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第十四章 竜の末裔
1-2 神獣フェンリル
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「なんという……。それでは、アシェイラ国は、今現在、戦場になっているという事!?」
そこは、世界の中心地。
セイントクロス神殿本部。
白亜の石を敷きつめて作られた、神聖な建物の奥深く。セイントクロスの泉へと繋がる聖扉の前にて、信じられないという思いの込められた驚愕の声が響き渡る。
天井まである大きな扉いっぱいに描かれた、信じられない位に美しい絵。
夜空に浮かぶ月星。月光に照らされた森の木々は神聖的で、木々に囲まれた泉は周りの風景を映し出す。その泉に浮かび立ち、褐色の腕を空へ伸ばしている銀髪の少女。褐色の肌、銀糸の髪、金色の瞳。彼女こそ、生きとし生けるもの、すべての者の大いなる母。
創世の女神レイデューク。
天に両手を伸ばす彼女の傍らには、三匹の神獣。
白銀の毛並みに金色の瞳をした狼。神の従属、月狼フェンリルだ。彼らは、眠り続けるレイデュークの傍らで、彼女の代わりに人間の魂の管理をしていると言い伝えられていた。
輪廻を司り、自然を操る。
神地であるセイントクロスの地より決して出る事なく、人間の前に姿を現す事もない幻の獣。フェンリルの姿を見る事を出来るのは、女神の子供達と三人の聖人のみ。
しかし、現代の女神の子供達は、まだフェンリルの姿を目にした事はない。年長組であるレオンハルトやジュリナですら、見た事はなかった。
そんな、世にも貴重な絵が描かれた扉をバックにして、顔色を真っ青にしているのは、初老の女性。
慈愛に満ちた、はしばみ色の瞳。肩上で切りそろえられた、白髪交じりの赤茶の髪。華奢なその身にまとうのは、神聖なる巫女服。その色、デザインは、巫女の中でも最高位を示している。
彼女こそは、三人いる聖人の内の一人。大巫女、エルディナ・ヨナ。
サンジェイラの名門貴族出身の彼女の容貌は、何故か、現ディエラ王、シルヴィア女王と瓜二つだった。
エルディナは動揺したような視線を、隣で同じように真っ青な顔色のまま立ちつくす壮年の男性に向ける。
アシェイラ国出身の大神官、アルスター・ジョイス。
ウエーブがかかった金茶の髪をきっちりと後ろに撫でつけた、一見冷たい印象のある男だ。
「アシェイラは……、我が祖国は、どうなってしまうのでしょうか? リュカ様……」
弱々しく頭を振ったアルスターは、見た目の印象を裏切る柔らかな響きのある声で呟く。
「………………………………わからぬ」
長い沈黙の後、不安を押し隠せない固い答えが返された。
エルディナとアルスターの正面に立つ、小柄な老人。
ディエラ国の古き名門の血統、セリクス家の血を受け継ぐ大神官。リュカ・セリクス。
彼らこそ、セイントクロス神殿での高み中の高み。神殿権力の頂点に君臨し、神の使徒である神官巫女を束ねる三人の指導者。
そんな、大神官や大巫女である彼らの上に在り、指示を下せる者。それは、かの幻の獣。月狼(フェンリル)のみであった。
ーこのままでは、アシェイラ国は滅びの道を辿る事となろうー
真っ青な顔色のまま沈黙してしまった三人の聖人の頭の中に、不意に厳かな声が響いた。
「「ッ!?」」
驚きに目を見開くエルディナとアルスターと違い、巨大な扉に描かれた絵画から光球が出て来ても、リュカ老師だけは冷静な表情を崩す事はなかった。
白銀に輝く光の球は、三人の前で止まると地面に降り立つ。
「フェンリル様」
リュカ老師はゆっくりとその場に両膝をついて頭を下げる。戸惑いながらも、他の二人もそれに続いた。
光球の中より現れしは、白銀の毛並みの狼。狼よりも一回り程大きく、瞳の色は神の色とされる金色をしていた。
幻獣とされ、神話の中にも登場する事のある神の従属。
大神官や大巫女は、彼らとの謁見の資格を持つが、実際こうして目にするのは、エルディナもアルスターも初めての事である。
ーまた、年老いたな。リュカー
リュカ老師の姿に目を止めたフェンリルは、そう言って目を細めた。
「最後にお会いしたあの時から、また長く時が経ちましたから」
ーああ。現世でのディエラとの初対面の時に、お前が立ち会う為に会ったのが、最後かー
現世でのディエラ。
それが誰の事を指しているのか、この場にいる者なら全員が知り得ている事柄だった。
ーディエラの奴とは、何度か対面しているがなー
将来を有望視されている、白髪のアシェイラ支部神官長。彼がこの本部に滞在していた時、姿を消す事が多かった。その事は、大神官達を始め、皆に黙認されていたのである。
何故なら、不意に姿を消した時、彼が会いに行っていたのは……。
「勇者アシェイラ」
呆然とエルディナは呟く。
元々三匹いたフェンリルは、現在一匹しか存在しない。一匹を残し、他の二匹は輪廻の輪に戻り、転生を果たしたからだ。
そう……、フェンリルとは、元々は、古の昔、世界と創世の女神の為に邪神を封印した三人の勇者。アシェイラ、ディエラ、サンジェイラのもう一つの姿。
一度、人としての生を終えた後も神獣として甦り、長き時を女神の傍らで過ごし続けてきたのである。
リュカ老師が大神官の任に就いた時、既にフェンリルはアシェイラしかいなかった。それ故に、彼らが揃っている光景を見た事がない。
ディエラとサンジェイラが、女神の導きにより輪廻の輪に戻ったのがいつだったのかはわからない。
わかっている事は、盟友(とも)達がいなくなってから、ずっとアシェイラだけで、人間の魂の管理をしているという事。
そして、古の勇者達の転生のきっかけとなった出来事が、三千年前にあったという事。
ユリエがサンジェイラの生まれ変わりとわかった時に、レオンハルトが勇者の生まれ変わりはありえないと考えたのは、彼がこのシステムを知っていたからである。
フェンリルとして、セイントクロスの地の奥深くにて、自然と輪廻を司っている三勇者が人として転生するはずがない。彼らがいなくなれば、深い深い眠りについている女神の代わりに世界を管理する者がいなくなってしまう。
ーアシェイラで、レイが……、女神が覚醒したようだー
じっと、自分を見つめるリュカ老師の視線を受け止めていたフェンリルは、おもむろにそう切り出した。
「!?」
「な、な……」
驚きのあまり肩で息をするエルディナと、わななくアルスターを制し、リュカ老師は尋ねる。
「それは、どういう事でしょうか? 女神は……我らが母神様は、この地にはおられないと? そうおっしゃっておられるのでしょうか?」
ーああ。そうだー
「あぁ……」
衝撃的な事実に、エルディナは顔を両手で覆った。
ー創世の女神、レイデュークは、現代の女神の息子達の体に、魂を二つに分離させて転生していたのだ。すべては、この日の為。弟神との決着をつける為にー
「女神の息子……」
アシェイラとサンジェイラ。一体どっちの……。
そんな彼らの心の声が分かったのか、フェンリルは事実を告げた。
ー現代の剣主と剣鍵、アシェイラの息子達だー
瞬間、リュカ老師の脳裏に二人の王子の顔が浮かぶ。
「なんという……。では、剣鍵様が産まれる前より邪鬼に狙われたのも、それが原因という事ですか」
ー根本的な原因(もの)は、そうだろうー
フェンリルの返答を聞き、リュカ老師は、ライサンの苦悩と不幸を本当の意味で悟った。彼は、自分の大切な孫は、すべて知っていたのだ。それも、ものごころがやっとつくような、幼子の内から……。
今の姿から想像もつかないが、ルークと出会う前、本当に幼い子供の頃、ライサンはよく癇癪を起こす子だった。それでいて、どこか冷めた、何にも興味を示さない難しい子供で、両親はそんな息子の扱いに手を焼いていたものだ。
当たり前だ。
そんな、途方もない秘密を、たった一人で抱え込んでいたのだから!
同じ勇者の生まれ変わりであるユリエに前世の記憶がなかった事は、とても幸せな事であったのだ。
「ライサン。わしは、わしは……何も分かっておらなかった」
辛くても辛くても、それでも笑う。それは、なんて勇気のいった事だろう。
リュカ老師の目に涙が溜まっていくのを、フェンリルは心配そうな眼差しで見つめる。
それでも、精神が崩壊しそうだったディエラの転生体、ライサンの意識を繋ぎ止め、癒したのは、唯一の理解者であり庇護者だったリュカ老師なのだ。
そして、救ったのは……。
ー好きな子がいるんですよー
数年前、そう言って照れくさそうに笑った、かつての盟友(とも)の顔を思い出し、フェンリルは笑った。
ー泣くな、リュカ。あいつ(ディエラ)は大丈夫だ。お前とルークが傍にいる限りー
そして、後ろを振り返った。
ーああ。そろそろ役目に戻らなくてはならん。リュカ、現在アシェイラでは、女神覚醒と共に、ディエラとサンジェイラが戦っているー
「ライサンとユリエ姫が!?」
フェンリルは、それに頷くと、重々しい口調で告げた。
ー今回の戦いで決着がつかぬ場合、最悪な事にもなりかねないだろう。神官巫女達を束ね、至急アシェイラに向かうがいい。そして、もしもの時は、現代の女神の子供達をここに導けー
その言葉を最後に、神々しい姿が空気に溶けるようにして消えると、リュカ老師は再び深々と頭を下げた。
「はい、アシェイラ様」
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