと同じ年に産まれ、先代玉主玉鍵の教えを受けた者の一人である。
「レオン?」
不意に名を呼ばれ、考えに沈んでいたレオンハルトは、ようやく視線をリュセルに向けた。
「ああ、どうした?」
そう問うた兄に、リュセルは問い返す。
「どうしたは、お前の方だろうが。いつにも増して口数が少ない上、無表情だぞ。何を考え込んでるんだ?」
「いや、ちょっと気になる事があってね」
レオンハルトのその言葉を聞くと、リュセルは眉をしかめた。
「あの邪鬼の事か? 斬りごたえが浅かったという……」
浄化が済んで、崩れ落ちた地下教会跡地から無事脱出した後、確か、兄はそんなような事を言っていた。
「それは、もう大丈夫だろう。もし奴を仕留め損ねているのだとしたら、考えの浅い低級邪鬼の習性から、必ず私達に報復に来るだろうからね。でも、まったくそれはなかったからな」
そう。今回の、吸血により力を得ていた邪鬼は、あの意識の甘さから、レベルの低い低級邪鬼である事は間違いないだろう。
しかし、低級邪鬼であるにも関わらずの。
(あの、邪気の濃密さ)
小さいとはいえ、村一つ呑み込む程のそれは、邪気の強さを示していた。
「…………」
またしても黙り込んでしまったレオンハルトを心配し、リュセルは困ったように頬をかく。
「あの村々の事は、もう大丈夫だ。心配するな」
弟のそんな様子に気づいたレオンハルトは、安心させるように柔らかい声でそう告げた。
「ああ」
その言葉を聞き、ようやく安心した様子のリュセルを見つめながら、新たな能力を開花させた事にまったく気づいていない弟の危うさに不安を覚え、自分のすべてを賭けて守り抜く事をレオンハルトはその胸の内で誓っていた。
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