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第十四章 竜の末裔
1-3 勇者と邪鬼の攻防
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「ぐあああああああああッ」
獣の咆哮ともとれるようなすさまじい声が響き渡る。仰ぎ見る程高い位置にある天井に、少女の姿をした邪鬼の体が叩きつけられていた。
場所は、アシェイラ城玉座の間。
美しい顔を醜悪に歪めて憤怒の唸り声を上げるエルヴィスの体には、白い帯のようなものが巻き付けられている。帯に描かれた金と銀の文字は、古代神聖文字。神々の縛めの言葉が描かれていた。
「この、人間ごときがッ」
仲間の邪鬼が天井に縫い付けられるのを見たクロードは、”封印光布”を神鏡より出現させたライサンの首を狙って攻撃をしかける。
瞬間
ダンッ
床を打つ、杖先の鋭い音と共に、ユリエの掲げる玉が白銀の光を放つ。
すべてを照らす、眩い浄化の光。
「ぎゃああああああああッ」
ライサンを狙う事に集中していた為、もろに光を浴びてしまったクロードは、その場にうずくまり、悶絶する。
「まずは、一鬼。いけ、サンジェイラ!」
そう告げると同時に、ライサンの前に円陣が描かれる。
「了解!」
ユリエはそれに答えると、身軽な動きで走り出す。そんな彼女の動きに合わせるかのように、ライサンの目前にあった円陣は、ユリエの足元に移動した。
そうして、女神の鏡の力を借りて、見えない階段を駆け上がるかのように空中を走ったユリエは、持っていた長杖を恐怖に慄くエルヴィスの目前にかざす。
「いやあああああああああああああああーーーーッ!」
室内全体を覆うような白銀の光を間近で浴びたエルヴィスの顔が、一瞬で美しい少女のものから年老いた老婆のものに変化し、肌が重度の火傷を負ったかのように焼けただれる。
ドサッ
体の半分以上が邪気化し、元の霧状に戻ったエルヴィスの体は上半身しかなくなり、封印布で縛りつけておく必要もない程、力弱くなったようだ。そのまま天井から落ち、床上に叩きつけられる。
それを見届けると同時に、ユリエの足元にあった円陣が消失し、彼女は空中で一回転すると、音も立てずに床上に降り立つ。
「「浄化完了」」
ユリエとライサン、二人が声を揃えるのと、クロードが虫の息のエルヴィスにとどめを刺すのは同時だった。
「悪いな、エルヴィス。お前の邪気、もらうぜ」
浄化されかかっていたエルヴィスの邪気を、クロードは一瞬で喰らい尽くす。
仲間の邪鬼の邪気を喰らい、命を繋いだクロードを、ユリエは不快なものを見るような眼差しで見つめる。
「お前達に同胞意識がないという事はわかっているけれど、それでも、ひどく醜悪だと思うのは、僕が人間であるからだろうね」
「うるせえッ、人間ごときがごちゃごちゃと!」
ユリエの言葉に反応出来る程に、エルヴィスの邪気を吸収した事で復活したクロードは、力を振り絞って自分の足元に円陣を描いた。
ライサンが描いた金と銀の神聖なるものと違い、クロードの描いたものは黒と紫電を模った邪悪なもの。サイレンやイプロス、セフィランが亜空間移動の際に描くものと同じものだ。
彼が逃げるつもりだと悟ったライサンが封印光布を出すよりも早く、クロードの体は円陣の中へと吸い込まれていった。
「どうするんだ、逃げられたぞ」
邪鬼の消えた周囲を見回し、不愉快そうにそう言ったライサンに顔を向けると、ユリエは構えていた杖を下ろし、不敵に笑う。
「大丈夫、奴が行く場所は見当がつく。それに、僕らもすぐにそちらに向かわなくては……」
「覚醒した、彼女の元に?」
ライサンの返答に対し、ユリエは頷き答えた。
「ああ。僕らの”運命の相手(ファム・フアタル)”の元にね」
そうして二人、玉座の間を飛び出そうとした時、声が響いた。
「ユリエ!」
その声を聞くと同時に、サンジェイラになっていたユリエの意識が揺れた。
「…………カイル?」
振り返ると、現世(今)の自分の運命の相手が、真っすぐな眼差しでユリエを見つめていた。
「ユリエ…………」
漆黒の瞳。
どこまでも、どこまでも、真っすぐな色を宿した……。
一瞬、サンジェイラとしての意志が揺るぎそうになる。
「……ッ」
ユリエはそれを、固く目を閉じ、奥歯を噛みしめる事で耐え凌ぐと、愛する婚約者に背を向けた。
「行こう、ディエラ」
「…………」
昔と変わらぬ、意志の強い瞳を真っすぐに前に向けるユリエの固い表情を、ライサンは何ともいえぬような顔で見下ろす。
「サンジェイラ、俺は……」
「言うな、ディエラ! お前は間違っていない」
「…………」
そうして、先を言わせぬ鋭い声で制したユリエから彼女を真っすぐに見つめるカイルーズに視線を移したライサンは、次の瞬間、微かに微笑んだ。
「ふふ、お前は面白い男を伴侶に選んだようだね」
「?」
ライサンはカイルーズを見つめながら意地悪そうな顔をすると、不思議そうな顔をするユリエの肩を抱いた。
「ッ!」
カイルーズから嫉妬に満ちた視線を送られたライサンは、嬉しそうににっこりと笑う。
「大丈夫。あなたの正体を知っても尚、彼はあなたを愛しているようですよ」
ディエラの口調ではなく、わざとライサン・セリクスとしての口調でそう告げると、ユリエは弾かれたように顔を上げた。
「カイル」
背けていた顔を上げてカイルーズに視線を向けると、彼は嫉妬に満ち満ちた視線を、ユリエを抱くライサンに向けていた。
「……オイ、この状況でやきもちかよ」
ユリエはつい、サンジェイラの口調でつっこみを入れてしまった。
「あはははは~、楽しい男(ひと)を選びましたね、サンジェイラ。いえいえ、それ以前に、女性に転生するとは……。それを知った時の私の驚きといったら、もう。アシェイラと共に笑い死にするところでした。ふふ」
すぐにライサンの揶揄いの言葉が続き、それを聞いたユリエはキレかける。
「ディエラ。その似非臭い聖人面と丁寧語、すぐやめろ! それが出来ないなら黙っててくれないか? ……気味悪いんだよ」
「おやおや、ひどい言い草ですね」
イライラしている様子の盟友(とも)の肩から手を離すと、ライサンは表情を引き締めた。
「遊んでいる場合じゃないな。行くぞ、サンジェイラ」
そして、ディエラとしての口調に戻ると、持っていた女神の鏡に意識を集中させた。瞬間、ライサンとユリエの周囲に金と銀で神聖文字の描かれた円陣が浮かび上がる。
「カイル」
空間移動をする前に、これだけは言いたくて、ユリエはこちらに駆け寄って来ようとするカイルーズに呼びかけた。
「行って来るわね」
にっこり笑った顔を最後に、ライサンとユリエの体は、床に描かれた円陣の中に吸い込まれて消えたのだった。
「ユリエ!」
彼女のいた場所を掻き抱いたカイルーズは、しばらく茫然とした後、その場に膝をついた。
「で、殿下……」
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「カイエ、神子達の手当てを頼む」
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「殿下。ユリエ……いえ、ユリエ姫の事は」
「彼女は、必ず僕が連れ戻す。そう約束したからね」
あの夜、交わした約束。
同じ寝台で眠りについた夜。
様子のおかしかった彼女は、不安そうな眼差しでカイルーズに訴えていた。
「いや、約束なんてなくても、ユリエは僕の妻になる女性(ひと)だ。必ず連れ戻すよ」
しかし、大きな宿命に目覚めた今の彼女を取り戻す事は出来ない。それをカイルーズは、本能で悟っていた。
それに自分には、するべき事と守るべきものが在る。
未来のアシェイラ国王として……。
「フェイラン!」
鋭い呼び声を聞いたフェイランは、呆然としていた意識を自分を呼んだカイルーズに向ける。
「街の被害状況の確認と、逃げ遅れた国民の安全確保を確認してくれ。街の被害は思っていた以上に大きいだろう。街に配置した騎士達を先導する者(騎士団長達)が必要だ」
カイルーズの命令に、フェイランは戸惑うような視線を返す。
「しかし……」
自分達が離れては、王族を守護する者がいなくなってしまう。
「おそらく、もう邪鬼は僕ら(アシェイラ王族)を襲っては来ないだろう。今守るべきは、国民の命だ。行け、フェイラン!」
カイルーズの命令の言葉を耳にしたフェイランは、片膝をつき深く頭を下げ、騎士の礼をすると、騎士団長達を連れだって玉座の間を後にした。
「父上はカイエと共に神子達の手当をお願いします。クマ吉とべスもすぐに合流させますので。僕はフェイラン達と共に行きます」
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「うん、分かった」
そんな頼もしい息子の後ろ姿を見送ると、彼は傍に倒れるローウェンの具合を確認していたカイエに、ひっそりとした声で告げた。
「カイエ。この騒ぎがある程度収束したら、カイルには本格的に王の仕事を手伝ってもらうよ」
今までの国王補佐の仕事ではなく、王の仕事そのものを手伝ってもらうと言ったジェイドの言葉を聞き、カイエは驚きのあまり目を見張る。
「まだまだ先と考えていたけれど、もしかしたら思ったよりも早く、この国の王の座を譲る事になるかもしれないね」
そう言ったジェイドの横顔は、カイエが見た事もないような誇らしげな色を湛えていた。
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